ロット王は愛妻家   作:藤猫

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ロットのアルトリア論

ロットの声ってどんな、というか誰の声帯になるのかなと時折考えます。

感想、評価、ありがとうございます。
感想、いただけると嬉しいです。


うつくしいいきもの

 

 

「・・・・・ダイル。すまん、少し休んでいくぞ。」

「はい、わかりました。」

 

ダイルは少しだけいぶかしげな顔をした。当たり前だ。ウーサー王の葬儀もそこそこに早々と城から出た二人はいち早く帰らねばならなかった。

けれど、珍しくそんな弱音を吐いたロットをダイルは不思議に思いつつも走らせていた馬の速度を緩めた。

すぐ近くの川で一端休憩を取ることにした。

馬たちに水を飲ませている中、ロットもひとすくい飲み込んだ。ぽたぽたと口から滴がこぼれ落ちた。

そうして、掠れた声で言った。

 

「らしくなかったか?」

 

ダイルはそれが、教会での振る舞いであることを察したが彼にとってはどちらでもいいことだった。

 

「あの振る舞いが正しかったとお思いなのでしょう?」

 

それにロットは沈黙した。そうして、立ち上がり、ふらふらと川の上流へと歩き出す。

 

「陛下!」

「すぐ戻る。」

 

それだけ言い捨てて、ロットは足を速めた。

 

 

ロットは適当に、ダイルからは声も聞こえない程度の距離で足を止めた。そうして、また腰を下ろし、川から水を掬い、ばしゃりと顔を洗った。

また、顔から滴がぼたぼたと落ちた。そうして、水面に映った自分の顔を見た。

自分の顔、黒い髪に、隻眼。自分の翠の瞳を見た、それに、まるで閃光のようにある少女の瞳が浮かんで消えた。

翠の瞳、ごうごう、ごうごう、吹き抜ける嵐の音。

それと同時に、ロットは、我慢し続けた気分の悪さを口から吐いた。

 

 

ごうごうと、ごうごうと、眼を埋め込まれた当初は、ひどかった。

ずっと、耳を壊すような風の音。

熱に倒れ、けれど、その音はロットを眠らせてはくれなかった。

目をつぶってやり過ごそうとしても、眠っていようと、延々と聞こえる。

ごうごう、ごうごう。

 

「王子、大丈夫でしょうか?」

 ああ、仕事が増えてしまった。

 

「なにごともなければいいが。」

 跡取りがあのようではふがいない。

 

「王子に何かあれば、王が悲しまれる。」

 その時は己の娘を王にあてがおう。

 

聞こえる、聞こえる、人々の隠した本音。知ってしまう、知ってしまう、人々の表に出さない本性を。

 

耳をふさいだ。これでも、ロットはそんな眼を持つ前は己はなんだかんだで愛されていると思っていた、大事にされていると思っていた。

けれど、その眼が見せつける、真実に年若い彼の心はひしゃげて悲鳴を上げた。

吐き気がする。

あまりの醜さにそのまま心を閉ざしてしまいたかった。

あまりの悍ましさにそのまま死んでしまいたかった。

やめてくれ、やめてくれ。

俺に、これ以上、この世を嫌わせないでくれ。

熱に浮かされ、吐き気に苛まれ、死にそうだった。

いや、本当は死にたかったのかもしれない。美しいと思っていた世界は、吹きすさぶ嵐に覆い隠されてしまっていたから。

寝かせられたベッドから、そのまま飛び降りてしまいたかった。

そうして、ある日のことだった。

珍しく、本当に珍しく、ロットが妖精と取引をし、逃げ帰ってから会えていなかった父が見舞いにやってきた。

ロットは、体を動かすことが出来たのなら、すぐにその場から逃げ出したかった。父の本音を見ることが何よりも恐ろしかった。

けれど、熱にうなされた体ではそんなこともできない。

 

ごうごう、ごうごう、近づいてくる。

父が、己に近づいてくる。

せめてと、目をつぶった。そのまま、眠って、どれが父の真実であるか認識できなくなれば。

そう思った、けれど、半端に熱にうなされた体では、そんなことも叶わなかった。

父が、己を見下ろしている。

 

「・・・情けない。」 

 苦しそうだな。

 

(あ、れ?)

 

「王の子として、軽率なことをしたと理解しているのか?」 

 好奇心が旺盛なことは結構だが。今回は、命があって本当によかった。馬鹿な子だ。

 

「速やかに治しなさい。やるべきことは多くあるのだから。」

 お前が死んでしまったら、私はどうすれば良いのか。

 

ごうごう、ごうごう、聞こえてくる嵐の音。

 

欺瞞(ごうごう)野心(ごうごう)保身(ごうごう)侮蔑(ごうごう)

 

聞こえていたのに、何故だろうか。熱に浮かされて、暗闇の中で、光が見えた。

 

「おれ、しぬの?」

 

ぼんやりと、思わず吐き出したそれに、父は寄った皺をさらに深くした。そうして、ロットの頭を撫でてくれた。

 

「・・・いや、お前は死なん。なぜなら。」

 

その顔は厳しくて、けれど、一瞬言いよどんだ後。父は醒めた声で言った。

 

「お前は、王子としてなすべきことがあるのだから。」

 

吐き出した言葉はそうだった。けれど、その目には、確かに見えたのだ。

 

お前はまだ、美しいものを見ていないのだから。(きらきら)

 

暖かくて、夜道を照らすような、優しい星が瞬いているのを。

 

 

 

 

ロットは、それから、魔術師が眼帯を作るまで、嵐の中で目をこらした。

 

「お加減はいかがですか?」 

 ああ、よかった。よくなられて。

「王子、大丈夫ですか?」 

 倒れた理由はわからない。もしかしたら、良いネタになるかも。

「勉学が遅れておりますよ。」

 神よ、ありがとうございます。王子は無事、元気になりました。

「鍛錬はどうされますか?」 

 あーあ。できればこのまま休んでてくれよ。さぼれるし。

 

醜いものなら、多くあった。目が潰れるようなものならばたくさんあった。

けれど、よく、目をこらした。恐れぬように、醜さに怖じ気づかぬように、必死に、目をこらしたのだ。

そうだ、そうしたら、あったのだ。

確かに、本当に、少ないけれど。それでも、けして、消えることはなかった。

きらきら、きらきら。

ごうごうと吹きすさぶ風の中、吹き飛ばされそうで、けれどいつだってどこかにあった。

美しいものが確かにあった。

きらきら、きらきらと、そうだ、美しい、光輝くものが。

 

 

だからこそ、アーサーという少年に会うとき、ロットはかなりキツいが眼帯を別のものに変えた。その少年の本性を見極めたかったのだ。

そうして、教会で会ったとき、その少年を見たとき。

ロットは、必死に、体の震えと動揺を抑えた。

見たのだ、金の髪に、翠の瞳。

それは、その子どもは、人としてはあまりにも、美しい生き物だった。

 

きらきら、きらきら。

 

すべての嵐が、光によってかき消される。唸るような轟音さえも遠くになって、導くような光が目の前にあった。

だからこそ、必死にロットはそれから目を逸らした。そのまま見続ければ、目が眩んでしまいそうだった。

悲劇を見た、憎悪を見た、涙が流れて、怒りを叫んだ。

だめだ、ああ、だめだ。

醜いものを悉く見た者にとって、その光はあまりにも優しすぎる。

 

吐き気がした。

その清廉さに、祈りに、凝り固まった心に、愚直さに、そうして、あまりにも優しい心に。

だめだ、これはだめだ。

こんなものが、人の姿をするなんて。なんて、残酷なことをした。

 

見た、それの心を見た。

 

「ロット王、あなたが私を認められないのは当たり前です。私は、未だに何もなしていない。素性も曖昧な人間です。ですが、私は王になり、なすべきことがあるのです。」

 それでも、私は王になる。王にならねば、この島がせめて、優しいものがあるように。

 

「確かに、私は未熟な若造です。ですが、背負う覚悟は出来ています。この国のために生きることも、死ぬことも。私は。」 

 ああ、そうだ。そのために、私一人の人生。どれほど捧げたって構わない。

 

「・・・・それでも。私は王にならねばならないのです。」

 だって、誰かが笑っていた。きっと、それで十分だ。

 

 

ロットは、口からひたすらに吐き出した。水程度しか飲んでいなかったが故に、吐瀉物などほとんどない。

それでも、ロットは、あんなにも、正しいだけの存在が王になろうとしていることに吐き気がした。

あの、幼子は、いや、あの少女は、王からなによりも遠い存在のはずだ。

王とは、何をどう足掻いても、何かを取り、何かを捨てる選択肢が出てくる。非情さを持たねばならない、何かをドブに捨てねばならない。

 

この地獄で、この、人々の救いのために、あんなにも美しい星を作り上げたのか?

 

「ウーサー王よ!賢者殿よ!ならば、あの幼子の人生とは何だったというのですか?」

 

王は、国という機構を回す歯車だ。民の金で育てられた自分たちは、民に尽くす義務がある。

けれど、それでも。

 

「俺たちは、人間だ。全てを捧げるなど、ならば、傀儡となんの変わりがあるのだ!?」

 

吐き捨てた、ばしゃりと、怒りのままに水面を叩いた。揺らいだ水面で、翠の瞳が揺れている。

あまりにも、あの子が哀れだった。

彼女から、嵐の音なんて聞こえなかった。些細な、子どもの願いさえも、聞こえてこなかった。

 

(・・・言ってやりたかった。)

 

頑なにならなくていい。大人になるまで、義務なんて背負わなくていい。自分が、味方になってやると、そう、言ってやりたかった。

 

(ああ、だが。もう無理だ。手遅れだ!)

 

ウーサー王の死去の後、アーサーのことがブリテン中に知らされ、その後に諸侯の王たちから多くの文があった。

認めるなど、あってはならないと。

 

ウーサー王が生きている間はよかった。彼は確かに過ちを犯した。外からの侵略がある今、内戦などしている場合ではなかったし、彼は事実優秀だった。

そうして、彼は結局、跡取りを指名しなかった。

ウーサー王を信じることは出来なかったが、次の王に関しては自分たちが納得の出来る王を選ぶのだと思っていた。

けれど、現れたのは、不義の子に等しい少年だった。

諸侯の王たちの怒りは爆発した。いつまで、身勝手を繰り返す気だと。

まだ、幼い頃から跡取りであることを知らしめていればよかった。

おそらく、アーサーは、よき王になるだろう。若い頃の潔癖さは、生き方によっては頑固さではなく、公平性に化けることもある。

そうだ、王にするにはあまりにも清廉すぎるそれは、生き方によってどうとでもなる。

この際、女であることなど埒外だ。

ロットにとって気になるのは、こんなにも最悪な形で、彼女が次期王として紹介されたことだ。

幼い頃から、王たちへ顔を売っておけば。

彼女がどんな人間か、知っておくことが出来れば。

そうだ、いくらでも、ロットは後ろ盾になってもよかった。

 

アーサーをあんなふうに紹介した時点で、すでに戦は避けられないのだ。

 

(わかっている!)

 

そうだ、それこそが目的なのだ。じわりじわりとした、伝手をつくり、認められるのでは完全に権力を行使できるまで時間がかかる。

だからこそ、これなのだ。

若く、そうしてロットの眼には理解できた秘密を抱える少女が王になるために。

ブリテン島を巻き込んで、そうして、戦を起こし、王たちを叩き潰すこと。

最短の道筋だった。理解が出来た。

けれど、けれど、思わずには居られない。

 

別の道はなかったのか。回り出した車輪は止まらない。もう、誰かが死ぬまで、新しい王が生まれるまで、この戦は終わらない。

アーサーを認めるように王たちへの説得は不可能だ。そうして、アーサーに味方も出来ない。

ロットは、心のどこかで考えていた。

この戦で、王たちは負けるのではないかと。

圧倒的な数の差がある。けれど、ロットは分かっていた。

マーリンというそれが、おめおめと負け戦などするわけがないと。

中立でも気取るか?そんな半端など出来るはずがない。

叶うなら、戦いたくない。特に、あの、年若い少女。女の身で、王になろうとしている少女。

無垢で、頑なで、優しい。誰かの幸せに祈りを持つ子ども。

己の妻は、青い炎で、そうして駆けていく流星だった。

けれど、あの子どもは、赤い炎を纏って誰かのために振るわれる剣のようだった。

よく似た顔だった。嘘つきの女で、いじらしい女。本音しか言わない、宝物を必死に抱えるように生きる少女。

行くなと言いたかった。どこに行こうとしているのかも理解していなかったのに。

けれど、ロットの立場では、戦を拒否することなんて出来るはずもない。

ばしゃりと、水面をもう一度叩いた。どうしようもない、今に、怒りを込めた。

そうして、彼は一度だけ瞬きをし、ゆっくりと立ち上がった。

覆った眼帯は、嵐さえも微かなものにしていた。

男はゆっくりと立ち上がり、ダイルの元に向かう。

 

 

「陛下?大丈夫ですか?」

「問題ない。ダイル、早く行くぞ。」

戦が、始まるからな。

 

短く言い捨てた男は、まるで誰かの死を看取ったかのような顔をしていた。

 


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