ロット王は愛妻家   作:藤猫

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だんだん展開させていきたい。

ちなみに、ロット王は、ガウェインより若干背が高く、結構重めで黒髪ぐらいを考えています。

感想がもらえれば喜びます。


男の国

 

 

「なあ、俺のかわいい奥さん。今日は遠乗りにでもいかないか?」

「・・・・遠乗りですか?」

 

不審げなモルガンにロットはああと頷いた。

 

「揺れないかい、モルガン。」

「いいえ、そこまで辛くはないです。」

「そうか。鞍を新しくしたんだがな、乗り心地が良ければいいんだが。」

 

ロットは美しい新妻を腕の中に納めて馬に揺られていた。

自分の腕の中にちんまりと居座る、といってもけしてモルガンは小さいわけではない。女性としてそこそこ上背はあるが、ロットという男が無駄にすくすくと育ってしまっているせいなのだが。

ロットとしてはほかの女性の場合潰してしまいそうで恐ろしいが、これだけ背が高ければまだ潰すことを恐れずに済んでありがたい。

 

(今日も美人さんだなあ。)

 

そんなことをのんきに思いつつも、愛馬をぱかりと歩かせている。

供もいない、二人きりの遠出だ。

城の人間には護衛をつけるようにと言われているが、住居の近くであり、誰よりも強いロットがいるからと押し通したのだ。

ロットはちらりと淡く、行儀良く微笑んだモルガンを見た。

今日も今日とて敵意がにじみ出ている。

ロットはそれをあまり気にしなかった。今日も元気だなあとのんきに思っている。

モルガンという人が妻になってから数ヶ月の時間が経っていた。

といっても、ロットとモルガンは本当の意味で夫婦ではない。

部下たちから子供についてよく聞かれるが、ロットはのらりくらりと過ごしている。

 

(大体、子供を産むのなんざ相当の大事だぞ。)

 

ロットとしてはもう少し自分に対して慣れてからと考えていた。何よりも、変わることなく感じる彼女からの敵意に思うことはあった。

そのため、もう少しとロットはのんきに構えておくことにしたのだ。

 

「こちらにきて少し経ったが生活にはなれたか?」

「はい、みな、よくしてくれています。」

「そうか、まあ何かをするような者はいないと思うが。何かあればすぐに言ってくれ。」

「はい、わかりました。」

 

今日も今日とて彼女の吐く言葉の全ては嘘であるが、ロットはさほど気にしない。

まあ、腹を割って話せるのはきっとほど遠いことだろうとそう思ってのことだった。

 

「にしても、今日は獣の気配が全くしないな。普通なら、遠くにでも気配があるんだが。」

「ええ、ロット様がいてくださるからでしょうか。」

 

その言葉にロットははてと内心で首をかしげた。モルガンのそれは嘘であるが、その言葉のどこがそうであるのか疑問であった。

 

(獣のいない理由がわからない限り、モルガンのそれが嘘になるはずは無いと思うんだが。俺の思い違いか?)

 

もちろん、獣がいないのは二人きりの出かけを邪魔されたくないモルガンが事前に追い払っていたのが事実なのだが。そんなことをロットが知るわけがない。

ロットはそんなことをうんうんと考えていたがすぐにそれを取りやめる。

女性といるときはそちらに集中した方が良いだろうと、改めてモルガンを見た。

 

「この辺りは寒いからな。部屋では暖かくしているか?」

「はい、良い部屋をいただき、ありがとうございます。」

 

それにロットは淡く微笑んだ。

 

「ここは寒ければ風も強くてな。だが、良い場所だ。」

 

横座りで馬に乗るモルガンはじっと穏やかに微笑むロットを見上げた。

 

「海もな、厳しいが、魚も捕れる。ごうごうって風の音が響くだろう。その音が好きでなあ。お前さんも好きになれると良い。」

「・・・・・私が。」

 

ロットはモルガンの一瞬の間にちらりと彼女を見た。別段、おかしなところはない。ただ、なんとなく違和感があった。

 

「私がこの島を嫌う事なんてありませんよ。」

 

ロットはまたそれに目を見開いた。どのぐらいぶりかの彼女の本音だった。オークニーではなく、島となったことは気になったけれど。

 

「そうだなあ。俺もこの島が、世界が大好きだ。」

 

穏やかにそういったロットにモルガンは返事をしなかったが、珍しく敵意は感じなかった。

 

 

 

モルガンを大事にすると決めたロットであるが、だからといって信用が出来るかと言えば嘘になる。

というのも、モルガンは何故か、やたらと戦闘意欲が高い。

ことあるごとに、他の氏族との戦を示唆するようなことを言う。

曰く、どこどこがオークニーを狙っているだとかそういった所だろう。

ロットはモルガンがなんでそんなこと言うのかはわからない。ただ、彼女も女性特有の噂話でそういった話が出ているという情報を提供してくれているのだろう。

残念ながら他人の敵意と嘘と真に過敏なロットには戦の心配が無いことなどわかりきっている。

そのため、戦う必要が無いことを伝えるが、そのたびにロットへの敵意と憎しみが強くなっていく。

 

(たぶん、俺が自分の言うことを信じないから怒ってんだろうなあ。いや、多分、戦の心配があるってことも結構きてるのかもなあ。)

 

ロットは訴えのたびに自分に縋り付くように、男を見上げるモルガンのことを思い出す。ロットも男のため、その柔らかな体だとか、潤んだ瞳とかにぐらりと来るけれど、彼女から感じる敵意に目が覚める気がして、身を正した。

そのたびにモルガンからの敵意が増している気もするが。

 

(まあ、焦ってるのかもなあ。)

 

モルガンは一人でこの国に嫁いできた。彼女は彼女なりに、認められようと必死なのかもしれない。

女性として子供を産むという仕事もロット自身が避けているためどうしようもない。

ロットはぼんやりと執務室の椅子に座り、物思いにふけっていた。

ロットは出来るだけのものをモルガンに与えている気ではいる。

食事だとか、服だとか。狩りに出て、彼女が凍えないように暖かな毛皮を取ってきたこともあった。

けれど、何を与えてもモルガンは本当の意味で微笑んだ事なんて無かった。

与えることが大事にしている証ではないやもしれないが、それでも喜んでもらえない事実はなかなかにへこむ。

 

「俺って一方的だと思うかあ?」

「下手なこと言ってないで、さっさと仕事をしていただけませんか?」

 

ロットはそれにぐでりともたれた椅子から体を起こした。そこにいたのは、補佐官のベルンであった。茶色の髪のそれはロットと古い付き合いだ。

生真面目な彼の言葉にロットはため息をつきながら言い放った。

 

「えー。つめてえなあ。臣下なら少しは気遣ってくれよ。」

「大方モルガン様のことでしょう?」

「わかってんならさあ。もうちっとあるだろ?」

 

それにベルンはぎろりとロットに睨みをきかせた。

 

「結婚したからといってはしゃぎすぎです。女の影が全くないと思っていたら。出来たと思えばそのはしゃぎようですか。」

「きっついこと言うなよ。夫婦仲に悩んでるんだぞ?」

「あなたと彼女の仲は良好以外のなんであるんですか?」

 

それにロットはうむと言葉を吐いた。

当然の話で、モルガンの本音を知るのなんてロット一人だ。彼女はその敵意も嘘も綺麗に隠している。

隠していなければ肩身の狭い思いをしただろう。そういった意味で、彼女が何よりも嘘つきであることは幸いだっただろう。

ロットは己の瞳の秘密を、誰かに話す気は無かった。彼は夢見がちではあったけれど、それを話さない方が良いことは理解していた。

嘘で救われるものも、沈黙すべき真実があることも知っていた。

 

「モルガンが故郷に連絡を取ってる様子はあるか?」

「いいえ。特別そんなことはありませんよ。」

「そうか。」

 

事実、モルガンが故郷、ひいては父であるウーサー王と連絡を取っていないのは本人に確認済みだ。

ロットは義理の息子であるためにある程度ウーサー王と連絡を取っている。けれど、不思議と彼が娘であるモルガンの話題を出すことはなかった。

一度、自らモルガンの話題を出したが、彼は何故か簡素な反応を出すだけで彼女の状態を問うてくることはなかった。

 

(ウーサー王と王妃が不仲という話も聞かない。モルガンの様子を見るに、問題を起こすタイプではない。にしては、あんまりにも態度がおかしいな。)

 

ウーサー王と、そうしてモルガンの関係にロットはううむとぼやくように言った。

 

「なあ、親も故郷も、友人もないってどんな感じだろうな。」

「それは、きっと。さぞかし孤独でしょうね。」

「孤独か。」

 

ロットは孤独な女を思った。故郷を追われ、父に疎まれ、一人である彼女に。

ロットは

するりと、封じた青い瞳を眼帯の上から撫でた。

 

 

「ふっふっふっふ・・・・・」

 

モルガンはその日、嬉々としてある城の一室に籠もっていた。

彼女の前には、一つの鍋がある。それはくつくつと煮えていた。そこは、モルガンに薬草等の知識があると聞いたロットがわざわざ彼女のために用意した部屋だった。

モルガンは苛立っていた。

彼女の複雑に分かれた内の一人の、女であるモルガンは悩み、ブリテン島の化身としての妖精は苛立ち、湖の乙女としての彼女は困り果てていた。

というのも、彼女の夫になったロットの鈍さにほとほと困っていたのだ。

彼は確かに一応はよくしてくれているのだろう。

何をしても男はモルガンを優先してくれるし、自分以外の女を囲う様子もない。

王として愚鈍というわけでもなく、騎士として優秀だ。そうして、目も醒めるほどの美丈夫と来れば不満など欠片だって無いだろう。

が、それを放り投げても気に入らないことがあった。その男、何をしてもまるで思春期にさえ成っていない少年のごとく色事を理解していない。

 

(そうだ、あのときだって!)

 

モルガンは以前、ロットに誘われて馬に乗って散歩をした。せっかく部下がいないのならと、邪魔がされないように獣を魔術で追い払った。

さあ、のびのびと誘惑だと思ったのだ。モルガンとて。

密着した馬の上、ゆったりと歩くそれが揺れた瞬間をモルガンを見逃さなかった。わざとロットに縋り付き、潤んだ瞳で見上げた。これでぐらつかない男はいないだろう。

いっそのこと、一線を越えるぐらいの展開さえ望んでいた。

だというのに、ロットはそれにああと頷いた。

 

「そうだな、俺も乗ってたら窮屈だろうな。お前さんだけで乗ると良い。」

 

そう言って、馬上に取り残されたモルガンが一人。

瞬間、モルガンは丁度近くにあった木の幹に拳をたたき込んだ。魔術で防御された拳によって木は揺れる。

それにロットは警戒して腰の剣に手を添えたが、モルガンは一応は鳥が飛び立ったとごまかし、それで終わった。

そこでふと、モルガンは男の言葉を思い出す。

 

この島が好きか?

 

モルガンはそれを思い出して、近くにあった椅子に腰掛けた。

 

(そんなこと。)

 

当たり前だ。モルガンはこの島の主なのだ。ならば、ならば、嫌うことなどないだろう。この島こそが、モルガンという女の価値で、意味なのだから。

当たり前のことを問うた彼はそういって、厳しいとも言える島に微笑んだ。

 

自分も、好きだと、そう。男は言った。妖精としての彼女は、それに話のわかる男だと少し思う。

そうして、人としてのモルガンはぼんやりともう一つのことを思い出す。

ウーサー王が自分は元気と言ってきたと、彼は言った。

モルガンは知っている。

ウーサー王に、島の化身として、望まれていないことを知っている。そのために自分をこの国に嫁がせたのだ。そんなことを聞いてくるわけがない。様子が知りたければマーリンにでも探らせている。

だから、それは嘘なのだと思ったけれど。

その男が嘘をついていないことぐらい、モルガンも理解した。

きっと、その妻に優しい男はわざわざウーサー王にモルガンの話をして、そうしてそんな話題になったのだろう。

簡単なやりとりを思い浮かべて、モルガンは己の腕を掴んだ。

モルガンは業を煮やして惚れ薬を作った。甘っちょろい感情などいらないのだ。

男を操って、国を大きくして、そうしてブリテン島を自分の物にする。

ロットはそのための手駒でしかないのだ。

けれど、今になってそんなことを思い出した。

少なくとも、モルガンにとってそれは初めて、彼女の美貌に狂うことも、さりとて遠ざけることもなく、今のところは誠実に向かい合っている。

モルガンは、鍋をじっと見た後、がちゃんと床にこぼした。

 

「・・・・気が乗らない。」

 

なんとなくそう思った。床にこぼれた、惚れ薬。けれど、それで操るのも、なんとなくしゃくだった。

なんとなく、負けた気分になってしまった。

 

「別よ。別。私がこんなものに頼るなんて焼きでも回ったわ。あの程度の男に。」

 

モルガンはそう言った後、男を誘惑するためにまた考え始めた。

 


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