ロット王は愛妻家   作:藤猫

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ガウェインの話になります。
他の兄妹よりも二倍の文章量になりました。


一人称にすると当人の表情の差分が書けないんですが、どんな表情になっているかって伝わっているでしょうか。





五月の鷹はかく語りき

 

 

おや、私のようなものの話が聞きたいと?

ふむ、それは酔狂な方だ。

いえ、かまいませんよ。丁度、私も話がしたいと思っておりましたので。

・・・・どうぞ、最後までお聞きください。とある、親不孝者の生涯の話です。

 

 

 

私は幼い頃から父に似ていると言われてきました。

ええ、それはもう愛されていましたよ。オークニーでの日々は誰かしらに構われて、かわいがられていた記憶しか無いですね。

何せ、ええ、天使のように愛らしかったもので!

などと、冗談ですよ。それは裏を返せば父上がそれだけ慕われていたということなのでしょう。

・・・・オークニーの日々は、本当に優しいだけのものでした。

 

 

父上は私の頬を掴んでは愉快そうに笑っておられました。父上も、まさかここまでうり二つの子どもが生まれるとは思っていなかったそうで。

ええ、ですが。私の金の髪と青の瞳を見ては嬉しそうに笑っておられました。まるで太陽に愛されているようだと。そのたびにお前は母上に似ているなあと笑っておられた。

父は、なんというか、色々と変わっておられまして。

正直、あの方に王としての教育を受けたかというとなんとも。もちろん稽古をつけてくださりましたが、殆どダイルに命じられておられましたし。政に関しては母上に。

まあ、あまりにも私が外で駆け回るのが好きすぎて、途中で諦めておられましたが!

やんちゃな子でしたよ?

下の子たちが生まれるまで、それはまあ、ちやほやされて愛されておりましたので。

 

私が父上に教わったのは、武芸でも、さりとて政でもないんですよ。

私が父に何よりも教わったのは、生きるための方法でした。

などというと仰々しいですね。

森の歩き方、食べられるもの、食べられないもの、冬の過ごし方、星の見方、獣の捕り方、魚釣り、妖精たちを避ける方法、野営の方法、常備しておくもの。

この島で生きていく方法、この世界との付き合い方、父上が教えてくださったのはそういうことでした。

私は、王子である前に、騎士見習いである前に、ただ生きているだけの人間なのだからと。

まあ、貧しい国だったので自分の食い扶持ぐらいは稼げるようになれという意味だったのかもしれませんね!

 

・・・・・父上は、ええ、こう言っては何ですが。きっと、王というものには誰よりも不似合いな方だったのかとも思うのです。

万人のために生きることに何のためらいだとか、不幸だとか、そんなことを考えている様子はありませんでした。他人のために生きることに疑問も持っていなかったのです。

ただ、父上は。何というか、王であることに意義を感じているわけでも、騎士であることに誇りを感じているわけでもなくて。

・・・・私は、今でもわからないまま。

父上は、己の名前が歴史に残ることはなくとも、名誉などというものを抱くことがなくとも気になどされなかったでしょう。

ええ、きっと。赦されれば漁師にでもなっているような人だった。

必要がなくなれば、名誉だとか、権力だとか、そんなものをあっさりと放り出してしまう。

多くの人間からすれば、喉から手が出るほどに求めるようなものよりも、もっと路傍の石のように取るに足りないものを愛していた。

王として、良き者であったのでしょう。ですが、それ以上に私にとってあの人は。

愛情深い、良き父でした。ええ、当たり前のように日々を愛する善き人々の一人でした。私にとって父上とはそういう人でした。

 

 

 

母上ですか。

そうですね、母上は。

賢い方でした、いつでもしとやかで、優しくて、そうして、誰よりも美しい方でした。

ああ、妻とは比べませんよ。それとこれとはまた別ですね。

ただ、母上は。

なんというか、こう、妙なところで雑な部分があったといいましょうか。

普段は端から端まできちんとされていましたが、大は小を兼ねるからととんでもないことをされるんですよね。

ウサギを捕るための罠を教えて貰ったら、イノシシが捕れるもので。母上はそれに、大きい方がいいではないですかというような。

いえ、上手く表現できませんね。象徴的な事件があったわけではなく、ふと、なんとなく、雑なのではと思うことが多く。

 

 

・・・・・賢くて、しとやかで、優しくて、美しくて。

そうして、父上の前では少女のように愛らしく笑う人でした。昔、花の群生地に行ったことがあったのです。

あれは、何時だったでしょうか。父上と、母上と、私で。私は母上に差し上げるための花をいくつか摘んでいました。

振り向いたときに風が吹いて、花びらが散って。母上の髪に付いたそれを父上が取ったとき、淡く頬を染めた母上の顔を、今でも昨日のように思い出します。

ああ、母は父に恋をしているのだと。

私は、その光景が心から好きでした。たわいもなく、特別なことなどなく、けれど、何よりも美しいものでした。

父に恋をした、愛らしい人でした。私にとって母上とはそんな方でした。

 

 

ええ、それでも、私はあの方を置いてきました。

オークニー。北の果て、海に囲まれ、農地にも適さないこの世の果て。

ガレスがいるのだからと、そう思っていたのもあります。ですが、私はオークニーの跡取りでした。

私には責任がありました、私には義務があります。父上がいない今、私は私としてなすべきことがありました。

そう私に言ったのは、父であり、そうして母だったのですから。

 

寂しがりであることも、父上のことに誰よりも心を引き裂かれて嘆いておられることも、知っていました。

ですが、それでも私は母上を置いていきました。

父上が、国のために死んだように。私もまた、この国のために生きて死なねばならないでしょう。

そう、思っていました。

 

ガレスのことは完全に私たちの落ち度です。

あの子は女の子でした。キャメロットの縁があれば良い縁談でも組んでやる気でした。まあ、婿に入ってくれるもの限定でしたがね。

騎士になるとあの子が言ったとき、その翠の瞳で私を見たとき。

愚かなことに、嬉しいなどと思ってしまいました。

ああ、父上のようだ、なんて。

・・・・何も似ておりませんよ。小さな体躯、無垢なる心、愛らしい顔立ち。似ていなかったのに、それでも騎士になるのだと、誰かのために為すのだと、巣立ちを望んだ小鳥の羽ばたきを私は止められなかった。

それを、母鳥がどれほど嘆くかなんてわかりきっていたのに。

ですが私たちにもわかっていたのです。どんな形であれ、子どもはいつか大人になる、巣立ちを迎え、あの子は恋をして、そうして違う家の妻になる。

私は、私は、その時打算はありました。オークニーにとってあの子はよい象徴になるだろうと。

ですが、こうも思っていました。女であるあの子に自由などはない。少女の身で、騎士を目指すというのがどんなに困難であるのか。そうして、ばれたときのリスクがどれだけ大きなものか。

わかっていました。わかっていたのに、それでも、末のあの子が願ったことを叶えてやりたいと思ってしまった。

義務だとか、責任だとか、そんなことを言っていたのに。私はただの兄として妹の願いを望んでしまった。

それもまた、一つの真実です。

あのときガレスが騎士になることを否定すれば謀反を疑われ、女であることを言えばオークニーの評判もガレスの評判も地に落ちる。

私にとれる選択肢はありませんでした。

 

・・・・あの裏切り者にあの子を任せたのは、偏に辛いと泣き言でも言ってくれれば。そうすれば、自らオークニーに逃げ帰ると。

そうすれば私もこう言えました。夢見がちの弟分の駄々だったと。

ですが、あの子はめげませんでした。伸ばした長い髪さえも断ち切って、どこまでも真摯に騎士として己の力量を高めていました。

予想外でした、いいえ、予想通りでした。あの子には、才もあり、努力をすることを苦にせず、そうして、誰かのために戦うことを喜びとしました。

私は、母上から父上によく似た瞳の末の子を奪いました。オークニーに戻り、事情を話した母上はそれはそれは嘆かれて。

 

これ以上私から何故奪うのだ、と。

 

・・・・私はそれに納得をしました。そうして、母上がどこまでも王妃ではなくて母として生きていることを理解しました。

私には謝ることしか出来ませんでした。ガレスがキャメロットにいる利点を語ったとしても母上はもう理解をすること自体放棄されていましたので。

それでいいのです。父上がいなくなったというのに、王妃として義務を果たせなどと言えるわけもありません。

ガレスがオークニーに帰ることを私は引き留めました。

あの優しい子は、オークニーに帰ればきっと母上に縋り付かれて、そのまま居着いてしまうことはわかっていたから。

だから、母上がお怒りだからとやんわりと止めました。あの子は手紙を送るだけに止めました。私は帰るたびにそれを母上に届けました。

母は私を見ても私と話をしてもあまり反応されなくなりました。

ええ、当然です。母上からすればさぞかし私は親不孝者だったことでしょう。

婚姻をしたことも、子どものことも言えませんでした。

後ろめたかったのです。

私だけが、キャメロットで栄光を得、名誉を抱き、そうして家族に恵まれて。

オークニーから連れ出すことも考えました。ですが、ロット王を失ったオークニーにとって母上は前政権の象徴であり、彼女がいれば大丈夫だという信頼によって統治ができていました。

民も、そうして陛下もそれは赦されませんでした。

 

 

あるときから、暗い顔をしていた母の顔が明るくなったときがありました。理由を聞いても、昔のようにいたずらを嗜めるような顔で、さあなといわれるだけで。

 

ガへリスとダイル卿のことは私が処理しました。

ダイルは急病にて亡くなった。そう皆に触れました。皆が皆不満そうな顔をしていましたが、末の子と妻をオークニーに住まわせるようになるとそう言った不満を言うものはいなくなりました。

皆、嘆いていました。彼は確かに善き騎士だったのです。

優しい人だった。知っている。

あの人は私の師だった。懐かしいな、幼い私は我が儘でよく彼を困らせていた。アギーが生まれて寂しい私の側にいつだっていてくれた。

ガへリスを、私はどう思っているのだろうか。いや、きっと、永遠に答えは出ないのだろう。

オークニーの者は元より、愛することが好きな人たちだった。冬の国、人が簡単に死ぬ国で、憎み合えばすぐに自滅する。恨むよりも、誰かを愛していた方がよほど死ぬときに救われるので。

娘はそれはそれは愛されていましたよ。

あの子は、どこか、母上に似ていましたので。金の髪に、美しい青の瞳をした子でした。

妻も母上によく尽くしてくれました。

少々意地っ張りなところはあるが、可愛らしいと言っていたが。

父上以外に母上を堂々と可愛らしいと言うのなんて妻ぐらいだろうな。私でさえもそうそう言えないというのに。

母上は妻と娘のおかげでだいぶ心を落ち着かせることが出来た。おてんばな気のある娘との生活は、母上に寂しさを忘れさせてくれるのに丁度良かった。

 

そうして、モードレッド。

あの子は、本当に母上に似ていた。

魔術師、ええ、マーリンと同じ力を使えた母は父上の遺体を使い、末の子を身ごもった。

私は、笑いそうになってしまった。

ああ、母よ。

そこまでに狂っていたのかと。

眠る父の墓を暴き、死肉を胎に収め、命を産んだのか。

・・・・恥ずべき事だ、いっそ、私は王子として母を殺さねばならなかった。

だが、だが、そんなことを誰が出来るものか。そんなことをするぐらいなら、私は。

私は・・・・・・

だから、いいのです。それを罪と唄うならそれでいい。罰が下るというならば喜んで受けて見せよう。

誰も救ってくれなかったくせに、救われたくて手を伸ばした人間のそれを誰が罪と言えるものか!

 

それ故に、私はモードレッドの存在を黙殺した。あの子はそう長く生きられないというのは母に聞いた。なら、せめて、その短い人生を全うして死んでくれれば良い。

殺すほどの長い人生でないのなら、それで。母上の、そうして私たちの罪であると知られるまで誤魔化すことが出来ればと、そう思いました。

 

娘とモードレッドは仲が良かったですよ。息子も、末の弟が増えたと、それはそれは嬉しそうで。

娘は、愛したがりの子でした。私によく似ていると妻は言っていました。

可愛い子でした。

私が会いに行けば、兄上兄上と纏わり付いてきて。

剣の手合わせもしてやったことがありました。

そのせいだったのでしょうか。モードレッドが騎士に憧れてしまったのは。

そうして、母上がそれを赦したことも。

なぜ、と。問うてしまいました。私がそんなことを聞く資格などないのに。

 

ならば、と。ならば、何故、お前はガレスを騎士にしたと言われました。

 

心臓を氷で刺されたような心地でした。ですが、それが何だというのでしょう。そうされることを私はしたのだから。

巣立ちを望む小鳥を引き留められなかった。

その返事に母は呆れたように笑われました。

女であるあの子にお前は自由を望んだのかと。

そうです、私は、そう望みました。女は家で家事をし、夫に従う。妻にそれを望んでおいて私はガレスには自由を願ってしまった。

いいえ、きっと、私にはあまりにもまばゆかった。あの子は私からすればあまりにも軽やかでありすぎた。

そのまばゆさに、私は、目がくらんでしまった。

気まずさに視線をそらした私は、母は、あの方は呆れたような顔をしてそっと、私の頭を撫でてくださいました。幼い頃のように、私の頭を子どものそれのように。

かわいげが無いほどに育ってしまったと笑って。

背伸びをした母は呆れた顔をして、私に、微笑んでいて。

 

お前と一緒ですよ、なんて。私は、どんな顔をしていたのでしょうか。

そこに狂気などありませんでした。そこには誇り高い女王などいませんでした。

そこにいたのは、ただ、ただ、柔らかな心を抱えた、女が一人。

 

 

ガレスには悪いことをしてしまった。今更、ゆらぐようなことなど無いとわかっていたのに。母上があの子を責めることなんてないのだとわかっていたのに。

それでも残った家族の仲がこじれてしまうことを私は恐れてしまった。

ガへリスには辛い役目を背負わせてしまった。誰よりも汚いことをさせてしまった。

あの子はそれが自分の役目だからと、自分で望んでいることだからと、そう言って。

あの子に罪があるのならそれこそ私の罪なのだ。

可愛い、弟と妹でした。

幼く、父上の記憶の無いガレス。他人のために生きることをさっさと受け入れたガへリス。

そうして、アギー。

あの子が生まれたとき、本当に妬ましかったんですよ。

みんなの関心を一気にかっさらっていかれましたからね。生まれたての赤ん坊はお世辞にも可愛くなくて、こんな猿みたいなのが自分の弟なのかと絶望してしまったぐらいに。

それでも、ああ、言葉が喋れるようになって舌っ足らずに兄上と言われたとき、心からなんて愛おしいのだろうか、と。

あの子は屋内で勉強するのが好きでした。でも、それより前は私の後を付いてきたんですよ。舌っ足らずに、私の名を呼んで。

思えば、あの子は、私にとってはじめの守るべき者だったのですね。

あの子と私に上下などありませんでした。私が王になると決まっていたとしても、あの子もまた国のために、私のために、その手を汚した。

共にいつか国に帰ろうと。いつか、母上の元に帰るのだと、そう誓い合った。

託されたのだから。

・・・・平和な時間が、続きました。ええ、つかの間の、一瞬で崩れ去る、そんな時間は。

 

 

 

あの愚か者の乱痴気騒ぎによって、私の弟妹たちが殺されるまでは。

 

・・・・アグラヴェインは教えてはくれませんでした。全てを白日の下にさらすなど絶対にしてはいけなかった。

ですが、あの子は、してしまった。

ええ、ええ、わかるのです。その気持ちが、その心が。

どれだけ、どれだけ、あの国が危ういバランスの上に成り立っていたのか。

知っていた、わかっていた。

 

ああ、ああ、だというのに!

あの愚か者は!

グィネヴィア、貴様がしたのはただの不貞ではないのだ。彼女はアーサー王の後ろ盾であるレオデグランス王からの王権の保障だった。

婚姻とは契約なのだ。その意味を、何故、理解できていなかった。

王が、女に興味が無いのも。王妃が寂しい思いをしているのは知っていました。

不幸だったでしょう、苦しかったでしょう、子さえも成せない女の身で周りから注がれる侮蔑の視線は辛かったやもしれません。

だが、だが、何故、ランスロットだったのか!

他のものであるのなら、まだ、やりようがあったやもしれない。だが、だが、グィネヴィアよ!

貴様の裏切りは、王の統治の揺らぎになるのだと!彼の君のもっとも根本にある、王たちの忠誠の象徴であったのだと!

なぜ、理解していなかった・・・・・!?

王権の象徴であるお前が、ランスロットと密通していた。この事実が一応は隠れていたランスロットを支持する者たちへどんな大義名分を与えるのか。

 

愛していた?哀れだった?

ああ、ああ、そうであろう。わかる、知っている。

ランスロット卿!

それが、どれほどにまばゆく、その女の苦しみがどれほどまでに心を裂いたか。

私は理解できる。

恋を、私は知っていた。だが、だが、それが赦されないことが、なぜ、わからなかった。

 

 

王は男を赦された。女もまた赦された。

罰しないという王の選択肢に、私は抗議しました。納得など出来なかった。何故、罰しないのだと。

・・・・理由など簡単です。

彼を罰して、そうして、彼の祖国からの食料の輸出が止まれば?果ては争いになれば?

ええ、そうです。

彼の王は、どこまでも正しい判断をされました。どこまでも、正しい、判断を。

 

 

何故だ?

ガレスの顔は潰れていた。

ガへリスの肩がぐちゃぐちゃになっていた。

アギーの胴体は分かれていた。

フロレンスたちの瞳は濁ってくすんでいた。

 

がれすのあいらしいひとみはもうみえません。がれすのまろいほおはぐちゃぐちゃだ。がれすのきんのかみはいとくずのようでした。

がへりすのぎんはいのひとみはみひらかれていました。がへりすのからだからながれおちたぞうもつのいろをみました。がへりすのつきいろのかみがちでよごれていました。

あぎーのめがぼうぜんとみひらかれてしまいた。あぎーのからだのつめたさをおぼえています。あぎーのぼうぜんとしたかおをみました。

ふろれんすたちのかみをなでました。わたしとおなじほどにおおきくなった、つめたくなったからだをだきしめて、ほうこうをあげました。

 

・・・・・なぜ、あいつだけが?

私はグィネヴィアを連れて逃走したランスロットを追いました。

王への忠誠も、騎士としての義務も、妻や娘のことも、そうして母上のことも置いていきました。

何故か。

 

もう、全てどうでもよくなってしまったので。

 

・・・・・愚かなことでした。

ですが、もう、私はそれ以外にどうしようもなかった。

託されたものの殆ど一瞬で失った私は、もう、それ以外に生きるための目的を。

 

いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

結果として、私はランスロットを殺しました。彼とは実力に差はありましたが、それでも、相打ちといえども私は彼の人を殺しました。

いえ、まあ、死に物狂いでやればなんとかなるものですね!

・・・・それとも、彼の人の罪悪感によるものだったのか、私にはわかりません。今となってはどうでもよいのでしょうが。

 

死ぬ瞬間、崩れ落ちた、血に染まった男の顔を見ました。

私は、あの男は好きでした。

ええ、ええ、それでも。あの男がこの島に呼び込んだ滅びに怒りはあっても、それでも、あの男は善き人でした。

知っています。ええ、知っています。

死ぬ瞬間になって、それでも、友であった男のことを憎みきれない自分がいた。

己自身で殺してしまったという報復を終えた後だったからでしょうか。

 

・・・・・いいえ、違いますね。

私は、私は、きっと。心のどこかであの男の選択肢を喜んでいたやもしれません。

何故って、あの男は、国でも、民草でも、忠誠だとか誇りだとかではなくて。

取るに足らない、愛を、恋を選んだから。

 

父上は、私たちを選んではくれなかったから。

 

笑ってください。

王の子でありながら、騎士でありながら、民草に尽くさなくてはいけない身でありながら、私は、私は、ずっと。

私たちを、母上を、選んで生きてくれなかった父上を恨めしいと、思ってしまった。

それを選んで、私の愛しいあの子たちを殺して、それでも、グィネヴィアを選んでくれたあの男は妬ましくて、そのくせ、嬉しいと、思ってしまった。

誰にも言いません。誰にだって言うものか。

こんな、こんな、恥ずべきこと。

ですが、そう思ってしまった。

 

・・・・今でさえも、記憶の中の父上は優しくて、自慢の父です。

私も父になりました。

生まれたばかりの小さなぬくもりが愛おしかった。大きくなるにつれ生意気で、無邪気で。

大きくなるにつれ、私とそう変わらない身長を生意気だと笑って。

父上の気持ちもわかるのです。

後に続く、この愛が生きていくのなら、死んだって惜しくはない。ですが、幼い私が泣きじゃくる母に抱きしめて、どうしてとわめいている。

 

ああ、愚かなことだ。未だ、私は父に縋りたくて堪らない幼子のまま。

 

陛下にも、申し訳ないことをした。

あの方はグィネヴィアを怒っていただろうか。それとも、女に興味のない自分を責めていたのだろうか。

私は、あの方に言葉をかけることは出来なかった。私は、もう、憎しみで満たされていたから。

 

・・・・完璧な人など存在しない。

知っていた。そんなこと、知っていた。だが、私はそれから目をそらした。

王座に座る、孤独の王。

優しい人だと知っていた。あの日、一人で背負おうとしていた私をあの方だけが慮ってくれた。

感謝していました、だから、あの方に忠義を捧げた。

優しいのに、たくさんのものを犠牲にして立っていた。それ故に私もあの方の完璧さを支えようとした。

父上を殺したこと、それに怒りはありました。けれど、嫌いになれなかった。

あの方を知れば知るほどに。あの方は母上に似ていた。

優しくて、どこか苛烈で。そうして、愛したものに対して一心に心を傾けてしまう。

幸せになってほしかった。あの方はそれでも、国をよくするために生きたから。私心を持たず、走り抜けた生き様は私にとってどれだけ誠実であったのだろうか。

報われて欲しいとも思ってしまった。

 

母上、子どもに置いていかれることがどれだけ悲しいのかわかっていたのに。私は、死んでしまった。私は、それでもこの憎しみとそうして免罪符に縋り付かねば生きていけなかった。

 

完璧な人などいなかった。

ええ、だって。あんなにも完璧な王妃だった母は、結局父に恋した女性であり、そうして子を愛した母であることを選んだ。

王は救うためにたくさんのものを犠牲にして、けれど泣くこともなかった。あの方は完璧であるために弱さを見せなかった。いつだって正しい王であり続けた。

 

私はそれを知っていたのに。何もせずに、自分のために最期を、己の命を使ってしまった。

 

情けない話を聞かせてしまった。誰にも言えない、私の弱さだった。

叶えた願いはありました。幸せな時間がありました。

美しいものを見ることも出来ました。あの日、花びらの吹雪の中で見た恋も。あきれ果てた妻の微笑みも。笑う子どもたちの姿も。愛おしい弟妹たちのことも。誰かのために戦った騎士の叫びも。力強く笑う民たちのことも。

そうして、私の娘と戯れる母上のことも。

父上との約束は果たせた。

後悔はあります。最期に間違えてしまった。私は、あの最期を、後に続く者たちのために使うべきだった。無くした物ではなくて、残った者を慈しまねばならなかったのに。

そうして、王への忠義を放り出し、母上を置いてきてしまった。娘と、妻のことも。

もしも、もしも、今度こそがあったのなら、王への忠誠を貫き通したい。

母上の生に寄り添ってあげたい。妻と娘のために生きてやりたい。

後悔はあります。己の生にあきれ果ててしまう。ですが、美しいものは見ることが出来ました。それだけは胸がはれる。

モードレッド、あの子に全てを託してしまった。それでも、託せたことがあるだけ、私はきっと不幸ではなかったのやもしれませんね。

 

・・・・後悔も、憎しみも、悲しみもある。ですが、救われたことも、喜びも、奇跡もあった。どちらとも言えない人生でした。

 

私の生涯の話です。私の、後悔とそれでもよかったこともあったと思える物語でした。

あなた方はどう思われますか。私の後悔と、報われたことだってあった人生を。

どうか、どちらでもあったのだと、それだけを覚えておいてください。

私の人生の話です。

 

 

 

父上になんて謝ろうか。母上にも謝らなくては。

託された者を守れなかった。親よりも先に死んでしまった。

守れなかったあの子たちにも叶うならば謝りたい。私心を捨てた王に謝りたい、私は私心を捨てきれなかった。

ああ、皆に、愛した人たちと共にもう一度だけ笑い合いたかった。

父上と母上に、笑っていて欲しかった。

 




長子へ
これを呼んでいるということは俺は死んだのだろう。
必要なことを書き記しておく。
近隣諸侯との交渉はベルンに相談しろ。あれには彼らの性格や趣味趣向について伝えてある。騎士たちの統制もダイルに手伝って貰え。
お前は未だ子どもだ。舐められることもある。だがらこそ、信用できる人間を見極めなさい。
また、重要な事柄はこの手紙に添えてある。読んで覚えたらすぐに火にくべろ。


さて、堅苦しいことはここまでだ。
ここからはお前への手紙だ。最期まで読んでくれればありたがい。



ガウェイン、お前は外で木剣を振り回しているのが好きな子だったな。お前は、なんというか俺に驚くほど似ている子どもだった。
びっくりだった、モルガンから俺が生まれたと思うほどによく似ていたからな。
お前は初めて生まれた日、俺は心から嬉しかった。父上が死んで、初めて生まれた己の子だったから。あの日のことは今でも昔のことのように覚えている。
命をかけて、紡がれたお前が愛おしかった。
お前の青い瞳をのぞき込むのが好きだった。モルガンによく似た黄金の髪も、青い瞳が俺は好きだった。
お前と森には行って、釣りをして、森の歩き方を教えるときが好きだった。俺の父は厳しい人だったからそんな時間を作ってくれることはなかったのでな。
俺は、お前と過ごすたわいもない時間が好きだった。



お前は誰かに対して情を深く持ってしまう子だった。少々、盲目的な部分があったな。
一度愛するとそれを遂行してしまう子だった。お前のそんなところはモルガンに似ていたね。
盲目的なところは心配だが、お前はそれでいいのだろう。けれど、愛した誰かが間違えたその時はだめだと引き留めてやりなさい。
それが正しいことなのか見極めろ。共に落ちることはけして救いではないのだから。
真実と偽りの境は曖昧だ。
他にとって嘘であっても、当人にとって真であること。その逆もしかりだ。だから、人をよく見なさい。自分の心と向きあうといい。己自信も偽り始めたら、それこそ何もかもが破綻してしまう。
正直な話をすれば、俺はお前にあまり不安感を持っていないんだ。
お前はモルガンにも似ていたけれど、俺とも似ていたから。
お前は後悔もするかもしれないが、きっと、自分の救いを見つけ出せる。そう信じている。

お前なら美しいものを見つけられるだろう。そういう子だ。
アギーを妬んで、結局愛してしまう。そういう子だ。誰かを愛するのが上手い子だった。
だから、きっと大丈夫だろう。


ガウェイン、頼みがある。
情けない話と思ってくれ。いっそ、失望してくれてもいい。ただ、俺の願いを聞いてくれ。
オークニーを頼む。お前は王の子だ。ならば、あの国を守る義務がある。あの国と共に生きていく義務を理解してくれていると思う。
俺が国を背負ったようにも、お前にも大丈夫だと信じている。

そうして、モルガンと弟と妹たちを頼む。
あの人は強くて、賢くて、誇り高い人だ。けれど、寂しがりな人だ。できるだけ近くで支えてやってくれ。
弟と妹を頼む。未だ幼い子どもたちだ。側で見ていてやってくれ。
俺がそうしてやりたかったが、それも無理だ。俺は王としての選択肢をとってしまった。だが、それを嬉しくも思っている。
俺は間違えなかったのだと。父上の教えを全うできたのだと。何よりも、死んでも良いと思えるほどに誰かを愛せた自分の人生でよかったと。

ガウェイン、俺に輝かしい春を連れてきてくれた、五月の鷹。
お前はどこに飛び立っていくんだろうか。その飛翔を見えないことを残念に思う。
けれど、俺の子としてお前は高く羽ばたくだろう。
俺はそれを信じている。
家族を頼んだぞ、俺の愛しい長男坊。お前の幸福を願っている。

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