ロット王は愛妻家   作:藤猫

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全然話が進まない。もう少し、進んでから投稿していきます。今度から。


評価等、ありがとうございます。
また、評価等いただけましたら嬉しいです。


島の人々

 

 

枯れた木がある。

藤丸立香は、その、乾燥して、おそらく枯れているだろう木を触った。今にも崩れてしまいそうなほどに脆い。

ふと、視線を下ろした。土は乾いており、まるで砂地になる寸前のように痩せていることがわかる。

風が、己の頬を撫でた。乾いた風だ。立香はゆっくりと風を追うように空を見上げた。

夜だった。それに、立香はようやく、今が夜であることを理解した。暗いはずであるのに、不思議と周りがよく見えた。

そうして、ふと、彼は遠くに城があるのが見えた。

無骨な印象を受ける城だった。装飾などもない、堅牢な城だ。遠くに見えたその中など見えるはずもない。

なのに、何故だろうか、立香に一つの光景が浮かんだ。

 

城の中、暗い王座。

そこに、誰かが座っている。一人だけ、ぽつんと、青い瞳が自分を、見て。

 

「誰だ?」

 

 

 

「おい、立香!!」

 

その声に立香はがばりと起き上がった。息も荒く、ぼうぜんと周りを見回した。

 

「・・・・大丈夫?うなされてたみたいだけど。」

 

自分の顔をのぞき込んできた少年に立香は少しだけ体を震わせた。そこで、立香はようやく自分がベッドから飛び起きたことを理解した。

 

「・・・・コンラ。」

「ああ。おはよう、なんて。ここはずっと昼なんだけどね。でも、何時間か寝たし、おなかも空いてるだろうからと思って起こしに来たんだ。」

「ああ、そっか。」

「何か、嫌な夢でも見たかい?」

 

コンラはそう言いながら部屋のカーテンを開けた。

立香がいるのはヴィーの館の一室だ。鏡の向こうのマーリンから話を聞いた後、一旦は休憩を取ることとなった。

 

(・・・・なんだったんだろう、あの夢。)

 

夢の中だったというのに、やたらと鮮明な、それこそ現実のように生々しい感覚が肌に残っている。

 

「大丈夫?もう少し、寝てるかい?」

 

黙り込んだ立香を心配したのか、コンラがおそるおそる話しかけてきた。それに立香は少しだけ黙り込み、口を開いた。

 

「うん、なんか、変な夢を見て。」

「まあ、夢は夢だしね。気にしない方がいいよ。そうだ、暖かなスープでも飲めば少しは気分も落ち着くよ。」

 

コンラはそう言って、起きた立香の背中をそっと撫でた。小さな、子どもの手にしてはひどく大きくて暖かいような気がした。

 

 

「マスター。おはよう、ございます。」

「おはよう、グレイ。」

 

立香は身支度を整えて部屋を出た。すると、隣部屋で休んでいたグレイも丁度部屋から出て来た。グレイはどこか眠たそうに眼をしぱしぱと瞬きさせていた。

 

「あれ、眠いの?」

「いえ、なんというか、ものすごく疲れる、夢を見たような?」

「疲れる夢?」

「はい、何というか。子どもと思いっきり走り回って遊ぶ夢を見たんですが。それが、まるで現実みたいで。」

『おいおい、早く眼を覚ませよ!?』

(夢?)

 

立香は少しだけ首を傾げた。なんだか、やたらとその単語を聞く気がした。

 

 

 

『さて、諸君。腹ごしらえの途中ですまないが。これからのことを話そうか。』

 

立香はそれにまた、曇った鏡の方を見た。丁度、ヴィーが作ってくれたというスープを飲んでいる最中だった。

豚肉のスープはシンプルなものだったが、そうはいっても大変においしかった。

ヴィーに味の感想を言えば、曰く、奥さんとして当然のことであるらしい。

 

『昨日、といっていいのかは置いておいて。私は言ったとおり、完全なる役立たずなのでね!いや、少しは情報収集ぐらいは出来るけど、それ以外は、まあ、察してくれると嬉しいかな。』

「・・・それについてはわかったから、話を進めて。」

『ヴィー、君って辛辣だよね。まあ、それはいい。今のところ、君達にある程度のことは任せなくてはいけないんだけれど。ただ、あまりにも私たちはこの世界に対して情報が少なすぎる。だからこそ、手がかりを辿って、この世界について調べて欲しいんだ。』

「手がかり?」

「昨日も言った、この島で入っていけない禁足地があるんだ。三つほどね。が、厄介なことにこれの周りにはグリムがいてね。」

「そういえば、グリムって言うのは?」

「禁足地に近づく者を追い払う番犬さ。グリムっていうのは、そう呼ばれているから。なんなのかはまったくといっていいほどわからない。ただ、複数いるのは確かだよ。」

 

コンラは肩をすくめてそう言った。それを引き継ぐようにマーリンは続ける。

 

『その禁足地に何かがあるのは確かだよ。ただ、それが何なのかはわからない。でも、正直言って、グリムを今の戦力で潰すのはちょっと、無理かもしれなくて。と、いうわけで。サーヴァントを召喚しよう!』

「え、出来るんですか?」

『まあ、出来なくはないよ。本来、サーヴァントを召喚するのには色々と条件がいるんだけれど。ヴィーがいればなんとかなる。彼女は、ブリテンという領域ではある程度の権限が認められているからね。』

「権限?」

『魔女から産まれた、そのままの意味さ。ただ、彼女も消耗しているから座にコンタクトを取るためにちょっと遠出をしないといけないんだ。リング・オブ・ブロッガー、石で作られた、妖精たちの集会場さ。』

 

立香は聞いたことの無いそれに首を傾げた。

 

「・・・・確か、オークニーのメイランド島にある遺跡ではなかったですか?」

「グレイは知ってるの?」

「はい、聞いたことはあります。ただ、ひどく古いものであまり発掘は進んでいないと。」

『そうそう、人はあまり触れたがらない場所だよ。善くも悪くも、あの場所は儀式の場であり、そうして内と外に隔たれているからね。ま、今は関係ないんだし、さっさと行ってくることを勧めるよ!』

「動かないから気楽だね、君は。」

『まあ、それはそうだよ。何と言っても、喋ることしか能が無いから、今のところは!』

 

立香はそれに戸惑いながら頭のどこかで、フォウ君の、甲高いうなり声を聞いた気がした。

 

『いや、にしても本当に私の扱いが酷くなってる気がするよ。そう思わないかい、マスター君。』

「口答えするとは、生意気な。」

『えーそうかい。でも、まあ、夢は夢でもそれに実感が伴えばそれは確かに現実と違わないと思わないか?これは実質、私もしっかり仕事が出来ていると言うことでは?』

「マーリン、段々やけになってきてない?」

 

立香の言葉にマーリンはえーと声を上げる。

 

『まあ、夢はいつか覚めるからね。現実に帰る時が絶対にやってくる。でも、夢は恋しいからねえ。いっそのこと、それを現実として信じた方がずっと気楽だ。まあ、夢は所詮は現実の前に破れ去る。』

あ、ただの戯れ言だから気にしないでね。

 

曇った鏡の奥で、マーリンが軽やかにウインクをしている様が思い浮かんだ。

 

 

 

「村に行っても大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。」

 

現在、立香とグレイ、そうしてコンラは森の中を歩いていた。マーリンの言っていたリング・オブ・ブロッガーに向かっていた。

そうして、コンラが一度、この島の村に立ち寄ってみることを勧めた。その方が現状の異常性というものを理解できるだろうと。

 

「基本的に村に立ち寄っても危険は無いんだ。禁足地の近くで無いとグリムもいないし。」

「そう言えば、魔女という方々はどこにおられるんですか?」

「・・・・お城さ。王様だからね。」

「それはどこに?」

「・・・・わからない。」

 

コンラの返答に立香はえ、と目を見開いた。

 

「あるにはある。遠目からなら確認も出来た。だが、何故か近寄れない。」

「迷ってしまう、ということでしょうか?」

「うん。地上からだと、なぜか近づくことが出来ない。空からならいけるのかも今のところわからなくて。」

 

コンラははあとため息をついた。疲れ切ったその様は本当に困り果てているのだとわかった。

立香はちらりとコンラの持っている大剣を見た。今回、召喚の要であるらしいヴィーが同行していないのは、偏にその剣が理由であるらしい。なんでも、その剣は特別製で、ヴィーと繋がりがあるらしく、ともかくはそれを持っていけばよいらしい。

立香が召喚に必要なのは、マスターという役目を持った存在がいたほうが安定するためだと言っていた。

 

「あ、着いたよ。」

 

その言葉で立香は足を止めた。視線の先には、確かに遠目で建物らしきものが見えた。それを確認したコンラはグレイに視線を向けた。

 

「グレイはここで待っててくれる?」

「拙ですか?」

「うん、万が一の保険に。」

 

グレイはそれに確認するように立香を見た。それに立香は頷いた。

 

「わかりました。」

「それじゃあ、行こうか。ただ、立香、村に入る上で一つだけ頼みがある。」

 

村ではけして何も食べてはいけないよ。

 

 

 

「あら、コンラじゃない?」

「おばちゃん、久しぶり!元気だった?」

「あっはっは!元気に決まってるじゃない?あなたは?怪我はしてない?」

 

村に入ったコンラはあっさりと溶け込み、代わる代わる人々に話しかけられていた。そうして、立香を認識したらしい人たちもにこやかに話しかけてきた。

 

「こっちの少年は?お前さんと同じここに流れ着いた子か?」

「うん。こっちに親戚がいるはずなんだって。それで一緒に探してるんだ。」

「そうか。なら、安心するといい。ここの王様はいい人だ。ちょっと、威厳は足りないが。まあ、それも魅力の一つだ。安心するといい。」

「わ、わかりました。」

 

コンラ曰く、彼は親戚を探してやってきた子どもとして村々を回っていたらしい。時間感覚も曖昧らしい村人たちはコンラに対してさほどの警戒心も持たずによくしてくれているらしい。

立香もそんな風に紹介すれば、皆が皆、愛想良く迎えてくれた。それは、確かに、善良な人々であるように感じられた。

村人たちに話しかけられていると、まるで雷のような怒声が聞こえてきた。

 

「おい!また来たのか、お前?」

 

声のする方に視線を向けると、茶色に榛色の瞳をした青年が立っていた。その足下には、幼い少女がしがみついている。

青年がつかつかとコンラに近づいてきて、不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「ちび助、てめえ、二度とここに足を踏み入れるんじゃねえって言っただろうが?」

「悪かったよ!でも、ボクだって色々事情があるんだ。」

「ふん、またよそ者引っ張ってきやがって。」

「ああ、そんな乱暴な口をするなよ、ハリー。」

 

そう言って、ハリーと呼ばれた青年を少しだけ年上の男がなだめる。それに、ハリーは吐き捨てるように言った。

 

「じいちゃんは人が善すぎるんだよ。」

 

それに立香は思わず固まった。

 

「え?」

 

その声にコンラは戒めるように立香の腹を軽く叩いた。が、そうは言ってもどう考えても可笑しいだろう。年が数才しか違わないというのに彼はその青年を老人と言っている。なにか、深刻な間違い探しをしている気分であるとき、また違和感が起こる。

 

「おい、ハリー!父さんに対してその口の利き方はなんだ!?」

「親父も親父だ、よそ者を村に入れるなんて。」

 

今度はハリーを中年の男性が叱り飛ばし、彼はその人を父と呼んだ。おかしい、そうだ、明らかに、何か強烈な齟齬が産まれている。

立香は混乱しながらそれを見ていると、唐突にまた声がした。

 

「ほら、喧嘩しないの!ねえ、みんなでリンゴでも食べない?」

 

その言葉に村の人間は眼をきらきらさせて声のする方を見た。声のする方を見れば、年若い女性が籠いっぱいの、金のリンゴを抱えていた。

 

「おお、いいな!ハリーも腹でも減ってるんだろ!」

「そうだな!」

 

弾むように声を上げて、村の人間に金のリンゴが配られていく。ハリーと呼ばれた彼にも配られたが、それは足下の少女にあげてしまっている。

一気に和やかな雰囲気になり、立香は目を白黒させていると、そこに籠を持った女性が近づいてきた。

 

「あなたもお一つどうぞ。」

 

甘い匂いがした。芳醇な、蜜のように甘くてかぐわしいものだった。立香は無意識のようにそれに手を伸ばそうとした。

誰かが、リンゴをかみ砕く音がする。それは、まるで鈴のように、りんと、おかしな音を立てた。

けれど、立香には関係ない。ただ、それを食べたいという欲求にかられた。

ふらふらと、それに手を伸ばすが、あっさりと阻まれてしまう。

 

「・・・・いいや、ボクたちはおなかがいっぱいなんだ。」

「あら、そうなの。残念ね。」

「うん、せっかくだけどごめんね。それじゃあ、また立ち寄るから。その時は怒らないようにハリーに言っておいて?」

 

コンラはそう言って、立香を乱雑に引っ張って森の奥に逃げ込んだ。

 

「マスター!?」

 

森の中ではすぐにグレイが近寄ってくる。そうして、立香は鼻の奥に残るような甘い匂いにへたり込んだ。不快では無いが、まるで酒に酔ったかのような気分だった。

 

「・・・・村がおかしいっていう意味、理解が出来た?」

「うん、そうだね。あれは、おかしい。」

 

立香は同意するように頷いた。

 

「村に行っても皆、警戒心は無いから危なくは無い。城からの使者も来ない。税の取り立ても。でも、皆違和感を持たない。そうして、おかしなことに。青年を父と呼ぶ老人がいて、老人を娘と呼ぶ女がいる。まるで、しっちゃかめっちゃかさ。」

「あの、リンゴは?」

「・・・わからない。村ではそれぞれリンゴの木を育ててるんだ。それはさっきのリンゴ。食べると皆、記憶を失うんだ。立香、この島のおかしな所、少しは知ることが出来たかい?」

 

にこやかに、けれど、どこか悲しそうな笑みに立香はこくりと頷いた。

 


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