ロット王は愛妻家   作:藤猫

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どうか、どうか、俺の最後を嘆かないでください。それでも、確かに、良き人生でございました。
美しいものを、見たのです。


ロットの最期。


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俺の愛したものは皆

 

 

それに勝てるはずがないのだと、案外自分で理解が出来ていたのだ。それは、人ではなかったし、そうして、自分は所詮は人という範囲に収まったものでしかないことぐらいは、ロットにだって理解できていたのだ。

 

 

 

戦争において一番必要なものは何かと言われれば明白だ。

物資だとか、有能な指揮官だとか、状況だとか、それは諸諸にあるにせよ、やはり戦力というものは重要だった。

兵士の数。どれだけの猛将がいたとしても、一人と千では物量で押し流せるものだ。

 

ロットは、それが純粋なる人でないことぐらいは理解していた。

吐き気がするほどの清廉さと、そうして、人でない何かが混じった歪な少女。

けれど、これは国と国との戦いなのだ。

あくまでも、個人の力量ではなく、どう部隊を動かすかなのだ。どこを攻め、どこで引くのか。

諸侯の人間たちの動向についてもあまり気にしなくていいのは楽だった。どちらにつくのか、土壇場で裏切らないか、もしも勝ったおりの取り分は?

集まった理由も理由であり、ロットを主として戦いは広げられることとなった。

なじんだ土地、圧倒的な戦力、少なくはない経験。

そうだ、ロットとてまだ有利に戦いを進めることが出来るはずだと思っていた。

 

 

(・・・・油断があった。)

「おい、広がるな!固まっていろ!」

 

怒号が飛び交っていた。辺りには事切れた臣下であったものに、敵であったもの、諸侯の誰かの陣営に属していたもの。

延々と、そんなものが地面に転がっている。自分の周りには方々にふらふらと歩いて行く臣下たちの姿だった。

戦は確かに最初は自分たちに有利に進んでいた。けれど、途中から、完全に流れは変わった。

大きく広がった諸侯たちの軍で指示が通らなくなり、完全に指揮系統を無視した動きまで始めた。

そうして、意味のわからないものを叫び出すものもいた。それについて対処をすれば別のところで問題が起きる。連合に広がる混乱が手に取るようにわかった。

連鎖に次ぐ連鎖だった。

 

 

ロットは周りをぐるりと見回した。

怪我をしてしまった馬は置いてきた。哀れなことをしたが、連れて行くことも出来ない。

周りは森が広がっており、戦いによって臣下たちとははぐれてしまっている。

今まで必死に自分の近くにいたダイルまで消えていたことに対して、なんとなく理解していた。

戦乱は遠くに聞こえて来る断末魔と絶叫で己の居場所を理解していた。

いかなくてはと思う。だが、ロットは無言で一人で、とある方向に向かっていた。

鎧の軋む音がした。がちゃりと、そんな音がした。

人の瞳と、人でないものの瞳が見る世界は、まるで半分に割れたかのようにロットに真実と虚実と見せていた。

それでもロットは、虚実に導かれるようにある方向に向かっていた。

臣下がはぐれたのも、そうして、連合軍での混乱も、全て何が原因であるのか。けれど、それは偽りと看過できるロットにしか理解できないものだった。

ロットが進んだその先、そこには、白銀の賢者がまるで聖人のように穏やかに微笑んで立っていた。

 

「やあ、よく来たね。」

 

まるで、友人のように、顔見知りのように、長年連れ添った同胞のように、信頼しきった相方のように、それはロットに微笑んだ。

 

「久しいことだ、マーリン殿。」

 

そう、己を呼んだロットにマーリンは穏やかに微笑んだ。

 

 

一瞬の沈黙のあと、ロットは皮肉気に笑った。

 

「俺に一体なんの用だ?」

「久方ぶりの再会にずいぶんな言い方だね。私としては、君にまた会えて大変に嬉しいのだけれどね。」

「俺としては会いたくなどなかったがな。」

 

ロットは驚くほどに冷静な頭で目の前のそれを見つめた。わかっていたことだ。きっと、それは自分に会いに来る。それは自分に用があるのだと、それぐらいは理解していた。

 

「何用だ?敗走間近の俺を討ち取りにでも来られたか?」

「まさか!そんなことを思うはずがないだろう?」

 

マーリンは心の底から悲しそうな顔をした。まるで、あまたの悲しみを哀れむように、そんな顔をしてロットのことを見つめてきた。

 

「君は良き王だった。どこまでも、誰よりも。君は物語の必要悪を愛した。無辜なるものを慈しんだ。当たり前の善性を抱えていた。君は、国を、義務として慈しみ、私心を持たなかった。私は、心底、君にここで死んで欲しいなんて思えない。」

 

マーリンはそう言った後、すっとある方向を指さした。

 

「あちらに行くといい。」

 

慈悲深き賢者に、ロットは笑った。

嘘つきの夢魔は、どこまでも、最後まで変わることはないのだと。

 

「いや、結構だ。そんなことを言われなくとも、俺はアーサーと殺し合うのは最初から決めていたことだ。生き残ること自体、考えていなかった。わざわざそんな策略をせずともいい。」

 

その言葉にマーリンはきょとりとした顔をした後、けらけらと笑って。そうして、感情がそぎ落とされたかのように無表情になった。

 

「ああ、なんだ。わかっていたんだね。そうだよ。この戦いは、君か、もしくはあの子が死なない限り終らない。」

 

それはこの戦の本当の意味だ。

 

それにロットはわかっているというように頷いた。

 

 

この戦いでロットは自分か、それともアーサーのどちらかが完全に死ななければならないと理解していた。

生かして慈悲深さを見せるべき?

いいや、そんな余裕も、理解する時間も、感情も、とっくに自分たちはすり切れていた。

ロットがアーサーを生かすだけならばまだいい。

アーサーの性格からして話し合いによって未来はまだ作ることも出来ただろう。諸侯の王たちにも言い訳はある程度つく。

マーリンを矢面に出して逃げ切ることぐらいは考えられた。

けれど、ロット王をアーサーが生かすことだけはけして出来ないだろう。

そうするには、ロットはあまりにも多くのものを積み重ねすぎていた。彼は、信頼も、素質も、義務感も持ち得ていた。

マーリンもウーサー王も、北の果てにそんなものが隠れているなんて思いもしなかったのだ。

ロットを生かせば戦禍は続く。彼が生き残っているという事実が、他の諸侯たちを戦へと駆り立てる。だからこそ、アーサーというそれが勝ち得るのだとしたら、ロットに生きるという選択肢はなかったのだ。

 

「正直に言うのなら、本当に残念なんだ。もしも、君がどんな人間かをもっと早くに知っていれば役目の与え方もあったのだけれどね。」

 

無表情でそれはいう。まるで、精巧な人形が唐突に喋り始めたかのような不気味さがあった。けれど、ロットはそれに何も思わなかった。

それを恐ろしいだとか、気持ちが悪いだとか、悲しいだとかも思わなかった。

何故って、それは人ではないのだと、理解できていた。

獣に理を説かぬように、虫に祈りがないように、風に意思がないように。人でない何かに、何故、望むことなどが出来るのだろうか。

だから、ロットはそれに何も思わない。今、それの手のひらで踊っているのだろうと理解しても、彼は怒りだとか、そんなことを思うこともなかった。

 

「最果ての地、冬の国、鋼の騎士たる君よ。君は、停滞を是としていた。君は繁栄というものを望まなかった。君は、いつだって維持することを願っていた。そうだ、ロット王。君は、どこまでも平凡だった。君に天つ才はなく、君に物語はなかった。だからこそ、ねえ、私はこうも思う。」

 

このまま、逃げてしまっても構わないんだ。

 

「勘弁しろよ。そんなこと、出来るわけないだろう。」

 

マーリンの言葉にロットは苦笑交じりにそう言った。ふらりと、まるで風になびくように体をしならせた。

 

「死ぬとわかっているのに?只人である君では、アーサーには勝てないだろうとわかっているのに?」

 

何がそんなにも君を駆り立てるんだ。君には天つ才はなく、そうして与えられた物語もないはずだ。それでも、君は死にゆくのかい?

 

それにロットは仕方が無いというように笑った。どこか、幼さを感じる瞳に苦笑して、口を開いた。

 

「それでも、王であると決めたのは俺だから。だから、俺は行くよ。それでいい。俺は俺の人生を決めて生きたんだ。だから、いいんだよ。」

 

そうだ、決めたことだ。

この戦から逃げるのではなく、戦うことを。戦火の種を残して生きる可能性よりも、死んで火を消すことを。そうして、愛しい彼らのために嘘をつくことを。

それを選んだのは自分だった。

マーリンの幻術で戦がひっくり返ったその時点でこの結末ぐらいは覚悟していた。いいや、おそらく、アーサーと戦う時点で、もっと前に。そういった結末があることぐらいわかっていた。

アーサーのまばゆい光の中に、何かを見た。赤い、強い、人でない何かの姿を見た。それに、勝てないことぐらいは理解できた。生物として、それがどれほどまでに恐ろしいものか理解できた。それでも、自分は戦わなくてはいけないのだ。

それが己に与えられた役割だったから。

ロットはそう言った後、ずっと気になっていたことを目の前のそれに聞くことにした。

 

「マーリン。あんたはいったい何を思って、あの子を作った。」

 

それはロットにとって喉に引っかかった小骨のようなものだった。なぜ、あんなにも残酷なものを生み出した、当人にとってもどれほどまでに哀れなことをしたのだ。

それはマーリンにとって予想外の質問だった。なぜ、そんなことを聞かれるのかわからなかった。

恨み言でも、これからこの国をどうするかでもなくて、その少女の理由を問われたことは意外だった。けれど、隠すことでもないだろうと素直に口にした。

 

「あの子は元々、ウーサーが望んだんだ。この島を救うための存在。そのための救世主。うん?なぜ、ウーサー王の望みを聞いたかって?」

 

簡単なことだと、マーリンは言った。

 

「だって、綺麗だったから。」

 

あっけらかんとした、答えだった。ロットはそれにじっとマーリンを見た。彼はそのまま話し始める。

 

「ブリテンはこのままでは、侵略者に蹂躙される。男は殺され、女は犯され、若かろうが老いていようが散々な目に会う。ウーサーは、それは嫌だと言った。」

 

滅びることしか出来ないのなら。しょせんは、この世界がどうしようもないならば。せめて、安らかに眠ることの出来る墓を用意したいのだと。

血と、肉と、泥と、絶望に塗れた大地で眠るより。停滞と安寧に満ちた国で眠って欲しいと彼は言った。

マーリンのまぶたの裏に、黄金の髪に、澄んだエメラルドの目をした青年のことを思い出した。

 

己は、この国を愛しているのだと。この島に住まう民の安寧を願っているのだと。足音を立てて、滅びがやってくる。死ぬことしか出来ないというのなら、滅びしか与えられないというならば。

私は彼らのために、安寧の終わりを用意しよう。

 

マーリンは言った。それは、地獄の入り口だと。

ひとでなしのマーリンにとっては渡りの船だ。きっと、彼のこの国への、住まう民への愛は何よりも慈しみに満ちた終焉を用意するだろう。それは自分にとってよき物語になるはずだ。けれど、その男は違う。

愛しているのに滅びを。安寧を願うというのに栄光ではなく終わりを望む。それはまっとうな人間にとって心臓に剣を打ち立てるがごとき痛みであるだろうと。

それは地獄の始まりだ、それは人でなしの歩みだ。君は、それに耐えられるのかと。

男は、悲しそうに笑っていた。美しいかんばせに、悲しげな笑みを浮かべていた。

 

それでいいんだ。それを決めるのが王である私の役目だ。だからこそ、マーリン。君だけは覚えておいて欲しい。

 

男は心底、どうしようもないという風に笑っていた。

己は獣以下になるだろう。己はひどい親になるだろう。己は、安寧の終焉以外への祈りを悉く捨てよう。

誰かに愛されるだとか、誰かを愛するだとか、そんなものは悉く捨てよう。

それを望む資格はきっと己にはないだろうから。

 

男は幾度も、覚えておいて欲しいと言った。これだけは、誰でもなく、お前が覚えておいてくれと。

 

この島を滅ぼすそれは、最初に望んだ私の罪でしかないのだと。

 

浮かんだ男と、目の前の男はまったく似ていなかった。けれど、その、翠の瞳はよく似ていた。

 

「それは、間違っていたのかな?」

「お前は、それが正しいと思ったのか?」

 

どうしようもないものを見るように、ロットは顔を歪めて。まるで、幼い子どもにこの世の理を、どう説明すればいいのかわからない大人のような顔をして。

ロットはマーリンを見ていた。

マーリンは、男が何故そんな顔をするのかわからずに口をまた開いた。

 

「それでも、誰かと争って。そうして、蹂躙されて、死と滅びと共にいくよりも。穏やかに、眠るように終わった方が、ずっと幸福で、優しいはずだ。」

 

美しかったのだ。確かに、その祈りは、その願いは。

劇的なものなどいらないから、明日が当たり前のように来て、喜劇も悲劇も存在しない日々の中で悉く滅びろというそれは。その願いは、確かに、美しいものだったのだ。その願いを祈る誰かは、とても綺麗だったから。

マーリンはまた、幼子のように首を傾げた。不思議そうに、ロットを見た。

 

「滅びという道しかないというならば、僕は、君たちに美しく死んで欲しかったんだ。私は確かに君達の軌跡を愛してはいたけれど、君達を愛していない。愛すると言うことがわからない。でも、最後に見る顔は苦痛に満ちた顔ではなくて、安らいだ顔の方がやはり私としてはよかったんだよ。」

 

私はおしまいの後を生きていくものだからね。

 

「それだけか。」

 

マーリンの言葉に、ロットはああとどこか、泣きそうな顔をした。

ロットがどうしてそんな顔をするのかわからなくてマーリンはやっぱりはてと首を傾げた。

 

「それだけ?そうだね。それだけだ。けれど、残念ながら、私は人でなしなのでね!」

 

花の魔術師は。天使のように笑って見せた。それ以上に美しいものがないように笑って見せた。

 

「君の嘆きも、言葉も、本当の意味で理解することはないんだよ。」

 

残念そうでもなければ、心底悲しいことなんて無いように。いいや、彼は実際、ようやく始まる物語にウキウキしていたものだから。

そうして、お気に入りの物語の終焉がどんなものになるのかと、じっとロットを見つめた。

ロットは、マーリンの言葉に、首を振って、そうして何故か笑い出した。

 

「はっはっは!ああ、そうか。賢者殿。お前は、やっぱりわかってないんだ。」

 

すがすがしささえ感じる言葉にマーリンはなんだと、ロットの顔を見た。

 

「なあ、賢者殿。そんなものはな、大きなお世話だ。」

 

ロットは背筋を伸ばして、目の前の人でなしを見た。

 

「俺たちはな、美しく死ぬために今日を生きるんじゃない。俺の心臓は、いつか死ぬ日のために鼓動しているわけじゃない。」

 

ああ、そうだ。

ロットは、どこか晴れやかな顔をした。そうして、己の心臓を鎧の上から撫でた。

 

「大きな、お世話か。そうかい?だって、どうせ人間は死ぬだろう。だったら、その死は安らかなものの方がいいはずだ。家族に見守られて、ベッドの中で死ぬそれと、戦火に巻き込まれて蹂躙の中で死ぬそれ。君達はどちらがいいんだい?」

 

不満そうなマーリンの言葉にロットは呆れたように言った。

 

「前提条件が違うだろう。死を意識してる人間なんてまれだろ。誰だって、死ぬいつかを心の片隅に抱えても、それが自分にやってくることなんて欠片だって考えてない。」

 

誰だって、飢えて、寒さに震えても、明日どうやって生きるかを考える。明日、眠りから覚めて、その後はどうしようか。そんなことを考える。人は、死ぬかもしれない瀬戸際でも、自分に明日が来ることを疑わない。

それは悪いことではないのだ。生きていくために生きる。それが、人のあり方だ。

走って、走って、輝かしい明日のために走って、唐突に死なんて落とし穴に落ちる。道が続いていると信じて疑いもしない。例え、どれほど無様でも、今まで走った事実は愚かでしかないのだろうか。

 

「終わりが綺麗じゃないのなら、それまでの幸福は無意味か?優しいことも、愛おしかったことも、薄汚れるものなのか?」

 

耳があるのは呪いを聞くためか?口があるのは憎悪を叫ぶためか?眼があるのは地獄を見届けるためか?

自分という命を構成する全ては、いつかに訪れる死のためにあるのか?

 

「ちがうだろう。ああ、違うはずだ!」

 

人は争い続ける生き物だ。けれど、それは滅ぼすためではない、それは傷つけるためではない。結果として滅ぼし、傷つけることになってしまったとしても、その責を背負わなくてはいけないとしても。それは、花びらの中で死ぬためでは絶対にない。

 

「俺たちは泥の中でも、生きていくために戦っている。」

 

美しい終わりを、どうぞ?

ああ、余計なお世話だろう!

そんなに簡単に終れるものではないのだ、人間は。

どれだけ、その生が醜くたって、走った泥でつけられた足跡も、記憶に、記録に、思い出に、残骸に、そうして、物語に変わっていく、過去になっていく。

自分たちは滅びるかもしれない、自分たちは死ぬのかもしれない。けれど、それでも、哀れまれるような筋合いなんてないのだ。

 

「・・・・ロット王、だが、それは君一人の感傷だ。君だけの願いのはずだ。戦い続けられる君がいるように、戦えない人間は存在する。君の願いは、あまりにも傲慢なのではないかな?」

「ああ、そうだ。わかっている。俺の、生きるために戦い続けろというそれは人によっては苦難の道だ。戦えぬもの、戦えるもの、その隔たりはひどく深いな。それでも。」

 

俺は、生きるために戦い続けろと叫ぶだろう。

 

 

弱い人間は必ずいる。それはしかたがないのだと。誰かを傷つけること、誰かと戦うこと、死を恐れるもの。それを厭う人間は当たり前のようにいる。

ロットはそんな誰かを守るために生かされている、育まれている、義務を背負っている。

明日がきっと良きものになるように戦い続けろというそれがどれほど残酷なものかぐらいは理解している。けれど、ロットにはそんなことは関係ない。

なぜならば。

 

「俺は、ただの人間だからだ。」

 

簡潔なそれ。

自分勝手な、ロットの戦い続けろと民に望むその理由。それは、ひどくシンプルで、そうして当たり前の事実だった。

 

「・・・・君、最後の割り切り方、雑すぎない?」

「そうか?だが、当たり前だろう?俺は残念ながらそこそこ優秀かもしれないが、その程度の人間だ。そうして、あまたを救うことは神にだってできない。」

 

教会にどれだけ祈りを捧げても救い給うものはなく、人でない者たちの力を使ったとしてもそうだ。奇跡は起きない。けれど、それは割り切らなくてはいけないだろう。ロットは、神ではない、救世主ではない、ただ、人の上に立つ権利を与えられただけの人間だ。

それ故にロットは戦い続けろと叫ぶのだ。

救えぬと言うのなら、救われるために足掻く道を残さなくてはいけない。滅びなんてものを救いになんてするものか。

ああ、そうだ、馬鹿になんてしないでくれ。哀れだなんて思わないでくれ。それは、今まで生きてきた中で、糧にし、踏みつける、勝利という敗者たちへの冒涜だ。

それでも、俺たちは生きたのだ。絶望の中でも、悲しみの中でも、苦しみの中でも、きっと、よき明日が来るのだと。きっと、自分が死んでしまったとしても、国が滅びてしまったとしても、残された種が欠片のような物語を覚えていてくれるのだと、自分たちは信じたのだから。

 

だから、ロットは己の願いを人に押しつける、戦い続けると言うこと。勝利を手にして、少しでもよき選択をするようにと。

 

「例え、惨めな果てに死ぬとして。例え、悪辣の果てに死ぬとして。そうだな、確かに、産まれ、生きることもなく死んだ赤子に俺は思ったが。それでも、皆、哀れではなかったのだよ。」

 

皆が、悉く滅びの運命にあるのだろう。この島にあった古きものたちも、そうして、これから自分たちが食われる侵略者も、いつかは滅びる。古きが滅びて、新しきが生まれる。それならば、我らは哀れではないのだ。個々人の人生が報われないことを悲しいと思っても。人という種族は、けして哀れではないのだから。

神も、妖精も、滅びるというならば、それが人間にももたらされるだけのことだ。

誰かに押しつけられた終焉よりも、最後まで、泥水の中で生き抜くような生であるほうがよっぽどいい。

 

「死を嘆かないでくれ。そんなものに目を眩ませるぐらいなら、どうか、俺たちがどう生きたかを見ていて欲しい。そうでなければいけないだろう。だって、俺たちは確かに、あの日、幸せだったんだから。」

 

それにマーリンはいつも通りの優しげな笑みを湛えて、肩をすくめた。

けれど、いつだって人間という生き物は苦痛を厭うものだ。苦しむこと、悲しむこと、そんなことなどないようにと人はいつだって祈っている。避けられぬ死と、避けられる苦痛を天秤にかけたとき、人は何を願うのだろうか。

だから、マーリンはアーサーを作り出したのだ。人がそう望んだから。あまたを救う、美しい救世主を。なのに、どうしてロットがそんなことを言うのか、マーリンにはピンとこなかった。

そうだ、あの日、ウーサー王の願ったそれは綺麗だったはずだから。

 

「すまないね。それでも僕は、君達に、優しい春の中で死んで欲しいんだ。僕は、たしかに、あの日、彼の願ったことを美しいと思ったのだから。」

「だろうな、お前さんは変わらないだろうさ。マーリン。一つ、願いがある。」

「おや、君が私になんて珍しいね。」

「モルガンはオークニーに留めておくように便宜を図って欲しい。」

「・・・・・それは。」

「お前たちは彼女が滅びを招くと言っただろう。ならば、北の果てに幽閉したとでも考えればいい。後のことはオークニーのものたちに任せればいい。後のことについては、色々と残してきている。」

 

マーリンはそれに対して無言だった。けれど、ロットには関係はない。アーサーについても言い含めておこうとは思っていたのだ。

 

無駄話が過ぎた。

ロットはぼやくように言って、マーリンの指した方向。おそらく、アーサーのいる方に歩き出した。何も言わずにすれ違い、そうして、少し歩いたところで彼はふと、思いついたように振り返った。そうして、マーリンに言った。

 

「・・・それでも、たった一つだけ、礼を。」

 お前の、優しい死を望んだ祈りにだけは、感謝する。

 

にっこりと、まるで、日向の中で笑うかのような、そんな笑みを浮かべて、男は言った。

 

「マーリン。いつか、あんたが、あんたを見る翠の瞳に、苦みの走った悔いを抱えられますように。」

 

祈るようにそう言って、男はそれっきり振り返ることもなく歩き続けた。

マーリンはそれを見送った。別段、何かをすることもない。ロットはアーサーに勝てないだろうことはわかりきっていた。だからこそ、これからのことはある意味で予定調和に等しいのだ。

ただ、マーリンはぼんやりと、その翠の瞳を、若葉色のそれを見て、何故かウーサー王の瞳を思い出していた。

 

 

一歩、道を進んだ。

ただ、決着のために、終わりのために歩いた。

それに不満はない。それこそが、自分の役割であり、そうして王としての責務だった。戦いを終らせるために、決定的な事実がいる。

あの子が死ぬか、それとも、自分が死ぬか。

そんなことはわかっていた。

死ぬのだろうなあと、それぐらいは理解していた。だからこそ、城には己が死んだ後でのことを書き残してきた。誰にも言わず、ただ、自分が死んだ後、言いたかったこと、こうして欲しいなどとそんなことを。それが叶うかはわからない。

本心が伝わるかもわからない。けれど、伝えておくことは伝えてきたのだ。

 

(・・・話して、おけばよかったんだろうなあ。)

 

それでも、どうしても、言えなかった。

私はきっと、死ぬでしょう、だなんて。言えなかったのだ。言いたくなかったのだ。

それにロットは道を行きながら、不思議だと思う。ロットはこれでも、熱を持たない人間だ。こうでしかないのだと思えば、早々と割り切ってしまえる。この戦でさえも、きっと自分は死ぬのだろうと、それぐらいは考えていた。けれど、そんなことは言えなかった。

さようならも、お元気でも、何も言えなかった。

 

(ああ、何故だろうか。)

 

ぼんやりと、そうだ、こんなにもギリギリになってまで。どうしようもなく、さようならを言えなかった自分。当たり前のように帰ってくると、そんなことを言った自分。

何故だろうかと、考えて、ロットは、ああそうかと納得した。

あざ笑うかのように微笑んで、苦笑するように言った。

 

「・・・・死にたくないなあ。」

 

ふらふらと、道を行く。

そうすると、心の内に、止め処なく多くのことを思い出した。

いつかに見た、国の景色。騒がしい市場、働く男たち、おしゃべりに興ずる女たち、遊ぶ子ども。

ボタボタと、涙がこぼれた。泣いてはいけないとわかっていた。

自分は王で、上に立つもので、後悔するように、恐怖に涙を流すことは己自身に禁じていた。

それでも、ロットは、今だけはと願った。

そうだ、今だけは、ただの男として泣いていた。

民たちを思った。彼らにとって良き国を作れただろうか。臣下たちを思った。彼らのよき王であれただろうか。

子どもたちを思った。何かを残せただろうか。何かをしてやれただろうか。よき、父であれただろうか。

大きくなった彼らはどんなふうになるだろうか。どんな、大人に、王に、騎士に、姫に、なるだろうか。どんな人を好きになるだろうか。どんな罪を、どんな、善行をなすのだろうか。

そうして、ああ、そうして。

後を頼んできた、美しい女のことを思い出した。

彼女は泣くだろうか。己の死に、己の喪失に。苦しむだろうか、悲しむだろうか。

ロットは少しだけちらりと、故郷の方向を見た。

帰りたかった。

故郷に、子どもたちの元に、そうして、あの女の元に。

 

(帰れたら、俺は。)

 

けれど、ロットはすぐに顔をそこから背け、そうして歩き出した。

その選択は出来ない。それは、王である自分はしてはいけない。

大丈夫だ、そう思った。

強い人々が住む国だ、希望ある子どもたちだ。そうして、彼女。

 

(大丈夫、モルガンは、もうたくさんのものがある。)

 

もう、彼女はあんな光景を生み出すことはないだろう。だって、彼女にはたくさん、たくさん、愛せるものがあるのだから。

きっと、大丈夫だから、もう、大丈夫だから。

 

ぼたりと、涙がこぼれ落ちる。拭いもせずに、それは流れていく。

 

そうだ、自分は愛せたのだ。

国を、臣下を、民を。

王という役割によってではなくて、ただ、あの国に住まうものとして、愛せたのだ。

義務ではなく、権利ではなく、役割としてでなくて。

愛したいと思ったから、己はあの国を、あの国に住まう人を愛したのだ。

それは、ああ、それは。どれほど、幸せなことだろうか。

 

(ああ、死にたくないなあ。)

 

それでも、行かなくては。逝かなくてはいけない。

そう決めたのだから。

己の父を思い出す。

お前の生まれた意味を忘れるな。

忘れなどしない。いつか、国のために、民のために死になさい、行きなさい。

そうだ、今こそ、その役目を果たすのだ。

 

森の先、開けた先に、少女が一人。

 

「ロット王。」

 

ロットはそれに微笑んだ。予定調和だとしても、それでも、最後まで舞台で踊るぐらいはしなくてはいけない。

 

 

 

剣を打ち合う、金音が延々と響いている。

 

ロットはモルガンから魔術をかけられたそれを振った。そうして、武器が打ち合うたびに痺れるような感覚が響いている。

 

(くっそ!受けるだけでもキツい!)

 

剣の重さ、そして、速さ。それは、その小柄な体から発せられるには余りにも理不尽なものだった。

そうだ、正直な話をすれば、身体能力だけで言うのならアーサーというそれはロットを十二分に上回っていた。それでも、ロットはその斬撃を受け流し、そうしてアーサーを押し通していた。

 

横からやってくる剣を、受け止め、受け流す。その隙に腹に蹴りを入れて、吹っ飛ばした。だが、アーサーはそれに軽やかに受け身を取って地面に降り立つ。

受け流し、その隙をつく。

ロットにあったのは、経験と積み上げてきた技術だけだ。

産まれてきてから、数十年。別段、好きではなかった、けれど義務のように積み上げてきた剣術だけが理不尽と言えるその人ではないアーサーとの戦いを続けさせていた。

 

けれど、それはけして長くは続かなかった。

薄れていく集中、そうして、少しずつ削れていく体力。それに、とうとう、ロットの剣は弾き飛ばされ、アーサーの剣は彼に届いてしまった。

体を襲う痛み、そうして、飛んでいく剣に、ロットはああ負けたのだと理解が出来た。

後ろにあった木に寄りかかり、血を流しながら、ロットはアーサーに対して笑った。

それに、アーサーはまるで不可解であると、口を開いた。

 

「・・・・何故、あなたは笑う。」

「これでいいのさ、青二才。これで、全てが丸く収まるってもんだろう?」

 

ぜーぜーと息を荒くして、ロットはアーサーに微笑んだ。そうして、アーサーに言葉をかけた。

 

「もう、もどれねえぞ。わかってるのか?」

「そんなものは、覚悟の上です。私は。」

「誰かが笑っていたから、それでいい、か?」

 

考えていたことがロットの口に出され、アーサーは驚いたように目を見開いた。それにロットは諦めたように、彼女を見た。

 

「そこまで言うのならば行くがいい。貴様の願う救済を、貴様の願う終わりを、貴様の願う安寧を、手にするために歩むがいい。だが、忘れるな。」

それが決して、幸福な結末に帰結するものではないことを。

 

ごはりと、ロットは大きく咳き込み、そうして、ずるずると木にもたれ掛かるように座り込んだ。掠れていく視界に、己の限界を理解した。だから、最後にと、彼は彼女を見た。

 

「アルトリア、こっちに、来い。」

 

己の名前を呼ばれたアルトリアは動揺するように目を見開いた。それにロットは言葉を続けた。

 

「悪いようにはしない、ただ、死ぬ前に話を、したい。」

 

その言葉にアルトリアは悩むように少しだけ固まっていたが、そろりと近づいてきた。自分の横に跪いた彼女を見て、ロットは言った。

 

「・・・・すまないな。お前さんとは、ろくに話せなかった。」

「しかたがないことだと、思います。私とあなたでは。」

 

ロットは目を細めた。やっぱり、彼女は眩いまでに輝いていた。自分は、今、何をするべきだろうか。

戒めでも口にしようかと考えたけれど、やっぱり、ロットは甘ちゃんで。

 

「アルトリア、俺は、お前を恨んでいないよ。」

 

穏やかな言葉にアルトリアは首を振った。

 

「何故ですか。」

 

私は、それでも、私は。あなたから、確かに、この戦で。

 

断片的に聞こえてくる後悔の走ったそれに、ロットはやはり首を振った。

 

「いいか、なあ、誰だって守りたいと思うものは違うんだよ。俺とお前も、そうだった。俺は、お前に負けてしまった。だから、この結末も仕方が無い。お前には、守りたいものを守る権利があった。そうだ、だから、お前を俺は恨まないよ。でも、一つだけ、頼みがある。」

 

オークニーを、子どもたちを、そうして、モルガンを頼む。

 

ロットは持てる全てを振り絞って、アルトリアの手を掴んだ。ぎちりと、まるで、鉄のように強い力が手に伝わるのをアルトリアは理解した。

翠の瞳が、自分を見ている。

最後の、命を持って、その男は誰かの命を託そうとしている。

 

アルトリアは昔、なぜ、騎士道というものがあるのか、義父に聞いたことがあった。

それは、獣にならぬためだと聞いた。

 

戦場に希望などない。そこにあるのは、ただ、死ぬか生きるか。失うか、それとも得るか。それでも、自分たちは戦いを美しく飾り立てなくてはいけない。

獣になどならぬように、人を人として殺せるように。最後の一線を踏み越えないように。

騎士道とは、人の理性の祈りなのだと。

アルトリアは理解する、その男は、最後まで人として死のうとしているのだと。

 

「わかり、ました。」

 

その言葉にほっと息をついて、ロットの力は緩んだ。

 

「そう、かあ。よ、かった。ああ、ある、とりあ。わすれ、ないでくれ。うらんで、いないよ。だから、おまえも、しあわせに、おなり・・・・」

 

 

掠れていく、視界。体が、まるで全て溶けていくように、緩んでいく。

良かったと思った。きっと、この幼子は約束を違えないだろう。ならば、自分は、確かに与えられた役目を全うできた。

父に、恥じない男として生きられた、死ねるのだと。

ふわふわとした頭の中で、ロットは今までの人生が早巻きのように思い出された。

 

冬に見た、己の国。自分に声をかける民たち。仕事のことを相談する臣下たち。

幼い頃に駆け回った森の中、魚の美味さ、死んでしまった前の愛馬。

 

ロットは、それに微笑んだ。思い出すのは、美しいものばかりだ。

 

 

(ああ、そうか。)

 

ガウェインが剣を持って剣術の鍛錬をしている光景が浮かんだ。

――強くて

アグラヴェインが巻物を読み込む横顔を思い出した。

――賢くて

ガへリスとガレスがすやすやと眠っていた。

――柔らかくて

ベルンやダイルが何か話している光景があった。

――誠実で

数回程度しか見たことない父の笑みを思い出した。

――厳しくて

あの日、見た、黄金に染まる国を思い出した。

――美しくて

 

そうして、春の日を、思い出した。若葉の茂る、森の中、花々が風にそよいでいた。甘い匂いがした、心地の良い風が頬を撫でた。

 

「陛下」

 

甘くて、優しい声がしていた。

太陽を紡いだような金の髪が王冠のように輝いていた。海のような、青い瞳が自分を見ていた。まるで、神が作ったかのような麗しいかんばせがほころんでいた。

 

それに、ロットは、微笑んだ。微笑む、妻のことを、思い出した。

 

(そうだ、俺の、愛したものは、皆。)

 

強くて、賢くて、柔らかくて、誠実で、厳しくて、美しくて。

そうして、愛らしかった。

 

「ロット王?」

 

ぼやけた視界の中に、女の顔が浮かんだ。ああ、それは、似ていた。だから、ロットは穏やかに微笑んだ。

 

そうだと、微笑んだ。いつだって、自分の愛したものは皆。いじらしい、女のことを思い出した。

 

(モルガン、お前に、似ていたね。)

 

男の、若葉の瞳から、命の灯火が消えていく。そうして、男の最後の脳裏には、男の愛した美しい星が瞬いていた。

 




これにて一旦は完結としますが、後日談的なものや番外編?というか二部的なものを
考えているので投稿しようと思っています。

次で最後と言うことで一話にまとめましたが、二話に分ければよかったかなと後悔。
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