話が進みます。
感想、評価、ありがとうございます。
感想、いただけると嬉しいです。モルガン様の話。ロットはほとんど出てきません。
その日、モルガンは針仕事をしていた。それは、三人の息子たちに与えるためのマントだった。末の子で、ようやく生まれたガレスは昼寝をしており、乳母に預けていた。不自由がないようにと魔術をかけている最中、自室が叩かれた。
ゆっくりしたいからと侍女たちは下がらせており、誰であろうかと頭を傾げた。
かちゃりと開けられた先にいたのは黒髪の少年だった。生真面目そうな面持ちをしており、冷ややかな印象の銀灰の瞳をしていた。
「アグラヴェイン。どうかしましたか?」
「・・・・母上、少し、ここにいてもいいですか?」
それにモルガンはなんとなく二番目の息子が何故自分の部屋に来たのかを理解した。モルガンがいいですよと頷けば、アグラヴェインはいそいそと部屋に入ってくる。
そうして、ドアから死角になった部分に椅子を動かし、そうして持っていた羊皮紙の巻物を読み始めた。
それにモルガンは予想が確信へと変わる。
部屋の中からでもわかる程度に騒がしい足音が聞こえてくる。そうして、先ほどの控えめなノックなど何であるかというように騒がしい音が響く。
それに、モルガンは同じように入室の許可を出した。
ばんと、勢いよく扉が開いた。そうして、まるで矢のように少年が一人飛び込んでくる。
金の髪に、青の瞳をして夫にそっくりの長男はまるで地面で散々に転がったかのように砂埃にまみれていた。
「母上!」
「ガウェイン。入ってくるときはもう少し静かにしなさい。どうしました?」
「いえ、アギーがこちらに来てませんか?」
話に出たアグラヴェインはそそくさと見えないように部屋の奥に逃げ込んだ。それに気づかないガウェインはにこにこと笑っている。
「何か用があるんですか?」
「実は、剣術の鍛錬をガへリスとしていまして。せっかくならアギーのことも誘おうかと思いまして。」
にこにこと笑うその様は、本当に父親によく似ていた。
「そうですね、ここにはいませんよ。」
「そうなのですか?わかりました、他を探してみます。」
しょんぼりとした様はまるで大きな犬のようだった。が、モルガンの手の中にあるマントを見て眼をキラキラとさせた。
「母上、それはなんですか?」
「これはお前たちのマントですよ。皆、大きくなりましたからね。お前は、翠の色を。アグラヴェインは紺の、ガへリスは青にしようと思っています。」
「楽しみにしていますね、母上!」
ガウェインはうきうきとした様子で扉をまた、元気いっぱいに出て行く。それを見送った後、モルガンは部屋の奥、物陰で静かにしているアグラヴェインに話しかけた。
「出てきてもいいですよ。」
「・・・・はい。」
モルガンに近づいてくるアグラヴェインはばつの悪そうな顔をしていた。
「剣術の鍛錬から逃げ出すのは感心しませんね。」
「・・・・この、礼節の書が読みたかったのです。」
モルガンはその言葉に苦笑した。口ではそう言ってるが、アグラヴェインはどちらかというと体を動かすよりも座って勉学に耽ることを好んでいた。もちろん、剣術の才がないわけでも、嫌というわけでもない様子ではある。
ただ、嬉々として剣術の鍛錬に付き合わせるガウェインについては避けがちだ。それも仕方が無いだろう。なんといってもガウェインと、実直すぎるガへリスの鍛錬は際限が無く、大人しいアグラヴェインには付き合うのが辛い部分もあるのだろう。
まあ、それもいいだろうとモルガンは思った。
アグラヴェイン自身、怠惰の末というよりも優先したいことがあってのことだ。
「そうですね。体を動かすだけでなく、礼節や知識もまた騎士には必要なことでしょう。」
「はい!」
アグラヴェインはそれにゆるゆると微笑んで、羊皮紙を開いた。
モルガンはそれに横目に見つつ、また裁縫を再開した。が、すぐに手を止めて、ちらりと外を見た。
青い空が、そこには広がっていた。
(・・・・もう、十数年が経つのか。)
モルガンは不思議な気持ちで、そんなことを思った。
最初に産んだガウェインは、すでに二桁の年齢に達していた。
オークニーでの生活は順調であった。城の者たちも皆、モルガンに優しい。皆が、モルガンを尊重してくれている。
そうして、夫に当たるロットもそうだ。聞いたところによれば、夫というのは子どもが、それも嫡男が生まれてしまえば一気に身をひくものだと聞いた。新しい女も作るものさえいるという。
が、ロットはそんなこともなく、結果として四人の子どもに恵まれている。
そこで、モルガンはロットの熱を帯びた眼を思い出し、顔を赤くした。そうして、熱を振り払うように頭を振り、思考を切り替えた。
(・・・・子ども、子ども、子ども。)
モルガンはそこで部屋の中で本を読む少年を見た。きっと、見た目で言うのならば、自分たち夫婦に一番に似ていないだろう子だ。
けれど、モルガンはしみじみと不思議だなあと思う。
(子どもたちは、まったく私に似ていない。ロットにばかり似ている。)
が、ロットから言わせると、子どもたちはモルガンによく似ているらしい。
例えば、ガウェインの真っ直ぐすぎるところだとか、アグラヴェインの繊細なところだとか、ガへリスの下の者への優しさだとか、ガレスの愛情深いところだとか。
ロット曰く、モルガンによく似ているらしい。
が、モルガンから言わせれば、四人の子どもたちはロットによく似ていた。
おそらく、一番にロットに似ているのはガウェインだろう。元々の気質自体は、ガウェインが一番に似ている。アグラヴェインの冷静なところはロットによく似ているし、ガへリスの役目に対する真面目さもそうだ。ガレスに関しては、笑った顔が本当にロットの気の抜けたときの笑みに似ている。
が、周りの人間に言わせると、二人に似ているらしい。
モルガンは、目の前の少年のまろいほっぺたを眺めた。
(・・・・愛か。)
正直な話をすれば、モルガンは未だに子どもたちへの愛というものにピンときていない。
それは、この国に来るまでもそうだった。
モルガンにとって、子を産むとはそれこそ結果でしかない。愛がなくとも子は生まれるし、育っていく。血縁は決して愛情に直結しない。それは、自分が何よりも経験したことだ。
所詮は、手駒を産み、教育するだけの行為だった。
正直な話、子どもたちを自分の血を継いでいるという事実だけならば、驚くほどに感心が湧かない。彼らの能力だけでしか判断が出来ない自分がいる。
けれど、四人の中にロットの痕跡を見つけると、なんだかそのまろいほっぺたを突きたくなる自分がいる。
ガウェインの面立ちを見ていると微笑みたくなる。アグラヴェインの書を読む横顔を撫でたくなる。ガへリスの生真面目な性質を抱きしめたくなる。ガレスの澄んだ緑の瞳を見ると、キスをしてやりたくなる。
ああ、そうだ。男の面影を見ると、なんだかとっても彼らの生を祝福したくなるのだ。幸せになれと思うのだ。彼らを苛む何かを悉く滅ぼしたくなるのだ。
(・・・・このまま、私は、どうしたいのだろうか。)
ブリテンの王になる。それは、モルガンの中に育った、執着だ。そうあれと言われた、そうしなければと思っていた。そうでなければ、モルガンには何もなかったから。
父の記憶も、母の記憶も、うすらぼんやりとしている。
ただ、皆、どこか自分に興味が無いようだった。
(そうだ、だから。王になれば、私も王になれば。)
振り返ってくれるのだと、思っていた。空っぽの心には、呪いのような思いだけが残っていたから。
モルガンはまた、持っていたマントに魔術を込めながら、考える。
けれど、何故だろうか。
国を取るために知恵を絞るよりも、策略を考えるよりも、こうやって子どもたちのために服を編んでやることに心が満たされている自分がいる。
皆、自分を賢者としてくれた。女が政務に関わることを嫌がるものもいたが、たくましい一面を持つオークニーの人間は早々と使えるものは使えという思考に切り替わった。
(・・・・私は、王になりたいのだろうか。)
父に自分以外の子はいない。嫡子になれそうな存在も、覚えている限りではいない。ならば、おそらく一番に候補に挙がるのは、ロットになるだろう。
自分の夫であり、ウーサー王の血を継いでいる男は子どもたちしかないのだから。
結局、自分ではなく、その夫のロットや子どもたちが選ばれるのだろう。そんな思考がある。が、何故か不思議と苛立たなかった。
それよりも、もしもの時を考えて、子どもたちの、特にガウェインの教育について見直すべきだろうか?
かの子は、武芸に優れ、人の上に立つ上の温和さもある。が、どちらかというと体を動かすのを好んでいるため、もう少し礼節等の教育を施すべきだろうか。
そうして、ロットに関してはあまり気にはならない。男は元より、図太く、賢しく、そうして強かな面がある。
青年といえる年から脱し、老獪さを含んだ男のことをモルガンは考える。
(・・・ますます男ぶりが上がって、私としては嬉しくもあり、心配なことも。いえ、あの男はもちろん、私の魅力に首ったけなのはわかっているが、間違いというものがあることも事実。)
などと考えて、モルガンは思考がまた明後日の方向に進んだと理解して首を振る。
そうなのだ、結局の話、モルガンは自分が王になると言うことにそこまでの執着を持っていなかった。
ウーサー王が弱ってきたという話を、聞いた。
それに見舞いの手紙を送ったが、返信は無かった。ぼんやりと、誰が王になるのだろうかと考える。けれど、そこまで長くないという話が出ても、彼の人は誰のことも王に指名していない。
だからこそ、モルガンは仄暗い想いがあったのだ。
ああ、父よ。我が父よ。私を選ばなかったあなたよ。結局は、捨てたモルガンを頼らねばならなくなるのだ。
事実、ブリテンにいる王の中で、特に名が知られているのはロットであった。片田舎であれど、男の勇猛さは確かに知られるには十分だった。多くの王と同盟を組んでおり、その性質から他とぶつかると言うこともない。
だから、それでもいいと思った。王になることは出来なくとも、モルガンの自慢の彼らを選ぶことしか出来ない父への思いはそれでなんとなく良いと思っていた。
モルガンは、このままこの国で、男の側で、子どもたちの側で、朽ちていくとしてもそれでよいと思っていた。
島が、人々が滅んでも別に構わないという思いはある。けれど、オークニーだけは、この国に住まう人々にだけは、どうしようもない愛着を感じていた。この美しい国が、滅んでしまうのを惜しいと思っていた。
それでいいと思っていたのだ。それで、いいと。モルガンはようやく、誰にも選ばれなかった幼い少女を赦せる気がしたのだ。
そんなことを考えているとき、こんこんとまたドアが叩かれた。それに、モルガンはどうぞと入室を促す。アグラヴェインも、足音等からガウェインでないことを察してそのまま書を読み耽っていた。
「少し、邪魔をするな。」
顔を出したのは、モルガンの夫であった。そうして、ロットの姿をみたアグラヴェインは書をそそくさとしまい、ロットの元に急いだ。
「父上!」
普段は表情の乏しい彼ではあるが、父の前ではどこかきらきらとした年相応の表情をする。ロットはお前さんもいたのかと笑いながら、自分の足下にいるアグラヴェインの頭を撫でた。
「ガウェインやガへリスと一緒じゃないのか。」
「はい、書を読んでおりました!」
「そうか。偉いな。ガウェインも、もう少し執務的な部分に興味を持って欲しいが。」
そんなことを言いつつ、ロットはそっと彼を外へと促した。
「すまんな、少し母上と大事な話があるから、別の所に移動してくれ。」
「はい、わかりました。あの、それで、父上。」
「ん?なんだ?」
アグラヴェインはもじもじしながら、ちらりとロットを見た。ロットは息子の愛らしい仕草に顔を緩ませた。
ロット曰く、そう言った表情がモルガンに似ているらしいが、彼女にはピンとこない。
「あの、またお時間をいただけませんか。剣術の鍛錬にお付き合いできないかと。」
「おうおう、構わないよ。また、いつになるか教えよう。」
「はーい!」
アグラヴェインはにこにことしながら、そのまま部屋を出て行く。それを穏やかな顔で見送ったロットであるが、彼はモルガンの方に顔を強ばらせて近づいた。
「・・・・すまないな。」
「いえ、ですが、どうされましたか。こんな時間に。」
ロットはモルガンの顔に思い悩むような仕草をした後に、重い口を開いた。
「今、知らせが入った。ウーサー王が死去された。」
それに、モルガンは目を見開き、間髪入れずに言った。
「それは、私宛でしょうか?」
「・・・・いや、俺宛だった。そうして、もう一つ知らせが入った。」
ウーサー王には息子がおり、その者が次期王になると。
モルガンはそれに、目を見開いた。一瞬のうちには、怒りや悲しみや動揺などが頭と体を駆け回る。けれど、最後に残ったのは、一つだけ。
(父よ、最期まで、私には何も言ってくださらないのですね。)