ロット王は愛妻家   作:藤猫

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モルガンの方。

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冬の記憶

 

 

「今、帰った!」

 

馬から飛び降りるように降り立ったロットを、城の人間が出迎える。皆、安堵したような顔をしているのがロットには不思議だった。

 

「知らせることが・・・・」

「父上!」

 

ロットがそんなことを話していると、慌ただしく城から駆けだしてくる存在があった。

それは、末の子であるガレスを抱っこしたガウェインを先頭に、アグラヴェインとガへリスが走ってくる。

 

「父上、よかった。お帰りになられたのですね。」

「ああ、どうしたんだ?」

 

ロットは息子たちと視線を合わせるように跪いた。それに、ガウェインに抱っこされていた、未だ幼児と言える程度のガレスが愚図り始める。

 

「ちーちえ!」

 

ガウェインの腕の中でばたばたと暴れ始めるガレスをロットは慌てて受け取る。そうして、何があったのかと促すように息子たちを見た。

それに、三兄弟は気まずそうに互いを見た。そうして、代表するようにアグラヴェインが口を開いた。

 

「母上が。」

 

 

 

 

どろりとした、濁った青の瞳が周りを見回した。

そこは、モルガンの自室だ。ロットが己の花嫁のために用意した家具などが置かれたそこは、見る影もない。

まるで、嵐が吹き抜けたように辺りは荒れていた。ひっくり返った机や椅子、辺りに散らばった破片。

モルガンは、ロットへの申し訳なさが少しだけ胸で湧き上がったが、すぐにそれは霧散した。

ただ、モルガンの中にあるのは、嵐だった。たくさんの何かがあったのに、全てが風によって吹きすさんで、ちぎれてぐちゃぐちゃになっていた。

 

こんこん、ノックの音がする。モルガンはそれに、うろんな瞳でドアを見た。

誰かが入ってくる可能性はない。

侍女たちはもちろん、子どもたちにさえ、まともな対応が出来ずに追い返してしまったのだ。

ぼんやりと、座り込んだそこに、誰かが入ってきた。

 

「・・・モルガン?」

 

どこか不安そうな顔をした夫がそこに居た。

 

 

ロットはどこか、困り果てたような顔でモルガンに近づいた。それが、今は、夫のそんな顔さえもしゃくに障った。

 

「父上からの伝言はどうだった?」

 

それにロットは黙り込んだ。それに、モルガンはああと座り込んだ地面で拳を握って、ぼそりと言った。

 

「ロット王、女に生まれると言うことが、どんなことかわかるか?」

「・・・いや。」

「そうだろうなあ。女はなあ、惨めだぞ。国の子として生まれ落ち、皆がその義務を果たせというのだ。その癖、国のことを決めることなどない。男たちの思考に振り回されて、なにも決められもしない。」

 

モルガンは、どろどろとした汚泥のような、濁った瞳でロットを見た。ロットは無言で、扉を閉めて、黙り込んだままモルガンを見た。

モルガンはそれにまた口を開いた。

 

「ロット王、私の父はなんと言っていた?」

 

それに彼は目を伏せて首を振った。黒いまつげが、男の瞳に影を作る。

 

「何も。」

 

その短い言葉に、モルガンはけたけたと笑い出した。何もかもが、くだらないというように、笑い転げた。

 

「ふ、あはははははは!!」

「モルガン。」

「見たか!?ああ、そうだ!なんと父に似た子であろうな!?そっくりだ、金の髪に、翠の瞳!その振る舞い、人徳、正しさ、才能、幸福!結構なことだ!父の側近の後ろ盾まであるじゃないか!運命にでも愛されているのだろうかな!?」

 

モルガンは自分を見下ろすロットに叫んだ。髪を振り乱し、いつの間にやら流れ落ちた滴が床に落ちて、シミが出来た。

 

「なあ、ロット!見たか!あの、愛らしい顔を!華奢な体!そうだなあ、きっと、あれは良い女になるぞ!」

 

そう言った瞬間、モルガンは切れそうな糸につながれた操り人形のような動きを止めた。そうして、ゆっくりとした仕草で、ロットを見上げた。無表情のそれは、その見目も伴ってまるで人形のようだった。女の頬を流れるそれだけが、それが生きていることを示していた。

 

「わたしと、あれの、なにがちがうのだ?」

 

女であったから、だから、王になれなかった。

ずっとそう思っていた。自分は女で、王になどなれないから。だから、誰もが自分をイナとしたのだと。

だから、オークニーに嫁いだとき、そうして、子どもを産んだとき、女としてこれが最善だと思った。

そうだ、嫁いだ女として、世継ぎを産む。これ以上の役目は無いと思っていた。

それによって、ようやく自分は国を手に入れられるのだと。

そんな、打算もあった。

赤ん坊が大きくなって、子どもになった。四人も産んだとき、モルガンは父からの便りを待っていた。

きっと、自分の子どもたちの一人が、父の跡取りとして認めてもらえる。

女だから、認めてもらえなかった。ならば、跡継ぎになる子どもを産もうと思った。

それが、唯一、この世界で自分が王族として出来ることだと、自分の子どもを王にすればと。そんな打算があった。

 

なのに、なのに、なのに!

 

金の髪を、翠の瞳を、凜々しく美しい父に似た顔を、思い出す。

認められた跡取りの顔を見たいと思ったのに、怒りはなかった。ただ、確かめたいという衝動だけがあった。

笑える話だ、だって、そこにいたのは、自分と同じ女だった。

 

モルガン・ル・フェは、怒り狂ってわめいていた。王になれないこの身に怒っていた。

湖の乙女は、呆れていた。女を王にしたという父親に。

そうして、モルガンは、自分に振り向いてくれない、男の背中を思い出していた。

己の妹であるらしいそれと、自分、何が違う。

簡単だ。

 

「ふ、あはははははははははははははははは!」

「モルガン!」

 

また狂ったように笑い出したモルガンにロットは駆け寄り、膝を突いて彼女の肩を掴んだ。

そんなことも上の空で、モルガンは考える。

 

なぜ?なぜ?なぜ?

 

そんなの、簡単な話だろう。

 

(私は王にふさわしくなくて。あれは、ふさわしい、から。)

 

そんな思考とは関係なく、モルガンの口からは哄笑が響き渡る。

 

「モルガン!モルガン!おい!」

 

己の肩を揺さぶるそれに、モルガンはぎょろりと視線を向けた。翠の瞳が、忌々しくて仕方が無かった。

 

「ああ、私が哀れか?ロット王、目論見が外れたな。私を娶って、ウーサー王からは何も与えれなかったのだからな!ああ、どうだ。だが、胎にする分には価値があっただろう?まあ、これで私の価値もなくなったか!」

 

そんな言葉が出たのは、自分のことを徹底的に蔑みたかったのだ。徹底的に、己に刃を突き立てたかったのだ。

だから、ああ、だから、そんなことをげらげらと笑った。

ロットはそれに、息を吐き、そうして思い切りモルガンのことを自分に引き寄せた。

ぞれに驚いて口を開けた彼女のそれと、ロットの口が重なった。

ずるりと、暖かくて柔らかいそれが口の中に入り込んだ。モルガンはそれに思わず噛みついた。

ロットを突き飛ばそうとしたが、逆にモルガンは後ろに投げ出された。モルガンは今の状態など忘れて、驚いて顔を真っ赤にした。

 

「な、なにを!?」

 

ロットはそれに口の中が切れたせいか、血をその場に吐き出した。そしてロットは無言でモルガンに近寄り、両手で彼女の顔を覆った。

 

「おお、そうだ!モルガン姫、俺はロット王。お前の夫だ。お前の父親じゃない。」

 

すくい上げられた顔に覆い被さるようにロットは彼女の顔を見た。

 

「・・・・ウーサー王は、確かにお前を見なかった。お前の周りも、そうだったかもしれない。だが、ここも、そうだったか?」

この国は、お前を疎うたか?

 

それに、モルガンは思わずそれに、ああ、その翠の瞳に。言葉を吐いた。

 

「ち、がう。ここは、このくには、おまえは、ちがう。おまえは。」

 

掠れた声だった、まるで、今にもすり切れて消えて仕舞いそうな声だった。それでも、言葉を吐いた。

 

お前は、私を見てくれた。

 

その言葉に、ロットは頷いた。

 

「そうだ、モルガン。オークニーの女王よ、我が妃。俺は、お前を見ているぞ。」

 

翠の瞳が自分を見ていた。忌々しい、色だった。けれど、ふと、モルガンは気づいた。

父と、あの、少女の瞳。まるで、宝石のような瞳。

けれど、彼の瞳は、ああ、そうだ。

 

(春の日の、夏の日の、新緑の、色だ。)

 

モルガンはそれに、男にまるで子どものように手を伸ばした。それに、ロットはそっと、彼女を抱きしめた。

 

暖かな、腕だった。大きくて、暖かくて、そうして優しい腕だった。男は、大丈夫だというようにその背中を撫でた。

それに、モルガンはそうかと、理解した。

 

自分は、王になりたかったのではないのだ。

自分は、父の鼻を明かしてやりたかったわけではないのだ。

自分は、マーリンに認めさせたかったわけではないのだ。

 

(私は、ただ。)

 

ここにいていいよ、そういってくれる居場所()が、ずっと欲しかったのだ。

モルガンは、人に疎まれる。彼女の役目は、人を滅ぼすことだから。

けれど、半端に生まれ落ちた人間性は、どこかで誰かを求めていた。自分の居て良い場所が、どこか、欲しかった。

それでも、皆が疎むから。だから、自分のいてもいい場所が欲しかった。

どこにもないと、思っていた。

なのに、なのに。

 

(あたたかいなあ。)

 

モルガンの頬から、暖かなそれが流れ落ちる。

それだけで、なんだかよくなってしまった。その暖かさで、自分を見てくれる、若葉の瞳があるだけで。

モルガンは、どこか、それでいいと思えた。

自分の欲しかった、故郷は、居場所は、もうとっくに出来ていたから。

 

 

 

その、痛々しい姿に、何と言えば良いのかわからなかった。

モルガンは、アーサーが少女であると知っていた。そうして、次に放たれた言葉に、何を言えば良いのかわからなかった。

ロットは、愛されていたのだ。

ずっと、愛されていた。家臣たちに、国の人間に、そうして、言葉にしなかった父親に。

何もかもを剥奪されたような顔で、そんな顔をするから、だから、ロットは女の言葉を聞くことしか出来なかった。

その言葉は、その顔は、ああ、ロットは改めて、この女がオークニーへ捨てられたのだと思った。

いらないから、いっそ、ここで死んでくれと願われて、彼女はここに来たのだろう。

ロットは、その暖かい体を抱きしめた、疲れて眠ってしまった女の柔い頬にすり寄った。

 

「・・・・そうならば、それでいい。なあ、モルガン。俺は、お前のものだよ。そうして、オークニーは、お前の国だ。」

そうして、お前は、俺のものだ。

 

ひどく傲慢な言葉を吐いて見せた己に、ロットは笑った。

捨てるというなら、それでいい。ならば、自分は彼女を大事にするだけだ。

モルガン、モルガン、モルガン。

俺だけのひとよ、俺だけの妻よ。オークニーの女王よ。そうだ、それでいいのだ。

悲しいことなど捨ててしまえ、苦しいことなんて忘れてしまえ。

お前は、我らの女王なのだから。

彼女は、あの少女を恨むのだろうか。憎むのだろうか。

 

(彼女が起きたら、相談をしなければ。子どもたちのことも。戦のことを、これからの、ことを。)

 

それでも、今だけは、穏やかに眠る女にロットはほっと息をついた。

 





モルガン「ところで、なぜ、あのようなことを?」
ロット「あのようなって?」
モルガン「・・・・・く、くちづけを。」
ロット「ビンタしようかって考えたんだけど。お前さんはあっちのほうが動揺すると思って。」
モルガン「・・・こ、今度から、いきなりああいうことはしないでください。」
ロット「ああ、すまん。」
ロット(父上、父上って、夫として面白くなかったのはある)

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