また、いただけると嬉しいです。
次でようやく一つ目の山場です。
「・・・・マーリンって、女性だったけ?」
「・・・・違ったと思います。」
茫然と二人は寝起きのままに呟いた。それをランスロットが気遣わしげに見ていた。
「・・・アーサー王に仕えてた魔術師のことですか?確か、男性でしたよ。彼の人の浮名はこちらまで流れてきてましたから。」
こんな北の国にまで流れていたその事実を聞き流しながら立香はため息をついた。
昨夜の夢、唐突に現れた女性の姿にぐったりと立香はため息を吐いた。明らかにマーリンに似た女性は、プロトアーサーに聞いていたプロトマーリンの特徴をとらえているように思えた。
疲れ切ったグレイを見ると、彼女もまたぐったりとうなっていた。
「まあ、いいですがそれよりもさっさと出発しましょう。」
ベルンはそう言って馬を三頭連れてきた。
ランスロットの馬には立香が、コンラの馬にはグレイが、そうしてベルンが一人で馬に乗っている。
「そろそろ着きますよ!」
その言葉に立香は体を強ばらせた、ちらりと、コンラを見た。彼は堅い表情で前を見ていた。
濃い緑の中を駆けていけば、ベルンがそういった。何かしらの目印があるというわけではないが、彼はまるでわかりきった場所を進むように馬を操る。
ベルンの言葉通り、森はどこかどんどんうっそうと茂っているように見えた。
その時だ、コンラが目を見開いた。
「・・・おい、ラモラックたちが来てるぞ!」
その言葉に振り返れば遠目に見ても明らかな軍勢が後ろに近づいてきていた。
それに対してベルンが叫んだ。
「後は私がなんとかします!」
「え!?」
思わず叫んだそれにコンラがちらりとベルンを見た。それに彼は覚悟を決めたような顔をしていた。
「ランス!このまままっすぐ行くぞ!」
「だが!」
「先に打ち合わせはしといた!さっさと行くぞ!立香!文句は後で聞く!ただ、今は、このまま行かせてくれ!」
それに立香は一瞬ためらうが、それでも、行ってと叫んだ。
ベルンはそれに何も見ることも無く、馬を反転させてそのままラモラックたちの方に突っ込んでいった。
ベルンは走った。ただ、馬を駆けて自分たちを追ってくる集団、武装をしたかつての同胞たちの元に向かう。ラモラックがそれに自分を避けようと馬を操ろうとした。
けれど、ベルンは残念ながらそれらの行動などあっさりと見抜いていた。
それらは自分を害することなどない。何よりも、どうせ、死ぬことさえもないのだと理解できていた。
だからこそ、ベルンは、馬上から飛んだ。それにラモラックの顔が驚愕に染まったことは理解できた。タイミングは完璧だった。丁度、ラモラックに飛びつくようなタイミング。
「ダイル!」
皮肉でも何でも無くて、ただ、昔なじみの名前を呼んだ。それにラモラックは、ダイルは茫然としながらもベルンに手を伸ばした。
わかっていた。
そうだ、お前は。
「そういう人ですよ!」
ベルンはそう言って自分を抱き留めたラモラックを馬から引きずり下ろすために体をひねった。
目論見通り、ラモラックはそのまま地面に転がり落ちた。
「貴様!」
「は!何を怒るんですかねえ!この、意地っ張りが!」
ラモラックとベルンのそれに周りにいたグリムがその諍いを止めるべきか、悩む素振りをした。けれど、幾人かはコンラたちの後を追おうとする。
それにベルンが叫んだ。
「逃がすと思いますか!?」
その言葉と同時に、彼らを取り巻く木々がざわりと揺れた。そうして、地面からうねる尾のように根がグリムを絡め取る。
それラモラックは目を見開いた。ベルンはその騒動に紛れて、ラモラックたちから距離を取る。
「ベルン、貴様はただの人間のはずだ!魔術師でも何でも無い、ただの!」
それにベルンはやけっぱちのように笑った。
「ええ、ええ、ええ!そうですよ、こちとら生まれてこの方、なんのわけもないただの人間ですよ!それを、あのくそったれな陛下のせいでめちゃくちゃですよ!本当に!」
「・・・陛下、だと?」
「遺言が自分一人にしか無かったとか、そんな、舐めたことを思わないでくださいよ?」
ベルンはそう言った後、己の右目を覆った。
「何も知らないと、私が、本当に何も知らないと思っておいでなのですかね?馬鹿ダイル!」
「貴様が知った口をきくか!?城を出て、貴様が!いったい、何を!」
「ええ、皮肉なことに知っていますよ!この国の意味を、この、妃様が見ている夢だと、理解なんてしていますよ!愚かなことをと!」
「陛下は我らを幸福に、守ろうとされていた!あの方の願いを守るために、妃様がどれだけ必死なのか、努力をされているのか。夢から覚めた貴様を!あの方は赦したのだぞ!それを、それを!」
怒り狂うラモラックに呼応するように、周りのグリムたちが殺意を漂わせてベルンを見た。それに、ベルンは皮肉そうに笑った。
「そんなの知りませんよ。誰が夢など見せろと言った、誰が、この腐りかけた世界の延命なんて頼むものか!」
「殺せ!」
咄嗟に叫んだラモラックの言葉の後に、ベルンの瞳が、右の青い瞳が、光る。白い三角が浮かび上がったその瞳が、ラモラックと、そうしてグリムを見た。
「―――事象・存在認識。お前に軌跡は存在しない!」
がちゃんと、何かの割れる音がした。周りの景色が、まるで鏡に映った虚像であったかのごとく、砕けていく。そうして、砕けた先の暗闇の中にグリムとラモラックが落ちていく。
ベルンはそのまま崩れ落ちる。一瞬だけ目をそらした隙に、砕けたはずの景色は何も無かったかのように戻っていた。
ベルンはごほごほと勢いよく咳き込んだ。手にべったりと吐いた血を忌々しそうに見つめた。
「・・・これで、いいんですか?」
「おや、不機嫌そうだね。」
ベルンの頭上で何かが言葉を発した。ベルンが気だるそうに顔を上げた先、そこには美しい銀の髪をした、女がいた。
「・・・リリス。」
「そんな顔をしないでよ。でも、さすがにその目を君が使いこなすのは難しいね。」
「もとより、あなたがこの眼の使い方を教えたんでしょう?」
「ふふふふ、それはそうだね。元々、その目自体、私が彼にあげたものだからね。いや、面白いね。」
銀の髪、白いゆったりとした衣服、美しい顔立ち。そうして、光の加減で色の変わる、瞳。
まるで夢のように美しいじゃないか。
けれど、ベルンはそれに頭を振る。その瞳が告げている。それは、けして、そんなものでないことを、確かに告げている。
「君達の持つクオリアとは興味深い。ああでも、その非効率的なメソッドに関してはいただけないかも。君の王は、素直でありすぎた。真を求めた彼は、与えられたものを言われたままに使うだけだった。でも、君は違った。」
「だから、あんたが私に教えたんでしょうが。」
「そうだけどね。まあ、これからが本番だよ。君の瞳によってラモラックたちは現実世界に戻った。これから、あちらからの干渉は避けられる。本当の意味での戦いはこれからだ。君も、ちゃんと仕事をしてくれよ?」
「・・・わかっていますよ。」
「結構だ。まあ、私もようやく星見の少年と、そうして、遺された血と接触も成功しているし。このままなら、あと二つ、滅びのためのトリガーを呼び寄せられるだろう。」
「あなた、本当になんなんですか?」
それにリリスと呼ばれた女はきょとんとした顔をした後、にっこりと微笑んだ。
「ふむ、私は君達の苦痛からの逃避であり、ありえざるものへの焦がれであり、暗闇での光。そうして、触れることの叶わない希望、君達を見つめる全知、そうして、ただ君達を肯定することも、否定することも無い理解者だ。君の視覚下において投影された姿さえも、ただ、気まぐれに見ている幻にしか過ぎない。」
それにベルンは吐き出した血を拭いながら呆れた顔をした。幾度も聞いたその説明は、きいていてわからない。
「やっぱり、意味がわかりませんよ。」
「それはそうだ、君程度に理解されては困るよ。私は君達を理解しているし、知っているけれど共感しているわけではないからね。だから、君は私と仲良くしようとしなくていい。私が君に関わっているのは、偏に、君を動かすことで私の願う結末にたどり着けるだろうから、それが一番なんだよ。」
リリスは、くるりとターンをした。
「さあ、忙しくなるよ。もっとも、それは藤丸立香たちが楔を殺すことが出来たらの話ではあるけれどね。」
「してもらわないと困るんですがね。」
ベルンはそういってふらふらと立ち上がる。それにリリスは微笑んだ。
その姿形さえも、そうして、名前さえも、本当の意味で彼女、または彼のものではなかった。けれど、どうだっていい。姿も、名前も、それのものではなかったが、同時にそれには示す名も、そうして姿さえも無いのは事実であった。
目の前の男、ベルンとここまで関わっているのは偏に、彼がロット王の持っていた瞳の現所有者であり、そうして、少なくとも今を生きている人間だったからだ。
「それでいい。彼には彼の、君には君の役目がある。死者には死者なりのやり方があるけれど。でも、ね。」
世界を変えるのはいつだって生者の役割なのさ。
ベルンは興味が無いように首をすくめて、己のやるべき事のために歩き出した。それにリリスはにんまりと笑うと、ふっとそのまま姿を消した。
森を進む。ただ、森の中を進み続ける。
進んで、進んで、そうして立香とグレイは気づいた。どこか、その景色に見覚えがあることに。
夢の中で、影に連れて行かれた、どこか。
(そうだ、もうすぐ。)
そう思ったとき、立香たちは開けた場所にたどり着いた。
ぽつんと、開けたその場所。
さんさんと柔らかな日の光の下で、教会が、ぽつんと建っている。
コンラはそれに馬を下りた。そうして、皆に馬を下りるように促した。
「・・・行こう。」
「コンラ!それはあまりにも危険すぎる!まず、私が様子見を。」
「いいや、誰が行っても、あの中にあるのが何なのかは変わらないんだ。」
「それはどんな意味だ?」
ランスロットは警戒のためか、コンラをにらみ付けた。けれど、その間に割って入るように立香は馬から下りてコンラに声をかけた。
「ねえ、コンラ。」
「なんだい?」
「行こう。」
コンラはそれに驚いた顔をした。追求でも、責めるわけでも無く、ただ、コンラの言葉に従って先に進もうとする彼に驚くことしか出来なかった。
「あの、マスター。コンラの提案に乗られるんですか?」
グレイがおそるおそる聞いた。それに、立香は頷いた。
「うん、乗る。」
「何故?」
思わずというように言ったコンラに、立香は平然と返した。
「君はそれでも、これからすることを罪と言って、そうして自分で背負うと決めていたから。」
それにコンラは目を伏せ、くちびるを噛んだ。
英雄とは、報われるものなのだろうか?
立香は、いつかに考えたことがあった。カルデアという場所には多くの英雄がいた。
遠い昔にいた、輝かしいまでの星のような人たち。
彼らは、賢く、強く、慈悲があり、そうして、それと同時に愚かで、悲しくて、残酷だった。
心のどこかで、その偉業を称えていたし、そんなふうに生きなくても良かったんじゃないかなんて、ただの少年の心は思っていた。
なした偉業には、それ相応の業があった。
英雄になりたくて、英雄になり果てたものがいた。そうして、そんなことを望まずに、ただ、いつのまにかたどり着いてしまったものがいた。
自分は、けして、英雄ではない。
立香はそれを知っている。
彼には大志などはなく、全てを捨て去る狂気も無い。ただ、自分がここにいるのは、あの日、生きたいと願ったから、誰かに生きて欲しいと願ったから。
そうして、きっと、いつかに見た、真白の中に浮かんだ、青があまりにも美しかったものだから。だから、ここまで来てしまった。
コンラという少年の言った言葉を思い出す。
彼は王というそれに呆れていた、人というものへの哀れみがあった。けれど、それ以上に、彼はきっと人が生きようと願って足掻き続け、その結果に産まれた希望を愛しているように思えた。
「この場所の滅びを被るのが君であるとしても、俺はそれを見届けたいんだ。」
コンラはそれに少しだけ黙った後、微かに、ありがとうと言った。
きいと、何のためらいも無く扉が開く。
中は、あの日、グレイと立香が見た通り、空っぽに等しかった。その、教会内に枝を伸ばした、大木を見るまでは。
「・・・誰、ですか?」
掠れた、少女の声がした。教会の奥、その床から直接生えているだろう木に視線がいったが、その声に我に返る。
声のした方に視線を向ける。そこには、大きな、台に置かれた十字架。そうして、鎧を纏った、小さな体躯。
ランスロットが声をのむのがわかった。
それは振り返る。そうすれば、鎧の隙間、兜から幼いかんばせが見えた。こぼれ落ちる金の髪、そうして、まろい頬。
そうして、彼女の家族が何よりも愛した、翠の瞳。
色あせた、淀んだ瞳で、彼女は教会に入ってきた立香たちを見た。
一人一人の姿を確認し、そうして、最後に黄昏色を纏う男を見た。
「あ・・・・」
掠れた声がした。それは、いったいどちらの声だったのだろうか。コンラはランスロットの方をちらりと見た。そうして、口を開く。
「やあ、サー・ガレス。祈りの途中にごめんね。ただ、ボクたちにもそれ相応の理由がある。」
「あなたが、ラモラックの言っていた、侵入者の。」
コンラははっきりと己を認識した翠の瞳から逃れるように視線を一瞬そらし、そうして、改めて彼女を見た。
「侵入者か。いや、そうだね。ボクはコンラ、この島の異物だ。だからこそ、ここに来た理由はわかるよね?」
それにガレスは全てを覚るかのように目を見開いた。そうして、目を伏せた。
「・・・・この島を、この夢を、滅ぼすと、言われるんですか?」
「そうだね。」
立香は続けるように言った。ガレスはそれに、ランスロットの方を見た。落ちくぼんだ、まるで、わらにも縋るような眼だった。
「サー・ランスロット。あなたは、違いますよね?あなたは、あなたには、そんなことは出来ませんよね?」
それにランスロットはまるで心臓をえぐられたかのように肩をふるわせた。
「みんな、笑ってます。みんな、もう、悲しくも、おなかが空くわけでも、苦しくだってないんです!なら、間違ってないんです!ここには、ここには、家族がみんな、いるんです!なら、そんなことを、しませんよね?」
あなただけは、絶対に。
紡いだ言葉にランスロットがガレスを見たとき、ばん、と音がした。誰かが、腰を叩いたのだ。それに、ランスロットはその手の持ち主を見た。
「言っただろうが、てめえは騎士なんだ。守るべき者と、己の業を間違えるな。」
冷たく吐かれたそれに、ランスロットは構えた。
「すまない、サー・ガレス!」
ガレスの瞳が見開かれた。そうして、殺意と言えるようなそれが辺りに吹き上がる。それに立香は令呪の宿った手を構える。
「ならば!ならば!私を倒してみせろ!不躾に、母上の夢を、兄上たちの祈りを!そうして、私の贖罪を邪魔するなら、私はそれを絶対に赦さない!」
魔力の渦が辺りに沸き起こる。そうして、ガレスはランスロットを見た。そうして、叫んだ。
「サー・ランスロット!何故、あなたは、私を、私の大切な人たちを殺したのですか!?」