【完結】ザコの旅   作:クリス

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番外編更新しました。
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11話 ドンキホーテ サンタスーツ 1,980円(税込)
11-1


 

 

 

 

 

 12月24日、世間一般ではいわゆるクリスマスイブと呼ばれる特別な一日。

 

 もっとも、ボクにとってはカラフルなイルミネーションやカップルがキャッキャウフフ(死語)するさまを唾を吐き捨てながらながめるだけの退屈な日である。

 

 と、昨日までのボクなら言ってただろう。

 

「でも今日はちがーう!」

 

 玄関の前でビーちゃんに跨りながら太陽万歳のポーズをかます。

 

 死にゲーっていいよね。ハマりすぎて危うく夜更かししそうになったけど。

 

「ついにボクの時代が来たのだー! ふふ、ふふふふ、ふーはゲホッブッフォッ!?」

 

 うぇ、唾が変なとこ入った。やっぱなれない高笑いなんてするもんじゃないね。

 

 ていうかもう行かないと。リンと待ち合わせしてるし。

 

 高ぶるテンションに任せてキックペダルを蹴り飛ばす。スロットルを思い切り捻ると51ccのF5Bエンジンが環境に悪そうな唸り声をあげる。

 

「しゅっぱーつ!」

 

 クラッチ、1速、ウィンカー、アクセル。

 

 全ての動作をほぼ無意識に行いビーちゃんを発進させる。冬の南部町に、2ストロークのエンジン音がこだます。

 

 

 

 

 

「ちょっと早く着きすぎたかな?」

 

 家からちょっと離れたところにある道の駅でリンが到着するのを待つ。

 

 長い休みに突入した時特有の謎テンションと、持ち前の心配性が合わさって、予定よりも1時間も早くついてしまった。

 

「いつ見てもこのたけのこだけ世界観おかしいよなあ」

 

 駅の端にある謎のたけのこタワーを眺めつぶやく。

 

 ボクが子供のころからあるけど、このどうしようもないシュールさがザ・田舎って感じで嫌いじゃない。

 

「たけのこよ、お前はなぜたけのこなのだ……」

 

 ピコン! 

 

 スマホだ。リンかな?

 

リン:今ここ

 

 そんなメッセージとともに一枚の写真が送られてくる。

 

「あれ、これボクじゃん」

 

 写真にはたけのこタワーを眺めるボクの背中が映っていた。ということは……

 

「きさま! みているなー!」

 

 どっかの酒を飲まずにいられない吸血鬼みたいに振り返る。もちろんポーズも忘れずに。

 

 しーん……

 

「って、誰もいないし」

 

「なにしてんの?」

 

「ぴゃあああ!?」

 

 視界の横から黒い影がにゅるっと出現して思わず尻餅をつく。

 

 うぇ、眼鏡ずれた。

 

「って、リンか。おどかすなよー!」

 

 眼鏡をかけ直すと、黒い影の正体があらわになった。言うまでもなくリンだった。

 

「ふ、ふふ、ごめん」

 

 笑いながら謝られてもちっとも嬉しくないよ。差し出された手を掴んで立ち上がる。

 

 もう、ズボンに砂ついちゃったじゃんか。

 

「ぴゃあって、ぴゃあって……」

 

 お腹を抱えて痙攣するリン。笑いすぎでしょ。クールなキャラはどこに行ったの?

 

「あとで覚えとけよーリン!」

 

 ヒーターでテントぬくぬくにしてもリンだけ入れてあげないもんね!

 

 寒そうにしてる横であったかいコーヒー飲んじゃうもんね!

 

「ごめんって。あ、そうだ」

 

 リンは、いつものようににっこりと笑った。

 

「おはよう、双葉」

 

「おはよう、リン」

 

 そしてボクたちはいつものように挨拶をした。

 

 ……まあ、テントくらいなら入れてあげるか。コーヒーも一杯だけだと淹れづらいし二人分淹れておこう。

 

「というか早くない? まだ1時間あるよ」

 

 さっきから気になってたことをたずねる。

 

 もしかしてリンもテンション上がって早く来ちゃったのかな?

 

「ど、どれくらいでつくかわかんないし、早めに行ったほうがいいかなって」

 

 顔をちょっと赤くして恥ずかしそうにリンが言う。うん、なんてわかりやすいんだ。

 

「ていうか! 双葉だって1時間も早く来てんじゃん! どんだけ楽しみだったんだよ」

 

「リン、言いたいことはわかるけど、全部ブーメランになってるからね」

 

「なっ……」

 

 ぷしゅーという効果音でもつきそうな感じで硬直するリン。なんか今のリンは志摩リンじゃなくてしまりんって感じだな。

 

「だいぶ早いけど出発する? それともちょっと休んでく? まあ、たけのこタワーしかないけどさ」

 

「たけのこ? ああ、そういうことか」

 

 ボクの後ろで天高くそびえ立つたけのこタワーを見て、リンがなんとも言えない声をだす。

 

 まあ、そういうリアクションするよね、普通は。

 

「……なんでたけのこ?」

 

「さあ、名産品なんじゃない?」

 

 たけのこ食べたくなってきたな。今の時期じゃ輸入品しか手に入らないだろうけど。

 

「なんでタワー?」

 

「……さあ」

 

 たけのこよ、お前はなぜたけのこなのだ。

 

「とりあえず、一枚撮っておく?」

 

「……うん」

 

 たけのこタワーをバックにスマホをパシャリ。

 

 撮った写真を確認。ものすっごい無表情のボクとリン。

 

 うーん、やっぱシュールだなあ……

 

 こうして、また一枚変な思い出が増えたのであった。

 

「そろそろ行く?」

 

「だね、行こっか」

 

 各々のバイクに戻る。って、ビーノ、ビーちゃんの隣じゃん。エンジン音で気づけよボク。

 

 ヘルメットを被ってエンジンをかける。リンをちらりとみると、当たり前のように口元にマイクが伸びていた。

 

 まあ、ボクもなんだけどね。ほどなくして、ラインで電話がかかってくる。

 

「いつでも行けるよー」

 

『こっちもオッケー』

 

 右足をつきながらその場でUターン。駐車場の出口に向かってビーちゃんを走らせる。

 

 その後ろをリンのビーノがついてくる。

 

「あ、キャンプ場なら一回行ったし、ボクが先走るよ」

 

『りょーかい。あ、ガソリンちゃんと入れたんだろーな』

 

 ぎくり。

 

 恐る恐るメーターを見る。よかった、なくなってはない。うん、なくなっては、いないな。

 

「……イ、イレタヨー」

 

『棒読みやめろ』

 

 言えない。もう半分切ってるなんて。

 

 しょうがないじゃんキャブ車は飛ばすとすぐガソリンが減るんだよー

 

『はぁ……絶対途中でスタンド寄れよ』

 

「はい」

 

 言われなくてもわかってる。もう、あんな黒歴史は繰り返さない。ノーモアガス欠。

 

 般若、咲さん……うっ、頭が。

 

 は、早く、ガソリンスタンドに行こう。

 

 

 

 

 

「レギュラーマンタンゲンキンデー」

 

 ガソリンスタンドで店員に復活の呪文を唱える。

 

 給油キャップを取ったタンクにノズルが突っ込まれ、刺激臭のする液体がゴボゴボと注がれていく。

 

 ビーちゃんよ、人の金で飲むガソリンはおいしいかい?

 

 ウメー!

 

 まあ、君たちはそうだろうね。

 

 後ろを見るとリンのビーノもビーちゃんと同じようにガソリンを入れてもらっていた。

 

「304円でーす」

 

「あ、はい」

 

 いつものように千円札を渡そうとしてすんででストップ。小銭入れからお金を出して渡す。

 

 ちょっとはボクも成長したのかな?

 

「ありやっしたー」

 

 支払いを終えてビーちゃんのエンジンをかける。

 

 コツは最後まで蹴りぬくこと。中途半端に力を抜くと回転が足りなくてエンジンがかからない。最悪プラグが被って沼にはまる。

 

 二回ほどペダルを蹴ると、ブルンと手応えがして、すかさずアクセルを煽る。

 

 金属の板をものすごい勢いで振動させたような独特の低い音が鳴り響き、白煙と焦げた匂いが立ち込める。

 

 空吹かし。足元でエンジンのピストンが高速で回転する。

 

 まるで生き物が呼吸しているようなちょっと不安定なアイドリング、やっぱ古いバイクはこうでなくちゃ。

 

 キュルル。後ろのビーノのセルが回る音がする。規則正しいエンジン音が鳴り響く。

 

「むー」

 

 振り向いてビーノを睨みつける。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもー」

 

 なんていい始動性だろうなんて、これっぽっちも思ってない。

 

 キャブレター車こそ至高と思っているボクだけど、電子制御の安定性のよさだけは認めざるをえない。

 

 まあぶっちゃけ実用性で考えれば完全に上位互換だしね。

 

「じゃ、出すね」

 

「うん」

 

 ギアを1速に変えてクラッチをじんわりと離してアイドリングだけで発進させる。

 

 ウィンカーを出して出口の手前で止まり、車をやり過ごす。

 

 よし、行った。右手で発進の合図をして道路に繰り出す。

 

 12月。身の毛もよだつ、冬の山梨。年明けは目と鼻の先まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「あ、見えた」

 

 国道139号線を上ること数十キロ。

 

 クリキャンのキャンプ場である富士山YMCAグローバルエコビレッジにボクたちはたどり着いた。

 

 この前来た時と違って空はどこまでも青く晴れていて、小さな綿菓子みたいな真っ白い雲がその青さを引き立てていた。

 

 キャンプ事務所に続くアスファルトは、いつの間にか剥き出しの土に変わり、タイヤを転がすたびにゴトゴトとシートを揺らした。

 

「とーちゃーく」

 

 ブレーキペダルを踏んで後輪をスライドさせながら停車。砂埃が宙を舞う。

 

「テンション上がりすぎでしょ」

 

「だって、ほんとに楽しみだったんだもん」

 

「ふふ、まあわかるけどさ」

 

 そんなやり取りをしながらビーちゃんとビーノを駐車スペースに停めてヘルメットを脱ぐ。

 

 冬の澄んだ空気が身体を包み込んだ。時計を見る。まだ12時になったばかりだ。

 

「今何時?」

 

 リンが肩を寄せて時計を覗き込んできたので、見やすいように腕を差し出す。

 

「12時25分……ってことはもうチェックインできるね」

 

「ちょっと早いけどそうだね。どうせなでしことかもすぐ来るでしょ」

 

 リンちゃーんとか、双葉ちゃーんとか言いながら突撃してくるさまがありありと目に浮かぶ。

 

「あ、それわたしも思った」

 

 というか千明もあおいももう来てそうだ。まだ決まったわけじゃないけど。

 

 そんなことを考えながら二人で受付へと歩き出す。

 

 ボクたちのクリキャンが、今その幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

「やっぱもう来てたね」

 

 受付をすませ、気が遠くなるほど広い草原の中、ビーちゃんをゆっくりと走らせる。

 

 前にはリンのビーノが同じく4ストのエンジンをトコトコ鳴らしてゆっくりと走っていた。

 

『二人来たって言ってたけど、大垣と犬山さんかな?』

 

 ちょっと早かったかなと思いながらも足を運んだ受付。ボクたちの予想通りすでにチェックインはすんでいた。

 

「だと思うよ。二人とも鳥羽先生の車で来るって言ってたし」

 

『車か……めちゃ快適なんだろうなー』

 

 あったかい暖房。しかも運転手(先生)つき。

 

 お菓子を食べてジュースを飲みながら眺める雄大な富士山……

 

「リン、この話題はやめよう。惨めになるだけだよ」

 

『……だな。ていうか、二人ともどこいるんだろ。さっきから全然見当たらんし』

 

「もうこっちでテント張る場所決めていいんじゃないかな」

 

『そうするかー あ、あの丘の上とかいいんじゃない?』

 

 リンのビーノについていく。少し走るといい感じの丘の上にたどり着いた。

 

 エンジンを止めて、ヘルメットを脱ぐ。富士山からやってきた冷たいそよ風が、全身を包み髪をゆらす。

 

 静かな世界にボクとリンの息遣いがこだます。

 

「すごい……」

 

 そして、目の前の景色に目を奪われた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 見渡すかぎりの枯れ草の草原、その茶色のシートの向こう。

 

 ひたすらに青い空を突き抜けるように敢然とたたずむ富士の山。

 

 黒い岩肌にかかる粉砂糖のような雪。まるでチョコレートケーキのようだなと思った。

 

「写真でも撮る?」

 

 リンが気を利かせてたずねてくる。

 

「ううん、写真は後にするよ」

 

 首を振って断る。

 

 こんなにも美しい光景を、無粋なシャッター音で台無しにしたくない。

 

 息を吸うのも忘れ、ただ目の前の景色に見惚れる。

 

「そっか、じゃあわたし先にテント張ってるね」

 

「あ、そうだった。ここバイク停めちゃだめなんだった」

 

 受付の人いわく荷物の出し入れの時は乗り入れOKとのことだけど、あんまり長い時間停めっぱなしはよくないだろう。

 

 すでに荷物を下ろしてテントを張り始めたリンを見習ってボクも自分のテントの準備をする。

 

 ボストンバッグをおろし、中にしまったテント一式を取り出す。このテントは本当にコンパクトで使いやすい。

 

「へぇ、それが双葉が言ってたやつか」

 

「うん、すっごい使いやすい。ちょっと狭いけどね」

 

 インナーテント、ポール、ペグ、フライシートの順でテントを設営していく。

 

 家で何度か練習したかいもあって、琵琶湖で使った時よりも格段に動きがよくなった気がする。

 

「えい、えい」

 

 仕上げのフライシートのペグをビーちゃんに積んでいるレンチで打っていく。

 

 どうせ百均のレンチだし、雑に使ったところでどうということはない。

 

「れ、レンチ? レンチだよなあれ」

 

 テントを張り終えたリンが変なものを見るような目で見てくるけど、それは気にしないことにする。

 

 いいじゃないかー! ペグハンマー高いんだよー! 

 

「えい、えいっと……できたー!」

 

「おぉー」

 

 張り終わったテントの前で万歳のポーズ。そうだ。写真とらないと。

 

 スマホを出して、適当にパシャパシャ。あとでお母さんにも送っとくか。

 

「リンも一緒に写真とろ!」

 

「ちょっ、おい」

 

 椅子を出して座ろうとしていたリンの腕にボクの腕を絡ましてスマホをかかげる。

 

「いち足すいちはー!」

 

「……ふっ、はいはい二でしょ」

 

 パシャリ。

 

 満面の笑みのボクと、驚きつつもなんだかんだいって笑顔のリンのツーショットが出来上がる。

 

 うん、いい写真。家帰ったら印刷しよ。

 

「今送るね。あ、みんなにもおーくろ」

 

『──ちゃーん! ──ちゃーん!』

 

 スマホをいじっていると、遠くのほうで、ものすごく聞き覚えのある声がした。

 

 この声はもしかして、いやもしかしなくても……

 

「リンちゃーん! 双葉ちゃーん!」

 

 今度ははっきりと声が聞こえる。リンとボクが振り向く。

 

 丘の麓からなでしこがダッシュでこっちに向かっていた。

 

「お、来やがったな元気っ子め」

 

「尻尾……尻尾が見える」

 

よく見るとさらにその奥のほうから水色のSUVもゆっくりと走ってきていた。

 

 桜さんだ。いつも送り迎えしててほんとすごいなあ。

 

「リンちゃん! 双葉ちゃん!」

 

 ボクらの前で急停止したなでしこが両手を差し出す。なにをしてほしいかはだいたいわかる。

 

 リンを見る。こっちもまんざらでもなさそうに微笑んでいた。

 

「「「いぇーい」」」

 

 パチン。三人の手を叩く音が草原に吸い込まれていった。

 

「けっこう来るの早かったね」

 

「えへへ、待ちきれなくて早く来ちゃった」

 

「わかるー ボクたちも待ちきれなくてさ。リンなんて待ち合わせの1時間前に来てたくらいだし」

 

「ちょ!? 双葉」

 

 道の駅でボクを驚かした仕返しだー! せいぜい照れるがいいー! ふーははー!

 

「え、そうなのリンちゃん!?」

 

 目をキラキラと輝かせたなでしこがリンに詰め寄ると、リンは頬を赤く染めて恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「……ま、まあ、わたしもけっこう楽しみにしてたし」

 

 観念したのか、本音を白状するリン。

 

 そんなリンを見て、なでしこの顔がものすごい笑顔になっていく。

 

「そっか〜リンちゃんも楽しみにしてくれてたんだ〜」

 

「ほらなでしこ、荷物とっとと下ろしなさい」

 

 いつの間にかテントの前まで来ていたSUVから桜さんが降りてきてなでしこにそう言った。

 

「そうだった。ごめんお姉ちゃん」

 

「あ、ボクも荷物運ぶの手伝うよ」

 

「双葉ちゃんは何もしなくていいわよ。全部こいつにやらせるから」

 

「お姉ちゃん、ひどいよ〜」

 

「ふふっ」

 

 ボクとリン、そしてなでしこと桜さん。人が増えるたびに増えていく笑顔。そして楽しさ。

 

 寒い寒い冬。けど、そんな冬に負けないくらい、この場所はあったかかった。

 

 

 

 

 

「よし、できた」

 

 コッヘルの中に溜まった琥珀色の液体を眺めて満足気にうなずく。風に乗ってマンデリンの香りが鼻をくすぐる。

 

「あ、焼けた焼けたー!」

 

 ボクの横でなでしことリンがバーナーでマシュマロを焼いてなにか作っている。よく見たらビスケットもある。

 

 まあなにを作るのかはわからないけど、どうせおいしいに決まっている。

 

 それよりもボクはコーヒーを用意しよう。

 

 できたコーヒーをそれぞれのマグカップに注ぐ。

 

「二人ともコーヒーできたよー」

 

「あ、ありがとー!」

 

「ごめん、わざわざ淹れてもらって」

 

「いいよいいよ。二人は先飲んでて」

 

 コーヒーに手をつけた二人を横目に持ってきた紙コップにコーヒーを注ぐ。砂糖とミルクはマシマシで。

 

 そうやってできたカフェオレと自分のマグカップを持ってSUVに向かう。

 

 車に近づくと、サイドミラーに桜さんの横顔が映った。

 

 本当なら帰ってもおかしくないんだけど、ボクが桜さんに待ってもらっていたのだ。

 

「どうしたの? 双葉ちゃん」

 

「桜さん、よかったらこれどうぞ」

 

 運転席に座っている桜さんにコーヒーを差し出す。桜さんの目が少し驚いたように見開いた。

 

「これ、もしかしてわざわざ淹れてくれたの?」

 

「四尾連湖の時のお返しってわけじゃないですけど、運転でお疲れだと思うんで」

 

 ボクがそう言うと。桜さんがにっこりと微笑んでコーヒーを受け取った。

 

 ほんと、びっくりするくらい美人だなあ。こんな笑顔向けられたら男も女もイチコロでしょ。

 

「ふふ、ありがとう。いただくわ」

 

「はい、じゃあボクはこれで」

 

 受け取ったのを確認し、テントに戻る。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 なんだろう。立ち止まって振り返る。すごく優しそうな表情で桜さんがボクのことを見ていた。

 

「いきなりこんなことを言うのもあれだけど、もし困ったことがあったり、悩み事があれば、遠慮なんてしないでいつでも頼ってちょうだい。例えば……そうね、ガス欠とか」

 

「え? が、ガス欠?」

 

 なんで、桜さんがガス欠のこと知ってるの? ボク誰にもあのこと話してないんだけど。

 

 リン、もしかして……

 

 ボクはテントの側でなでしこと仲良くしている親友のことを思い浮かべた。

 

 まあ桜さんともけっこう仲がいいみたいだし、話していても不思議じゃないか。

 

 基本的に家に誰もいないこととか全部知られてるし、心配するのも当然だよね……

 

「うちの妹もさんざん双葉ちゃんに世話になってるし、なにかあったら力になるわ。だから……あんまり一人で抱え込んじゃダメよ。もうあなたは一人じゃないんだから」

 

 そう言って、桜さんはどこまでも優しく微笑んだ。

 

 たぶんだけど、ボクの昔のこととか、家の事情とか、あらかたなでしこから聞いてるんだろうな。

 

 それにたいして、勝手に言いふらされたなんて思うわけもなく、ただただ暖かい気持ちが心に広がっていく。

 

 だって、それは間違いなく混じり気のない善意でやったことだってわかっているから。

 

 やっぱり、ボクの周りの人たちはお人好しばっかりだ。

 

「……はい!」

 

 だったら、ボクはそれに対して負けないくらいの笑顔で応えるだけだ。

 

「じゃあ、ボクはこれで」

 

 お辞儀して今度こそテントに戻る。

 

「あ、おいしい……」

 

 後ろのほうでそんな声が聞こえた。よし、静かにガッツポーズ。

 

「戻ったよー」

 

「双葉ちゃん双葉ちゃん! これ食べてみてー!」

 

「え、なにっもがっ!?」

 

 突撃してきたなでしこに口の中になにかを突っ込まれる。

 

 もぐもぐと咀嚼、飲み込む。

 

 そして──

 

「なにこれおいしいー!」

 

 自分でもわかるくらい顔がにやける。人ってあんまりにもおいしいもの食べるとにやけちゃうよね。

 

 焼いたマシュマロとビスケットが、口の中でサクサクトロトロのハーモニーとなってそれはもう絶品だ。

 

 やばい、これおいしすぎる。

 

「でしょでしょ! リンちゃんが作ってくれたんだ〜! スモアって言うんだって! いっぱいあるから三人でたべよー!」

 

「うん!」

 

「お前ら夜ご飯食えなくなっても知らないからなー」

 

「「おいひい〜」」

 

「聞いてねえし」

 

 パシャリ。未知の味に興奮するボクたちをリンが笑いながら撮る。

 

 そんな冬の昼の出来事。




用語解説

死にゲー
身体は闘争を求める

吸血鬼
舐めプしてオラオラされて死ぬ
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