ロット王は愛妻家   作:藤猫

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オークニー四兄妹とロットの話。

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星のありか

 

 

「・・・・騒がしいね。」

 

その言葉に、その場にいた全員がちらりと窓の方を見た。全体的に、城の中がざわついていることをオークニーの王子三人と姫は理解していた。

 

「当たり前だろう。これから戦争なんだから。」

 

ガウェインはふてくされた顔でそんなことを言った。それにアグラヴェインは少々呆れる。今回の大きな戦に自分を連れて行ってくれという要求が通らなかったことにすねているのだろう。

確かに、兄は剣術において頭が一つ飛び抜けているが、さすがに連れてはいけないのだろう。

ロットが城に帰ってから、慌ただしい。城全体が落ち着かない。ただ、母の様子が落ち着いたことが幸いだろう。

突然のことだった。母は、唐突にけたけたと笑い転げ、そうして部屋の中で暴れた。ガウェインやアグラヴェインが止めようと変わらなかった。食事にも手をつけず、ひたすら部屋の中で座り込む母は、まるで幽鬼のようで恐ろしかった。

ただ、父が母と話すと、彼女はまるで憑き物が落ちたかのように落ち着いていた。それに、アグラヴェインは父をすごいと心底思う。

 

(・・・・戦は嫌だ。)

 

アグラヴェインは憂鬱な気分になる。戦になると、食料だとか、武器の調達だとか頭が痛くなることが多いのだ。

何より、父が城を空けることが寂しくてたまらない。

 

「でも、叔父上と戦うんだよね。」

 

ガへリスの言葉に皆は言葉を紡いだ。幼く、現状を理解していないガレスだけはモルガンの作った布のおもちゃで遊んでいる。

それをガへリスが世話をし、その横でガウェインとアグラヴェインが宿題をこなしていた。

 

「・・・戦だからな。」

 

ガウェインはぼそりと呟いた。

 

 

父親が、けして戦いというものを好まないことぐらい幼くとも理解していた。

聞いた話では、他の国の王の中には、武勇やら冒険を求めて年単位でさすらいの旅をするようなものもいるらしい。

ガウェインはそんな話を聞いて、聞いてみたことがあった。心躍るような冒険をしたことはあるかと。

それにロットは苦笑して、彼の頭を撫でた。

 

すまないな、ガウェイン。父は、国を守るだけで精一杯だ。何よりもなあ。俺はきっと、誰かに覚えていて欲しいわけでもないからなあ。

 

その言葉の意味が、ガウェインにはとんとわからなかった。

騎士であるのなら、誰だって名誉を求めるはずだ。けれど、父はあまりそういったことに興味が無いようだった。

なんとなくではあるけれど、ガウェインは、父が王の子だとか、そういうものにさえ生まれてこなければ騎士というものにはならなかったのではないかと思う。

きっと、騎士でなければ漁師になっていたのではないだろうか。

ロットは、例えばガウェインたちの兄弟の内、しょぼくれているものが居れば時間を作って森に連れて行ってくれた。

そうして、小腹が空いたからと、森の中で木の実がどこにあるのだとか、どこを通れば危険な目に遭わないだとか。

あとは、魚を捕って、簡単な焼き魚を食べさせてくれる。ロットは魚釣りが得意で、静かにぼんやりと水面を見つめるのが好きであるらしかった。

二人だけの秘密だと。

もちろん、連れて行ってくれた兄弟たちはとっくにそれが自分だけの特別でないことぐらいは知っていたけれど。

ただ、その時の顔を見ていると、父はきっと騎士にはならなかったのだろうと思うのだ。

何か、理由さえあれば、違うものでありたかったのだと思う。

だからこそ、父が、野蛮人ではなく、ブリテン島の王と戦うと知ったときは心の底から驚いたのだ。

 

(叔父上という人は、悪い人なのだろうか。)

 

例えば、侵略してくるそれらのように。

けれど、父は、けしてその叔父上という人を悪く言わなかった。彼のことを話すと、どこか悲しそうな顔をしていた。

逆を言えば、母はその叔父という人に対して何の感情も見せなかった。無表情のまま、曰く、どうでもいいと吐き捨てていた。

その母の顔は、今まで見たことがないほどに恐ろしいと感じるガウェインがいた。

父は、諸侯の王たちの書簡の返答や、会議もそうだが、やたらと羊皮紙に何かを書付けているのを見た。何枚も、何十枚も。

ベルンに、何を書いているんだと怒られるほどにだ。

 

(早く、戦が終わればいいな。)

 

ガウェインはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

こんこんと、ノックの音でガウェインは目を覚ました。起き上がってみれば、未だに外は暗い。おそらく、まだ夜なのだろう。

ガウェインはこんな時間に誰が訪ねてきたのだろうかと首を傾げる。朝に起こしに来たとしても、それは夜が明けてからのことだ。

明るくない、こんな半端な時間に何故だろうかとガウェインは首を傾げた。

そうして、扉の先の人物は了承の返事もなしに、中に入ってくる。ガウェインは咄嗟に立ち上がるが、そこにいたのは己の父だった。

 

「ガウェイン、すまん。起きてるか?」

 

ガウェインは慌ててロットに駆け寄った。よくよく見れば、廊下には眠そうなアグラヴェインとガヘリス。そうして、腕の中にはすやすやと眠るガレスがいた。

 

「どうしたんですか、こんな時間に。」

「少しだけ、付いてきて欲しいんだ。」

 

ガウェインはそれに不思議な気持ちがしたが、こくりと頷いた。

 

 

「辛くないか?」

「大丈夫です。」

「私もです。」

 

ガウェインは弟妹たちと共に城のある塔に向かっていた。ガウェインは長い階段を上がりながら内心で首を傾げていた。

ガウェインもその塔のことは知っている。緊急時の見張り台であるそこは落ちる可能性もあり、上るなとは言われていた。といっても、ある程度の年齢になれば気にされていなかったが。

一度、昇ったこともあったが天辺には石で出来た長椅子と、締め切られた大きな木の扉がつけられた窓があるだけだった。

それっきり興味を無くしてしまっていた。ロットは、ガレスと、幼いガへリスを抱えて、ガウェインとアグラヴェインを気にしながら塔を上がっていく。

ガウェインは、どうしたのだろうかと思った。日が昇っていないせいで、ロットの顔はよくわからない。

そうして、登り続けた先で、ようやく天辺にたどり着いた。ロットは無言で、そのベンチの上にガレスとガへリスを下ろし、木の扉を開けた。

外を見れば、空の向こうに微かな光が見え、外が薄明かりに包まれていた。

 

「ガレス、起きなさい。」

「んー・・・・」

 

ガレスは少しの間愚図った後、大あくびをして起き上がる。そうして、ロットは穏やかな顔でガウェインとアグラヴェインを手招きした。

二人はそれに導かれるように、ベンチの横に立った。

 

「もうすぐだから、少し待ちなさい。」

ロットはそう言ってじいっと窓の外を見た。窓の外は、確かにここまでの高さはないとは言え、見慣れた己の住む国だ。

ガウェインは父の言葉通り、時を待った。そうして、夜が明けた。

 

日が、少しずつ昇ってくる。それと同時に、夜の群青と、朝日の赤が混ざり合い、夜明けの紫がグラデーションを作り上げていた。

光が、少しずつ、大地に注がれる。

遠くで、木々が光に照らされて、黄金色に輝いているようだった。金の森が、さやさやと揺れていた。どこまでも続くような町並みが、祝福されるように照らされる。青い空を、白い鳥が駆けていく。

それは、ああ、それは。

光に照らされた、夜が明けた世界がそこにあった。

 

(ああ・・・・・)

 

ガウェインは目をまん丸にして、光の世界を見ていた。誰かの声がする。騒がしい喧噪が、聞こえてくる。かまどの火を入れたのか、煙が上がり、町の人間がざわめいているのが見えた。

世界が、目覚める瞬間を、ガウェインは見たのだった。

 

 

 

夜明けの時間が、ロットは何よりも好きだった。

夜から目覚めて、今日を生きるために人々が動き出す時間。日に照らされて、森や水、そうして町が黄金に染まる瞬間が、ロットは何よりも好きだった。

ロットはじいっと一心不乱に町を眺める子どもたちを見た。

彼らをここに連れてきたのは、前々から思っていたことだった。それが今日になったのは、どんな結末になれど、ここに連れてきてやれる時間が取れるまで時間が必要になるだろうと察せられたためだ。

もうすぐ、戦が始まる。国に帰って、他の国からの文書に返事をし、武器や兵糧の確認を行った。

モルガンは、特別な感情を見せなかった。故郷との戦いにも、それも仕方が無いだろうと言っていた。

 

「不本意と言えばそうでしょう。ですが、私はこの国に嫁ぎ、跡継ぎを産んだ、この国の女です。オークニーがそうせねばならないのなら、そうするまでです。」

私は、もう、この国で生き、この国で死ぬと決めたのですから。

 

それは本心であった。悲しいとか、苦しいとか、そんなものはなくて彼女はとっくに覚悟を決めていた。だからこそ、ロットには何も言えなかった。戦場に連れて行けとモルガンは言ったが、そうはいっても自分の居ない間、国の守りをどうするのか。

兵を少し残し、モルガンに留守を任せることとなった。

ロットはそっと、四人を抱きしめるように、端にいたガウェインとアグラヴェインの肩を抱いた。

 

「・・・どうだ、綺麗だろう?」

「はい!」

「綺麗です!」

「きらきらしてます。」

「うん!」

 

それにロットは淡く微笑んだ。

 

「俺も、ガウェインぐらいの時にここに初めて、この時間に連れてこられてな。父上、お前たちのお祖父様に、お前がこれから治めるだろう、生きていくだろう世界だよと言われたんだ。」

「お祖父様に?」

「ああ、アグラヴェインにそっくりの。静かで、賢しい方だった。」

 

アグラヴェインはそれに自分の顔を確かめるように撫でた。それに、ロットは頷いた。

いつかは、話しておこうと思ったのだ。

自分が、父に言われたことを。あの日、一等に美しいものを見せてくれた、あの日のことを。

 

「ガウェイン、アグラヴェイン、ガへリス、ガレス。」

 

四人の子どもたちの名をそれぞれ呼んだ。彼らは、ガレスまでも神妙な顔でロットを見ていた。それが案外幼くて、ロットは目を細めた。

 

「・・・・俺はな。この景色を見て、ああ、素晴らしいなあと思った。この国が、ひどく愛おしくなった。そういった俺に、父上はこうも言った。」

 

素晴らしいものだなんて、この世には所詮一握りしかないのだと。

 

その言葉にガウェインたちはどこか裏切られたかのような顔をした。困惑して、どうしてそんなことを言うのかという顔をした。

ロットも、彼らの気持ちはわかるので、そうだなと頷いた。

 

「・・・・お前たちは、俺の子だ。お前たちは、この国の民によって育まれた。彼らの育てた穀物や、納めてくれた税で大きくなった。だから、それ相応にお前たちはオークニーの民に返さなくちゃいけない。だがな、それはとても大変だ。」

 

どれほどまでにこの言葉を理解できているだろうか。どれほどまでに彼らはこの言葉を覚えているのだろうか。

分かりはしないけれど、ガレスは多分、覚えていることも理解も出来ないけれど、自分の言葉で直接、この話をしたかった。

 

「王の子として、そうして、国を守護するものとして、お前たちはいつかとても残酷なものを見るだろう。おぞましいそれに触れることも、これ以上にないぐらいに醜いものを知ることにもなる。だが、それが騎士になると言うことだ、いつか、王であり、王に近しいものであるという意味だ。」

お前たちの言葉、動作、選択、意思により、たやすく誰かが死ぬことも、地獄のような責め苦を味わうことになるかもしれない。

 

それにガウェインとアグラヴェインはぐっと拳を握りしめた。

 

「・・・・戦場は、とても残酷だと、ダイルが言っていました。」

「そうだ、だからこそ、騎士になるというならば。敵を憎み、怒るのもいい。だが、けして、侮蔑だけはしてはいけない。」

騎士などと、礼節を求めたところで蓋を開ければ我らは所詮は人殺しだ。だからこそ、殺した相手に礼節を持ちなさい。人は、たやすく獣になる。

 

「父上は、獣になるものを見ましたか?」

 

ロットはそれに言葉を詰まらせ、こくりと頷いた。

 

「ああ、見た。人がどれほどまでに残酷になれるのか、嘘をつけるのか、醜くなれるのか。だからこそ、四人とも。」

 

ロットは口にしようとした。

そうだ、あの日、自分が父に言われたかのように。

公平でありなさい、慈悲を持ち、獣を殺すのではなく人を殺しなさい、善き選択をしなさい、誇り高き騎士でありなさい。

自分が何故、誰よりも満ちた生活を送っているのか。それは、いつか、何が起こっても、お前の首であがなうためであることを忘れてはいけない。

善きものでありなさいと、そう、父は言った。

 

そう、言おうとした。言おうとした。

ガウェインには善き王であるように、アグラヴェインとガへリスには善き騎士であるように、ガレスには善き人でありなさいと、そう。

けれど、けれど、彼ら、全員が、己の愛した女に似ていたものだから。国の選択に散々に振り回された、寂しい横顔を思い出して。

だから、ロットは言ってしまった。

王としてではなく、先達の騎士としてではなく、治めるものとしてではなく、オークニーに住まうものの一人としてではなく。

父として、彼らの幸せを願うものとして、言ってしまった。

 

 

「美しいものを、見ておいで。」

 

予想外の言葉に、ガウェインとアグラヴェインはきょとりとした顔をした。

 

「うつくしい、もの?」

 

状況の把握できていないガへリスが言った。

 

「そうだ、世界はとても残酷で、醜いものばかりだ。だからこそ、悲しみの心を抱えても、憎しみの炎を宿しても。それでも、明日を生きていこうと思える、そんな素晴らしいものだって確かにある。闇の中、泥に塗れても、前に歩いて行けるような道しるべに出来る、美しいものを、探しておいで。」

 

この窓から見た、世界のように。お前たち自身が、それぞれに美しいと思えるもの。

泥に塗れて、悲しみにくれて、怒りに拳を握りしめ、憎悪を叫んだとしても。例え、今、この瞬間にでも死んでしまうとしても。どれほどまでに、滅んでしまえと世界に思っても。

それがあるなら、それがこのまま続いていくのなら、生きていくのなら、存在してくれれば、よかったと思えるものが、きっとどこかにあるはずだ。

 

ロットは、もう一度、言った。

 

「美しい、星のようなものを見つけておいで。俺はそれを見つけることが出来た。だから、お前たちも大丈夫だ。」

 

ああ、流星の子どもたち。お前たちは、どこに駆けてゆくのだろうか。どこにも行きはしないのだろうか。

それでもいい。どちらでもいい。けれど、どうか、お前たちも見つけてくれれば良い。

美しいもの、子どもたち。お前たちがそう思えるものは何だろうか。きっと、美しいものだろう。

見つけられるはずだ、人はいつだって、星のありかを知っているだろうから。

幸せになれだとか、義務を果たせだとか、もっと言うべきことはあるのだろう。けれど、呪いのように自分の言葉を抱えて生きていかないで欲しかった。

だからこそ、願ったのはそれだけだ。あの日、星のような女に、自分が出会ったように。

残酷で、暗闇に包まれたかのような世界でも、生きていけるように。

それだけは、願わせて欲しかった。

 

「ちーちえ。」

 

ガレスが言った。

 

「どこいくの?」

 

幼い言葉に、ロットはまた、穏やかに微笑んだ。

 

「どこにも行かないよ。俺は、ちゃんと帰ってくる。留守が長くなるかもしれないけれど。」

 

そう言って、ロットは子どもたちのことを抱きしめた。

 

 

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