二話目、モルガンの三重人格は難しい。
まだ、惚れたとかではなく、大事にしたいという感覚。
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ロットは冷や汗をだらだらと流しながら目の前の花嫁を見ていた。
それは、まるで夢のように美しい女だった。
「モルガンと申します。」
お前の妻になる人が決まった。そんな知らせを受けたのはロットの父が病気になったおりのことだった。
妖精から押しつけられた、青の瞳の扱い方も覚え、スイッチの切り方も理解した頃のことだった。
お付きの魔術師にしごかれて、なんとか嘘と真実の嵐をやり過ごすことは出来た。
その間、ロットは自分の周りに嘘と真実が溢れていることを理解した。
善意と悪意、親しい誰かの悪意、敵の善意。
それを知ったロットはというと、変わることなくけろりとしていた。だって、そんなものは当たり前のことだろう。
ロットの全ては真ではない、ロットの全ては嘘ではない。
図太い彼は、それをそんなものだろうと受け止めてしまった。
だって、近しい誰かに善意があると知っていた、敵の持つ悪意を知っていた。
どちらもあるのが人間だ。
もちろん、自分の立場を脅かすような人間についてはそれ相応のことをやり返したが。
ロットはそうして、父の代りに戦場を駆け回り、次代のオークニーの王として名をあげた。
そうして、次は妻を決めるとなったが。
昔はあれだけ心配して、色々とやらかしたものの自分で決めるならば話は早い。
ロットは幾人か、婚姻の可能な他国の王女について調べていた。
そんなとき、老いた父から声がかかったのだ。
ブリテンの王として名高いウーサー王の娘との婚姻話がでているのだという。
ロットもそれに頷いた。
彼はブリテンでも相当な影響力がある。そんな彼の娘との縁談ならば不服はなかった。
そうして、飛び出てしまったのが、その美女であったのだ。
(やっば!どうする!?)
ロットとモルガンが初めて会ったのは、明日が婚姻だという直前のこと。
ロットの父が亡くなり、その葬儀でばたついたこともあり、急ぎ足の婚姻であったのだ。
彼は自室にてうろうろと歩き回っていた。
「ああ、くっそ!俺だって顔しか知らないんだよ!」
ロットが押しつけられた妖精の瞳のせいか、見てしまった未来のそれは殆ど映像だ。
それによってロットが知っているのはこの島が内乱によって滅ぶこと、それまでとある少年の王が外敵を排すること。
そうして、それに関係しているらしい、女。
ロットが知るのはその顔だけで、名前や立場など欠片も情報は無かったのだ。
出来るならば、断りたい。全力で、何かしらの問題を起こしてでも断りたい。
けれど、相手はウーサー王の娘なのだ。
そんなことが叶うはずもない。
城の中はお祭り騒ぎだ。
一応、優秀で頼もしい王であるロットと、有力な氏族の娘の婚姻にめでたいとお祭り騒ぎである。
父が亡くなってからようやく訪れた明るい話題に食いつくのも仕方が無いのだろうが。
そうして、そんなロットの焦りなど誰も知ることはなく、粛々と婚儀は進み、ロットはベッドの上でモルガンと対峙していた。
その容姿もさることながら、男ならば飛びつくだろう肉体にロットも理性をぐらつかせる。
ただ、それ以上に女から感じる不穏なそれに喝を入れて話しかける。
「やあ、モルガン。今日は疲れただろう。」
「はい。ですが、オークニーの王に嫁げる名誉を思えば平気です。」
嘘。
「そうか、だが、オークニーまではさぞ遠かっただろう。」
「いいえ、一瞬のようでしたよ。」
嘘。
「義父殿は何か言っていただろうか?」
「はい、妻としての務めを果たすようにと。」
嘘。
表面上はにこやかに笑うロットは背中で滝のように汗を流していた。
(やべえええええええええ!!何だ、この女!?溢れてくるのが嘘しかないんだが!)
見る限り、女はどこまでも可憐で愛らしいのに。
ロット王の青い瞳がとらえる彼女の言葉は、悉く嘘だった。
敵意と、憎しみ。
嘘だけを吐くのはまだ良い。けれど、そのどろりと重たくのしかかるそれはなんなのか。
ここまで話す言葉全てが嘘である存在にロットは会ったことはなかった。
ロットの瞳がとらえるのは、あくまで嘘か真か、敵意の有無程度だ。お付きの魔術師が施した封じを解けば本音さえも見えるだろう。
けれど、そこまで瞳を解放すればやっかいな物に目をつけられると釘を刺されていた。
それでも、嘘か真か。それを理解できるだけ十分に使える代物だった。
(殺すか?)
彼は王としてそんなことを考える。
いつか、滅びを呼ぶらしい女。偽りしかない女。それを己が妻として引き入れて、妃としての位を与えることは、本当に良いのだろうか。
ロットはにこやかに微笑んだまま、そんなことを考える。
例え、汚名を着たとして、自分は王なのだから。
民がために、それぐらいは飲み込んでも良かった。ロットはそんなことを考えながら、また話を続ける。
「だが、心細いだろうなあ。」
そんな、何気ない一言だった。何気ない、さほど多くの言葉を含まないそれ。それに、女は少しだけ悲しみを含ませて視線を下げた。
「はい。」
ロットはそれに目を見開いた。何故って、それは初めて彼女から出た真だった。
「ですが、旦那様が私にはいます。ですので、大丈夫です。」
「そうか。この国には、慣れそうか。」
「はい。もちろん。」
その次に出てくる言葉は、やっぱり嘘だった。
けれど、ロットはそれに納得した。彼女の言葉は嘘ばかりで、何かをひどく憎んでいる。
彼女が、この婚姻に納得しているなんてそんなこと、あんまりにも傲慢な考えではないか。
ロットは、オークニーのために生き、死ぬのだろうと早々に考えていた。
そういった期待をされていたし、彼にとって騎士としての名誉よりも王として、民の命を背負っていることの方が重要だった。
誇り高く生きるのも、強くあるのも、礼節を願うのも。そういった王であることを民が望んでいるからに過ぎない。それ故に、ロットは王として、騎士として生きると誓っている。
けれど、思えば、その女は故郷から出て、全くとは言わないが、知り合いなどいない国にやってきたのだ。
そんな生き方をロットは知らないし、理解は出来ない。彼のこの国で生きて死ぬ。
女として、家と家を繋ぐ彼女の生き方は、ロットにはわからない。
「ええ、だから。旦那様、どうか末永く、お願いしますね。」
柔らかな体でその女は自分に手を回す。甘い匂いと、甘い声。それは、女が男を求めるそれだった。
けれど、ロットはそんな声を聞けば聞くほどに悲しくなった。
きっと、彼女はこんな婚姻を望んでいなかった。
ロットはいい。自分のなじんだ世界、大事にしたい人、目指すべき夢と共に死ぬだろう。
いっそのこと、ロットは美人の嫁さんラッキーぐらいのことは考えてしまっている立場だ。
何もかもが違うのだ。
彼女の大事な何かを、自分はきっと奪ってしまっている。
ロットは女の体を抱きしめた。柔らかく、それこそ折れてしまいそうな脆い体。
ロットは、その女が島に厄を振りまくのを見た、知っていた。
けれど、それでもモルガンはロットの妻だった。
ロットは夢見がちな男だ。
だから、人の中にある善意も悪意も同じように持ってこそだと悲観することもなく生きている。
だからこそ、ロットは少なくともモルガンを大事にすると決めたのだ。
(そうだよ、俺の願いは元々そうだった。)
どんな人でも奥さんと仲良く、子供を作って、この国で死んでいく。
それだけだ。
そんな願いのために、妖精なんかに喧嘩を売ったのだ。
ロットは彼女からそっと体を離した。モルガンは不思議そうな顔でロットを見ていた。
ロットはそれににっこりと微笑み、そうしてモルガンから体を離した。
「あの、旦那様?」
「ああ、モルガン。今日は、もう寝ちまうか。」
「え。ですが今日は。」
ロットはそれに言いたいことを察する。何を言っても今日は夫婦で初めて一緒にいる夜なのだ。このまま寝てしまうわけにはいかない。
それにロットはガサゴソとベッド脇をあさる。そうして、護身用の短剣を取り出した。ロットはそれで躊躇なく指先を切りつけた。溢れた血を寝床に垂らした。
「ほらな、こうすればある程度ごまかしもきくさ。ああ、俺がなんとかするからな!」
「い、いえ。ですが。」
「いいって!」
ロットは少々乱暴だと理解しながらモルガンを転がした。そうして、寝具で彼女を巻いた。
モルガンは明らかに混乱しているようだったが、ロットはできるだけ優しげに。部下の子供にするように、あやすように微笑んだ。
「今日は疲れただろうから、もう眠るといい。大丈夫だ。明日も、明後日も、俺とお前は一緒だからな。」
願わくば。
ロットはモルガンの頭を撫でながら思うのだ。
この国が、この人にとって幸福な場所であるようにと。
「・・・・なんだ、あの男は。」
モルガンは憎々しげにそう吐き捨てた。彼女がいるのは与えられた自室だ。
寒い国だからと、城で一番に暖かな、日の光に照らされた部屋をと用意された部屋は快適だ。
けれど、そんなことはモルガンにとって欠片だって嬉しくはない。
モルガンの嫁いだオークニーのロットという男に彼女は苛立っていた。
ロットという男についてモルガンは当初さほど深刻には考えていなかった。
もちろん、彼女にはこの婚姻は不服なものだった。モルガンには自負があった。
己こそがこのブリテンを治める王なのだ。
だというのに、
父であるウーサーは自分を嫁がせた。モルガンは知っている。
父と、魔法使いのマーリンが何かを企んでいることを彼女は知っている。
(認めさせてやる。)
自分こそが後継なのだと。この国を治めるのは自分だと。
オークニーはそのとっかかりにするつもりだった。ロット王を自分の操り人形として、堕落させ、都合良く操るのだと。
初夜はその始まりになるはずだった。
(だというのに!)
モルガンは手近な机に拳をたたき付けた。
蓋を開ければロットという若い王はたいしたことなど無かった。モルガンの美貌に魅入られていたし、それと同時に恐れていた。けれど、自分に引きつけられていることは一目でわかった。
あとは落とすだけだ。
だというのに、だ。ロットはあまつさえモルガンの誘惑を放り出し、あろうことか子供のように寝かしつけたのだ。
屈辱だ。だいたい、ベッドの上で自分にしだれかかる女に手をつけないなど、モルガンのプライドを悉く傷つけた。
モルガンはロットが自分を警戒しているのかとも少し考えた。
けれど、新婚生活というものを続ける中で、彼はまさしく犬のようだった。
やるべき事を終えると彼はモルガンの元にやってくる。
そうして、満面の笑みで、甘い言葉を投げかけてくる。なるほど、確かに騎士らしく女の扱いに慣れているのかと思ったが、城の人間に聞く上でそこまで女について熱心なタイプではなかったらしい。確かに、城の中にはロットが手を出した女というのはまったく存在しなかった。
女性と遊ぶよりも狩りをしたり、執務に勤しんだりすることを好んでいたそうだ。
それ故に侍従たちはモルガンの存在をことさら喜んでいた。
モルガンとしては彼らの気持ちもわかる。己が主人が女に興味が無いなどとよほど心配であったのだろう。
が、この男、何をしてもモルガンに手を出さない。
いっそのこと、手が出せぬほどに惚れ込んでいるのかと思った。事実、ロットはモルガンの言うことならうんうんと頷いてくれた。
しかし、それにほくそ笑んで無茶なことを言えば、ロットは変わることなく笑みを浮かべてバッサリと切り捨てる。
(あの、あの私のことが好きでたまらないというのに、私の言葉を切り捨てる、あの顔!!)
恋人同士のように甘く、夫婦である真摯さを持って、ロットはだめなものはだめだと切り捨てる。
いくら城の人間を従えようと、城の主の了承を取らなければ出来ないことがある。
(本当に、なんなのだ!あの男、私の魔術も使えない!)
一度、男に魅了などの魔術を試してみたのだが、まるでなかったことのようにロットはけろりとしている。
女神としてのあり方が彼女の怒りを駆り立てる。苛烈な、それがただの男への苛立ちを募らせる。けれど、それはまるで夢のように消え失せて、そんなあり方は引っ込んだ。
はあとため息を吐いた彼女は、ふと、思い立つ。
(だが、そうか。思えば、あの男ぐらいか。私のことを慮ってくれたのは。)
モルガンの心なんて誰も知りはしない。
父も、魔法使いも、城の人間も。
故郷にいたいと、父の側にいたいと願う心を慮ってくれなかった。
けれど、ロットだけは、遠い地で疲れたモルガンを慮ったのだ。
が、すぐにそんな感情は消え失せる。例え、そうだとしてもモルガンの願いは叶わないのだ。
モルガンはふっと窓の外を見る。もうすぐ、ロットが自分の部屋を訪れる時間だ。
モルガンは今日こそ、男に手を出させるための思惑を考え始めた。