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夢を見ている。ああ、まただと思った。藤丸立香はここに来てからすっかり慣れてしまったそれを前に立ち止まっていた。
そこは不思議と、枯れたいつもの大地ではなくて花びらの散る花畑だった。普段とはまったく違うその光景を意外に思う。
「おや?」
何かに話しかけられて振り向いた。そこには、何が立っていたのだろうか。
何かがいるのは理解できた。けれど、そこに何が立っているのか理解できなかった。
「ああ、そうか。私の方とはまだチャンネルが出来ていないんだね。まあ、あの子のお気に入りだというのだし。手荒なことをするのは止めておこう。」
「にしても、また困難な人生を歩む者だ。滅多にないほどに。いや、レアだね、まさしく。久方ぶりのケースだ。ふむ、新しいパターンは大歓迎さ。」
「ああ、すまない。誰かと話すなんてこと滅多に無くて興奮してしまった。だが、私の言葉なんて君には聞こえていないよね?」
「・・・でも、そうだ。せっかくここまで踏み込んできたのなら、少しぐらいは見てこようか?」
それはするりと立香に近づき、眼を、おそらく手で覆った。暖かくも、冷たくもない、何かに触れられ、立香は体を強ばらせた。けれど、その表現もしようも無い感覚はすぐに消えた。
そうして、気づけば、彼はぽつんと森の中に立っていた。濃い、翠の囲まれた森の中。
微かにせせらぎが聞こえる。
「ここは?」
思わず声を漏らせばその、影、といえるような黒いもやのそれはすっと何か、方向を指した。立香はその方向に視線を向ける。そこには、眠りこけたグレイがいた。
「グレイ!?」
驚いた立香が駆け寄った。木の根元に横たわるように眠るグレイを抱き起こすと、彼女は眠たそうに目をこすった。
「ます、たー?」
「グレイ、大丈夫?」
「・・・拙は、確か。あれ、お兄さんは。」
グレイはぐしぐしと目をこすったが、はっと気がつき立ち上がる。
「ここは・・・」
「ごめん、俺もここがどこか。俺たち、寝たよね?」
「はい、拙も寝ていて。先ほどまで、誰かと一緒にいたような・・・」
二人ははてりと首を傾げた。その時、また影が近づいてくる。そうして、二人の立つ場所から少し離れたところまで歩き、立ち止まる。
おいでと手招きをした。
「どうしましょうか?」
グレイの言葉に立香は少し黙り込んだ。だが、すぐにグレイの方を振り返った。
「行こう。何か、教えてくれようとしてるみたい。」
「・・・そうですね!」
二人はそのまま黒い影の後を追った。黒い影はまるで滑るように森の中を歩いて行く。
「そう言えば、グレイまた夢を見てたの?」
「はい。今回は、確か、金髪のお兄さんが、いたような。」
立香は森の中を歩きながら話を始めた。二人ともオークニーにやってきてからやたらと見るようになった夢についてコンラたちに相談はしていた。ただ、マーリンからそのままでいいとお墨付きを貰ってはいる。
曰く。
夢というのは昔から神に通じているものだからね。人は夢を介して、未来も、過去も、星の果てもさえも見通すことがある。何か意味があるかもしれないよ?
(でも、あの枯れた大地はなんなんだろうか。そうして、夢で見た、青い眼の人も。)
あれが自分たちに出会うべき魔女なのだろうか?
それさえもわかっていない。
(わかっていないことばっかりだな。)
頭が痛くなるような感覚だった。
「マスター、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。でも、どこまで行くんだろう?」
立香はちらりと黒い影の方を見た。それは変わらず、すいすいと森の間を抜けていく。
二人の間には、本当に付いて行っていいのだろうかという疑問が浮かんだ。けれど、すぐにそれは霧散するように消えていく。それは、自分たちに対して危害を加えないという確信があった。
そこで、ふと、影は立ち止まる。二人もそれに倣い止まった。視線の先、そこには簡素ではあるが立派な作りの教会が建っていた。
影はすっと、入れというように教会を指した。
「入れ、ということでしょうか?」
「みたいだね。」
立香はなんとか覚悟を決めて、教会に向かった。二人は重い扉を開け、中をのぞき込んだ。
中は非常に簡素なものだった。白い壁、白い床、椅子だとかそんなものはない。ただ、教会の真ん中には大きな、十字架が置かれていた。台座に建てられたその前に、鎧を纏った小柄な人影があった。
それは懺悔をするように、何かを呟いている。
「赦されない。赦してはいけない。」
その声に、覚えがあった。鈍色の鎧が震えていた。
「母上も、王も、城でただ、義務に殉じているのに。なら、私が、どうして、夢に浸る事なんて。けして、赦されてはいけないのに。」
「そうだ、拙は・・・」
グレイの声が聞こえてくる。けれど、立香はいつの間にか思っていたことを吐き出した。
「ガレスちゃん・・・」
己自身で吐き出したその言葉と共に、目の前に広がった光景がぷつりと消えた。
気づけば上も下もわからない闇の中に立っていた。そうして、目の前には覚えのある黒い影。
「ふふふ、どうだった?少しは謎に迫れたかな?でも、全部は教えられない。私がそういうことをすると余計に夢とうつつの境がわからなくなりそうだし。」
ずいっと自分に近寄ってきた影はなんだかわらっているように思えた。
「君は、誰?」
思わずそう問うたが、その影は特別な反応をすることは無かったが変わること無く話しかけてきていたようだった。
「“マーリン”として会うならいいんだけど。まあ、私自身に会う必要性は無いしね。そうだ、せっかくなら君の望む姿になるのもいいかな?久しぶりに仕事をするのも乙なものかな?」
何かがいる。ぼやけた、黒い影。恐ろしいだとかは思わない。それから感じるのはどこか興味深そうな好奇心。じっと見つめた後、それはゆっくりと自分に近づいてきた。
逃げるように体を動かそうとしたが、何故か茫然と立ち止まってしまっている。
「さあ、夢から覚める時間だよ。」
優しい声がした。懐かしい、本当に懐かしい、声がした。自分に微笑む、翠の瞳、そうして揺れた赤茶の髪が確かに、そこに。
(・・・・いい、夢では無いな。)
立香はぼんやりとヴィーの館の一室、長椅子に座って考えていた。グレイもまたぐったりとした様子で座っていた。
立香とグレイはその後、同じ瞬間に叫び声を上げながら飛び起きた。慌てたコンラとランスロットが飛び込んできたのもすぐだった。
『さて、それでは二人は夢で、ロット王の子であるはずのガレスを見たと。』
「うん。でも、よくわからない夢で。」
「ガレスが・・・」
「元々、ロット王って単語がある時点で彼の子どもがいる可能性は十分にあっただろう。」
コンラはどこか静かな面持ちで言った。それにランスロットはばつが悪いというか悲痛な顔で顔を下に向けた。
「ですが、その黒い影は何だったのでしょうか?」
『それについては大丈夫だよ。たぶん、私の管轄だけど大したことじゃない。でも、グレイ。君は以前にもガレスの夢を見たことがあるんだね?』
顔を下に向けていたグレイはそれにこくりと頷いた。
「ここに来てからよく夢は見ていたのですが。内容自体はぼんやりとしていました。でも、昨日の夜に見た夢で思い出したんです。確かにガレスさんが夢に出て。ずっと遊んでいたんですが。」
「遊んで?」
ランスロットが驚いたような顔をしていた。それにグレイは頷いた。
「はい、子どもの姿のガレスさんとずっと。でも、なぜ拙がそんな夢を見たんでしょうか?」
『・・・・何か、繋がりがあるのかもしれないね。思い当たるようなことは?』
マーリンの言葉にグレイは非常に思い悩むよう顔をした。
「あるには、あります。ですが、その。」
「出来るなら言ってくれると嬉しいよ。何か、手がかりがあるかもしれないし。」
その言葉にグレイは目を伏せて小さく口を開いた。
「・・・・私の家は、墓守の家だったのですが。その、初代が。嘘か真か、確信は言えませんが、ガウェインさんのお子だったと言われています。」
グレイは周りの見開かれた目にまた気まずさを覚えて顔を下に向けた。
自分の家系の話は、以前、母から聞いたことがあった。自分たちの村も、本当は純粋にアーサー王や、そうしてあの戦いで死んだ者たちを弔うためにあったのだという。
けれど、その目的が変わってしまったのは、いつの頃だったのだろうか。
王の器を作る、そんな、歪なものに成り果ててしまったのは、いつだったのだろうか。
アーサー王はいつか、国の危機に帰ってくる。迷える民を救うために、敵を打ち倒すために。楽園でその身を休めているのだと。
それは裏を返せば、彼の人が帰ってくるのは世界が滅ぶ時だけということだろう。それを聞いたグレイは、幼心にアーサー王が帰ってこないことを願った。
彼女はそっと自分の顔を覆った。
アーサー王にそっくりの顔。そうなった顔。もう、どこまでが自分で、どこまでがアーサー王のものなのか、わからない顔。
自分とは何者かというアイデンティティの崩壊、それを肯定する周り。当たり前だ、だってグレイは器なのだ。大事なのは外であって、中には意味が無い。
考え込むグレイの耳に、騒々しい声が飛んでくる。
『グレイ、君の事情は理解したよ。ただ、そうだね。君の話が正しいのなら、君と、そうしておそらくこの島にいるらしいロット王の子どもたちと何かしらのラインが出来ているのかもしれない。』
「ライン?」
「血のつながりというのは文字通りやっかいなものだということさ。普通ならばきれることのない確固たる繋がり。おそらく相当に薄くなっているだろうが。彼女の場合、どうも特殊な事情がある。もしも、また夢を見たのなら詳しいことを教えてくれるかい?」
「わかりました。」
『よし、それじゃあさっそくこれからのことを話そうじゃないか。さて、君達、よくやってくれた!な、な、なんと!円卓でも最強と名高いランスロット卿を召喚に成功したんだ。これ以上のことはない。』
「あの、彼がマーリンというのは、本当でしょうか?」
「あー一応ね。」
長椅子の後ろに佇んで、黙り込んでいたランスロットはおずおずというように立香に話しかけた。彼が苦笑混じりに頷けば、鏡の方をじっと見る。
(何か気になることでもあるの?)
(なんというか、やたらと気分がハイになっているというか。)
(確かに、高揚してはおられますね。)
『はいはい、ふざけてるのは認めるところだけどね。そこまで言われると悲しくなるんだけど?』
「君がふざけすぎてるのが悪いんじゃ無いのかい。マーリン?」
『まあ、ふざけないとやっていけないとわかってくれないか。コンラ?』
三人は少々ばつの悪そうな顔をしたが、すぐに鏡の方を見た。
『ランスロット卿を召喚したとしても状況の悪さは変わらない。おそらく、この特異点の理由である聖杯を持つだろう魔女の元に行く方法は見つかっていない。ただ、戦力が増えたのは確かだ。』
「禁足地にむかえる。」
コンラのつぶやきに立香はちらりと彼の方を見た。この特異点にある禁足地と言われるそれ。おそらく、この地の秘密が何かしら隠されているのだが、グリムと呼ばれる兵士がおり、近づけなかったと聞いている。
「そのグリム、というのはいったい?」
「この島にいる兵士だよ。人なのか、人じゃ無いのかは曖昧だけど。でも、島の中でも特定の場所にしかいないんだ。それが、この島でも三カ所。それが禁足地と俗に呼んでいる場所だよ。ただ、一つ言えるのは、その場所に何かの意味があるのは確かさ。」
『そういうことだよ。今はともかく行動さ。さて、出発しよう。いまだ、時間は多くはないのだから。』
だんと自分の腰がまた叩かれた。それにランスロットはちらりと自分の隣を見た。そこには、呆れた顔のコンラが立っていた。
現在、四人は何故か、距離的に一番に遠い禁足地に向かっていた。曰く、マーリンから近い場所であると隠れ家が見つかる可能性があるためとのことだった。
グレイと立香は前を歩いており、コンラとランスロットが後ろを歩いていた。
「お兄さん、グレイのこと見過ぎ。何か、思い当たることでもあるの?」
「いや・・・・」
「大方、君の友人のガウェイン卿の子どもの誰かしらに似てたんでしょ?」
図星を突かれてランスロットは黙り込んだ。頭のどこかで理解していたが、コンラの言葉にようやく理解した。
ローアル、ガウェインの末の娘。幼いときに会ったことがあった。髪の色や、あまりにも王に似た顔のせいで合致しなかったが、それでもランスロットは思い出した。少女の、美しい瞳のことを。
似ていた、それを理解すればするほどに自分の中で罪悪感を思い出した。
奪ってしまった、お転婆で、けれど優しいあの子から。
父を、兄を、叔父を、悉く奪ってしまった。
「・・・・未来に過去の面影を託すのは悪いことじゃないよ。愛おしいと言うそれは、確かに繋がった事への喜びがあるからね。でも、償いをグレイに向けるべきではないことぐらいは理解しているだろう、サー・ランスロット。」
「ああ・・・」
ランスロットとてわかっている。仮に、彼女が例え、ガウェインの子孫であるとして。今更、遠い昔のそれを向けられても困るだろう。ちらりと、目の前の少女を見た。
それによって胸の内に広がるのは喜びだ。
あの子が生き延びていた、ガウェインの血が、続いてくれたことが嬉しい。
ランスロットはそうだ、あの男のことがきっと好きだったものだから。だからこそ、己のなしたことを恥じている。恥じ、続けている。
壊したこと、滅ぼしたこと、それを、悔いている。国へ、民へ、王へ、同胞へ、そうして、彼の愛した騎士に。
ひどい罪だと、理解している。
「・・・・私は、間違えてしまった。多くのことを、間違えてしまった。あの過ちは、永遠に赦されることは無いだろう。」
「それは、君の不貞の話かい?」
ランスロットは力なく頷いた。それにコンラは呆れたような顔をした。
「サー・ランスロット、君ってさ。まさか、自分は絶対に間違えないとかって思ってたりする?」
「そんなことは・・・」
「君の行いは確かに間違いだったけれど。全てを救えるなんて都合のいい人間なんているはずがないんだよ。大体さあ、君、もしも
それにランスロットはぎろりとコンラを見た。それは幼い少年には不釣り合いな老いた目をしていた。
「ほらね。だからこそ、だよ。君は一等に幸せであって欲しいと想った誰かのために走ってしまった。あの時代、君達円卓はどうして、誰かのために血を浴びて、そうして戦い続けたのか。そんなの簡単だよ。自分の苦しみ、悲しみ、苦労の一つで大切な誰かが明日を生きてられると信じたからだろう。」
その大切な誰かが含まれない明日と、君の走った事実はきっと天秤には乗せても無駄なんだ。
ランスロットはそれを否定することも、けれど、肯定することも無く黙り込んだ。
ランスロットは己の狂行を間違いであったと思うし、悔いている。けれど、それでも、グィネヴィアという人に、あの国の贄になり続ける彼女に幸せになって欲しかった。愛して、しまった。
それは、それを、悔いることは出来ない。それだけは、悔いたくないとも思う。
「だが、私は罪のない人間を殺してしまった。」
「そうだ、それは永遠に悔い続けなければいけない。でも、あの日、君が大切な誰かのために、生きて欲しいと願って選択したことは間違いだとは思わないで欲しいよ。少なくとも、ボクはね。」
コンラはその後、ため息を吐いた。気だるそうに、どこともしれない場所を見る。
「大体、誰かの幸福を下地にした時点でそのしっぺ返しは来るものなんだよ。どんなものにも代価がいる。それも、与えられたものに比べれば圧倒的に莫大なものを請求されるのが常なんだ。」
コンラはランスロットの鎧をたんと叩いた。
「たぶん、これから君は君の殺した彼らに出会うよ。でも、サンドバッグになるなんてこと考えるなよ。」
「醜く弁明をしろということだろうか?」
「違うよ。何故、それをしたのか、そうしてしまった理由ぐらいは言えってこと。誰だって、自分が死んだ理由ぐらいは知りたいだろう。いや、納得がしたいんだ。納得が出来なければ思いっきり怒ることが出来る。でも、ランスロット。それでも、君は自分のなすべきことを忘れてはいけない。君は、何故、ここにいるのか。わかっているだろう?」
それにランスロットは少年を見た。コンラ、という名前は知識として自分に下ろされている。けれど、ランスロットの中に確実な疑問が改めて浮かんだ。
「君は、いったい・・・・」
「コンラ、ランスロット!」
ランスロットが何かを言おうとしたとき、立香のけたたましい声が響いた。それにコンラと、一瞬送れてランスロットが二人の元に走り出した。
二人が指さす方向には、川が流れていた。そうして、その岸に流れ着いた茶髪の青年が見えた。
遠目でも、その胸が微かに上下していることがわかった。
「生きて、ますよね?」
「立香、ボクが行ってもいいかい?」
それに立香は頷いた。コンラならば、何があっても回避することが出来るだろうと考えてだった。
川に近づき、そうして、コンラはうつ伏せに倒れた青年をのぞき込んだ。それにコンラは、うん?と顔を少しだけ傾げる。
「・・・・いや、まさか。」
ぼそぼそと立香たちに聞こえないほどの声でコンラは言った。
「ねえ、お兄さん、だいじょ・・・」
コンラが話しかけようとした時、倒れていた男の腕が伸びて、次の瞬間にはその首元を掴んだ。
「おっわ!?」
「コンラ!?」
木の影に隠れていた立香たちは叫んだ。コンラを掴んだのは、ひょろりと痩せた青年だった。
茶色の髪に青い瞳。大人しそうな外見のそれはギラギラとした目でコンラを見た。
「久しぶりですねえ、本当に!」
「ベ、ベルン・・・」
コンラは引き攣った顔で青年の名前を呼んだ。