ザツな旅   作:クリス

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志摩リン(2)

 

 

 

 

 

 誰もいない図書室のカウンターで静かに本のページを捲る。

 

 冬休みが終わって三学期。わたしがあいつに対する気持ちを自覚して一ヶ月。

 

 なにかが起きるわけでもなく、いつもどおりの平穏な日常が過ぎていく。

 

 野クルは相変わらずキャンプ三昧だし、双葉も相変わらずキャンプに行ったり本人曰く近場(ぜんぜん近場じゃねえ)にツーリングに繰り出している。

 

 ただ、あいつが送ってくる写真にテントが映ることが多くなって、わたしは少し安心している。

 

 双葉が語る旅の話には、必ずと言っていいほど危ない目にあったエピソードが混じっている。

 

 低体温症になりかけて死にかけただの、炎天下で水が尽きてプチ熱中症になっただの、寝ようと思ったところがホームレスの寝床だっただの、枚挙にいとまがない。

 

 双葉は笑いながら話すけど、聞いてるこっちは気が気がじゃない。

 

 一度だけ、あいつが旅に行ったきり帰らなくなった夢を見たことがある。

 

 なんで帰ってこれなくなったのかは覚えてないけど、すごく悲しくて、すごく怖い夢だったのはよく覚えている。

 

 その時は、もう高校生だっていうのに、年甲斐もなく大泣きしてしまった。思い出すと今でも顔から火が吹きそうになる。

 

 で、そんな夢を見た日。当の本人に大阪がいかに近場なのかとかいう頭に廃油でもつまってるじゃないかっていう話を力説されて、思わずキレそうになったわたしは悪くないと思う。

 

 あいつの距離感ほんとにどうなってるんだよ。大阪が近場なわけないだろ。ちょっとは疑問に思えよ。頭2ストかよ。

 

「……ったく、人の気も知らないで」

 

「誰の気も知らないで?」

 

「おわぁっ!?」

 

 カウンターの下から黒い影がにゅるりと出てきて思わずのけぞる。 

 

「って、斉藤か。ビビらせんなよ」

 

「だってリン話しかけても全然反応してくれなかったじゃん」

 

「え、マジ?」

 

「うん、さっきからずっと後ろでテレパシー送ってたのにリンったら全然気づいてくれないの」

 

「気づくわけねえだろ」

 

 また謎設定作ってやがるし。なんだよテレパシーって。

 

 知り合ってけっこうな時間がたったけど、こいつのこういうところは全く理解できない。

 

「で、どうしたの? さっきからため息ばっかついてるよ」

 

「そんな前から見てたのかよ……べつに、なんでもない」

 

 あいつのことを考えて物思いにふけっていたなんて言ったらなにされるかわからんから絶対に言わん。

 

 とくにこいつには。このおふざけ魔神には絶対にだ。

 

「こういう場面でなんでもないって、逆にありますって言ってるようなもんだよね」

 

「うっ……」

 

 痛いところをつかれて押し黙る。こいつの言ったとおり。こういう場面でこんな反応をすればなにかありますって言ってるようなものだ。

 

「もしかして、双葉ちゃんのこと?」

 

「なっ、なななんで斉藤が知ってんだよ!」

 

「あ、やっぱり〜」

 

「しまっ!?」

 

 斉藤がしてやったりと言った感じでニンマリと笑う。こ、こいつカマかけやがった。

 

「……なんでわかった?」

 

「だって、最近リン口を開けば双葉ちゃん双葉ちゃんって、そればっかりじゃん」

 

「え、そうだったっけ?」

 

 斉藤の言葉に最近の言動を思い返してみる。

 

 言われてみればたしかに、双葉のことばっかり話していたような……いやまて、やっぱり話してないぞ。

 

「うーん、どっちでしょー?」

 

 ……もういいわ。こいつに真面目に付き合ってると疲れるだけだわ。

 

「で、いつ告白するの?」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

 口からどうやって発音したのかわからない奇声が飛び出す。

 

 いきなり特大の地雷ぶっ込んできやがったぞ! さ、さっきからこいつなんなんだよー!

 

「わ、わたしが双葉に……こ、告白なんて、するわけねえだろ!」

 

「あはは、やっぱり〜」

 

「だから、おまっ! 双葉はただの友達だって言ってんだろ!」

 

 ただの友達。自分で言った言葉なのに、胸がズキズキと痛んでしかたない。

 

 ただの友達。本気でそう思えたらどれだけ幸せだっただろう。

 

「も〜 またそうやってムキになって。だめだよ、自分に嘘ついちゃ」

 

 こいつもなでしこみたいなこと言うんだな。でも、含まれる意味がだいぶ違う。

 

 けど、そんなこと言われたって、どうすりゃいいんだよ……

 

 わたしだって本当は双葉の近くにいたいに決まってる。

 

 友達以上の関係になりたいと思ってるし、友達どうしじゃ絶対できないことだってしたいと思ってる。

 

 でもだめだ。

  

 わたしと双葉は女どうしで、ただの友達で、どう頑張ってもそれ以上にはなれないのに、なんで今さらそんなこと言うんだよ……

 

「だ、だから、双葉とはなんともないっていうか……」

 

 ズキズキ、ズキズキ。心が痛い。

 

 嘘でごまかすたびに心の中のわたしが悲鳴をあげる。

 

 こんなにつらいなら、こんなに苦しいなら、こんな気持ち知りたくなかった。恋なんてしたくなかった。

 

 痛い、辛い、苦しい。双葉、助けてよ……

 

「まあ、リンがそれでいいならいいんだけどさ。それでいいの?」

 

「いいって……?」

 

「とられちゃうよ、双葉ちゃん」

 

 そう言って斉藤は窓の向こうを指さした。指先を目で追う。

 

「なっ!?」

 

 そして、その先にあった光景に目を見開いた。

 

 中庭の一角、向かい側の校舎の壁際で、双葉と見知らぬ男子生徒が話していた。

 

 遠いから表情はわからないけど、あれはどう考えたって、そういうことだろう。

 

 なんで、どうして? 嘘だろ? 

 

「ちょっと行ってくる!」

 

 気がつけば椅子から立ち上がって廊下に向かって駆け出していた。

 

「気をつけてね〜」

 

 斉藤の言葉に耳もかさず、がむしゃらに走り続ける。

 

 心の底にしまっておくと決めていた感情がぶくぶくと沸騰して、頭が激情でいっぱいになる。

 

 上履きも履き替えずに中庭を横断する渡り廊下から飛び出して、双葉のところに一直線に向かう。

 

「ふた、双葉!!」

 

「あ、リン。どうしたの? そんな慌てて」

 

 いきなり走ったせいで荒くなった息を整えながらあたりを見回す。

 

 さっきまでいた男子の姿を見えなくなっていた。

 

 よかった……

 

「すっごい走ってきたけど、もしかしてなにかあった?」

 

 膝をついて息を整えるわたしの顔を、双葉が心配そうに下から覗き込んでくる。

 

 琥珀色の大きな瞳が日の光を反射してキラキラと輝く。

 

 綺麗だな……って違う。

 

「えっと……その、図書室で双葉が男の人と、話してるの、見たから、ちょっと、気になって……」

 

 しどろもどろな会話。まるでわたしと知り合ったばかりの時の双葉みたいな話し方。

 

 こんなんじゃ動揺してるって言ってるようなもんじゃないか。

 

 落ち着けわたし、双葉はただの友達。

 

 ただの、友達、なんだから……

 

「そっか、見てたんだ……」

 

 双葉がばつの悪そうな顔で頬をかく。

 

「なに、話してたの?」

 

 わたしが聞くと、双葉はちょっと困ったように眉をひそめた。

 

「うんとね、なんか、告白? されちゃったみたい。あはは、びっくりだよ」

 

 告白。その言葉を聞いた途端、崖から真っ逆さまに落ちるような感覚に襲われた。

 

 やっぱ、そうだよな。

 

 あんな人気のないところで話すことなんて、それくらいしかないもんな……

 

「それで……どう、答えたの?」

 

 まるで地の底から這い出たゾンビみたいな声。けど、それは間違いなく自分の喉から出ていた。

 

「リン、なんか顔怖いよ?」

 

「答えてよ」

 

 一歩踏み出す。双葉が後退りする。

 

「ちょ、ほんとにどうしたのリン?」

 

「いいから答えてよ」

 

 また一歩、踏み出す。

 

「え、えっと、こ、こういうのってあんまり人に言いふらさないほうがいいと思うなーって」

 

「べつに、恋バナなんて女子なら誰でもするでしょ? まあ、双葉には経験ないかもしれないけどさ」

 

「そうだね! ボクぼっちだもんね!」

 

 またぼっちって言った。もう違うだろって何回も言ってるのにまだ言うのか。

 

 ちょっと、お仕置きだな。

 

 一気に詰め寄る。後退る双葉を壁に追い込む。

 

「り、リン!?」

 

 わたしよりもちょっと低い位置にある双葉の頭の横に自分の手を置く。

 

 俗に言う壁ドンとかいう状態。

 

 テレビで紹介されてた時はバカじゃねえのって思ってたけど、まさか自分がするはめになるなんてな。

 

「わたしには言いたくないの?」

 

 鼻と鼻が触れ合うくらいの近さで双葉をまっすぐ見つめる。

 

 長い睫毛、ちょっと垂れ気味のくりくりした瞳。真っ赤になった頬。

 

 ほんと、かわいいなこいつ。

 

「え、えと、えとえと」

 

 わたしの突然の行動に慌てふためく双葉に、嗜虐心がくすぐられる。

 

 斉藤とかなでしことか、いつもはされる側だけど、双葉相手にはわたしはする側に回れる。

 

「……ねぇ」

 

 双葉のピンと硬直した手を掴んで、顔をぐいっと近づけ耳元で囁く。双葉の肩がびくりと震える。

 

「答えてよ」

 

「ひゃっ!?」

 

 真っ赤に染まった小さな耳に息を吹きかけるように囁く。

 

 わたしのほうが大きいからこそできる行為。

 

 ゾクゾクと、身体の奥から得体の知れない快感が湧き上がってくる。

 

「双葉」

 

 逃げられないように双葉の足の間に足を差し込む。タイツとタイツがつるつると擦れ合う。

 

「ひゃうっ、り、リン!? あ、あし、当たって、あ、あのあの……う、うぅ」

 

 大好きな友達を追い詰めるという優越感と背徳感。

 

 胸が熱くてしかたない。これやばい、癖になりそう。

 

「それとも、わたしじゃだめ?」

 

 それは、どういう意味でのだめ、だったのだろうか。

 

 自分でもよくわからないひと言。だけど、双葉には通じたようだ。強張っていた肩から力が抜けていくのがわかった。

 

 耳元に近づけていた顔を引き離す。

 

 壁ドンした時から赤かった双葉の顔は、今じゃもう焚き火みたいに真っ赤になっていた。

 

「……えっと、告白なら断ったよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、身体の力がどっと抜ける気がした。知らない間にすごい力んでたみたいだ。

 

 そっか、断ったのか……よかった。

 

 どうせ付き合えるわけないのに、妙に安心してしまう。

 

「なんで断ったの?」

 

 本当は理由なんてどうでもいいけど、一応体裁を保つため聞いておこう。

 

「え、そ、それも言わなきゃダメ?」

 

「ダメ」

 

 もう一度顔を近づけて耳元で囁くと、双葉の肩がまたぶるりと震えた。

 

 やばい、双葉敏感すぎるだろ。

 

 これ、やばい。なにがやばいのかわからないけど、とにかくやばい。

 

 身体の奥からなにかが湧き上がってくる。背徳感とか、優越感じゃない。もっとこう、根源的ななにかだ。

 

「それとも、わたしには言いたくないの?」

 

 顔を見ながらそう言うと、双葉は目を潤ませて、寂しそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をした。

 

 なんでそんな顔するんだよ……そんな、まるで誰か好きな人がいるみたいな……

 

「だ、だって……」

 

 もしかして……

 

 目の前が真っ暗になった気がした。

 

 いや、まだ決まってない。まだなにも言ってない。まだなにも聞いてない。

 

「ボクね……」

 

 本能が告げる。これ以上は聞いちゃいけない、と。

 

「双、葉?」

 

 いやだ。聞きたくない。

 

 いやだいやだいやだいやだいや──

 

「他に、好きな人がいるんだ」

 

 あっ……

 

 他に、好きな人がいる。

 

 頭の中で双葉の言葉が何度も何度も反響する。

 

 好きな人がいる。

 

 好きな人がいる。

 

 好きな、人がいる。

 

「あっ……そ、そうなんだ……」

 

 口が動いたのは、まさに奇跡だった。

 

 熱に浮かされていた頭が、バケツで水をかけられたかのように冷えていく。

 

 身体に力が入らなくなって、双葉の手を離してしまう。

 

 音も、寒さも、光も、なにも感じない。真っ暗で、静かで、何もない世界に落ちていく。

 

 双葉には、好きな人がいた。

 

 こいつはこういう場面で嘘をいう奴じゃない。だから、きっと本当なんだろう。

 

 そりゃ、告白も断るよな……

 

 一歩、また一歩と、詰めていた距離を離す。

 

 冷静になった頭が双葉の目尻に滲んだ涙をとらえた。

 

 ちょっと悪いことしちゃったな。あんな壁まで追い詰めて、動けなくして……ほんと最低だなわたし。

 

「ごめん、双葉。怖かったよね? 眼鏡外して?」

 

「え? あ、うん」

 

 ハンカチを出して目元の涙をぬぐってやる。

 

 こんなもっともらしい言い訳までして双葉に触れようとする自分に心底嫌気がさす。

 

 でも、しょうがないだろ。好きになっちゃったんだから。

 

 もう叶わないなら、せめて友達のふりくらいさせてよ……

 

「り、リン、ボクね……えっと、その……」

 

 顔を赤らめもじもじしながら必死に言葉を紡ごうとする双葉。よくみるとちょっとにやついてる。

 

 こんなことされたのに、なんでそんな嬉しそうなんだよ。

 

 勘違いするだろ。するぞ、ほんとに勘違いするぞ。

 

 思いだせ、こいつには好きな奴がいるんだ。たんにぼっちが長すぎてスキンシップに飢えてるだけなんだ。

 

 きっとそうだ。そうに決まっている。

 

「えっと……えっと……り、り、りり……う、うぅ、やっぱ無理だよぉ……」

 

「り? いいよ。無理して言わなくて」

 

 暴走しかけた思考を理性で押し止める。

 

 これ以上こいつに思わせぶりな態度をされたら、きっとわたしは暴走してしまう。

 

「男子に詰め寄られて、怖がってないかって心配してただけだからさ。なんでもないならいいよそれで」

 

 見え見えの嘘をつく。

 

 どこの世界に壁ドンして足まで差し込んで心配する奴がいるんだよ。自分で言っててツッコミどころだらけだよ。

 

 でも、こいつは信じるんだろうな。アホだし。

 

「あ、うん。ありがと。でも、良い人そうだったし、そんなに悪く言わないであげてね?」

 

 双葉、悪いけどそれ無理。

 

 真冬に軽装備でキャンプして低体温症で病院送りにされろって思ってる。口には出さないけど。

 

「双葉はもう少し警戒心もてっての。無防備にもほどがあるだろ」

 

 そんなんだからわたしにキスされそうになったり壁ドンされるんだぞ。

 

 って、言えたらどれだけよかっただろうか。

 

「う、なんかごめん」

 

「もういいよ。でも、本当に気をつけてね」

 

「うん……ありがと。ボク、そろそろ帰るね」

 

「あ、引き止めてごめん」

 

「気にしてないよ! ボクもリンと話せて嬉しかったし。じゃーねー!」

 

「あ、うん」

 

 顔を真っ赤に染めたまま、双葉は顔を両手で覆って駆け足で去っていく。

 

 だから、そういう勘違いするようなこと言うなっての……

 

 期待しちゃうだろ……

 

「でも、好きな奴いるんだよな……」

 

 どんな奴なんだろう。

 

 双葉とはほとんど毎日話してるけど、そんな話は聞いたことがない。

 

 もしクラスでそういうやつがいたらなでしこあたりが無自覚に告げ口するだろうし……

 

「そっか、好きな奴いるんだな……」

 

 もし双葉がそいつと付き合ったら、どうするんだろうな。

 

 あいつのことだから、けっこう甘えるんだろうな。

 

 抱きしめたり、するんだろうな……

 

 キスとかも、するんだろうな……

 

「あ、あれ?」

 

 突然、視界が滲み出した。

 

 雨なんて降ってないはずなのに、景色が滲んで何も見えない。

 

 いや、わかってる。これは雨なんかじゃない。

 

「なんで……ないたって……しょうがないだろ……」

 

 泣けばあいつがわたしのものになるのか? 違うだろ。

 

 絶対に叶わないって、最初からわかってただろ。

 

 わかってて、恋したはずだろ。

 

 だから、泣きやめよ……泣き止んでよ……

 

「うぐ……ぐす……ふたばぁ……」

 

 誰もいない中庭で、一人で泣き続ける。止まれと思うたびに涙があふれていく。

 

「うぇ……ふたばぁ……やだよぉ……」

 

 ポロポロと冷たい涙が溢れ、頬を伝って地面にシミを作っていく。

 

 生まれて初めて本気で恋をした。

 

 知り合ってまだ一年も経ってない短い付き合い。

 

 だけど、わたしの人生を塗り替えるには、それで十分だった。

 

 叶わないと知ってても、それでもいいと思ってた。

 

 一緒にいられれば、それだけでよかった。

 

 ずっと隣で笑ってくれれば、それだけで満足だった。

 

 そう思ってたのに、心のどこかで願ってしまった。

 

 だけど、それはもう二度と叶わない。

 

 心の中の双葉がどんどん遠ざかっていく。

 

「やだよぉ……おいてかないでよぉ……ふたばぁ……」

 

 ただひたすら泣き続ける。

 

 そうするしか、今のわたしにはできなかった。

 

「リン……」

 

「さい、とぉ?」

 

 ぐずぐずに崩れた視界の中で、見覚えのある腐れ縁の影を見た。

 

 泣いてるところを見られてしまった。理性が泣きやめと言っても感情がそれを拒否する。

 

「……リン」

 

 気がつけば、突然視界が真っ暗になって、暖かさに包まれる。

 

 遅れて聞こえてきた心臓の鼓動が、自分が抱きしめられたということを教えてくれた。

 

「大好きなんだね、双葉ちゃんのことが」

 

「……うん」

 

 もう言い訳のしようがない。

 

 諦めて白状することにした。こいつならきっと悪いようにはしないだろう。

 

 長い付き合いだし、それくらいは信用している。

 

「初めて、だったんだ……誰かを好きになったの……」

 

「そっか……」

 

「でもさ、やっぱダメだった……」

 

 認めたくないけど、本人の口から聞いてしまった。

 

 あんな嬉しそうな顔、初めて見た。

 

 色づいた頬、潤んだ瞳。わたしに向けられたものじゃないと知ってても、見惚れざるをえなかった。

 

 たぶん、惚れた弱みってやつなんだろうな。

 

 でも、それがわたしにむけられることはない。

 

「ふられちゃった?」

 

「……好きな人がいるって」

 

 あの笑顔も、あの瞳も、全部他の知らない奴に取られてしまった。

 

 どうして、もっと早く会えなかったんだろう。

 

 もっと早く知り合ってれば、もっと早く友達になってれば、もしかしたらわたしにもチャンスはあったのかもしれないのに。

 

 もう、全ては後の祭りだ。

 

「そっか……リンは聞いたの? 誰が好きなのかって」

 

「聞いてない……」

 

「……ちなみに聞くけど、告白は?」

 

「……してない」

 

「え!? 告白もしないで勝手にふられたって思いこんで泣いてるの? リン、バカなの?」

 

「おまえなー!」

 

 わたしの頭をかかえるようにして抱きしめていた斉藤をつきはなす。

 

 言っていいことと悪いことがあるだろ! なんだよ、ちょっとは良いところあるなって思ったのに!

 

「だって! あいつは女でただの友達で! どう頑張ったって、それ以上にはなれないだろ!」

 

「そう? 今時そういうの珍しくないよ?」

 

「だけど! あいつがそうだって決まったわけじゃないだろ!」

 

「聞いてもないのに?」

 

「うぐっ……」

 

 さっきからなんなんだよ。人の痛いところばっかりつきやがって。

 

 そんなのわたしだってわかってるに決まってるだろ。

 

「怖いんだよ……告白して、ふられて、そのあとどんな顔して会えばいいんだよ……」

 

 わたしは今の関係が大好きだ。

 

 双葉がいて、なでしこがいて、斉藤がいて、千明とあおいがいて、鳥羽先生がいて、一人でキャンプしたり、みんなでキャンプしたり。

 

 どれだけ距離が離れていても、心はつがなっている。そんな今の関係が大好きだ。

 

「わたしのわがままで壊したくないんだよ……」

 

「……リンはほんとに優しいね。でも、それでリンは本当に幸せなの? 違うよね?」

 

「わかってる。わかってるよ……でも、どうすればいいんだよ」

 

「それはリンが一番よくわかってるよね?」

 

 斉藤の言うとおり、このどっちつかずな状況をどうにかする方法はわたしが一番理解している。

 

 想いを伝える。これしかこの荒れ狂う感情をどうにかする方法はない。

 

「でも、怖いよ……」

 

 もし拒絶されたら、わたしはきっと立ち直れない。

 

 今はまだなんとかなる。淡い希望を抱いて、叶いもしない望みを抱いて生き続ければいい。

 

 友情を笠にきて、自分の欲望を叶えようとしているはしたない女だということがバレてしまったら、わたしはきっと生きていけない。 

 

「すっごいしかめっつらしてるところ悪いんだけど、たぶんリンが思ってるようなことにはならないと思うな〜」

 

「……なんで、そんなこと言えるんだよ」

 

 さっきからなんなんだよ。さも知ったような口ぶりで、あることないこと言いやがって。

 

「ふっふっふ、ひみつ〜」

 

 イラッ。思わず手が出そうになってすんでで堪える。

 

「お前、あとで覚えとけよー」

 

「……その分だと、ちょっとは元気でたみたいだね」

 

 さっきまでのおちゃらけた表情とは打って変わって、どこか安心した顔で斉藤は言った。

 

 もしかして、わたしを元気づけるためにわざと……

 

「斉藤……」

 

「あ、告白したら結果教えてね〜」

 

 あ、やっぱ違うわ。

 

 こいつ、自分の愉悦を満たすことしか考えないわ。

 

 もし告白に成功してもこいつにだけは絶対に教えてやらん。

 

 ていうか、わたしもなに成功する前提で考えてるんだよ!

 

 あぁー! もう全部双葉が悪いんだー! 全部全部双葉のせいだ!

 

 ピコン!

 

「ん、誰?」

 

 スマホを出す。

 

 メッセージはわたしが今一番頭を悩ませている奴からだった。

 

 

 

 

 

双葉:リン、今度の土曜日、二人きりでキャンプ行きたいんだけど……どうかな?

 

双葉:えっと……できればみんなには内緒で

 

 

 

 

 

 これは、期待してもいいのか?




告白してきた男子は、斉藤さんが後日始末しました。
嘘です
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