ロット王は愛妻家   作:藤猫

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モルガンの妊娠について、ロットの湿り気。ロットが情けないです。

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春よ、来い

「聞いたか?」

 

唐突な男の言葉に羊皮紙が堆く積まれた部屋の中、方々で羊皮紙の整理をしていた男たちが顔を上げた。軒並みが初老を超えた、先代からロットに仕える臣下たちだ。

皆、それがなんの話題であるかを察して集まっていく。

 

「ああ、そろそろだな。モルガン妃様の出産は。」

 

その言葉を皮切りに皆が皆、どこかウキウキとした口調で話し始めた。

 

「本当に長かったな。」

「結婚して床入りまでどれだけかかったのか。」

「モルガン妃にも申し訳がなかったからな。」 

 

皆が呆れたように考えるのは彼らの王である青年だ。口調の上では呆れがあるもののその本質は親しみだ。

少なくとも部屋にいる臣下たちはロットに対して友好的だ。

そうはいっても今回のことに関しては別だ。

 

「にしてもようやく跡取りが生まれるのか。」

「王子か、姫か。」

「陛下もはしゃいでるしなあ。」

「滋養にいいからと蜂蜜とりにいってたが。」

「蜂の巣とる陛下、本気で熊に見えた。」

 

何はともあれとそれらはうきうきとまた話し始める。北の果てにも春が訪れようとしていた。

 

 

 

(・・・・・・ロットめ。)

 

モルガンは今にも張り裂けそうな腹を抱えて宙を睨みつけた。

 

「・・・・あの、どうかされましたか?」

 

側に控えていた侍女の言葉にモルガンは漏れ出ていた苛立ちを飲み込み、憂いを帯びた笑みを浮かべた。

 

「いえ、ただ。陛下の訪れが少なくなったと。」

 

 

モルガンは苛立っていた。

ロットとの結婚生活は順調であった。あれだけやきもきした夜の生活というのは、あの日以来一変した。

モルガンは、あの日、ベッドに押し倒された日のことを思い出すと顔が熱くなる感覚がして、慌てて頭の中から追い払った。

ロットはあの後、モルガンが、正直びっくりするぐらい床に呼んだ。

そうして、早々と子どもを腹に宿すこととなった。

まさしく、モルガンにとってはこの世の春のようだった。

が、少々雲行きが怪しくなったと感じたのはモルガンの懐妊が分かってからのこと。

ロットはモルガンから懐妊の事実を聞くとひどく喜んだ。

顔を真っ赤にして、ぱああと、顔を輝かせていたその顔は言ってはなんだが幼児のようにあどけなかった。なかなかに愛らしかったと密かにモルガンたちの間で話題だ。

 

ありがとう。

 

ロットは顔を真っ赤にして、震える体で。必死にモルガンに怪我でもさせぬようにと気を配って言った。

幾度も、幾度も、ロットは祈るようにそう言った。

もちろん、その後に何かあるなどない。城は初めての跡継ぎに上機嫌で、ロットのはしゃぎようも凄まじかったのだ。

一つだけ気になったのは、ロットの顔が一瞬だけ強ばっていたことだった。

それからロットはせっせと政務の隙間をぬっては、モルガンのために手を尽くした。

それはいい。ロットが子どものために、何よりも自分のために尽くすのは当然だ。

が、何故だろうか。贈り物だとかはよく届くのにロットと話す機会が圧倒的に減ったように思う。

少しずつ。少しずつ。けれど、確実に男と顔を合わせる時間は減っている。

過剰な贈り物、顔を合わせなくなる、そうして身重の自分。

そうだ、よく聞くではないか。妻の妊娠中に浮気する男の話を。

 

(あれだけ人のことを貪っておきながら!)

 

モルガンは椅子の肘掛けをみしりといわせながら握りしめた。

 

モルガンは思わず夜のもろもろを思い出して顔を赤くした。

モルガン・ル・フェは自分の専門外だとそっと目を逸らした。

湖の乙女はロットを可愛いなと思い出した。

 

が、モルガンは慌てて首を振る。今はかの男の訪れが減ったのかということだ。

 

(にしても、おかしい。あれと浮気が出来るような女はロット自身が追い払っていた。)

 

ならば、外で浮気しているかというとまたありえない。モルガンは侍女たちに命じて、幾人かの騎士にロットの女関係を探らせたこともあった。

が、男の周りは王にしてはあまりにも身ぎれいであった。

何よりも、モルガンはロットに浮気されるようなふぬけな女ではないことも理解しているし、男が自分に夢中であるという自負もある。

 

(そ、のはずだ・・・・・)

 

 

 

 

「・・・・陛下。」

「うん?」

 

ロットはその言葉にくるりと振り向いた。目線の先にはうろんな目をしたダイルがいた。

 

「モルガン様への贈り物は良いですが、本格的に野生に帰らないでいただけませんか?」

 

泥だらけで蜂の巣を抱えた己が主にダイルはため息をついた。

 

 

「これはモルガン様に贈ると言うことで良いのですか?」

「ああ、中の蜂蜜な。少量は厨房の人間に使うように言ってやれ。」

 

ロットは政務が一息ついた後、この頃はもっぱら気心知れたダイルと共に近くの森に行くのが日課になっている。森では、やれ妊婦が体を冷やすのはと毛皮のために動物を狩り、甘いものを女は好むからと蜂の巣に突進するという生活をしていた。

釣り竿を忘れ、手づかみで魚を捕っていたときは、本当に熊にしか見えないと評判だった。

もちろん、無意味に高い身体能力で狩られたもろもろは全てモルガンの元に行く。

ダイルは、ちらりと、ずっしりと重い蜂の巣の入った袋を見た。そうして、じとりとした眼で己の主を見た。

 

「ところで、モルガン様にはいつ、お会いになられるので?」

 

それにロットの動きが止まった。

 

 

 

臣下たちの眼が冷たくなっていっている自覚はあった。何と言っても、妊娠した妻に会おうとしないのだから当たり前だ。

正直、ロット自身も後ろ暗いせいか、この過剰な贈り物をしている部分がある。

 

己の子が出来たと聞いたときは、本当に、心の底から嬉しかった。

元より、ロット自身、家族を欲している部分があった。

母の記憶は殆ど無く、父親は悪い人ではなかったし憧れではあったけれど寂しい思いをしていたのは事実だった。

だからこそ、家族というものに憧れていた。本音を言うならば、子どもはたくさん欲しい。できるだけかわいがって構い倒したいと思っているぐらいだ。

だからこそ、懐妊の件を聞いたとき、どれだけ嬉しかっただろうか。本当に嬉しかった。自分に家族を与えてくれるモルガンにどれだけ感謝しただろうか。自分の妻になってくれて、どれだけ嬉しかっただろうか。

けれど、そうだ。ふと、だんだんと膨らんでいく彼女の腹。張り裂けんばかりに大きくなる、その腹。

それに、ふと、恐怖を抱いてしまった。

 

 

ロットは母のことは殆ど覚えていない。産褥の熱で早々と儚くなってしまったその人についてロットはあまり知らない。ただ、自分の瞳は彼女によく似ていることだけは知っていた。

ロットには乳母もおり、正直言えば母親の不在というものをピンときていなかった。自分を産んだ人がいるとしても、母親というそれはロットにはあまりにもなじみのないものだったからだ。

けれど、ある日のこと、ロットはふと父に問うたことがあった。

婚姻を結ばないのかと。

何せ、婚姻とは外交の上では非常に重要なカードだ。何よりもオークニーの王子はロットだけだ。もちろん、ロットだって死ぬ気は無いが、そうはいっても万が一というものがある。

それに、父はどこか静かな顔で答えた。

 

己の妻は、生涯彼女一人だと。

 

ロットはそれに、堅物な父親をそこまで熱烈に惚れさせる母親というものに感心したくなった。けれど、古参のものから聞いた話はまったくそれと異なっていた。

母と父はお世辞にも仲は良くなく、結婚してすぐにロットが生まれ、そうしてすぐに母も死んだため。結婚生活は一年ほどしかなかったらしい。

ロットはそんな話を聞いて、はてりと首を傾げたくなった。

そんな婚姻生活であったのなら、父は何故、そこまで母に執着するのだろうかと。

善くも悪くも、現実的な父がと。

 

 

「・・・・最近、彼女のことを聞き回っているようだな。」

「自分の母に興味を持つのはおかしいでしょうか?」

 

それは、剣の訓練を父が見に来たときのことだった。珍しく二人っきりの時のことだった。

父は、変わることなく厳しい面持ちのまま、口を開いた。

 

「よい話は聞けたか?」

「・・・・あまり。」

「だろうな。彼女は、私に対してあまり関心は無かったからな。いっそ、嫌われていたやもしれん。」

 

父にしては珍しく、やたらと軽やかな声であった。それに、ロットはおもむろに口を開いた。

 

「なら、父は何故、母のことだけを妃としたのですか?」

 

それを聞くのは不躾である気がしたが、ロットは残念ながら善くも悪くも図太い男であった。そのため、あっさりとそれを口にした。

彼の父はそれにロットをちらりと見た。そうして、口を開く。

 

「彼女は、お前を産んでくれたからだ。」

 

 

 

命をかけて、命をつなぐものを、私は知っている。

女が子を産むというのは、本当に辛いことだ。彼女がお前を産むときは、まるで断末魔のように叫んでいてな。

それに、私は、ああと思った。私は、その時、彼女を愛してなどいなかった。愛というものはわからなかった。

彼女もまた、そうだろう。

だが、あの叫びを聞いたとき、お前の産声を聞いたとき。彼女は、命をかけて、私の子の命をつないでくれたのならば。

 

「どんな理由があるにせよ、私は彼女を愛おしいと思ったのだ。」

 

その時、父は、その時、たった一度だけ穏やかに笑った。春に吹く、優しい風のような笑みを浮かべていた。本当に、本当に、美しい、笑みだった。

見とれたロットの頭に、大きくて節くれだった手が滑る。

 

「大きくなったな。」

 

いつだって、厳格な父だった。いつだって、滅多に笑わない人だった。

けれど、その時だけは、本当に、優しい父親の顔をしていた。

 

「ロット。己の妻になる人には、誠実でありなさい。彼女たちは、男たちの意思で私たちの元にやってくる。そこには、彼女たちの意思などない。その選択肢しかなかった女性に、誠実でありなさい。例え、愛を抱くことは出来なくても。誠実ではありなさい。」

 

お前もいつか、命をもってお前の子の命をつないでくれる人にあうだろう。そうして、その命の叫びを聞くだろう。それを、けして忘れてはいけない。

 

それは、きっと。王としてではなく、父としての言葉であったのだと思う。ロットは見上げた先のその顔を見て、また、思わず無意識のように問いかけた。

 

「・・・・母上は、父上のことが好きでしたか?」

 

それに父はひどく悲しそうな顔をした。ああ、それはロットがまた、初めて見る表情だった。

 

「・・・・わからない。そんなことを聞く暇も無く、儚くなってしまったからな。それでも、天の国に至ったとき、浮気をしてしまっては最初からとりつく島も無いだろうからな。」

 

それはロットが初めて見た、父親の、人としてのあり方だったのだと思う。王としてしか、自分に接しなかった、厳しい王との、最後にした親子の会話だった。

 

 

ロットはそれからよく考えた。

父は母を愛せることが出来て幸せだったと思う。けれど、母はどうだったのだろうか。

愛してもいなかったとしたら。

愛してもいない男の元に嫁ぎ、体を明け渡し、その男の子を産んで、そうして死んだ女。

ロットの胸には、しこりのようにそれが残っていた。

男がえらいとはロットは思わない。

男よりも賢しい女も、強かな女も、存在する。今は男が有利でも、いつかは女たちが主だってくるようなこともあるかもしれない。

それは、真実を見分けるロットがよくよく知る事実だった。

だからこそ、余計に考えてしまった。

己を産んで、そうして死んだ女。その女の幸せとは、どれほどのものだったろうか。

人は生まれてきたのだから、幸せになるために足掻かなくてはいけない。そうでなければ、あまりにも報われないから。

けれど、己を産んだ女の幸せはどこにあったのだろうか。意味はあったのだろうか。願いはどうなってしまうのだろうか。

いつか、自分は婚姻し、跡取りを産み、そうしてこの国で死んでいく。ロットはそれで満足だ。お膳立てされた部分があるとしても、それはロットの願いに沿っていた。

母親を殺してしまった自分、彼女の幸福が何であったかもわからない息子。

自分を、母は恨んでいただろうか。自分は、母の不幸であったのだろうか。

ずっと、ロットの胸には自分を産んだ女への罪悪感があった。

モルガンを、ロットは愛している。けれど、彼女には彼女なりの願いがある。きっと、彼女はこの国で、子どもたちと自分と暮らすだけでは満足してくれないだろう。

 

膨れた腹を思い出す。その腹の中で育つ命を、モルガンは命をかけて産むのだろう。昔、母が自分を産んだように。

そうして、それに考える。それで、彼女がもしも、死んでしまったら。

モルガンがただの女でないことは理解しているが、この世に絶対などはない。

ならば、ならば、自分と同じように子どもは母親を殺してしまうのだろうか。自分はその子どもに何をするのだろうか。

潰えた、己を産んだ女のことを思う。彼女は、幸せだっただろうか。

 

モルガンに手を出せなかったのは、ロットの中にある先代王妃への罪悪感だ。好きでもない男に手を出される女への罪悪感だ。

だからこそ、躊躇した。子どもを作ること自体にも、忌避感が頭の中で踊っている。

膨れた腹から、生まれた命は祝福に満ちているのだろうか。

 

(モルガンは、幸せだろうか。俺は、彼女に何をしてやれるのだろうか。)

 

濁った思考の中で、ロットは重くため息をついた。

 

 

 

 

 

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