ロット王は愛妻家   作:藤猫

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後日談。
アーサー王とモルガンの話。
次はそれぞれの個々人の目線でロット王の遺書とかの話をします。
時系列等については深く考えないでいただけると嬉しいです。

感想、評価、ありがとうございます。

感想いただけると嬉しいです。


めでたしめでたしのその後に葬儀は行われ

 

 

晴れた日のことだった。昔、誰かに聞いたような、己の生まれた日と同じようにひどく晴れた日のことだった。

戦場から到着した早馬の知らせに急いでかけていった先で、母が泣き崩れるのを見たとき、ああと思った。

まるで他人事のように、父上は死んだのかと。

 

 

ガウェインは眼を覚ました。そうして、ちらりと、窓の外を見た。さんさんと日の光が差している。

ガウェインはそれを淀んだ眼で見た後に、己のベッドに視線を移した。そこには、彼の弟妹三人が団子のようになって丸まっていた。いくら大きめのベッドといえど、四人が寝るにはあまりにも窮屈だった。それでもガウェインはそんなことなど気にしない。

本来ならば一人で眠るようにと言われていたが、今だけはそれに対して誰も何も言わない。乳母たちも、何かあれば呼ぶようにと近くの部屋に待機していた。

そっと、一番幼い妹の目を指で撫でた。腫れたそれに、ガウェインは掠れた声を出した。

 

「だいじょうぶ、そうだ、だいじょうぶ。あにうえが、まもるから。」

 

掠れた声を出した。その声は明らかに疲れ切ったものだった。それでもガウェインは奮い立たせるように、まるで自分に言い聞かせるように言った。

頭が痛い、体はだるい。

全てが億劫で仕方が無い。何も、考えたくない。ただ、このベッドの上で丸まって、そうしていつまでだってぼんやりとしていたかった。

けれど、そんなことは言ってられない。ガウェインはひとまず弟妹たちを起こさないようにベッドから抜け出した。

着替えをせねばならない。

うららかな、晴れた日。その日、ロット王の葬式が行われる日だった。

 

(ぼくは、ガウェイン。ロット王の長子。)

 

ふさわしい振る舞いをしなくてはいけない。すっかり大人びた、というよりは老いたという表現の似合う表情でガウェインは背筋を伸ばした。

 

 

父の訃報を聞いて、城の中はひどく混乱した。

混乱しているもの、不安に駆られるもの、己の身の振り方を考えるもの。

ガウェインは、何故かそれを疑うこともなくそうなのかと納得した。理由なんて簡単だ。

母が、泣いていた。

ガウェインはただの一度だって己の母の涙なんて見たことがなかった。

ガウェインにとっての母は、美しくて、壮麗で、賢しく、誰よりも自慢の母だった。

涙など、何があっても流すことなどなく、背筋を伸ばした、そんな人。

崩れ落ちた母が、子どものように泣きじゃくっているのを見て、ああ、そうかと納得した。

父は、死んだのだ。

戦に赴き、そうして、死んだのだと。驚くほどに納得してしまった。

父が帰ってきた時、ガウェインには父がただ眠っているようにしか見えなかった。

 

(・・・マーリン殿には、感謝しないと。)

 

父の遺体をここまで綺麗に整えてくれたのは、かの賢者であるらしい。ガウェインはぼんやりとそのことを頭に置いた。

父はいつかに日向の中で、まぶたを閉じていた時のような。そんな、穏やかな顔だった。棺の中で、手を組んで、今すぐにでも起き上がってくるんじゃないかと思えた。

だから、思わず、愚かな期待をして、言葉を紡いだ。

 

「ちちうえ・・・・」

 

掠れた声でそう言えば、どうしたガウェインと、そんなことを言って起き上がってくれると思った。

けれど、起き上がることなんてなかった。

アグラヴェインたちの声にも、母の声にだって起き上がってくることはなかった。それに、ああと、納得した。

もう、二度と、あの朗らかな笑い声を聞くことはないのだと。

弟妹たちの泣き声がする。母が嘆きに叫ぶような声がする。けれど、ガウェインは不思議と涙は出なかった。

 

 

それからガウェインは棺の側から離れず、泣き崩れる母を気遣い、弟妹たちを宥めて過ごした。未だ少年の域を出なくとも施された教育と、ベルンたちに助けられて葬式の準備を整えた。

父が死んでから、城の中はまるで凪いだ海のようだった。表面上は静かであるのに、何かが蠢いてるのがよくわかった。

ガウェインは身支度を調え、そうして父の遺体が納められている教会へと向かった。

護衛である騎士を教会の前に待たせた。

ぎいと軋んだ音を立てて建物の中に入った。中は暗く、それこそいっそ夜のようだった。

その中心に棺と、それに縋り付くようにその場に座り込んでいるモルガンがいた。

まるで幽鬼のようだった。暗く、淀んだ瞳で棺を見ていた。

ガウェインはそれに静かに近づいた。棺の蓋は開いており、モルガンは淀んだ瞳を腫らしてロットを見ていた。その手は、ロットの胸の前で組んだそれに重ねられていた。

 

「母上。」

 

声をかけたが、何も映そうとしない瞳は一心に夫であったものに向けられていた。

ロットが死んでからモルガンは最低限の指示を出すだけで棺に縋って泣いている。幼いガレスが彼女に縋って母を求めても、彼女はそれを微動だにしなかった。そのため、ガレスは乳母たちと兄たちであやしていた。

 

「母上。」

 

もう一度、話しかけても、彼女は微動だにしない。ガウェインはそれに、根気強く話し続けた。

 

「母上、もうお食事を大分長い間取っていません。少しでも口にしてください。それに、服を、着替えなくては。」

 

それにもモルガンはぴくりとも動かずに淀んだ眼をするだけだった。

ガウェインはそれにぼんやりとどうしたものかと悩んだ。葬式はもうすぐ行われる。せめて、彼女の体裁だけは整えなくてはいけない。

 

(参列者を出迎えて。あとは、何があるだろうか。)

 

母がこの状態で、この先がどうなるかわからない今、不安に思うことは多くある。ガウェインは必死にこれからのことを考える。それに、頭が沸騰しそうになる。

経験も、学びも足りない彼にはあまりにも重荷であった。けれど、ガウェインはそんな不安を必死に振り払う。

 

(僕が、しっかりしないと。)

 

もう、父はいないのだ。そんな暇はない。そんな余裕はない。せめて、ガウェイン自身の弱みを周りに見せないように。

約束したのだ、守るのだと。己の、弟と妹を。

そうだ、大丈夫だ。だって、自分は泣いてもいない。出来るのだ、不安ではあるけれど、自分は泣きもせずにちゃんとしている。

ガウェインはさらに母に話しかけようとした。その時だ、教会の前で待たせていた護衛の一人が慌てて駆け込んできた。

 

「何事だ?」

 

それにガウェインが機械的に言えば、護衛は顔を青くして口を開いた。

 

「き、妃様を、訪ねてこられた方がいて。」

「なに?」

 

そんなことを言っていると、教会の中に誰かが押し入るように入ってきた。

小柄なそれは、マントを被っており、逆光の中でよく見えない。けれど、今まで何にも反応しなかった母親がゆらりと立ち上がった。

淀んでいた瞳に、苛烈な光が宿るのを見た。

その小柄な侵入者は無造作に被っていたマントのフードを脱いだ。

まるで、黄金の王冠を被っているのかと思った。まばゆい逆光の中で結い上げられた金の髪が輝いていた。光に慣れた瞳が、ようやく入ってきた人物の様相をとらえた。

王冠のような豪奢な金の髪、なめらかな白磁の肌、少女のような愛らしさと少年のような、凜とした印象を受ける美しいかんばせ。

凜とした印象を受ける美しいかんばせ。

そうして、父と同じ、翠の瞳。

 

(ああ。母上に、よく、似ている。)

 

それにガウェインは理解した。目の前に立つ、その、人間。それが、己にとって叔父に当たり、そして、父を殺した男であることを。

 

 

沈黙が、一瞬だけその場を支配した。が、アーサー王は後ろにいた護衛を無視して扉を閉めた。閉鎖空間の中でガウェインは一気に警戒心を強めた。教会の中には、モルガンと自分、そうしてアーサー王がいた。

 

(ここで、何かされることはないはず。)

 

自分たちに何かをするなら、葬式など待たずとも機会などいくらだってあったはずだ。

ガウェインはモルガンを庇うように前に出た。ガウェインが口を開く前に、モルガンの吐き捨てるような声が教会に響き渡った。

 

「・・・・・今更、何用だ。」

 

ガウェインは、まるで雪を服に入れられたかのように。

冷たくて、刺すようで、流れ落ちていくような恐怖を感じた。何か動くことも出来なくて、ガウェインは己の母を見上げた。

 

「ひっ・・・・・」

 

喉の奥で、潰れたかのような声が漏れ出た。恐ろしいと、思ったのだ。

それを、幼いガウェインは上手く表現できなかった。

ただ、呆然と。

刃のような怒気だった、嵐のような激情だった、敗北のような痛々しさだった、吹雪のような憎しみだった。

そうして、そうして、ひとりぼっちのような、悲しみだった。

そんな眼を、していた。

父が、己によく似ていると褒めてくれた、母の青の瞳は、まるで泥を落とし込んだかのように、そんなものに溢れていた。

ガウェインは、何をして良いのかもわからなくて、まるで、鏡合わせのように立つきょうだいの様を見ていた。

かつんと、教会の床を踏みしめる音がした。

 

「・・・・届け物と、そうして、オークニーの処遇について知らせに参りました。」

「はっ!勝者たる貴様が、直々にか?」

 

挑発のようなモルガンのそれに、アーサー王は厳しい表情を変えることも無くゆっくりと近づいてきた。そうして、数歩歩き、手を伸ばせば互いに触れることまで出来るのではないかと言うところまで近づいた。

仁王立ちのモルガンをアーサー王はじっと見た。そうして、口を開いた。

 

「オークニーに関しては私の下に下ることとなります。そうして、ロット王の嫡子であるガウェイン殿が成人後に彼を王とします。」

 

それは破格の処遇だと、ガウェインにだってわかった。

自分たちは確かに目の前の存在と血縁関係にある。けれど、彼に対して戦いを挑んだ、それもその筆頭の長子である自分を、この国の王にするというのだ。

 

「それまではロット王の子どもたち、そうして妻であるモルガン。あなたたちの後見を私が行うこととなります。後で人を送ることとなりますが、このままオークニーに留まっていただいても構いません。」

「・・・・何が条件だ?」

 

アーサー王は一度だけ、ゆっくりと瞬きをした。そうして、口を開く。

 

「ロット王の長子、次男、そうして三男を成人まで騎士として教育することです。」

 

それは、実質的な人質といってよかった。

オークニーという国を治める上で厄介なのは国に住まう者たちだ。元より、ヴァイキングたちの襲来も多く、気の荒いものが多い中で統治をしていくのは難しい。元より、国で人気のあったロットを殺したアーサー王に従いたいと思うものは少ないだろう。

だからこそ、餌を用意するのだ。

この国はロットの息子であったガウェインが治める。それだけを見れば、国の者たちも少しは溜飲を下げ、その中継ぎの統治を認めるだろう。

そうして、その間に跡継ぎたちを自分たち側に引き込む。

 

「ふざけるな。」

 

決して、大きな声ではなかった。けれど、全てを理解したモルガンはうなり声のように吐き捨てた。

 

「今更、私から、子どもたちまで奪っていくのか?」

「・・・・これは、ロット王の意思です。」

 

その、父の名前にモルガンの瞳孔が一気に覚醒するように見開かれた。

 

「ふざけるな!!」

 

怒号と共に、モルガンはドレスの裾を引きずって、目の前の青年に掴みかかる。

 

「あいつを殺した貴様が、その名前を騙るのか!?そんなことあるはずがない。あいつが、私から子どもたちを奪うなんてあり得るはずがない!」

 

アーサー王は仮面のような無表情で己の服の襟をつかんだモルガンを見下ろした。ガウェインはどうすればいいのかわからずに、それを呆然と見守ることしか出来なかった。

アーサー王はそっと、マントで隠れていたらしい物入れから何かを取り出した。

それは、いくつかの羊皮紙の束だった。

 

「これは、かの王が信頼する臣下に預けていたものです。万が一、自分が死んだとき、私に渡すようにと言われたものです。先ほどの条件は元より彼の要求です。」

 

モルガンはそれにアーサー王から羊皮紙を引ったくった。そうして、急いでそれに目を通す。そうして、うなり声のような泣き声を上げた。それに、ガウェインは、ああ、母もあんなふうに、子どものように泣くのだと、まるで場違いのように考えた。

 

「・・・・それに書いてありましたが、ロット王の執務室の机回りを調べてください。そこに、あなたや子どもたち個々人に向けた手紙を残したそうです。」

 

モルガンはそのまますすり泣いた。アーサー王はそれをじっと見た後、きびすを返して立ち去ろうとした。

が、モルガンはそれを引き留める形で声を発した。

 

「アーサー、貴様にとって、あの男は悪だったか?」

 

それにアーサー王は足を止め、改めてモルガンに向き直った。アーサー王は床に蹲ったモルガンを見下ろして微かな声で言った。

 

「いいえ。」

「ならば、何故だ。何故、あの男を、滅ぼしたのだ?」

 

ゆっくりとモルガンは顔を上げて、流れ落ちていく涙の向こうに己と同じかんばせをのぞき込んだ。

 

「邪魔だったからです。」

 

簡潔な、それ。

モルガンはそれに言葉を飲み込んだ。

 

「私には私の守りたいものがあった。そのために、私は彼と戦う必要があり、彼の王を討つ必要があった。倒せるだけの可能性があり、私はそれを果たすことが出来た。それだけです。私にも、彼にも、守りたいと願うものがあり、それは違えられた。それだけです。」

 

アーサー王はじっと、モルガンをエメラルドのような瞳で見つめた。

それに、モルガンは呆然と涙を流して、そうして、けたけたと笑い始めた。

 

「ふ、あはははははははははははははは!」

 

貴様は、いつだってそうだな!

 

けたたましい哄笑が辺りに響く。モルガンは握りしめた拳を石床にたたき付けた。

 

「いつだって、貴様に都合の良いことばかりが起こる。お誂え向きに奇跡が、都合良く降ってくる!幸運に、才能、正しい後ろ盾、願い!神が貴様に味方しているようにな。」

 

なら、その正しさに反するものは、傷つけられたって良いのか?

 

モルガンは笑うのを止めて、見開かれた目でアーサー王を見た。まるで、ガラス玉のような青の瞳がそこにあった。

モルガンはゆっくりと立ち上がり、そうしてアーサー王の方に掴みかかった。

 

「綺麗なままに滅ぼして、その後に何が残るのか、残されたものがどうなるかなんて気にもとめない!犠牲にされたものがどんな顔をしているのか見ていないのか!?正しいなら、それだけで、いつかに間違う私を傷つけたって構わないとでも思っているのか!?」

 

甲高い、叫び声にガウェインは思わず耳をふさいだ。母が恐ろしくてたまらなかった。

モルガンは髪を振り乱し、ぼたぼたと涙をこぼして、アーサー王に叫び続ける。

 

「お前は、お前は!どうして私を傷つける!?私の大事なものを奪っていく!だから諦めたじゃないか!望んでいた、父の期待、この島、全部、諦めて、ここで、ひっそりと生きても良いと。願われたことも、役割も、今まで散々に否定された全てだって目をつぶって。ここで、朽ちてもいいと。誰の記憶に残らなくても良いと、思ったのに。」

 

あの男が、あの、若葉の瞳が私を見ていてくれれば、私はそれだけでよかったのに。

 

ずるり、ずるりと、モルガンは脱力するようにその場に座り込んだ。けれど、アーサー王のマントからは頑なに手を離すこともなく、まるで幼い子どもの駄々のように縋り付いた。

 

「かえして。」

 

あの男を、返して。私のものだった。今まで、散々に、否定されて、捨てられて、いらないと言われて。それでも、ここまで、この世界の果てにやってきて。

ようやく、見つけた、私だけのものだった。

誰のものでもない、生まれ持った役割のためでも、運命でもなく、私の、モルガンだけのものだったんだ。

何故奪った。人が望む栄光ならば何もかもを持っているのに。どうして、私たちを放っていてくれなかった。

どんな物語にだって端役のようにいるしかない、つまらない男だったんだ。それでも、あの男だけが私を見たんだ、私の心を、私のあり方を、慮ってくれたんだ。

私の、愛しい、この世を赦した理由だったのに。

 

 

「ねえ。かえして。どうして、あのおとこまで、おまえは、わたしから、うばったんだ。ねえ、ぜんぶもっているだろう。どうして、あいつまで、わたしからうばうんだ?」

 

かえしてよ。

 

子どものすすり泣きが、愛しいものを奪われた女の嘆きが、教会に響いていた。

アーサー王は床に跪く女を一瞥し、そうして棺の方を見た。彼は静かに言い放った。

 

「・・・・ええ、だからこそ、どうぞ私を恨んでください。」

 

なんの感情も映っていない、父とよく似た色の瞳、父とまったく似ていない翠の瞳で彼女は言い放った。

モルガンはただ、その場で嘆き続けた。

アーサー王はそれを見た後、ゆっくりと引き返し、教会を出て行った。

全てが終った後、ガウェインは迷うような仕草をした後、そっと歩き出した。

母について何かを言えることもない気がした。何よりも、今の母に話しかけることが恐ろしくて仕方が無かった。

 

 

 

教会を出た先にはすでに護衛はいなかった。遠目に見れば、見知らぬ誰かとそうして馬と共にいることが分かった。

 

「あなたの護衛は私の連れと待たせてあります。話を、聞かれたくなかったので。」

 

予想外のアーサー王のそれにガウェインは驚いたが、それでも追いついた王に短く言った。

 

「母が、無礼を働きました。」

 

それにアーサー王は驚いた顔をした。

ガウェインとて目の前の存在が憎い。優しい父を殺した、その男が憎い。

けれど、今まで王の子として教育された理性と、父の頼むという言葉によって必死に何もかもを殺した。

礼儀を払え、無害を装え。

そうだ、自分はこの国を、そうして、オークニーを守らなくては。母を、守らなくては。

そう思って謝罪の言葉を口にして、アーサー王を見返した。

彼は少しだけ眼を細めた。

 

「・・・・あなたは、父君によく似ておられる。」

 

よき、騎士になるでしょうね。

 

短い言葉を返されて、ガウェインは思わず固まってしまった。だって、あまりにも意外な返答で。

そうして、その瞳があんまりにも優しい眼であったから。

今まで硬質で、冷たいと思っていた瞳はそれこそ柔らかなものに変わっていた。

今までの冷たい空気が和らいでいた。

 

「謝罪は受け取りましょう。そう言われても、仕方が無いことをしたのですから。ただ、ガウェイン。私はあなたを父君から託されている。思うことはあるでしょうが。」

 

ガウェインはそれにもっと言うべきことも、あり方もあったと思う。けれど、どうしてか、口から漏れ出たのはまったく違うことだった。

 

「父上は、立派な騎士でしたか?」

 

本当に、情けないほどに子どものような声で言ってしまった。自分は、父を亡くして、弟妹たちと母を守らなくてはいけないのに。

なのに、子どものように言ってしまった。

その、和らいだ、翠の瞳がどこか、父と被って見えて。

 

「ええ、誰よりも、誇り高い騎士でした。」

 

父を殺した相手なのに、憎い、敵なのに。それなのに、その言葉がどうしようもなく嬉しかった。

喉の奥が熱くて、眼の奥が痛い。

それをガウェインは必死に無視して、言葉を取り繕おうとした。

その感覚を、自分は無視しなくてはいけないから。自分は兄だから。

それを見ていたアーサーは、なんとなく、彼のそれを無視するか考えた。

これから騎士となる少年の多くを慮らなければいけないのなら、そのまま無視しても良かった。

けれど、彼の男によく似た少年を見ていると、今だけはと思ってしまった。

 

「・・・・ガウェイン。あなたはきっと、泣いてもいいのですよ。私が言うべきことではないでしょうが。」

 

その言葉に、ああ、誰も赦してくれなかった、その言葉に。

ガウェインの瞳からぼたりと、滴がこぼれ落ちた。

背負った多くが赦さなくて、誰も彼もが余裕がなくて、守らなくてはいけないものの前では泣けなくて。

けれど、母への恐怖と、父によく似た翠の瞳を見ていると何かがきっと決壊した。

ガウェインは子どものように泣きじゃくった。

悲しいと、苦しいと、怖いのだと、泣きじゃくった。

それをアーサー王は静かに眺めて、その背をそっと撫でてやった。

 




ところでの話なんだけどね?
人はなんでも第一印象で全て決まるそうだよ。それは、人から伝え聞いた話と、そうして、初めて実物を見たとき。
言ってしまえば、第一印象さえよければ大抵の人間は丸め込めるそうだけど。
いや、彼の王は何もしていないさ。
小細工は、私の本領だからね。

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