ロット王は愛妻家   作:藤猫

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夢見る人たち

「てめえ、とんでもないものを押しつけて行かれやがりましたね!?」

「うわああああ!?ベルン、後生だから勘弁を!」

「え、ちょっと、待って!?」

 

ぎちぎち締め上げられるコンラに慌てて藤丸立香が叫んだ。それにランスロットが慌てて物陰から飛び出した。

 

「あの、申し訳ありません!その子を離していただけないか!?」

「・・・何でしょうか。私が用があるのは、この。」

「わ、わかった!ベルン、コンラは逃げはしない!用があるのなら、すぐに済ませよう!?」

 

据わった瞳のベルンと呼ばれた男はコンラの叫びにじっとりとした目を向けた。そうして、呆れたようにため息を吐き、その場に下ろした。

 

「そうですね。あなたの言うとおり、こんな、子どもに、わざわざ、大人げないことをしました。」

「い、いえ。それは、はい。」

「あー、うん。えっと、ランス。マスターたちのことを呼んできてくれないかい?」

 

ランス、と呼ばれ、ランスロットはコンラの言いたいことを理解した。自分の名前がどれほどまでに売れているかはわからなかったが、お世辞にも良い印象は受けないだろう。

ランスロットはそそくさとマスターたちの元に向かった。

 

「あ、ランスロット、大丈夫?」

「ええ、どうもコンラと彼は知り合いのようです。」

「大丈夫なのでしょうか?」

「マスターたちを呼んでくるように頼まれましたのでおそらくは信頼は置いているのだと思うのですが。」

「・・・そうか、なら話してみようか。」

「はい、あと、申し訳ありませんが私のことはランスと呼んでください。」

 

立香とグレイはランスロットの事情を察して頷いた。おずおずと三人は改めてベルンと呼ばれた青年とコンラの間にはなんとも言えない気まずい雰囲気があった。

 

「・・・えっと、その、いいですか?」

「あなたは?」

「今、コンラ君と行動している藤丸立香といいます。」

「私は、グレイです。」

「私は、ランスと。」

「立派な方々を連れていったいどこに行くので?」

 

ベルンは特別何かしらのことを説明するというふうもなくひたすらコンラをにらみ付けている。コンラもさすがに気まずさがあるのか、そっと視線をそらした。そうして、立香の方を見た。

 

「・・・・このずっと先にある立ち入りの禁止された所に。」

「は!?」

 

ベルンは目を見開き、驚いたような顔をした。そうして、改めて立香たちを見た。彼は、少しだけ静かな眼をした後、ため息を吐いた。

 

「それはそうですね。だって、あなたと共にいるんだから。そんなものは、当たり前のことだ。」

 

まるで吐き捨てるように彼は言った。そうして、立香たちを見た。

 

「ご無礼を。申し訳ありません、名も名乗らずに。私はベルン。このクソガキの古なじみ、です。この島の異常をなんとかしようと動かれていると思っても構いませんね。」

「はい、そうです。」

「そう、だから、その。話は、また今度に。」

「いえ、うちの村に寄っていってください。」

「え、村にですか?」

 

グレイの言葉にベルンは頷いた。

 

「あなたたちが言っている場所はここからそこそこ遠いですよ。馬がいますので、お貸しします。」

「え、べ、ベルン・・・」

「そこのクソガキにも用がありますので。」

 

ベルンはそう言うと、コンラの手を掴んで歩き出した。コンラはそれを断ることも出来ずにずるずると引きずられていく。その悲しげな顔に、立香は故郷で聞いたドナドナのメロディが頭で流れていく。

その哀愁漂う表情に立香は思わずランスロットとグレイを振り返った。

 

「ついて、行った方がいいですよね?」

「です、ね。」

「そうだね・・・」

 

三人はそのまま哀愁漂うコンラとベルンの後を追った。

 

 

たどり着いた村、といっていい場所はひどく貧相だった。コンラに連れられていった村に比べて個々の家が小さく貧相な印象を受けた。

村にはまばらに人間がおり、男だったり、女であったりと様々だ。そんな中、村に自分たちが入ってきたのを見たらしい男の一人が近づいてくる。

 

「ベルンさん、また死のうとしたんですか?」

 

掛けられた朗らかな言葉に反して、あまりにも違和感のある台詞に立香たちは目を丸くした。コンラもまた、驚いたように目を見開いていた。

 

「失敗しましたけれどね。」

「無駄なことしない方がいいですよ。あと、その人たちは?」

「この人たちも村になじめなかった人たちです。聞きたいことがたくさんあると思うので、後は頼みます。私は、このクソガキに聞きたいことがあるので。」

「ちょ、おま!」

「それでは、皆さん、あとは彼に聞いてください。」

 

ベルンはそう言ってさっさと村の奥に歩いて行く。立香たちはそれを追いかけようとしたがそれよりも先に男に止められた。

 

「よっす、あんたらが新しい住人だな。聞きたいことは俺に何でも聞いてくれ。」

「あの、ベルンさんは。」

「ああ、あの人なら大丈夫だよ。荒事からは一番遠い人だから。」

 

朗らかに笑う男に立香たちはひとまず、ベルンからまったく説明がなかったこともあり話を聞くことにした。自己紹介をした後、立香は口を開いた。

 

「すいません、ここはいったい?」

「ああ、ベルンさん、やっぱり何の話もしてないのか。あの人、少し話をしただけで、勘がいいのか全部察しちまうことがあるから。」

 

この村は、そうだな。他の村でなじめなかった奴をベルンさんが連れてきて作った村なんだよ。

・・・・あんたらだってわかるだろう、この島はおかしい。

俺か?俺は。

・・・・俺は、父親と母親と暮らしてたんだよ。そうだ、なんのおかしいこともない。来る日も、来る日も、畑に行って、耕して、今日もいい天気だなって思ってさ。

ある日、父親に言ったんだ、年寄りだからって無茶するなよって。それに、親父は失礼なって怒ってさ。お袋も、笑っててな。

そこで気づいたんだよ。隣り合った二人、皺が寄って年を取った母親の隣に俺と変わらない年の親父がいるんだよ。

・・・おかしいだろ?おかしいのに、それを伝えてもみんなわかんねえって顔すんの。

それで、どんどん、思い出してさ。

親父、俺がガキの頃に死んだんだよ。病気で、死んで、埋められて、今まで生きてきたのに。あの人がいない日を、生きてたのに。

おかしいよなあ。おかしいのに、それでも、お袋、幸せそうでさあ。

俺、そのせいで故郷に居づらくてさ。ふらふらと、そうだね。歩いてて、ベルンさんに拾われたんだ。

そんな感じ、俺の話はね。

 

 

あら、あなたは?

ああ、そうなの。あなたもなのね。私の話?私は、そうね。

私には兄がいたの。ちょっと意地の悪い人でね。私はお嫁に行ったから、両親と暮らしてる兄とはそんなに会わなかったの。

・・・おかしなことなんてないわよね。でも、ある日、会いにいって、話してて向かい合って話してたの。それで、ふと、ああ、目線が合わないなって気づいて。

それ、ふと、理解したの。

まだ、十才になるぐらいの子どもを、私はどうして兄と呼んでるんだろうって。

聞いたことはあったわ。私が生まれる前に死んだ、見たことも無い兄のこと。

思ったの、これは、なんなんだろうって。

本当に、あの子はなんだったのかしらね。気味が悪いとか、怖いとか、そんなことはなかったの。父も母も兄のことを、愛していたのでしょう。

・・・別に、養子を貰っただとか、そう思えばいいのかもしれない。でも、昔、ここに兄が眠っていると言われた、墓に何を思えばいいのかわからなくて。

結局、私は、夫の家での違和感にも耐えられずこんなところに。

そんな話ですね。

 

ベルンさんの話?

・・・なんでかな。ここじゃあ、死にたくても死ねないんだよ。

水に入ろうが岸に押し上げられ、首をつろうとすりゃ縄が切れ、ほかにもなんでもござれだ。ベルンさんはどうにかして死のうと頑張ってたんですよ。

理由?

さあ、知る必要も無いでしょう。

 

 

出会う人たちは語っていく。ここにいるからこそ、そうして、皆が笑っているのに自分たちがひどく違和感があって。そうして、ここにいること。

 

「・・・話は聞けましたが。」

「うん、違和感がある人と、無い人の違いって何だろう?」

「その前に生活に紛れ込んでいる、姿の変わらない死者はいったい何なのでしょうか?」

「拙が思うに、村々で見た人たちはおそらく死者ではないのだと思います。」

「なら、何かが死者に化けている、のかな?」

「それがおそらく一番妥当なものかと。」

「話は終りましたか?」

 

三人はベルンの家だという場所の前で話し込んでいるとぐったりとしたコンラを連れたベルンがやってきた。

 

「ベルンさん!」

「申し訳ありません。頭に血が上って不躾な態度をとってしまいました。」

「い、いえ、そんなことは。」

 

グレイがそう行っている隣で立香はすっかりしわしわになっているコンラに目を向けた。何の話をしていたのかはわからないが相当絞られたのはわかった。

 

「ベルンさんは、コンラと知り合いなんですか?」

「ええ、以前頼まれごとをしたんですが。それがひどいもので。まあ、もういいんです。それで、この村については理解されましたか?」

「はい、皆さんの話は聞いて回りました。ベルンさんも違和感があって村から出られたんですか?」

「・・・・そうですね。いつものように仕事をして、ですが、ふと、違和感を覚えて。まあ、城から文官が飛び出しても追っ手も来ないんですから、この島は狂っているんでしょうけどね。」

 

不機嫌そうな声に立香は目を丸くした。

 

「城にいたんですか?」

「ええ。といっても、私も今では城に帰ることはできませんよ。グリムたちが城から出ようとしていたときに紛れて出ただけなので。」

「あの、なら王には会われたんですか?」

 

おずおずとそう問うとベルンは顔をしかめた。

 

「・・・さあ、私は会ったことはありませんよ。あなたの会った、赤毛の馬鹿なら会ったこともあるんでしょうがね。」

「あなたは彼について知っておられるんですか?」

 

ランスロットの言葉にベルンはちらりとコンラを見た。そうして、ため息をついた。

 

「あれはアーサー王に仕えていたというラモラックという男とは別人ですよ。ロット王の、陛下の忠犬で。諸事情で己の名前を嫌っていたので、仲間内ではダイル、と呼ばれていましたが。」

「この地にあんなにも強い騎士がいるとは。」

「・・・誰も彼もが栄光を願い、アーサー王への忠を誓うわけでは無いでしょう。」

 

ランスロットはそれに少しだけばつの悪い顔をした。

はあとため息をついたベルンは、ちらりと自分の後ろで気まずそうに体を縮めたコンラを見た。

 

「今日はともかく一度、休んでから出発しましょう。」

「ベルンさんも来るんですか?」

「ええ、ここら辺の道は私が何よりも知っていますし。それに。」

 

ベルンは少しだけ視線を下にそらした。

それを立香は苦い顔だと思った、寂しい顔だと思った、そうして、どこか、思いっきり笑うように、やたらとすがすがしい顔だと思った。

 

「ええ、だって。少なくとも私はこの国で生きているんです。蚊帳の外なんてそれほどまでに腹が立つ事なんてないでしょう?」

 

 

 

立香は眠れるままにベッドに転がっていた。通されたベルンの家は、粗末なものだったが寒さを凌げるという点では十分にありがたいものだった。夜ではないからときっちりと締め切られた窓辺から差し込む光がまぶしい。

立香はその時、村人との話を思い出していた。

 

その時、立香は、どこかで感じていた、夢見心地というものが薄れていく気がした。

この島に来て、この、オークニーという場所に来て、立香はふと、自分が今まで何よりもここに住まう誰かと関わっていないことに気づいた。

最初の村でこの島にはびこる違和感が何かを理解してから、コンラは執拗に村を避けていた。それは、偏に寄る必要性というものが薄かったのだろう。

ただ、改めて、立香は久方ぶりにこの島で生きている人たちと話をした。

 

彼らはひどく自分たちの家族や、そうして己たちのことを呆れているようだった。

 

みんな、幸せなんだって。

父も、母も、死んだはずの人を、それはそれは嬉しそうに受け入れていて。

それを、嬉しいことだと思ったんだ。

でもね。

それでもね。

ああ、どうしてだろうかな。

私は、俺は、ボクは、自分は、その人が眠る墓をみて、ならここにいるのは誰なんだろうと。

寂しくて、仕方が無いんだ。

 

村にいる人たちは、そうやって戻ってきた死者たちを嫌悪しているわけでは無かった。恐れているわけでは無かった。哀れんでいるわけでは無かった。

ただ、ただ、皆が皆、語るのだ。

帰ってきた人たちは、本当に、愛しい誰かで。でも、その人が眠る墓を暴いて、そこに、まだ眠っていたのなら。

私たちは、とても、とても、ひどいことをしている気がするのだと。

 

立香はそれに、少しだけ、言いたいことがわかる気がした。

自分を救うのは、きっと大事なことなのだ。藤丸立香は、誰かへの、そうして、滅ぼしてしまった何かに対して、せめて誠実でありたいと思っている。

取るに足らない、ちっぽけな自分がせめて張っている意地なのだ。

失ったものは取り戻せない。お別れはやってくる。それでも、お別れしてしまった、優しくて、残酷で、意気地なしの彼にもう一度だけ会えたのなら、笑い合うことが出来たのなら。

それは、いつか、夢見てしまうことなのだ。

寂しさだとか、悲しいだとか、そんなことで、夢見てしまうことなのだ。

いつだって振り返ってしまう。過去はどこまでも優しくて、いつだって自分の側にいてくれる。けれど、自分たちがけして前に歩いて行くしか無いこともわかっている。

立香はそれに、言った。

 

「そうですね、それは、きっと。残してきた誰かが救われるためでも。きっと、それはとても寂しいことですね。」

 

それに彼らは少しだけ淡く笑って、そうだと頷いた。

 

ええ、そうです。そうだろう。大好きな人たちが笑っているけれど。自分が忘れられていくのは、それはきっと寂しいことだ。

 

立香はそれでも、改めて、自分がその幸せを壊すことを自覚する。

死した者は蘇らず、ただ事実だけが積み上がっていく。立香は、それをまた、背負わなくてはと思う。

今までの、村。一どだけ触れた、歪な人たち。けれど、彼らは確かに幸せそうで。そうして、この村で話した誰かたちのことを思い出す。

自分たちはその夢に浸れなかったけれど、それでも、みんな、笑っていたのだと。

穏やかに、微笑んでいた。

そうだ、全ては今更で。きっと、また、背負っていこうと思う荷物が増えるだけで。

 

こんこん。

 

ノックの音に、立香は起き上がる。

 

「どうぞ。」

 

そう声をかけると、非常に気まずそうな顔のコンラが入ってきた。

 

「・・・ごめん、起こした?」

「えっと、ううん。眠れてなかったから。」

「そうか、いや、ごめんね。今日は何も話さずにここまで連れてきちゃったし。お詫びにね。」

「え、ううん。俺も協力して貰ってるし。それに。」

 

言葉を切った立香にコンラは少し黙り込んで、部屋に入ってくる。そうして、無遠慮に立香に問うた。

 

「・・・・この島で起こってることを解決するのが後ろめたい?」

 

唐突にぶつけるように言ってきたそれに立香は黙り込んだ。そうして、口を次に開く。

 

「それでも、やらなくちゃいけないんだと思う。」

「・・・・立香が苦しいなんて思う必要は無いよ。」

 

コンラはしかめっ面のままで言った。まるでひどく苦い薬でも飲み込んだかのような顔だった。

 

「それは・・・」

「大体さ、みんな期待しすぎなんだよ。人が作ったものなんだ。なら、国だっていつかは滅びる。それに良いも悪いもないんだ。ただ、タイミングと瞬間でほころびが出てくる。誰もそんなことを望んでないんだ。でも、人間はいつまでもその日々が終らないって信じてるものだから。」

 

ため息を吐いた彼に立香はおそるおそる聞いた。

 

「怒ってるの?」

「・・・怒ってる、のもあるよ。あのね、立香。国を保つのってものすごい大変なんだよ。その時期の季節とか、災害とか、病気の対策に、食料。もちろん、他国との外交。これをさ、そりゃあ部下がいるといっても、たった一人で考えるんだよ。ほんと、王様って職業は狂ってる。」

「う、うん?」

 

愚痴を吐き出すコンラに立香は困惑しながら頷いた。

 

「それでも、民も、そうして領主だとかは王のそれを当たり前だと思ってる。そうだよね、だって、そのために教育されて、そのために整えられたんだから。でもさ、たった一人の贄によって保たれる世界なんて滅んで当たり前なんだよ。元より、一人の行いによってゆらぐ程度の強度なら壊れることは大前提だった。それを、みんな、わかっていなかったんだ。」

 

懺悔するように吐き捨てたコンラははあとため息をついた。

 

「ごめん、思いっきり話がそれちゃったね。」

「いいや、良いんだけど。でも、コンラは一体、誰の話をしているの?」

 

それは当然の帰結だった。コンラは肩をすくめた。

 

「マーリンに聞いた、王様の話だよ。ボクが言いたいのは、そうだ。君が滅ぼした世界への業を君一人で背負わなくて良いって言いたいんだよ。」

 

立香はそれに少しだけ黙り込んだ。そうして、わかったと言おうとしたけれど、コンラはそれにかぶせるように言った。

 

「この世界を滅ぼすのは、ボクであって藤丸立香、君ではない。それだけは、君に背負われるわけにはいかないんだ。」

「・・・・コンラ、君は一体、誰なんだ?」

 

立香の言葉にコンラはにこりと微笑んだ。

 

「君が見ているままだよ。今言えるのは、それだけなんだ。」

 

 

 

 

 

 

「おや、また来たのかい。いいことだ。段々とこちらとのチャンネルが繋がっていると言うことだからね。私は残念ながら、死人とは繋がりを持てないんだよ。ほら、死人はユメを見ないから。」

 

また、黒い影が自分に親しげに話しかけてくる。それはなんなのかとじっと、自分をみているそれは、そのまま話し始める。

 

「私がサポートをする上では君の存在は不可欠だったからね。さて、そうだ、そろそろヒントをあげようか。どんな夢も、いつかは終わる必要があるのだから。」

 

影が、変わる。そこにいたのは、美しい女性だった。

白銀の髪、夢を見るような美しい瞳。誰かに似ている。そうだ、誰かに、似ている。

 

「やあ、そんな顔をしなくていい。ようやく、君とまともに会うことができたんだ。だが、時間があまりにもない。だからこそ、手早く聞いておきなさい。」

 

死人が黄泉がえり、恵みに溢れたこの地は夢のようだ。それなら、夢を壊しなさい。自らで、夢から抜け出すために、常若の地のリンゴを焼き払い、そうして、その心を砕くといい。

 

女は、そうだ、マーリンによく似た女はにっこりと笑った。

 

「心して聞いておくれ。」

 

君はこれから心を三つ砕かなくてはいけない。砕くのに必要なのは、己を殺した騎士への問い、そうして己自身で夢から覚めると誓うこと。

 

疑問を持つものは己の中に答えを持っている。

断罪を望むものは同調を隠している。

そして、自分に行われたことへの咎を持たぬ者は罰を望んでいない。

 

忘れてはいけないよ、彼らはすでに理解している。何よりも、この夢が続く限り、己の愛したものが孤独にあるという事実を。

だからこそ、彼らは、夢から覚めることを望んでいるのだと。

 

女はそう言って微笑んだ。何よりも、誰よりも、優しげに、穏やかに微笑んでいた。


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