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王になるということ自体、アルトリア・ペンドラゴンにとってはさしたるものではなかった。
彼女にとって王になるというのはあくまで通過点であり、重要なのはその先だった。
己が、その国をどうするのか。
重要なのは、それだけだった。
覚悟はあった。
鍛錬も、学ぶことも、聖剣を抜いたことも後悔はしていなかった。
例え、人として逸脱した生を生きることになろうと。
それでも、誰かが笑っているのなら、それでよかった。
(・・・・滞りなく、進めなくてはいけない。)
顔もよく知らない父の葬儀には、諸侯の王たちが参列する。その場で、自分を次期王として紹介する。そのために、教会に手を回したとマーリンも言っていた。
そう簡単に認められないとは理解していた。が、認められなければいけない。そう、アルトリアは、いや、アーサー・ペンドラゴンは揺るがぬようにと覚悟を決めたのだ。
そんな日、晴れた日。血のつながりだけのある父を見送る日。
アーサー王は、北の果てからやってきた、一人の王に会ったのだ。
その時、アーサー王はマーリンと義兄であるケイと共に足早に城内を移動していた。彼らは、ウーサー王の遺体が安置されている教会へと急いでいた。
彼らがそこまで走ることとなった理由は簡単で、待ち人が思わぬ行動を取ったためだった。
「ロット王が?」
マーリンの所に慌てた様子で知らせが入った。ロット王、その単語にはアーサーもまた反応した。次期王としての立場に立って、その名前はよく聞いた。そうして、マーリンからも言われていた。
曰く、その男は己にとって王になる上での一番の障害になるだろうと。
そんな彼が登城するのを待っていたのだが、待ち人は何を思ったのか早々と城の人間を押しのけて、ウーサー王の遺体のある教会に向かった。
その場にいたのが地位の低い者たちだけであり、名の売れたロット王を抑えきれなかったのも原因だった。
「舐められてるな。」
そんなことを吐き捨てたケイの声がやたらと耳についた。
舐められている、そうだ。自分は侮られているのだ。いきなり現れた若輩者の自分を認められないのは当然だ。
(だから、会わなくては。)
王として、認められなくてはいけないのだ。
たどり着いた先の教会の前には、一人の騎士がいた。鎧を纏った赤髪の彼は三人の姿を目にすると、あっさりとその道を通した。
「・・・・やあ、ダイル君だね。」
「王ならば、中におられます。」
淡々とした声でそれはそう言った。そうして、マーリンはそれに特別なリアクションはせずに、教会の扉を開けた。
大樹のような男だと、アーサーは思った。
白い教会の中に、鈍色の鎧と赤のマントを纏った男が立っている。明り取りの窓から入ってくる日の光の中で、まるで黒曜石のような髪に反射して天使の輪が見えた。
男は、じっとまるで石像のようにウーサー王の棺を眺めていた。けれど、三人が教会に入ってきた瞬間、振り向いた。
彫刻のように整った顔立ちをしていたが、そこに繊細さなど欠片もない。厳しく、そうして隻眼なのかを片目を覆った眼帯は男の荒々しさを表しているかのようだった。
少しだけ皺の刻まれた表情は、老いた故の思慮深さを感じられた。
大樹のようだと、アーサーは男に思った。大樹のように揺るがず、存在感のある男だと、そう思った。
自分たちの方に振り向いた男は、アーサーを見て眼を見開いた。が、すぐにそんなことはなかったかのようにマーリンを見た。
「賢者殿。」
「やあ、久しぶりだね。オークニーのロット王。いきなりこちらに向かったと言うから驚いたよ。ああ、こちらは。」
「ウーサー王より、何か聞いてはいないだろうか。」
マーリンは変わることなくにこやかに挨拶をしたが、それにかぶせるようにロットと呼ばれた男は言った。マーリンはそれに思うことがあるように一瞬黙るが、気にすることなく口を開いた。
「残念ながら、君への伝言は。」
「私ではない、私の妻に向けての言葉だ!」
ロットは、今までの静謐さなどかなぐり捨てて吐き捨てるように言った。それに、マーリンはああと頷いた。
「あると思うのかい?」
その言葉に、ロットは改めて棺を見た。動いたせいで、彼の表情はよく見えない。ただ、静まりかえった教会のせいか、彼の掠れた声が聞こえた。
「ウーサー王よ、あなたは、最後の最期まで。なぜ、そんなにも。」
何かを絞り出すように、彼はそう言った。が、すぐに姿勢を正した。そうして、また、マーリンだけを見て言った。
「・・・・聞きたかったのはそれだけです。私は、お暇させていただきましょう。」
ロットはそう言って、入り口に向かって歩き出した。それに、アーサーは口を開きかけた。が、それはケイによって無為に終わる。
「おいおい。さすがに無礼が過ぎるんじゃないか、ロット王?」
それにロットは足を止めて、前方に立つケイを見た。視線を向けるだけで、彼は何も言わない。
「ここにいるのは、ウーサー王が後継者として指名した次期王だ。アーサー・ペンドラゴンだ。するにもそれ相応の礼儀があるだろう?」
ギラつく瞳を向ける彼に、ロットは凍えるような、翠の瞳でケイを見た。
「・・・・これは驚きだ。」
「はっ?」
「キャメロットでは、一介の騎士が王の一人にこれほど気軽に口をきいてもいいとは。」
吐き捨てるような冷たい皮肉だった。それに、ケイは目を見開き、さらに何かを言おうとした。
「身の程を弁えろ、と言われたこともわかられないので?」
それにケイは驚いて振り返り、アーサーを庇うように躍り出た。そこには、教会の外にいた赤毛の騎士がいた。
「私の主君への無礼はそこまでにしていただきましょう。」
ぎらぎらとした瞳で、彼はそういった。アーサーはそれにケイに静止の言葉をかけ、そうして改めてロットを見た。
「ロット王、あなたが私を認められないのは当たり前です。私は、未だに何もなしていない。素性も曖昧な人間です。ですが、私は王になり、なすべきことがあるのです。」
どうか、話だけでもしていただけませんか?
アーサーは必死だった。聞いた話では、ロットは諸侯の王の中で頭一つが抜けている。彼を味方にすることができれば、自分の目的に近づくはずだ。
翠の瞳を見た。まっすぐと、その深い色の瞳を、じっと見た。彼は、それに顔を覆った。どうすれば良いのかわからないというように。そうして、また言葉を吐いた。
「賢者殿、貴公が育てたのか。これを、こんなものを。」
「ああ。といっても、育児は殆どケイとその父君だけれどね。」
朗らかな声にロットは顔を上げた。そうして、ようやくアーサーを自ら見た。
「・・・・少し、話をするか。」
アーサーは、教会の中で、ウーサー王の棺を前にロットと隣り合って立っていた。その場には、二人以外誰も居ない。ケイは最後まで嫌がっていたが、マーリンの説得に渋々引き下がった。
そうして、アーサーはちらりとロットを見た。
何か言うべきかと悩んでいると、ロットはおもむろに口を開いた。
「・・・・諸侯の者たちは、お前を認めていない。何故か、わかるか?」
「私が唐突に現れ、ウーサー王の子であるかも怪しい、若輩者だからでしょうか?」
「半分当たっているが、半分は違う。正直言えば、お前のことなどどうでもいいのだ。本来ならば、例えウーサー王が亡くなろうが表面上ならば、収まっていただろう。賢者殿の後ろ盾も考えれば。」
「どうでもいいとは、どういう。」
ロットはそれに、顔を覆った。絶望するように、搾り出すように言った。
「・・・・そうだ。例え、生まれてきたとしても、まだ。お前が王の資質があるのか、諸侯の王が知る機会さえ設けられれば。それだけで、まだ、ましであったのに。」
それにアーサーはロットに詰め寄った。
「確かに、私は未熟な若造です。ですが、背負う覚悟は出来ています。この国のために生きることも、死ぬことも。私は。」
「この愚か者め!国のために死ぬも生きるも、そんなものは当たり前だ!そんなものは覚悟の一つにも入るものか!お前は、何もわかっていない!」
男の、誰からもされたことがない種類の怒りにアーサーは目を見開いた。ロットは怒りの声を吐いたが、その目はどこか悲痛に満ちている。
「若造よ。何故、己が認められないのか。本当にわからないのか?そんなの、簡単な話だろう。」
お前は、ウーサー王と、イグレインの子であるからだ。
ロットは哀れむようにアーサーを見た。
「・・・・父母が、ですか?」
「王が王たり得るために、統べるために一番に必要なものが何かわかるか?それはな、信頼だ。」
ロットは吐き捨てるようにウーサー王の棺をにらみ付けた。
「所詮は、力も賢しさも、誰からか借りれば事足りる。だがな、信頼は当人のあり方によるものだ。民からの敬いも、騎士からの忠誠も、諸侯の王たちの支持も。その王が、国を傾けぬと言う信頼の上に成り立っている。だが、ウーサー王はそれらを裏切った。
コーンウォール公の妻を、ただ惚れた腫れた。それだけのために、戦を起こし、当時のブリテンの状況を散々なものにしたあの時に!」
アーサーは呆然として、あまりにも予想外の言葉に口を噤んでしまった。
自分の、若さでも、未熟さでも、力量でも、弱さでもなく。出自を否定されるのは、あまりにも予想外であったのだ。ロットはアーサーのそれに、首を振った。
「諸侯の王たちは、あのとき、ウーサー王に失望した。おめおめとイグレイン殿を娶り、その挙句に妻とした。誰が、人の女が欲しいから戦を起こす王になど仕えたいと思う?それでも、彼の人が王であったのは彼が巨大であったからだ。戦も強く、そうして賢者殿の存在に誰も逆らえなかった。当事者でない俺さえも、父から話を聞いたさ。」
それ故にだ。ロットは一言区切ってアーサーを見た。
「我らは貴様を王には認めん。アーサー・ペンドラゴン。お前には罪はない。だが、生まれながらの業を我らは認めることはできん。お前の後ろ盾である賢者殿とウーサー王を信じることはもうできないのだ。」
「・・・・それでも。私は王にならねばならないのです。」
ロットの言葉にアーサーはそれでも言い返した。確かに、彼らの言葉はある意味で正しいのだろう。
自分が生まれた経緯は知っている。ウーサー王のやり方にはそれ相応の理由があった。けれど、それを知らぬ人間からすればその反応はある意味で正しいのだろう。
けれど、それでも、アーサーは己の夢を諦めるわけにはいかなかった。それでも、笑っていたのだ。
自分がこれから、どれだけのことが出来るのかはわからないけれど。それでも、誰かが笑っていたから。
それを、美しいと、素敵だと思ったのだ。
アーサーの揺るがぬそれに、ロットは首を振った。
「・・・・王になるには、二通りの方法がある。一つは、無から有を作り出すこと。もう一つは、元よりあるものを奪うこと、屈服させること。言いたいことはわかるな?」
「・・・・はい。」
頷いたそれにロットは首を振った。どうしようもないというように、けれど、全てが予想通りであったかのように。
「アーサー・ペンドラゴン。俺もまた、お前を王として認めることはできん。お前の血統に、俺は目をつぶることは出来るが。それでも、お前はあまりにも何もなしていないのだ。」
真白の子よ、何もなしてなどいない、されど清く優しい子よ。お前の抱く冠が、血濡れになれど望むのならばそれもいい。どうか、お前の願いが、お前を苦しめることがないように。
「私は後悔など、私はしません。」
それにロットは、やはり悲しそうな顔をした。そうして、首をまた振った。
「・・・・・・それならば、それもいい。ウーサー王の忌々しい置き土産。その覚悟も、その言葉もけして忘れるな。それこそが、きっと、選択を役目としたものに最も必要なものだろう。」
「ロット王?」
その男は、ひどく悲しそうな顔をしていた。それは、エクターがケイを見るときの目に、なんとなく似ているように思えた。
ロットはそれを言い捨てると、その場からさっさと出て行った。
アーサーは、それに、戦が訪れることを思い、拳を握りしめた。
己の敵になる男、自分の義理の兄、姉に当たる女の夫。そうして、きっと、誰よりも初めて会った、一人の王であった男の背中を最後まで見送った。