悪い夢を見ているようだった。
そうだ、こんなのは悪い夢だ。
失せ物が戻ってきたとき、普通の人間ならどうするか。きっと、まるで二度と離さないというように慈しむのだろう。
が、自分は違った。
砕けるように、燃えるように、掠れるように亡くなったものが戻ってくるなんて気味の悪いことを受け入れられなかった。
なぜ、ある?
壊れたはずだ、亡くしたはずだ、二度と、手の中に帰ってきてはいけないはずだ。
けれど周りはそれを受け入れている。それこそが正しいと、これでいいのだと。
いくら言っても、周りはそれを不思議にだって思わない。自分が可笑しいことになっている。
自分はただの人間だ。平々凡々たる、どこにだっているような人間だ。
けれど、これは間違いだ。
自分は夢に浸れなかった、その優しい夢に浸れなかった。
忌々しい、青い瞳が自分にそれを突きつける。それがどれほどの偽りであるのか、まざまざと見せつける。
ああ、ああ、なんてことだ。なんていうものを押しつけられてしまったのか。
自分だってそのまま夢に浸っていたかったさ。いっそ、目をそらすことだって出来たのだ。
それでも、自分はしなかった。
なぜって、簡単だ。
自分は、きっと怒っていた。亡くしたものが帰ってきたのだと笑う奴らがひどく、憎らしかった。
だって、このままでは、亡くなったことさえも忘れられて、夢に目がくらんだ奴らに忘れられていくものたちが、あまりにも哀れだろう。
そうして、自分が当たり前のようにいたそこには、自分の仕えた男の妻も、そうして長い付き合いの同僚もいなかった。
変わらない日々の中で、当たり前のように生きる誰かの中で、彼らだけがいなかった。
彼らがどこにいるのか、理解したのは少しして。
だめだと思った。これでは、あまりにも不誠実だ。これでは、あまりにも残酷だ。
自分はただの男だ。どこにだっている男だ。
夢から覚めるのが怖い。このまま、皆が幸せな日々の中で生きられるのならそれでいいのかもしれない。
けれど、これではダメだと、自分にだってわかる。
こんな日々を、彼の人は何よりも嫌っていたはずだ。
だから、自分はそこから出た。誰も止めるものはいなかった。
外に出て、変わることも、変えられることもどれほどあるかわからなかったが。それでも、その夢に浸るばかりで、何もかもから目をそらす奴らの頬を一つ殴ってしまいたかった。
一人、彷徨うように歩いても、止めるものはいなかった。
その世界の王は、どこまでも、望むように生きろと自分のような端役に興味などなかったものだから。