【完結】ザコの旅   作:クリス

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番外編更新しました。
https://syosetu.org/novel/268358/2.html

今回はつなぎなんで短いです。


10話 レギュラーガソリン 1リットル 152円(税込)
10-1


 

 

 

 

 

 12月も残すところ二週間を切った。

 

 わずかに残っていた秋の名残はもはや完全に消え去り、身の毛もよだつような木枯らしと、蒼々しい空が長い冬の到来を予感させる。

 

「えー、この時代の特徴として──」

 

 黒板の板書をノートに書き写しながら、新しく赴任してきたばかりの先生を見る。

 

 鳥羽先生。産休でこれなくなってしまった歴史の先生の代わりにやってきた若い先生だ。

 

「やっぱり、あの人だよなあ……」

 

 今回が初めての学校らしく、面識など当然あるわけないんだけど、どうしてか、ボクはこの人にものすごい見覚えがあった。

 

 脳裏に浮かぶのは四尾連湖での出来事。泥酔したお姉さんを引っ張る火熾しお姉さん。

 

 酒を持ってこいというしょうもない叫び声は今でも記憶に残っている。

 

 正直、あの泥酔お姉さんが鳥羽先生だなんて信じられないけど、観察眼には自信がある。十中八九同一人物だろう。

 

「なでしことリンには秘密にしておくか」

 

 けど、ああいう姿は普通は見られたくないものだ。ボクが同じ立場だったらまず間違いなく恥ずかしくて死ねる。

 

 言いふらすのもあれだし、これはボクだけの秘密にしておこう。

 

 でも、ありえないだろうけど、もし鳥羽先生が野クルの顧問にでもなって一緒にキャンプすることになったら、面白いものが見られるかもしれない。

 

 ま、そんなことは起きないだろうけどね。そもそも一応顧問いるし。顧問らしいことしてるの一回も見てないけど。

 

 さて、この授業が終わったら野クルでクリキャンの作戦会議だ。クリスマスも迫ってきた。いい加減具体的な計画を考えておかないと。

 

「当時の考え方として──」

 

「やっぱ、ギャップ激しすぎるよなあ……」

 

 いったいなにをどうすれば、この凛々しい美人の先生があのだらしない酔っ払いお姉さんに変わるんだろうか。

 

 教師って大変って聞くし、ストレス溜まってるのかな? 手伝えることがあったらなるべく手伝うようにしておこう。

 

 そんなことを考えるボクなのであった。

 

 

 

 

 

「諸君、これより第一回野クル緊急会議を始める」

 

 放課後、いつもの部室、いつものメンツ。いつもの集まり。

 

 うなぎの寝床みたいな部室で、どっかの特務機関の司令官みたいに両手を顔の前で組んで眼鏡を光らせる千明。

 

 またなんかハマったのかな。

 

「すでにわかっていると思うが、事態は急を要する。諸君らの優秀な頭脳を貸してほしい」

 

 かっこいポーズを決めてかっこいセリフを言ってるけど、下半身があぐらだからなにもかっこよくない。

 

「アキ、昨日アニメでも見たん?」

 

「……なんのことだ?」

 

「目泳いどるやんけ。まあええわ。あと下着見えとるで」

 

「なっ!?」

 

 顔を赤くして慌てて膝を閉じる千明。そんなのやる前からわかるでしょうに。

 

「と、思ったけど勘違いやったわー」

 

「イヌ子、おまえなー!」

 

「け、喧嘩はだめだよー!」

 

 なでしこ、これは喧嘩じゃなくてただのいちゃつきっていうんだよ。

 

 いつも思うけど、この二人ってほんと仲良いよなあ。

 

「うぉっほん、気を取り直して会議を──」

 

「あ、そういやうちお肉当たってもうたわ」

 

「なにぃー!?」

 

 ガタガタガタッ。そんな感じの擬音がつきそうな勢いでボクとなでしこと千明の三人に動揺が走る。

 

「これやでー」

 

「国産A5ランク黒毛和牛肩ロース、

2キログラム……」

 

 あおいの差し出したチラシを読む。年末によくやってる懸賞か。こういうのって、基本当たらないものだと思っていたけど、当たる時は当たるんだな。

 

「お、おい! イヌ子マジか! マジなのか! またいつものホラじゃないだろな!?」

 

「ここで嘘つく意味ないやろ。ほんまやでー 試しに応募してみたら当たってもうたわ。」

 

「ふぉぉぉ! 黒毛! しかも和牛!」

 

「クリスマスまでには届くみたいやし、これ使ってキャンプご飯つくろーや」

 

「「「やったー」」」

 

 太っ腹なあおいにみんなで歓声をあげる。

 

 ちゃんとした牛肉食べるのなんていつぶりだろうなあ。いつもは安い細切れ肉しか食べないから楽しみだ。

 

「ちなみに一人4千円な」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 財布をちらり。

 

 5千円札が一枚コンニチハ。

 

「……千円札ってありますか?」

 

「うそやでー」

 

 ほっ、びっくりしたあ。もう冗談きついってあおい。二人とも固まっちゃってるじゃん。

 

「アーナンカカタコッテモータワー」

 

 と、調子に乗ったらしいあおいがニヤリとわらってそんなことを言い出した。なんて酷い棒読みだ。

 

「あおいちゃん肩もんであげるね!」

 

「い、イヌ子なんか飲み物欲しくないか? ロリ子コーヒー頼めるか!?」

 

「露骨に媚び売るのやめようよ」

 

 みっともないからやめなさい。なんていうか、この三人ってほっとくとすぐこれだよね。楽しいけどさ。

 

「こんちはー 遊びにきたよ〜」

 

 そんな楽しげな空間にまた一人友達がやってくる。

 

 なんてことない日常、なんてことない時間、なんてことない幸せ。

 

 この時間がいつまでも続けばいいのに。ボクはそんなことを思うのであった。

 

 

 

 

 

 パチパチ、メラメラ。落ち葉と枯れ枝燃やして熾した焚き火を野クルと途中でやってきた斉藤さんで囲む。

 

「千明、こんなの買ってたんだ」

 

 もはや恒例行事と化しつつある校庭での焚き火。

 

 けど、いつもと違って薪は直火じゃなくて焚き火台の上で燃えている。

 

 金網とポールを組み合わせたシンプルな焚き火台。

 

 構造自体はたいしたことないけど、これがあるだけでキャンプ感が一気に増している。

 

「めっちゃええやんこれ」

 

「うんうん、いかにもキャンプって感じ」

 

「だろー?」

 

 この焚き火台は千明が新しく買ってきたとのこと。たしかに自慢するだけあってすごい使い勝手が良さそうだ。

 

「いいなーボクも買っちゃおうかな」

 

 バイクと焚き火ってあんまり相性がよくないから避けてたけど、こうも目の前で見せつけられると欲しくなってくるのが人間だ。

 

「おう、買え買えー」

 

 そんなに焚き火するわけじゃないし、安めの、なんなら何かで代用できるならいいんだけど。

 

 あとでちょっと調べてみるか。

 

「んで、話は変わるが、いい加減クリキャンの具体的なプランを練っといたほうがいいと思うんだわ」

 

「たしかに、そろそろ決めないとあとちょっとで冬休み入っちゃうもんね」

 

「ゆうて、決めなあかんのキャンプ場くらいやろ。荷物はいつもと同じやし」

 

「ダメだよあおいちゃん! クリキャンは特別なキャンプ! 特別なキャンプには特別なご飯が必要なんだよ!」

 

「まあ、たしかにどうせならカレーとかありきたりなもんじゃなくてそれっぽいもん作りたいよな」

 

「わたしはおいしかったらなんでもいいよ〜」

 

 わちゃわちゃ会議しているみんなを横目に今度のキャンプご飯について考えを巡らす。

 

 あおいにだけ任せるのもあれだし、ボクもなにか作りたいなあ。なにがいいかな。

 

 焚き火、キャンプっぽい、おいしい、牛肉……肉……鶏肉……

 

 うん、あれなんかいいんじゃないか? そうだ、そうしよう。

 

「ふふふ……」

 

 我ながらいいアイデアを思いついて思わずニヤついてしまう。

 

「どないしたん双葉ちゃん、なんやえらいニヤついとるけど」

 

「ふっふっふ、ひみつだよー」

 

 パーティーにはサプライズが必要不可欠だ。せいぜいびっくりさせてあげよう。 

 

「双葉ちゃんもしかして、なにかおいしいキャンプご飯思いついたの!?」

 

「チ、チガウヨー」

 

 なでしこ、君はエスパーかなにかなの? どうしてそこまでピンポイントで当てられるの?

 

「目、めっちゃ泳いどるやん」

 

「まあ、その、なんだ、楽しみにしておいてやろうぜ」

 

 フォローありがとう千明! でも、できればスルーしてほしかったな!

 

「あ、双葉ちゃんのサプライズで思い出したんだけど、プレゼント交換ってしないの?」

 

 斉藤さんの言葉にみんなが納得したようにうなずく。あれ、なんでみんな「あー」って感じでうなずいてるの?

 

「ねえ斉藤さん、プレゼントって誰かと交換しあうものなの?」

 

「え、双葉ちゃん友達とプレゼント交換したこと──」

 

「おーっと斉藤! 飲み物ほしくないか! お湯だけどな!」

 

「斉藤さん、たしかペット飼っとるんやったっけ? よかったら写真みしてもらってもええ?」

 

「え? あ、うんいいけど」

 

「斉藤さん斉藤さん、双葉ちゃん今まで友達いなかったんだって。たぶんプレゼント交換とかしたことないんだと思う」

 

「あー、なるほどー」

 

 千明、あおい、なでしこ、わかりやすいフォローありがと! あとなでしこ、耳打ちしてるつもりなんだろうけど全部聞こえてるよ!

 

 でも、みんなのそういうところほんと大好き!

 

「ま、まあ、あんまプレゼントだのかたっ苦しいこと抜きにして、ここはお互いのおもてなしの気持ちをプレゼントにっちゅうことでええんとちゃう?」

 

「あおいちゃんナイスアイデア!」

 

「たしかに、それでよさそうだな。どう思うよ双葉、斉藤」

 

「うん、いいんじゃないかな? すごくいいと思う」

 

「わたしもさんせ〜」

 

 わいわいがやがや。冬の木枯らしにも負けず、ボクたちは来るべきクリキャンに向かって邁進していく。

 

 よく、世間では準備している時が一番楽しいって言われるけど、たしかにそのとおりかもしれない。

 

 だって、こんなにワクワクするんだもん。

 

「ちょっとあなたたち!」

 

 でも、そんな楽しい時間は長くは続かなかった。

 

 突然の第三者の声。ボクたちが一斉に振り向く。

 

「こんなところでなにやってるの!?」

 

 歴史の鳥羽先生が、血相を変えて僕たちの前に立っていた。

 

 もしかして、なにかまずいことしちゃったのかな?

 

 

 

 

 

「これ、どうぞ」

 

 マンデリンの香りが漂うマグカップを困り顔でベンチに座る鳥羽先生に差し出す。

 

「あ、ありがとうございます……いただきます」

 

 先生がコーヒーをひと口。

 

「あ、おいしい……」

 

 険しかった顔が少しだけ和らぐ。よかった。気に入ってくれたみたいだ。

 

「たしか1年の山中さん、でしたよね? コーヒー入れるの上手なのね」

 

「べ、べつにボクなんてそんなたいそうなものじゃないですよ。えへへ」

 

「ううん、お世辞とかじゃなくて、本当においしいわ……ウィスキーに合いそう」

 

「え、先生今何か言いました?」

 

 気のせいかな、今ウィスキーって聞こえたような。

 

「い、いえいえ、なにも言ってませんよ!」

 

「あ、はぁ」

 

 まあいいや。それにしても、この人も災難だよなあ。

 

 まさか、あんなことが起こるなんて。正直今思いだしてもひどい話だ。

 

「それで、一応あなたたち野外活動サークル? の顧問になったわけなんですけど、具体的になにをするのかしら?」

 

 校庭で焚き火をしていたボクたちを注意しにきた鳥羽先生。

 

 ボクたちは許可はとっているのだけど、納得できない(当たり前と言えば当たり前だ)先生が一応顧問をしている大町先生に確認。

 

 その後、なんやかんやあって鳥羽先生は大町先生に野クルの顧問を押し付けられてしまった。というのがことの顛末だ。

 

 まさに藪を突いて蛇を出す。という言葉がふさわしい。先生には同情しかない。

 

「一言で言うとみんなでキャンプしようっていう部活っす」

 

「ざっくりしすぎやアキ。間違っとらんけど」

 

「今度の冬休みもみんなでキャンプ行きます!」

 

「まあ、なんていうか、こんな感じのゆるい部です。なんで、あんまり忙しくはないと思います」

 

「そう、なのね……」

 

 あからさまにほっとする鳥羽先生。そりゃそうだよね。

 

 新任なのに説明もなしにいきなりわけのわからない部活の顧問押し付けられて、ボクだったら不安でどうにかなってしまいそうだ。

 

 ちょっとさすがに不憫だなあ。そうだ。気休めになるかはわからないけど、ちょっと付け足しておこう。

 

「先生」

 

「はい?」

 

 顧問がついて盛り上がるみんなを横目に先生に耳打ちする。

 

「あの、ボクとかなでしこ……各務原さん、料理けっこう得意なんで、先生にも色々作りますよ。例えば……お酒に合うおつまみとか」

 

「お酒……」

 

 あ、反応した。わかりやすい。

 

 正直、こんなんで釣り合いが取れるとは思わないけど、少しくらい旨みがないといくらなんでも先生がかわいそうだ。

 

「焚き火でじっくり焼いたパリッパリのチキンとか、出汁の効いたお鍋とか……」

 

「ごくり……」

 

 こしょこしょと耳元で囁く。そういえばボクなんでこんなことしてるんだろ。普通に話せばいいじゃん。

 

 まあいいや。

 

「他にも言ってくれればなんでも、作りますよー」

 

「な、なんでも……」

 

「はい。鳥羽先生、なんていうか、押し付けるみたいな形になってすいません」

 

「い、いえ、そんな」

 

「これくらいしかお返しはできませんけど、よかったらボクたちの面倒をみてもらってもいいですか?」

 

 先生の横に座って頭を下げる。自分でいうのもなんだけど、ほんと成長したよねボク。

 

 昔だったらこんなこと絶対にできなかっただろうに。

 

「……はい、こちらこそ! よろしくお願いしますね」

 

 そう言って、鳥羽先生は微笑んだ。それだけで、十分だった。

 

「よーし! 顧問もついたことだし、新生野クル気合い入れてくぞー!」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

 ボクとみんなの元気な掛け声が、冬の校庭にこだまする。

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱり鳥羽先生ってどこかでみたことあるんだよねー」

 

 あ、やばい。なでしこが勘づいた。

 

「先生、ちょっと手をこうしてもらっても──」

 

「わーわーわー!」

 

「どうした急に」

 

「双葉ちゃん、またなんかごまかそうとしとらん?」

 

「な、なんのことかなー ボクわかんないやー あーいいてんきだなー」

 

「あはは、やっぱこの子たちおもしろいなー」

 

「うふふ、皆さんほんとに仲がいいんですね。これならなんとかやっていけそう」

 

 わいわい、わちゃわちゃ。今日も野クルは平和そのものだった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、ボクの健闘虚しく、鳥羽先生の正体は、ほどなくしてなでしこにばれたのであった。

 

 とほほ、ボクが頑張った意味って……

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