閑話休題のような、薄味です。ロットが出てこない、ダイル目線の話です。
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「・・・・・この世はふじょーです。」
「はあ。」
ダイルはそんな返事をすることしか出来なかった。ダイルの気のない返事に、日を避けるように木の根元ですねていた子どもは彼を睨んだ。
(まったくといって良いほど怖くない。)
それもそのはずで、ダイルをにらみ付けてくる少年はまさしく天使もかくやと言えるほどに愛らしかった。
まるで太陽の光を溶かし込んだような金の髪に、空を透かしたかのような青の瞳。バラ色の頬に、白磁の肌。
未だに幼い故の性別というものが出ていないせいか、その愛らしさは際立っていた。
(・・・・陛下にも似ておられるが。それにしても妃殿にも似ているなあ。)
全体として父に似た少年であるが、絶妙なパーツが母に似ている。まさしく、いいとこ取りと言っていい。少年の護衛を任されるダイルでさえも、それに対しては理解していた。
「だいる、きいてるの?」
「はい、聞いております。」
それにガウェインは幼児特有のまん丸いほっぺたを目一杯に膨らませた。
「きいてなーい!」
自分の行動が腹立たしいのか、少年はぷんすかと怒り出す。それにダイルは地面に膝立ちをして謝罪する。
「聞いておりますよ。」
「なら、ぼくがどうしておこってるのかわかる?」
「・・・・陛下はけして、アグラヴェイン様のほうばかりかわいがっていることなどありませんよ。」
「うそだ!」
ダイルはそれに頭を抱えたくなった。己の仕える王の長男であるガウェインとそんな問答を続けてどれぐらい経っただろうか。
ロットの長子であるガウェインは城のアイドルだった。
ロットによく似た顔立ちだとか、モルガンの色彩を受け継いだ。何よりも、たった独りになってしまっていたロットの血縁というだけで、彼を慕っている者たちからすれば眼に入れても痛くなかった。
なによりも、ガウェインはその見目に加えて、非常に愛想が良かった。物怖じせず、図太く、にこにこといつも笑っていた。
そんな少年をかわいがらない人間などいるはずもない。
誰よりも、ロット自身がガウェインのことを率先してかわいがった。元より情の深いことに加えて、ずっと望んでいた子どもの存在を前にかわいがらないわけがなかった。
時間が空けば、ロットは王としての立場にあるものとしてあり得ないほどに子どもに構っていた。母であるモルガンも、年々ロットに似ていくガウェインがかわいいようで何かと構っている様子だ。
ガウェインは善くも悪くも皆からの愛を一心に受けて育ったのだ。が、そんな状態が崩れ去る瞬間がやってきた。
ガウェインにとって弟であるアグラヴェインの誕生である。真っ黒な髪に、銀灰の瞳の赤ん坊に、ロットはそれはそれは歓喜していた。
が、ダイルにもその理由はわからないわけではない。アグラヴェインは先王によく似ていたのだ。
父を慕い、敬愛しているロットからすればそれだけで嬉しかったのだろう。それと同時に、先王を慕っていた人間も生まれたばかりの赤ん坊が先王にそっくりだという話を聞いて浮き足立っていた。
が、それが面白くないのはガウェインだ。ロットはガウェインに構うと言うことをまったく止めると言うことはないが、どうしてもアグラヴェインに割いた分だけそれは減っていく。
「ちちうえは、ぼくのことなんてどうでもいいんだ。」
「そのようなことはありませんよ。」
ダイルはそうフォローするが、幼子にはそんなことは関係ない。すねたように、そんなことはあるとご立腹だ。
「・・・・おとうとなんていらない。」
「そのようなことを言ってはいけませんよ!」
「だってえ!」
ダイルはそう言いはしても、ガウェインの心情も理解できなくはない。ガウェインからすれば、勝手に生まれてきたようなものだ。ならば、その癇癪も理解できなくはない。が、そんなことを言ってしまうことに関してどうしたものかと頭を抱えたくなる。
「・・・・ガウェイン。」
その時、ダイルの背後から柔らかな声がした。ダイルはそれに慌てて立ち上がり、礼をする。
「今、聞き捨てならないことを聞きましたが?」
「は、ははうえ。」
そこには無表情のモルガンが立っていた。ダイルはガウェインとモルガンの間からのいた。モルガンは手を振って下がるように指示を出す。ダイルはどきどきしながらモルガンの連れていた侍女と隣に下がる。
うららかな日差しの中、ガウェインは蹲っていた、城の敷地内にある木の根元から立ち上がった。そうして、ばつの悪そうな顔をする。
モルガンは睨み付けるようにガウェインを見下ろした。
「ガウェイン、先ほど、あなたはなんと言いましたか?」
それにガウェインはもじもじと前で両手を握り込んだ。そうして、ちらちらとモルガンと地面で視線を行ったり来たりさせる。
少しの沈黙の後、観念したのか蚊の鳴くような声で言った。
「アギーのことを、いらないって。」
それに、モルガンは深々とため息を吐いた。明らかなその仕草にガウェインはびくりと体を震わせた。モルガンはその場に膝を突き、ガウェインと視線を合わせた。
ダイルは、どきどきしながらあまりキツくとがめないでやってほしいと心の底から願った。
「・・・・ガウェイン。何故、皆が赤子のことを気にするかわかりますか?」
それにガウェインはふるふると首を振った。
「ガウェイン。お前は、一人で立って好きなところに行くことができます。おなかが空けば誰かに言えます。風邪を引いたときも、辛いと伝えられます。ですが、あの子にはそれができないのです。何もできないから、全てをやらないといけません。お前は、全部してもらわないといけないような子ですか?」
「そ、そんなこと、ない!」
「ええ、ご飯も綺麗に食べられるようになりましたし。階段も一人で下りられるでしょう?」
「うん!あとね、まえよりもはやくはしれるようになったんだ!」
「それはよいことを聞きました。」
モルガンは淡く微笑んでその頭を撫でた。ガウェインはそれにふにゃふにゃと表情を崩したが、その後にしょんぼりとした表情をする。
「・・・・でも、ちちうえともっとあそびたい。」
「そうですね。陛下との時間が短くなっているかもしれませんが。それは、陛下がお前を信頼しているからですよ。」
「しんらい?」
「そうです。ガウェインもできることがたくさん増えて、一人にしていても大丈夫だと信じてくれているんです。立派な騎士に近づいていると嬉しそうでしたよ。」
「きし?ほんとう、ははうえ?」
「はい、本当です。だから。」
モルガンはガウェインの頬をそっと撫でた。
「お前も、弟のことを守っておやりなさいね。小さな騎士様。」
その言葉にガウェインはぱあああと顔を輝かせた。そうして、頷いた。
「うん!アギーのこと、まもってあげる!!」
ガウェインは興奮気味にそう言った後、どこかに駆け出した。そうして、適当な枝を拾って振り回す。おそらく、騎士の真似ごとをしているのだろう。
モルガンはふうとため息を吐いて、その様を眺めた。ダイルはその隙を狙って、モルガンに近づいた。
「これで、ひとまずは大丈夫でしょう。」
「・・・・・申し訳ございません。」
「いいえ。陛下の関心がアグラヴェインに向けられているのは事実ですから。ガウェインが拗ねるのもわかります。私も・・・・・」
モルガンはそこで言葉を切り、咳払いをした。ダイルはそれに、夫婦仲は変わることなく良好であるらしいと察した。
ダイルは、その美しい横顔を眺めて、そうして言葉を吐いた。
「・・・・陛下、ありがとうございます。」
「それは、何についての礼なのですか?」
モルガンは少し離れた場所で枝を振り回すガウェインから視線をそらすことなく言った。それに、ダイルは話すか一瞬迷う。
モルガンの、氷のように美しい顔立ちを見てそんな思考はさっさと放り捨てた。
なんとなく、黙っていてもばれてしまいそうだった。
「陛下に家族を作ってくださったことです。」
「あなたに礼を言われることではないです。これは、私が望んだことなのですから。」
ダイルはそれに、少しだけモルガンの口調がキツくなったような気がしたがあまり気にはしなかった。
年々、モルガンの言葉がキツくなって行っている気がしたが、この国に慣れてきた証なのだろうと受け止めていた。
「それでも、礼が言いたかったのです。あの方は、寂しい方でしたから。」
ダイルはそう言って、ロットによく似た少年をじっと見た。その光景が、たまらなく嬉しかった。その光景を見たいと、ずっと願っていた。
「あの方は、兄弟もおられず。父君であった先王も忙しい方でしたので。よく、一人でおられました。ですが、私は残念ながら臣下です。敵を屠り、忠義を果たすことは出来てもそれ以外にはなにも出来ませんので。」
ダイルの言葉にモルガンは少し黙り、そうして改めて口を開いた。
「ダイル卿の忠義には感服しますね。」
皮肉気なそれに、ダイルは苦笑した。
「そうですね。陛下は、まさしく、私にとってこの世そのもので。あの方のためならば、文字通りなんでもしましょう。」
例え、この国を滅ぼすことになろうとも。陛下が望むのならば。
幼子のような無邪気なそれに、モルガンは何も言わなかった。それは、あくまで予想通りだろう言葉を吐いたに過ぎないという態度だった。
ダイルはそれに、ああ、やはり知っているのかと納得した。
ダイルの父は文官であった。そんな父を、国のために働く父をダイルは尊敬していた。文官というものは肌に合わないから騎士になり、同じように国のために生きたかった。
父のように、故郷を守りたかった。
それは、父が国を裏切ったという事実で終わってしまったけれど。
最初は、信じていなかった。父がそんなことをすることはないと。けれど、提示された証拠に、その敬愛は憎悪に変わった。
裏切りもの、恥ずべきもの、忠義というものを否定した恥さらし。
ダイルは、有望な騎士見習いから裏切り者の息子として名を馳せた。
何が間違っていたのだろうか、どうしてこうなったのだろうか。
あれほどまでに願った騎士になることは出来ず、そうして、守りたいという故郷を父が売っていたという事実に打ちひしがれた。
死んでしまいたかった。恥ずかしくて、悲しくて、死んでしまいたかった。
「・・・・陛下は、そんな私に手を差し伸べてくださいました。死にたいという私に、それならばこの国のために死ねと言ってくださいました。私に、夢を叶えるためのチャンスをくださった。」
私は、それが嬉しい。嬉しくて、嬉しくて。だから、その時、誓いました。この命は、この方のために使おうと。忌まわしい、父につけられた名を、あの方は奪ってくださいました。父の息子であることを、捨てさせてくださいました。
「・・・・いつか、私の名前をとりにこいと、そう。」
だから、ダイルにとって幸福とは、ロットの幸福だった。
あの日、絶望に打ちひしがれる幼い子どもを、男は拾い上げてくれた。その夢をもう一度、己の手の中に戻してくれた。汚名を雪ぐ機会をくれた。
呼ばれることが嫌でたまらなかった、父につけられた名を奪ってくれた。
そんなにその名前が嫌なら、俺が預かってやるよ。わかった、なら新しい名前をやるよ。それを呼び名にすればいい。でもな、覚えておけ。お前の父の業は、お前自身の業ではないんだよ。お前は、お前だ。だから、いつか、誰にも祝福されたお前であった証は、取りに来い。いつか、お前がお前を赦せたときに。
その言葉を、覚えている。父の業に気づけなかった、愚かな自分が赦せず。父との繋がりを感じさせる名前が忌まわしくてたまらなかった。そんな自分をロットは赦してくれた。
だからこそ、誓ったのだ。
ああ、そうだ。自分は、いつか、この男のために生きて、そうして死ぬのだと。
無邪気に、そう思ったのだ。誓ったのだ。
「陛下、いえ、モルガン妃。一つ、覚えておいていただけたらと思います。」
それにモルガンはうろんげな眼を返した。
「・・・・・私は、陛下の騎士です。それ以外の忠義を持つことはないでしょう。ですが、もしも。陛下に何か、危険が及ぶようなことがあれば。どうぞ、何用にもご命令を。」
ダイルはそう言って、モルガンに騎士として礼を取った。モルガンはそれに、一度だけ視線を向けた後、小さく、胸に留めておきますとだけ言った。
ダイルはそれに、ありがとうございますと礼を言った。
それだけでよかった。それを心にとめておいてくれるだけで十分だった。
その後、ロットがやってきて、ガウェインのふくふくとした頬を突いていた。それからモルガンの頬にキスをして、彼女はそれに頬を赤らめていた。
ダイルは、それが嬉しい。あの日、自分を救ってくれた男が、永遠の忠義を誓った王の幸福が何よりも愛おしかった。
(死ぬのなら、戦場で死にたい。)
この国のために、戦って死ぬのだ。己が王のために死ぬのだ。
自分が王に名前を返却を求めることはないだろう。自分が、自分を赦すことなんて永遠に来ない。
ダイルはロットに感謝していた。彼のおかげで、己の父は少なくとも裏切り者であっても、オークニーを滅ぼすものにならなかった。
(忘れられても、かまわない。もう、陛下か、老人どもしか覚えていない、ラモラックなんて名前は。)
どこぞの王の子と一緒の名前なんて、自分にはきっと似合わないから。