聖闘士星矢:転生者編   作:madamu

7 / 15
地下領域にて

地下牢獄。

 

罪を犯した聖闘士が一時的に拘束される場所。

地下は冥王ハーデスの領域であり、神話の時代からの宿敵の領域への投獄は聖域でもっとも不名誉なことである。

 

「よう、旦那」

「差し入れはサラミとワイン以外は受け付けないぜ」

源十郎は鉄格子の向こうに寝転ぶ男に挨拶をすると、寝転んでいた男デスマスクは体を起こし、鉄格子に向かって座り直した。

寝台と呼ぶには粗雑な作り。排泄用の桶。罪人の部屋だ。

 

現代では殆ど使われなくなったランプの灯りが、銀髪のデスマスクを朧げに照らす。

精悍な顔つきよりも、不敵で悪意とも無邪気とも取れる不遜な表情をしている。

 

デスマスクは源十郎の包帯姿にニヤッと笑う。

源十郎とオルフェとの戦いでコロシアム近くの訓練棟が粉々になったのは聞いていた。

実際に源十郎の勝利は首の皮一枚の勝利で、オルフェの音波的小宇宙を風圧的小宇宙で乱さなければ勝ちを拾えなかった。

 

「へっ、イタリア男は地面の下でも格好つけるね」

懐から出したのは輪ゴムで束ねた数本の葉巻。

鉄格子の隙間からデスマスクに向かって放り投げた。

 

「気が利くな。それで誰が死んだ」

デスマスクは質問しつつ、一本の葉巻を束から抜き出し、葉巻の両端を噛みちぎる。

片方の端を口に咥えると燐気を纏った小さな火を指先に灯すと、その火で葉巻に火をつける。

 

二度、忙しく吸い葉巻にしっかりと火が点くとゆっくりと吸い、ゆっくりと吐く。

その動作が終わってから源十郎は死者名を伝える。

デスマスクの準備が整うのを待っていたのだ。

 

「白銀は重傷者はいるが誰も。黄金は水瓶座のカミュ、山羊座のシュラ」

源十郎は知っていたがデスマスクが次に伝える名前で動揺するかは分からず、一呼吸空いた。

「双子座のサガ。黄金はこの三人だ」

 

デスマスクに驚く様子はない。

すでに知っていたような顔をする。

「はっ、真面目な奴らばっかりだな。アフロは生き残ったのか」

「今、治療中だよ」

なんだ、知っていたのかと言わんばかりに肩をすくめる源十郎と、意地悪げな笑顔を見せるデスマスクは映画のワンシーンのようでもある。

 

「聖闘士に一番必要なのは悪運だな」

へへへ、と軽く笑うデスマスクに源十郎は同意と頷く。

壁にトカゲの姿が見える。二人は気にする様子も無い。

 

もう一度間が空く。口を開いたのは源十郎。

「アテナは蟹座のデスマスクに恩赦を与えるつもりだ」

「はっ、俺は嫌われているかと思ったが」

「俺が顎で使われるんだ。旦那も苦労を分かち合えってことだろ」

葉巻を再度吸い吐き、煙が地下牢獄に広がる。

煙は石壁にぶつかり広くもない空間に散っていく。

 

デスマスクは伏し目がちに聞き、質問で返した。

「それでお前から見て勝ち馬か」

「勝ったのはアテナだ。それが事実だろ」

正面からデスマスクを見て源十郎は答えるが、それは胸を張った声ではない。

どこか不安の影がつく声だ。

源十郎は話題を続ける。

「アテナが聖域を治めるうえで、暗部の動きを把握する必要がある。つまりは旦那と俺だ」

「掃除人を続行か」

「いや掃除人を辞めさせるつもりだ。アテナの実家はデカくて太い。各国政府への圧力のかけ方を変えるみたいだ」

「変えるか」

最後の言葉は源十郎に言ったのではなく呟きだ。

 

「教皇は、サガは間違っていたと思うか」

デスマスクの質問。いつもの様な陽気さは無い。

反省もなければ抑揚もない。

ただこの闘いの根源的な問題を提起した。

 

百人いれば百通りの答え。

この二人だけの答え合わせだ。

 

「いや、間違いでもないが正しくはなかったよ。少なくとも聖域は飢えず人を育て、戦力を整えた。聞いたところ当代の聖闘士は71人いる、死んだ黄金聖闘士を引いても」

「結構いるな」

言葉は驚きだが感情はこもらない。

 

源十郎の声量は先ほどよりも一段落ちる。

「これだけ揃えられたのは教皇の功績だ。だがやり方が強引過ぎた。俺たちみたいな掃除屋が必要なほど。その汚さに耐えきれなかった。だから心が保たなかった。二重人格なのか精神を病んだのか、それとも邪霊にでも心を奪われたのか。清濁併せ持つには双子座のサガは潔癖過ぎたんたんだろう」

 

神に仕える戦士の闘法によって脅かし、抑えつけ、利益を誘導する。

それは人間社会に聖域が介入したことに他ならない。

教皇が手中に収めたのは世界における宗教と政治だった。

 

現代における宗教は一つの巨大なコミュニティであり権利だ。

宗教は金になる、それは一部では常套句であり事実でもある。

地中海を、北欧を、東欧を、西欧を、中南米を、アフリカ諸国を。

地上のありとあらゆる国に根を張るありとあらゆる宗教に「神の闘法」をもって真の神秘性を見せつけたのだ。

 

人間が根源的に恐れる未知の力。人の精神も操る秘儀をもってすれば聖域が宗教世界を制覇するのは不可能ではなかった。

歴代の教皇はただそれを行わなかっただけだ。

 

「邪霊か。お前は信じているのか」

ランプの灯で映し出されたデスマスクの瞳は沈んだ色に見える。

「霊は信じるさ、旦那にはどれくらい付いてるんだろうな」

源十郎の軽口。

「1ダース超えてからは数えてない」

笑い顔に見えたのはランプの灯りの薄暗さのせいと源十郎は思うようにした。

不機嫌な声とも聞こえるし、普段の返事のようでもある。

 

「サガのは妄執と使命感、あとはアイオロスへの劣等感やアレコレ。俺は精神の病だと思っている。邪な神の策略とか言いたくなるが、単なる優等生が起こした内ゲバさ」

「概ね賛成だ。この大所帯をまとめ上げるには善意と使命だけじゃ無理だ。必要なのは麦と屋根だ。それを揃えるために潔癖なサガにしては汚い方法を使った報いだな」

報いといったデスマスクの声はほんの少しだけ、陽気さが混じっていた。それは少しだけ自分の行いの揶揄が含まれているからだろう。

「麦と屋根ね。イタリア人は詩的だ」

「馬鹿を言え。紛れもない事実だ」

もう一度葉巻を口にし、煙を吐く。

 

二人の静寂は、お互いの心中を探る時間とも思える。

 

「わかっているだろう。お前も。聖闘士は神話時代の残滓だ。資本主義、物質主義の時代に愛と平和を守る使命だけで地上を守ろうとするイカれた集団だ。そんな集団が現代に生き残るには多少の変質も許容すべきだ」

「だからと言ってアテナを亡き者にするのは、あまりにも拙速じゃないか。俺たちの意義そのものだぞ」

 

存在意義とは女神の身辺を守り、使命を果たすこと。

それだけであり、それこそなのだ。

だが、女神が掲げる目的こそが使命であり、女神が目的ではないと考えるものもいる。

この地下牢獄に。

「俺たちの意義は地上を守ることでアテナの言いつけを守ることじゃない。城戸沙織はアジア一の金持ちだが、聖域を離れずにそのまま育成されたら貧乏人に祭り上げられるだけの小娘だ。小娘に集団の食い扶持を任せられるか。やせ細った兵士はただの的だ」

一瞬でアフリカの戦地で見た光景が源十郎の脳内にフラッシュバックした。

「嫌って程見たよ。飢えるのはガキばかりだった」

汚れた上着、擦り切れた半ズボンと底の薄いサンダル、そして身の丈に合わない自動小銃。

そして脂肪の無い酷くやせ細った顔。

 

「どこでもそうだ。痩せ細った兵隊は的だ。人の形をした的じゃ地上は守れない。だからこそ、俺は教皇についた」

デスマスクは葉巻を少しだけ指先でもて遊ぶ。

その言葉は源十郎に言ったものではなく、吐き出した煙に言ったようだった。

「ああ、だから俺も掃除の手伝いをした。だが今は違うじゃないか」

視線だけが源十郎に向く。

そのデスマスクの視線は射貫くのではなく、まるで哲学者のような冷静なまなざしだった。

 

「俺とお前は地上の愛と平和を守るために守るべき世界を乱した罪人だ。今に辿り着くまでの行いは消えるのか」

 

源十郎は教皇の命令で数度の破壊工作もした。殺した人数は両手の指で足りない。

オリオン座の技は殺人を隠ぺいするのに向かなかったが、その場に居合わせた警備人員を殺傷したこともある。

決して源十郎は純白な聖闘士ではない。

「…」

「答えろ、源十郎。お前がアテナに付いたのは贖罪を求めてなのか。それとも使命のために賭けたのか」

「胸を張っては答えられないな」

転生者と知識と聖域の戦力保持。大事の前の小事と目を背けてきた。

大事なのは今世の聖戦と次世の聖戦。

悪徳政治家の命とその取り巻きのギャング。

どちらが重要か。源十郎から見れば火を見るより明らかだった。

 

デスマスクの問いかけは転生者とは全く関係ない。

お前の行動は、使命のために裏切ったのか、それとも単なる悪事からの逃避か。

 

もう一度葉巻を吸う。吐いた煙が源十郎の鼻先まで届く。

「忠告だ。聖闘士には使命感と善意が必須だが、人間には業を飲み込む柔軟さが必要だ。使命と善意は人間を硬直させる。城戸沙織が聖域を飢えさせないこと、それが聖域をより硬化させ変質を拒むこともありうる。いいか、お前が行う罪の償いは戦うだけじゃない。聖域を聖域たらしめないことだ」

その声は厳しく冷酷だが、今源十郎に必要なことを伝えてくれる。

「旦那、俺は」

どんな言葉を飲み込んだのか。

源十郎自身もわからない。転生者の秘密なのか、それとも殺人の懺悔なのか、または使命への希望なのか。

 

「聖域が神話時代の認識に戻れば、100年も持たないぞ。現人神に選ばれた選民思想の格闘家集団なんてコミックにもなりゃしない。言い訳をするなよ。お前の償いは聖域を変えることだ」

もう一度哲学者の言葉。アテナの使命ではなく、罪人の償い方を指し示す。

 

「戻る気はないのか」

「アテナにはもう少し反省すると伝えておいてくれ。俺の手が必要な時はこっちから行く」

デスマスクの表情に笑いが戻った。人を小馬鹿にするような笑いだ。

「ああ」

短い返事。これが源十郎には精いっぱいだった。

突きつけられた罪と償い。

今は感情を言葉する余裕はなかった。

 

「アフロにもよろしく言っておいてくれ」

「伝言はそれだけか」

源十郎の言葉にデスマスクは背を向け壁に向かって横になる。

手をヒラヒラさせて「どこか行け」とジェスチャー。

 

敗者にしては喋りすぎた、そんなジェスチャーだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。