ロット王は愛妻家   作:藤猫

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お久しぶりです。ごたごたがようやく終わったので、前ぐらいのスピードで登校できると思います。
お待たせしてしまい、すみません。


評価、感想、ありがとうございます。
感想、いただけると嬉しいです。


賽はすでに振られていた

 

 

女性が苦手かと言われると、少し悩んでしまうことがロットにはあった。

ただ、女性への対応みたいなものがどうしても面倒だなあと思うことはあった。

 

(父上のこともあったからなあ。)

 

騎士とは基本的に女性というものを大事にするものだ。彼の父はそれに関して非常に不快に思っていた。

元より、生真面目で石頭の部分があった父は浮名を流すような騎士をそこそこに嫌っていた。妻でもない人と床を共にするなど唾棄すべき行為であるとよく話していたのを思い出す。

それが、モテない男のひがみであるなどと言っていたものもいた。が、ロットはそれが間違いであることも知っている。

元より、父は物事には対して誠実であることを望む人だった。

愛を囁くならばそれは永遠であるべきだし、婚姻も結ばない人と一夜を共にすべきではない。例え、それを相手側が望んでいたとしても、それで起こる最悪に責任を持てないのならば拒絶するべきだと考える人だった。

 

(・・・・母上が死んでからひどくなったらしいけど。)

 

ロット自体、己が母のことはよく知らない。ただ、父は跡取りはすでにいるのだからと再婚をすることはなかった。正直言って、跡取りのことを考えるのなら、言い方は何だがスペアを作っておいてもよかったのだろう。

けれど、父はそれきり誰とも結婚することはなかった。それが、きっと答えなのだろう。

そのために、政治的な意味合いでの婚姻が決まるまでと延々と遠ざけ続けた結果、どこか女性への対応というのが苦手になってしまった。

男はいい。忠臣としての寵愛争いは彼らの評価するべき点などを考慮して、それぞれに細かくフォローを入れればよかった。

が、女性は違う。女性がロットに望む恋だとか愛はたった一つの椅子を奪い合うことだ。

誰のことを贔屓せず、適度に愛想を振りまく。

己の目を使えばそれぐらい簡単であったのかも知れないが、残念ながらそこまで繊細な調整を続けられるほどロットはマメではなかったのだ。

ロットは年々、冷たくなっていく侍女たちのことをそっと思考から下ろしておく。

ロットがいるのは己の寝室だ。

散々に部下たちから言い含められて呼んだモルガンを待っていた。ぼふりと、ベッドに腰掛けた状態で体を横たえた。

養子をもらったわけではない。その言葉はなかなかにロットには効いた。

何の責任もなくかわいがるだけで済むような女ではない。このままぬるま湯のように過ごしていい立場ではない。

言外に言われたそれを理解はしている。理解はしているが。

 

(覚悟、出来てないのかねえ。)

 

自覚ができていないのかもしれない。どこか、本当の意味で彼女と繋がりを作ることへ。

男所帯で幼少期を過ごしたロットにとって、騎士として女性に対応する機会などとんとない。そのために、妻としての彼女への扱いについてもたついている自覚はあった。

 

(・・・・どう、するか、なあ。)

 

そんなことを考えていると、うとうとと、急な眠気がやってくる。

 

(さす、がに、おきて、いないと。)

 

そんなことも思ったが、ロットは眠気に勝てずにそのまますよすよと眠りに引き込まれた。

 

 

(やべ!)

 

ロットは引きずり込まれた眠気に慌てて眼を覚ます。さすがに呼んでおいて爆睡など、腹に一撃事件の再来になってしまう。そう思って、眼をさましたものの、視界は青が広がった。

周りを見回せば、花の茂る美しい野原だった。

 

「はあ!?」

 

驚きながら起き上がった、その先。

 

「やあ、おやすみ、といったほうがいいのか?」

 

にっこりと、優しげで理知的だというのにやたらと胡散臭い笑みを浮かべた銀髪の麗しい男が一人。

ロットはあんぐりと口を開けて叫んだ。

 

「マーリン殿!?」

「久しぶりだね、ロット王。」

 

あくまでのんびりとした声でマーリンはそう言った。

 

 

 

「マーリン殿、なぜ夢にいるのですか!?」

「いやあ、良い反応だねえ。」

 

ロットは目の前のそれに、怒りだとかの感情を抱く前に混乱によってそんなことを言った。

が、マーリンはのんびりとそれに返事をする。

 

「いや、実はね。君に言いたいことはあってね。」

「言いたいこと!?あなた、自分がしていることを理解しているのですか?以前のこと、さすがに賢者殿とはいえしていいことと悪いことがあるのでは?」

「なんだい、かしこまって。別に前と同じように砕けた口調でも構わないよ。」

 

ロットは一応は怒りの姿勢は示すものの、のれんに腕押しとはこのこととのらりくらりとそんなことを言った。ロットは頭痛でもしているように額に手を当てる。

 

「・・・・・これ以上続けるようなら、私もそれ相応の手段を取らせていただきますが。夢の中で、あなたは無力だそうで。」

「それはないだろう?」

「何を。」

「だって君、私を傷つけてウーサーともめ事を起こしたくないだろうし、それに敵意を持っていない存在を傷つけるの、苦手だろう?」

 

その言葉にロットは思わず口を噤んだ。図星を突かれて少しだけ黙ってしまう。

マーリンは確かにロットに対してひどく無礼だ。けれど、それ以上にマーリンの方がずっと立場は上になる。

ロットは確かに王ではある。けれど、島の北の果てにある、所詮は田舎の人間でしかない。確かに取引や繋がりのある国は存在するが、未だ年若いロットを舐めている領主たちがほとんどだ。そんな中、ウーサーの忠臣であるマーリンともめ事を起こせば、それを理由にやり玉に挙げてくる存在は絶対としている。

 

何よりもロットは、マーリンの言うとおり、敵意を持たない存在に危害を加えるのは非常に苦手だ。

妖精眼というものを持つようになり、わかりやすく敵意を持つ者と持たない者を選別できるようになると警戒心というものが鈍ってしまう。それが、自分を傷つけないだろうという保証が目に見えてしまうと、どうしても暴力的な方面で片付けてしまって良いのだろうかという理性が働いてしまうのだ。

ロットはため息を吐きながらまた額に手を当てた。

 

(用事をさっさと済まさせて帰ってもらった方がいいな。)

 

以前のことで怒り狂ったモルガンのことを思い出す。ロットもマーリンのしでかしたことに良い気分はしなかった。けれど、なんとなく、その賢者がただの人間でないことも

理解していた。

人でないものに、人である己の考えを理解しろというのは難しいだろう。何よりも、おそらくとっくに彼らにモルガンへの態度を改めて欲しいと願うのは手遅れなのだろうとも察していた。

あの未来が来るのだろうと察していた。けれど、それを否定しなければいけないし、あの愛らしい女がそんなことをするようになるなどと思いたくはなかった。ロットはウーサーたちからモルガンに距離を取らせようと思ってはいたのだ。

けれど、そんなことを考えた矢先にこんなことが起こるなど思っていなかったのだ。そのため、ロットはさっさと目の前のそれにお帰りいただこうと考えた。

 

「・・・・それで、何のご用でしょうか?」

「子ども、いつ作るんだい?」

 

それにロットは固まった。そうして、聞き間違いをしたのかとマーリンを見た。彼は変わらずにこやかに微笑んで、ずいっとロットに近づいた。

 

「いつになったら孕ませる気だい?」

 

ロットは自分の聞き間違いでなかったことを理解して思わず叫んだ。

 

「あんたいきなり何言ってんだ!?」

「なーに言ってんだじゃないよ!こっちの台詞だ!君、結婚してからどれぐらい経つと思ってるんだい?」

「言いたいことはわかるけど、なんつうことを聞いてんだよ!」

 

ずいっと、鼻の先がこすれそうなほどに距離を詰めてくるマーリンにロットは叫ぶ。それにマーリンは不機嫌そうに腕を組んでロットを見た。

 

「はあ、君たちの仲の良さから見て、ヤルヤラないって話じゃなくて、いっそもう子どもが腹にいるとばかり思っていたのに。」

「あ、ば、不躾すぎるだろうが!臣下だってそこまで言わないぞ!?」

「そこまで言わされる時点でだめじゃないか!大体、君らぐらいなら毎日のようにヤッててもいいぐらいなのに。」

「だあああああああ!まじで勘弁しろ!あんたにそこまで言われる筋合いはないだろうが!」

 

頭を抱えて叫ぶロットに向かってマーリンはにこりと微笑んだ。完璧な笑みだ。口元、目尻、全てが完璧だった。

けれど、だからこそわかる。その眼を持たずとも、その笑みがどんなものであるのか。

 

「関係があるよ。だって。」

 

笑みをかたどっただけの、歪な仮面をさらけ出してそれは笑っていた。

 

「この頃滅多にないほどの娯楽だからね!」

 

キャルピーン、なんて聞いたことがないような効果音が聞こえてきそうだった。きらきらとした笑みを浮かべてほっぺたに人差し指をつける。

ロットは固まって何と返せば良いのかわからなくなりそうだった。そんなこともお構いなしに、マーリンは話し続ける。

 

「いやあ、胸が躍るよね。近頃、こういう恋の物語ってなかなかなくってさあ。わくわくしてたんだ。なのに、噂さえもまったく聞こえてこない!男としてあんまりにも情けないと思えないのかい!?」

「情けないとかあんたには関係ないだろう!?」

 

ロットは顔を真っ赤にして、ずいずいと迫ってくるマーリンから後ずさる。その様は、なんとも情けない。

 

「関係なくないよ。もしものことがあれば、モルガンの処遇について考えなくてはいけない。」

 

ぴくりと、ロットは目の前の賢者に視線を送った。それは、賢者という言葉にふさわしい、穏やかで優しげな表情だった。

ロットは体を強ばらせてマーリンを見た。

 

「一応は、彼女はウーサー王とオークニーの同盟のために花嫁として贈られたんだ。私たちも考えることはあるんだよ。」

「ご安心を、仮にそのようなことがあっても彼女は変わることなく我が国の女王です。」

 

ロットがそう言えば、マーリンはにやにやと楽しそうに笑う。

 

「いやあ、青春だねえ。僕としては、是非とも早く君たちの子どもを見たいんだがね。」

 

にこにこと笑うそれにロットはどうしたものかと頭を抱える。少なくとも、マーリンから敵意は感じない。そうして、言葉に嘘もない。

ただ、わざわざオークニーを気にするような言葉には裏があるように感じる。嘘か真か、その判断しか出来ない今、それがどうなのかわからない。

ただ、彼の言う、ロットとモルガンの子どもを望んでいるのは真実であった。そうして、何やら自分たちの恋模様と言えるそれに娯楽を感じているのも。

頭を抱えるロットに、マーリンは少し、黙ってそれを眺める。そうして、そっと立ち上がり、ロットの耳に囁いた。

 

「健やかな子が、生まれることを祈っているよ。たくさんの子どもたちは宝であるからね。」

 

気の早いその言葉に、ロットは思わずマーリンを見上げた。薄く微笑んだ、何の感情も感じていない、おざなりの笑み。

そうして、彼は勢いよく、ロットの肩を叩いた。

 

「ま、期待しているよ!いつだって見守っているからね。」

 

弾んだ声が立てた後、マーリンの体は花吹雪になってそのまま崩れていく。夢が終わる、そう理解した瞬間、また何かの割れる音がした。

 

 

 

 

その日、モルガンはそれはそれはウキウキしていた。彼女が生まれてきた中で一番の浮かれた日であっただろう。

 

(あの侍女たちも良い仕事をしたな。)

 

その時のモルガンは、確かにどんな人間が見ても見とれてしまいそうなほどに麗しかった。

元々、見目のよい顔つきに加えて、侍女たちが今日こそが本懐だとピカピカに磨き上げた彼女はまさしく敵なしであった。

 

(そうだ、今日こそは!)

 

まさしく女の戦いの日であるのだ、モルガンは気合いを入れてロットの寝室へと向かった。

ロットとモルガンの寝室は分けられている。それは、彼女にも部屋を与えても良いほどに地位があるという証なのだ。

何よりも、ロットは世情によっては生活スタイルというものががらりと違ってくる。そういったことを慮って寝室は別になっている。

それ故に、久方ぶりに呼ばれた寝室にモルガンは浮かれていた。

うきうきと、ロットの寝室のドアを開けたとき、部屋から小さな悲鳴染みた声が聞こえてきた。

 

「陛下!?」

 

慌てて部屋に飛び込めば、荒い息を吐きながら呆然とベッドに座っているロットがいた。

 

「どうされましたか?」

「え。いや。ま、マーリン殿が、夢に。」

 

呆然とした声に、モルガンは全てを察した。

 

(あんのくそ夢魔!また、私の夫にちょっかいを!!おまけに、見守っている!?監視が。いや、夢を介して何かをしようとしている!?)

 

それに人であるモルガンは殺すと決意する。

それにモルガン・ル・フェは蟲の駆除を決意する。

それに湖の乙女はどうやって殺そうかと悩む。

 

「・・・・陛下、少々お待ちを。」

「え、あ。はい?」

 

ロットの了承を聞くと、モルガンは彼女の技術全てを使い、部屋に魔術をかけていく。マーリンからの干渉を跳ね返すために、己の知識をフル活用する。

鬼のような形相で魔術を使うモルガンをロットは呆然と眺めた。

 

「・・・・お待たせしました。陛下。」

「あ、はい。」

 

モルガンはにっこりと微笑んだが、魔術を試行した後、振り返ったロットの顔は引きつっていた。

 

(やってしまった。)

 

確かによくよく思い出せば、己の妻がして惚れてしまうような表情を自分がしていたとは思わない。

モルガンはこの場で巻き返す術がないか悩んだ。

モルガン・ル・フェは力尽くで押さえ込むしか無いと思った。

湖の乙女はあまり気にしていなかった。

 

「へ、陛下。あの。」

「え、ああ。なんというか、マーリン殿をなんとかするために色々してくれたのだろう。ありがとうな。疲れたか?」

 

動揺していたモルガンの様子にロットは全てを察したのか、いつも通り穏やかに話しかけた。それにモルガンはほっとして、いそいそとロットのいるベッドに腰掛けた。

 

(ようやくだ。ようやく、本懐を!)

「じゃあ、寝るか。」

 

それが睡眠の意味であると察して、モルガンはロットに縋り付くように胸ぐらを掴んだ。

 

「陛下!今日は共に床につくのでは!?」

「え、今日のこの状態で!?いや、さすがに。」

「ですが、陛下!私たちは未だに初夜さえも迎えていないのですよ!?」

「あー、それは、また今度に。さすがに、今日は。」

「今度、今度と、いつまで待てばよろしいのですか!?お覚悟を。」

 

ロットとしては、マーリンのあんな夢を見た日に初夜というのは勘弁して欲しかった。言い方は何だが、もうすでに萎えてしまっている。

 

「奥さんだって疲れてるし、今日はもう寝よう、な?」

 

ロットはモルガンのことを気遣う気持ちもあるのだろう。が、そんなことはモルガンには関係が無い。

モルガンは今日こそはと思ったのにと悔しくなる。

モルガン・ル・フェはまたお預けかと腹立たしくなる。

そうして、湖の乙女はなら自分がするかと決意した。

ロットはそっとモルガンの手を引いて、ベッドに横たえようとした。が、ロットの視界はぐるりと回る。

 

「は?」

「こういうの、無理矢理って言うのはだめなのかな?でも、いいよね?だって、あなたが悪いんだもん。」

 

その声音は、どこか幼かった。ロットはそれに意味がわからなかった。己にまたがる、柔らかな肢体に固まる。自分を見下ろすその表情もまたどこか幼いが、匂い立つような色香も存在した。

何故か、体は動かない。拘束されたかのように、抵抗が出来ない。

 

「大丈夫、痛くないから。」

「え、ちょ、まっ!」

 

 

 

「・・・・・最後まで女の子にリードされるって情けない気がするけどなあ。」

 

マーリンはモルガンたちの初夜の終わりを見物した後、少しだけ不機嫌そうだった。

元々、危険を冒してまでロットの夢に潜り込んだのは彼に暗示をかけて初夜をスムーズに遂げさせるためだったのだが。

 

(彼、幻覚だとかが効かないみたいだ。体質かな?)

 

そんなことを考えた後、マーリンはそれについてはまたにしようと思考を置いておいた。

 

マーリンは己の工房でうきうきとし始める。

 

「いやあ、にしても。彼にモルガンを嫁がせて正解だったなあ。なるほどねえ、だからこそ、彼女の子どもたちは使えるわけだ。」

 

本来ならば、マーリンはモルガンを殺しておいた方が良かったのだ。何故って、例え滅ぶとしても、その結末がどんなものであるのか理解は出来た。

マーリンは確かにハッピーエンドは好きだけれど、そうはいっても滅ぶよりも栄え続ける方が良いだろう。ならば、その引き金になりそうなモルガンは早々と始末しておいた方が良かったはずだ。

けれど、そうはしなかった。

何故って、モルガンの子どもたちは、彼の本命である物語の主人公にとってよき臣下になるからだった。

モルガンの子どもと言うだけで疑いの気持ちはあった。それは、正しい騎士になるのかと。

が、ロットを見て、それに確信が持てた。

例え、母がモルガンであったとしても、あの男の元で育つ子どもは確かに良き子になるのだろう。

 

(なのに、全然モルガンに手も出さないんだもの。発破をかけようと思ったけれど、モルガンから手を出してくれてよかったなあ。)

 

マーリンは微笑んだ。己が撒いた種たちが芽吹き、そうしてそれを収穫するいつかの日を。

その贄となる誰かのことなんて、必要な犠牲だと微笑んで。

 


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