【完結】ザコの旅   作:クリス

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アンケート協力ありがとうございました。チラシの裏に番外編を投稿したのでよかったらどうぞ。
https://syosetu.org/novel/268358/


9話 琵琶湖大橋有料道路 原付通行料 10円
9-1


 

 

 

 

 

 早朝の4時。ボクはいつものように目を覚めました。

 

「ふわぁ〜」

 

 カーテンの隙間から見える真っ暗な空に目をやりながら起き上がり軽く身体を伸ばす。

 

 トイレと洗面を済ませて軽めの朝ごはんを食べる。メニューはいつもどおり卵かけご飯と味噌汁。

 

「あ、お母さんからライン来てる」

 

 手元に置いていたスマホを手に取りメッセージを見る。内容はまあいつもどおりだ。

 

 元気か、ご飯は食べているか、怪我はしてないか、というありきたりな内容。

 

「元気だよー」

 

 と、いつもどおり適当に返す。一応一枚だけバイクの写真でも送っておくか。

 

「そういえば、もうすぐクリスマスかあ」

 

 あと2週間もない。お母さんは今年はどんなプレゼントを送ってくるつもりなのだろうか。

 

「まあいいか」

 

 手早くご飯を食べ終え終食器を片付ける。部屋に戻り寝巻きを着替え旅支度を整える。

 

「まさか、綾乃本当について来る気なのかな」

 

 着替えながらこの前のラインでのやりとりを思い返す。

 

 

 

 

 

双葉:え? ついて来るって本気?

 

綾乃:そうだよー もしかして一人で行きたかった? だったらごめん

 

双葉:や! 全然そんなことないけど、いきなりどうしたの?

 

綾乃:あれからわたしもいろいろ行ってみて少しは慣れたし、思い切って遠出してみようと思って

 

綾乃:でも、さすがに一人だと不安だから双葉と一緒なら安心かなーって

 

双葉:安心って……琵琶湖だよ? 

 

綾乃:浜松からなら200キロだし、エイプならへっちゃらへっちゃら

 

双葉:うーん……

 

綾乃:……やっぱダメかな?

 

双葉:むむむ、わかった! 一緒に行こう。けど、装備とか大丈夫? たぶん1日目は野宿することになると思うよ。

 

綾乃:それなら心配しなくていいよー こっちもいろいろ集めたしね

 

双葉:りょーかい! ならボクに任せて!

 

綾乃:じゃ、よろしく! ……あれ、1日目?   

 

 

 

 

「とは言ったものの……ちょっと心配になってきたな」

 

 浜松から琵琶湖はだいたい200キロ。

 

 たいした距離じゃないけど、それはボクにとっての話で、綾乃にとってはかなりの長距離だろう。

 

「まあ、ちょっとでもやばそうだったら引き返せばいいよね」

 

 久しぶりの一人旅、かと思ったら思わぬ同行人ができて驚いているけど、なによりせっかくの綾乃とのツーリングだ。心配をするよりもまず楽しまないと。

 

「なでしことリンは川辺でキャンプ、かあ」

 

 あっちもあっちで楽しそうだ。なでしこ、興奮して風邪でもひいてなきゃいいけど。

 

「さて、そろそろ行きますか」

 

 家でやることは全てすませた。もうここにいる意味もない。部屋を出て玄関に向かう。

 

「じゃ、行って来まーす」

 

 誰にいうわけでもなくつぶやく。玄関のドアを開けると、冬の冷気がボクを殴りつけた。

 

「さーむーいー」

 

 日が出てないからしかたないけど、やっぱりめちゃくちゃ寒い。これから15時間近くバイクに乗りっぱと考えるとさすがに気が滅入ってくる。

 

 玄関を後に隣接するカーポートに向かう。

 

 ビーちゃんにかけた真っ黒いカバーをとっぱらい、柱に括り付けていたチェーンを外す。

 

「寒かったでしょ、ビーちゃん」

 

 サムイヨー!

 

 そんな声が聞こえた気がしてちょっと笑う。中に入れるわけにもいかないし、こればっかりはしかたない。

 

 キーを差し込んでハンドルロック解除。燃料コックを捻りガソリンを常時供給に切り替える。

 

 昨日のうちに縛りつけていた荷物を軽く点検する。前と違ってテントが増えたので念入りに確認する。

 

 ナビを起動してあらかじめ設定していたルートをセット。

 

 リンからもらったヘッドセットを耳にはめ込みヘルメットを被る。そろそろガソリンも十分にエンジンに行き渡ったころだろう。

 

 ハンドルを握ってビーちゃんを道路に持っていく。

 

 イグニッションスイッチをオン。戻すのを忘れていたウィンカーが、カチカチと点滅したので元に戻す。

 

 チョークを引く。キックペダルを出す。二、三回踏み一番重くなったところでいったん足を離す。

 

 そして、思い切り蹴り飛ばす。スロットルを回す。マフラーが白煙を撒き散らし2ストロークのエンジンが唸る。

 

 カタカタとアイドリングを始めたビーちゃんに跨りチョークを戻す。サイドミラーの位置を調整しゴーグルをかける。

 

 ウィンカー、クラッチ、スロットル。後ろを確認しクラッチを離す。

 

 回り出すタイヤ。景色がゆっくりと流れていく。ヘッドライトの黄色い灯りが住宅街を照らす。

 

 冬の身延、ボクとビーちゃんが駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

「んまー」

 

 静岡県、浜松市。国道409号線、弁天島海水浴場。

 

 コンビニの駐車場から見覚えのある海岸を眺めながら肉まんを食べる。コンビニはいつでも暖かいものが食べられるからいいよね。

 

 着信音、ラインだ。リンからみたいだ。

 

リン:いま、電話大丈夫?

 

双葉:大丈夫だよー

 

 そう返信すると、数秒もたたないうちに電話が入った。ヘッドセットをつけたままだったので、そのまま電話に出る。

 

「ボクだ」

 

『いや誰だよ。まあ知ってるけど』

 

 今電話するって言ったばかりだもんね。

 

「どうしたの?」

 

『双葉どうしてるのかなって思って。そういや知ってる? なでしこの奴風邪引いたんだって』

 

「え、ほんとに? あのなでしこが?」

 

 驚いた。あの元気の塊みたいな子が風邪を引くなんて。そういうこともあるのか。

 

『わたしもすげー意外だった。もう熱下がってるみたいだから大丈夫だろうけど、さすがにキャンプは無理だから今日はソロキャン』

 

「そっか、残念だったね。でも元気そうならよかったよ。今どこいるの?」

 

『長野の南のほう、上伊那ってところに行ってる。アルプス越えようとしたら道通行止めでびっくりした。今来た道戻ってるところ』

 

 また長野か。高ボッチ綺麗だったもんね。リンがはまるのも無理ないか。でも通行止めって、穏やかじゃないなあ。

 

「ありゃ、そこらへんよく規制されてるもんね」

 

『せっかくナビあるんだからちゃんと使えばよかったわ。そっちは?』

 

「ボクは今浜名湖だよ」

 

『……もうそんなところにいるのかよ。双葉は琵琶湖行くんだっけ?』

 

「うん、今日は綾乃も一緒」

 

『え、マジで?』

 

 リンから驚きの声があがる。たしかにボクも未だに半信半疑だ。昨日の夜も連絡を取り合っていたし、来るんだろうけど。まさか綾乃がって感じだ。

 

「なんか琵琶湖行くって話したら一緒に行くって言ってきて」

 

『……双葉、その子になに吹き込んだの?』

 

「ひどっ!」

 

 あんまりな言い草。吹き込んだって言い方には語弊がある。ボクはただ旅の素晴らしさを語っただけなのに。

 

『冗談、でもほんとに気をつけてね。わたしも行きで暴走族の集会に巻き込まれたし』

 

「あぁ、ボクも湘南あたりで巻き込まれたことあるよ。そっちも気をつけてね」

 

『うぃー ついたら写真でも送ってよ。こっちも送るからさ』

 

「うん、じゃーねー」

 

『またね』

 

 電話を切る。現在9時40分。綾乃はいつ来るのかな?

 

「動くな」

 

 ゴリっと背中に硬いものが押しつけられる。たぶん形的にスマホだな。

 

「今、双葉の背中に爆弾を仕掛けた。命がおしかったら3秒以内に浜松餃子を百個用意するのだ!」

 

「はやいよ」

 

 つっこみきれなくなって振り向く。見覚えのある顔がボクを見ていた。

 

「はいどかーん。残念、双葉の冒険はここで終わってしまった!」

 

「いや、この距離だと綾乃も死んでない?」

 

 だいたい3秒で餃子百個は無理がある。というかまだ店やってないし。

 

「だよね〜」

 

 綾乃が笑う。ひと月ぶりの再会にもかかわらず、ふざけきっている綾乃に思わず笑ってしまう。

 

「久しぶり、双葉」

 

「久しぶり、綾乃」

 

 おもむろに拳を突き出す綾乃。一瞬とまどったけど、すぐに意図を理解して、同じように拳を突き出す。

 

 コツン、拳と拳をぶつける。同じバイク乗り、大袈裟なリアクションなんて必要ない。

 

「こういうの一回してみたかったんだ」

 

「映画の見過ぎじゃない?」

 

「いいじゃんいいじゃんかっこいいし」

 

「たしかに」

 

 実際ボクも一瞬ときめいた。

 

 でも、こういうのってだいたいラストの別れのシーンとかでやるものじゃない? まだ再会したばっかりだよ?

 

 まあいいか、それよりもだ。綾乃のエイプに視線を移す。

 

 以前と何も変わってない。相変わらずかっこいい。けど前と明確に違うのは荷物が積まれていることだ。

 

 形からして寝袋にマット、あとたぶんテントもある。けっこう重装備だ。

 

「これ気になる? なでしことか双葉の話聞いてたら気になってさ。あれからいろいろ集めたんだよね。ほとんど中古だけど」

 

「すごいじゃん。へぇ、綾乃もキャンプ始めたんだ」

 

「あはは、実を言うとまだしたことないんだ。だって寒いじゃん。あ、テントなら浜名湖で何回か張ったよ」

 

「まあ、それが普通か」

 

 ボクの周りがちょっと変わってるだけで、世間一般の認識なんてこんなものだろう。

 

 ソロキャンも冬キャンも普通はやらないらしい。なら一人旅してる女子高生なんてもしかしたらボクだけかもしれない。

 

「それで、これからどうするんだっけ?」

 

「一応、1号走って名古屋経由して夜の7時くらいに琵琶湖到着の予定。それから湖畔の公園で野宿して明日琵琶湖一周。明後日帰宅って感じかな」

 

 ボクにしてはずいぶんと緩いスケジュールだ。いつもなら4日も休みがあるなら九州くらい行くだろう。

 

「あー、うん。わかってたけどすっごいハードスケジュール」

 

 総走行距離880キロ。浜松からの綾乃はだいたい550キロ。まあちょっとした遠出ってところだ。

 

「ちなみに帰りは大回りして岐阜経由か来た道戻って愛知経由か選べ──」

 

「ぜったい愛知!」

 

「えー」

 

 帰りに長野よって高ボッチ見てから帰ろうと思ったのに。まあしょうがないか。素直来た道Uターンしよう。

 

「……双葉って、戦国時代に生まれてたら我に七難八苦を与えたまえ〜って言う系の女子だよね」

 

 それなんて山中幸盛? しかも同じ苗字だし。もしかしてご先祖様だったりして。

 

「まあいいや、そろそろ行こうよ」

 

 時間は有限だ。このままいつまでも話していたい気もするけど、それは走りながらでもできる。

 

「だね、行きますか」

 

 うなずいてお互いのバイクに跨る。ヘルメットを被る。ゴーグルをかける。

 

 ネックウォーマーを鼻元まで押し上げる。

 

「でた昔の特撮に出てくる雑魚戦闘員」

 

 と、ヘルメットゴーグルネックウォーマーの不審者が言う。

 

「人のこと言えないでしょが」

 

 ミラーに映った自分の姿を見る。マット仕上げの真っ黒なヘルメットに真っ黒なゴーグル。鼻まで覆った白いネックウォーマー。

 

 うん、ボクも大概だな。

 

「いっそのこと二人で原付戦隊ヘルメッターでもやる?」

 

「二人しかいないのに戦隊なのか……もういいから行くよ」

 

「は〜い」

 

 キックペダルを蹴り飛ばす。ホンダとヤマハのエンジンが息を吹き返す。

 

 朝の浜名湖。太陽を背に二台のバイクが走り出す。

 

 

 

 

 

『めーでーめーでー! こちらエイプ、めちゃめちゃ寒いです! おーばー!』

 

 愛知県国道1号。関東と関西を一本で繋ぐ幹線道路をトロトロと走っていく。

 

 田んぼと民家。そしてその合間にあるファミレス街という典型的な地方都市の郊外といった光景が、ボクの視界に飛び込んでは過ぎ去っていく。

 

「綾乃、さっきからずっとそんなちょうしだけど、どうしたの?」

 

『だって、走りながら話せるのってなんかテンションあがんない?』

 

 ボクの予備のヘッドセット(綾乃にあげるつもりでこっそり買っていた)を装着してから、綾乃はずっとこんなちょうしだ。

 

「わかる。なんかちょっと不思議だよね」

 

『それな〜』

 

 バイクに乗っているときは基本的に風切り音とエンジン音しか聞こえないから、人の声が聞こえてくるとちょっと変な気持ちになる。

 

『ていうか寒いよ〜!』

 

「綾乃、心をおちつかせて自分をバイクの一部だと思い込むのです……」

 

『む〜り〜』

 

 だよね〜

 

 綾乃の服装はボア付きのコートと暖かそうではあるが、ツーリングにはいささか力不足なのだろう。

 

『双葉はなんてそんなにピンピンしてんのさ〜』

 

「だってボク上に6枚着てるもん」

 

『うわせこ!』

 

 さらにお腹にカイロも巻いてるのは秘密だ。あぁ、ハクキンカイロあったかいなぁ〜

 

「せこいだろ〜」

 

『せこいよ、せこせこせこいやだよ』

 

「ふっ、なにそれ」

 

『んー、わかんないや』

 

 雑談に花を咲かせながらひたすら1号を走らせる。時速50キロで走るボクたちを周りの車が猛スピードで抜いていく。

 

『みんな早いな〜』

 

「ここ60だしね。ボクたちももう少し出す?」

 

 一応どっちも原付二種だから法律上はなにも問題ない。

 

『やめとくー怖いし」

 

 エイプ小さいもんなあ。あの車体で60、70出すのはちょっと勇気がいりそうだ。 

 

「ボクも無理、エンジン燃える」

 

『なにそれこわ』

 

 2スト単気筒の宿命だ。よく回るおかげで加速はいいけど、回転数が高すぎてずっと回すと壊れてしまう。

 

 その気になれば60、70は出せるけど、それは車線変更するときや合流するときくらいだけだ。

 

「しょせん50ccだからね。それにボクのバイク壊れたらパーツないから直すのめちゃめんどくさいんだよね」

 

『そんなレアなの?』

 

「山梨に一台しか売ってなかった」

 

『うへ〜めっちゃレアじゃん』

 

 元からマイナーなうえにもう十何年も前に絶版になったバイクだ。パーツは基本的に全部中古品しかない。

 

 今はまだ大丈夫だけど、いつかどこか壊れて泣きを見るんだろうなあ。

 

「そういやエイプってどれくらい出るの?」

 

『90はでるみたい』

 

「さすが100cc。綾乃は出したことある?」

 

『あるわけないじゃん! 死んじゃうよー』

 

 まあそりゃそうか。

 

 綾乃はボクみたいに頭にオートルーブ詰まってるわけじゃないもんね。ちゃんと脳みそ入ってるもんね。

 

『そういや双葉のバイクってけっこういじってるよね? 自分でやったの?』

 

「うん。けど、いじるって言ってもパーツちょっと変えただけだよ」

 

『え、ちょっとってレベルじゃなくない? 双葉のバイクネットで調べたけど全然見た目違ったよ?』

 

 たしかに純正のYB-1に比べればだいぶ変わってるか。

 

「いろいろやったからね。ハンドルもウィンカーも変えたし、ヘッドライトにもバイザー付けてフェンダーにもプレートつけたから、ぱっと見かなり違うかも」

 

 元のデザインがいいから、ちょっといじるだけで一気にレトロっぽさが増した。

 

 あの時は大変だったなあ。ウィンカーの結線間違えてつかなくなったりネジがどっかいっちゃったり。今となってはいい思い出だ。

 

「最初はミラーもバーエンドのやつ使ってたんだけどね。振動で全然見えなくなっちゃって結局元に戻しちゃった」

 

『え、それ純正なの? なんか形違くない?』

 

「押し曲げて無理やり角度変えた」

 

『えぇ……』

 

 だってそのままだと肩邪魔で全然後ろ見えなかったんだもん。

 

 これもこれですぐ錆びるししょっちゅう角度変わるで微妙に使いにくいんだよね。

 

 ヤマハってなんで右のミラーだけ逆ネジなんだろう。気軽に交換できないからやめてほしい。

 

「原付なんてみんな単純だからね。ドライバーとレンチさえあればだいたいなんとかなるよ」

 

 基本的にネイキッドなんてエンジンにタイヤつけただけみたいなものだから、ノリと勢いでなんとかなってしまう。

 

『そうなんだ。わたしもハンドル変えてみようかな。これちょっと幅広いんだよね』

 

「今度教えよっか?」

 

『おねがいー』

 

「りょー」

 

 流れていく景色、すぎていく街、冬の空、ホンダとヤマハが走っていく。

 

 旅はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「いぇーい」

 

 パシャリ。苔に覆われた巨大な御神木をバックに、蟹みたいに両手でピースする綾乃を写真におさめる。

 

「はい撮ったよ。あとで送るね」

 

「ありがと、せっかくだしお参りしてこーよ」

 

「さんせー」

 

 スマホをしまって二人で拝殿に向かって歩き出す。平日の昼だけあって、人はあまりいない。

 

 弁天島から走ること86キロ。ボクたちは名古屋の熱田神宮に来ていた。

 

 太陽はちょうど空の真上にさしかかり、突き刺すような寒さを少しだけまろやかにしてくれている。

 

「うわさには聞いてたけどさー 名古屋ってやっぱ運転すごいね」

 

 綾乃の言葉にここに来るまでのことを思い出す。

 

 ウィンカーは出さないし急な割り込みは当たり前、赤信号なのに構わず発進するのを見た時は本当にびっくりした。

 

「帰るまでに命があるかわからないらしいからね、名古屋にいたら」

 

 ここで生き延びるにはきっと修羅にならないといけないんだろう。

 

 うぇ、くわばらわくわばら。

 

「ひぇーおっかな。交通安全のお守りでも買ってかえろーかな」

 

「その前にお参りだね」

 

 なんとか五体満足で名古屋を出れるように神様にお祈りしなきゃ。並木道を歩きながらそんなことを考える。

 

 しばらく歩くと拝殿が見えてきた。境内の地図だとこの奥に本宮があるらしい。

 

 ちらほらとお参りしている人がいる。ボクたちも早いとこお参りしていこう。

 

 賽銭箱の前に立ち、五円玉を投げ入れて二拍二礼。

 

 ボクも綾乃も無事に旅を終えることができますように。

 

 ここになんの神様が祀られてるかは知らないけど、とりあえずそう祈っておく。

 

「双葉は何お願いしたの?」

 

「旅の安全。そっちは?」

 

「双葉が浜松で特上鰻重を奢ってくれますように」

 

 綾乃の目が怪しくギラリと光る。

 

「うわぁ……」

 

 即物的すぎる。もう少しこう、風情とか、そういうのはないのだろうか。

 

 というかそうだった。次会ったら奢る約束してたっけ。

 

 特上鰻重、いったいいくらするんだ。最低でも3千円はするよね。

 

「ろ、ローンってありですか?」

 

「なんだよケチだなー」

 

「そ、そこをなんとか」

 

「あはは、うそうそ。そんなの奢らせるわけないじゃん」

 

「ほっ」

 

 よかった。冗談だった。冗談のわりには目がすごいギラギラしていた気がするけど、きっと気のせいだろう。

 

「なんか鰻の話してたらお腹空いてきたね。せっかく名古屋来たんだしどっか食べてこーよ」

 

「それならボク鉄板焼きナポリタン食べたいなあ。あれ気になってたんだよね」

 

「あ、それいいじゃん!」

 

「じゃあ、行こっか」

 

「おー!」

 

 足並みを揃えて拝殿を後にする。冬の名古屋、琵琶湖まで残り120キロ。

 

 

 

 

 

「「いぇーい」」

 

 パシャリ。ベンチにスマホを立てかけ、名古屋城をバックに例の蟹みたいなポーズでツーショットを撮る。

 

 名古屋グルメを堪能したあと、ボクは綾乃の願いもあって名古屋城に足を運んでいた。

 

「一回名古屋城行ってみたかったんだよね〜 なでしこにもおーくろ」

 

 綾乃がベンチに置いたスマホを回収してポチポチといじり出す。

 

「あ、そういえばなでしこ今日風邪ひいたんだってさ。おかげでキャンプ行けなくなっちゃったみたい」

 

「え、なでしこが? ほんとに?」

 

 半信半疑の綾乃。ボクなんかよりもずっと間近でなでしこを見てきたんだから、そう思うのも無理はない。

 

「やっぱそう思うよね。まあそっこーで熱下がったみたいだけど」

 

「あはは、だと思った。たぶん、昨日の夜ベランダで電話でもしてたんじゃない? 前もそれで風邪引いて遊びの予定パーになったことあってさ。寒いからやめろて言っても全然聞かないの」

 

「ふふ、ほんと変わんないなあ」

 

 今ごろどうしてるんだろうか。きっと熱下がったからキャンプ行くって言い張って桜さんにとめられてるんだろうなあ。

 

「そうだ。せっかくだし電話してやろー」

 

 プルルルル。スピーカーで発信音が鳴りほどなくして電話がつながる。

 

『あ、アヤちゃん久しぶり〜! どうしたの?』

 

 スマホから聞こえる声は相変わらず元気いっぱいで、ちょっとだけ安心する。

 

「うん、久しぶりなでしこ。双葉から聞いたぞー風邪引いたんだって? どうせ昨日の夜ベランダで電話でもしてたでしょ?」

 

『えっ! なんで知ってるの! あ、アヤちゃんもしかして超能力に──』

 

 本当にベランダで電話してたのか。夜だからたぶん寝巻きだろう。そりゃ風邪も引くよ。

 

「目覚めてないから。ほら、前も同じことあったでしょ? 中三の秋の時、紅葉見に行こーって約束したのになでしこ風邪引いたよね。その時もベランダで電話してたじゃん」

 

『えぇ? そうだったっけー?』

 

「ほんと、寒いんだから気をつけろよなー」

 

『えへへ、心配かけてごめんね〜 そう言えば今外にいるの? なんか音にぎやかだけど』

 

「ふっふっふ、どこにいると思う?」

 

 綾乃がスマホをいじる。画面になでしこが映るのがちらりと見える。ビデオ通話にしたみたいだ。

 

「双葉、こっちこっち」

 

 そう言うと、綾乃が突然ボクの腕に自分の腕を絡ましてくる。

 

 自分たちと名古屋城が映るようにスマホを調整する綾乃。

 

 カメラに目を向けるとスマホに映ったなでしこが目を見開いて驚いた。

 

「はっはっはぁ! 双葉は預かったー! 返して欲しければ1秒以内に浜松餃子千個持って名古屋城にくるのだー!」

 

 そのセリフ気に入ったのかな。しかもボクに言った時よりも難易度が天文学的に上昇してるし。

 

『えぇぇっ!? アヤちゃん今名古屋いるの! しかも双葉ちゃんまで!』

 

 電波の影響でちょっとだけラグいなでしこ、略してラグしこが目をしきりにパチクリさせる。

 

「やっほーなでしこ、風邪大丈夫?」

 

『だ、大丈夫だけど……え、ど、どゆこと? なんで双葉ちゃんが名古屋いるの?』

 

「今日はわたしと双葉で琵琶湖までツーリング。で、双葉からなでしこが風邪引いてるって聞いたからお見舞いに電話してみたんだ。ま、元気そうで安心したよー」

 

『へぇ、そうだったんだ〜 ありがと〜』

 

『なあ、なでしこ。今ロリ子の声聞こえなかったか?』

 

 スピーカーから聞き覚えのある声が聞こえる。この声は千明だ。お見舞いにでも来てるのかな。

 

 少ししてスマホの画面が激しく動き、千明の顔が映し出される。

 

「やっほー千明、名古屋城なうだよー」

 

『うぉっ、ほんとに名古屋城映ってやがるし。マジかよすげえな。山梨からどんだけ離れてると思ってるんだよ』

 

「うーん、250キロくらい? たいした距離じゃないよ」

 

 せいぜい9時間くらい走るだけ、日帰りで行ける距離だ。

 

『あー……うん……なんだ。つっこむところ多すぎてもはやつっこむ気にならんわ』

 

「ぷっ、あっははは、やっぱ普通そう思うよね〜」

 

 千明の話の何かがツボに入ったらしく、綾乃がお腹を抱えて笑い出す。

 

『えっと、そっちの人はなでしこの幼馴染の──』

 

「うん、土岐綾乃。そこの風邪っぴきの幼馴染で双葉の友達。なでしこから聞いてるよ、千明ちゃんって言うんだよね?」

 

 友達……わかりきっていることだけど、面と向かって言われるとちょっと嬉しい。

 

『お、おう! なんか初対面の人に名前呼ばれると恥ずかしいな。そっちはどうだ? 横にいるちんまいのに無茶振りさせられてたりしないか?』

 

 無茶振りって……せいぜい琵琶湖で野宿しようとしてるだけじゃないか。

 

 しかも今回はテント付き、こんなイージーモードそうそうないんだぞー!

 

「あはは、まだ着いていけてるから大丈夫だよー ちょっとなでしこに代ってもらってもいい?」

 

『おう、ちょっと待ってろ……これなら二人とも映るだろ』

 

 画面の下に机が映る。勉強机の上にでも立てかけたのだろう。おかげでなでしこと千明の両方が見えるようになった。

 

「なでしこ、久しぶり。顔を見るのは二ヶ月ぶりくらいかな?」

 

 懐かしそうな、嬉しそうな、それでいて寂しそうな、そんな複雑な表情の綾乃。

 

『そっか、もうそんなにたったんだ〜 あっという間だったよ』

 

「どう、そっちは楽しい?」

 

『うん! 友達もいっぱいできたんだよ!』

 

「そっか……よかったじゃん。なんか、安心したよ」

 

 心のそこから安心したような、よかった、だった。

 

 どれだけ距離が離れても、どれだけ月日がたっても、綾乃にとってなでしこは、大事な大事な友達なのだろう。

 

「キャンプ楽しい?」

 

『うん! すっごい楽しいよ! いつかアヤちゃんも一緒にやろー!』

 

 笑顔のなでしこ。この笑顔に、ボクもリンもすっかり絆されてしまった。本当に不思議な子だ。改めてそう思う。

 

「うん、わかった。わたしもなでしこの真似して道具揃えたんだ。だから冬休みか春休みにでもキャンプしよーよ。リンちゃんって子も誘って、四人でね」

 

『……うん、うん! ぜったい、ぜったいだからね!』

 

「ふふ、ぜったい行くから、覚悟してまってろよー」

 

 山梨と愛知。距離にして約250キロ。声も手も届かない遥か彼方。

 

 けど、今この瞬間だけは、ボクたちの心はたしかにつながっていた。

 

「じゃ、わたしたちそろそろ行くよ。ここ駐車料金高いんだよねー」

 

 そういえばそうだった。駐車代原付30分百円。今ならまだワンコインですませられる。

 

『そっか、これから琵琶湖いくんだっけ。二人とも気をつけてね!』

 

『気をつけろよー! とくにロリ子、あんま相方に無茶させんなよー!』

 

「させないって!」

 

「あはは、じゃーねー」

 

 画面の向こうで手を振る二人に振りかえして綾乃が電話を切る。暗転する画面、周囲の喧騒がボクたちを現実に引き戻す。

 

「なでしこ、めっちゃ元気そうだったね。風邪引いてるのに」

 

「ね、ほんとに風邪だったの? って感じ」

 

「千明って子もいい子そうだったし、安心したよ」

 

「すっごいいい子だよ。普段はあれだけど」

 

 なでしこと二人きりだとブレーキ役がいないからちょっと心配だけど、まあ大丈夫だろう。

 

「そろそろ行こっか。あと5分で30分すぎちゃうし」

 

「え、ほんと? やばくない?」

 

「やばい。だから走ろう」

 

 顔を見合わせうなずき、脇目もふらずに走り出す。ここから駐車場までけっこうある。間に合うかな?

 

 12月の名古屋。冬の空、冬の風、冬の旅。

 

 琵琶湖まで残り120キロ。旅はまだまだ終わらない。




用語解説

暴走族
ビッとやってっからよぉ……
いつでも加入待ってっからよぉ!!
ブオオオオオオオオオオオオオンン……(哀愁)

バーエンドミラー
ハンドルの端に取り付けるミラー 安物だと車が何台走ってるのかすらわからない
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