ロット王は愛妻家   作:藤猫

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普段よりも二倍、切りの良いところできれたかな。
なかなか進まないので、もう、書きたいとこだけ書いていく意識で行きます。


感想、評価、ありがとうございます。また、いただけましたら嬉しいです。


白き手よ、眼を覚ませ

 

 

最初に自分というものが、ガレスというそれが召喚されたとき、目の前にいた彼女は、魔女はガレスのことを抱きしめてくれた。

何も言わずに、何も感情を見せることは無く、ただ、抱きしめてくれた。

 

暖かくて、柔らかくて、いつかに、故郷でしてくれたかのような、手つきだった。

なぜ、自分がここにいるのかなんてわからなくて。

それでも、自分が死んでしまったことだけは覚えていた。

 

母上、母上、怒っていたでしょう。私のような、親不孝者を。

母上、母上、ごめんなさい。あなたを置いていってしまって。

母上、母上、それでも、美しいものを、見たんです。

母上、母上、だから、私は。

 

喉の奥から幾重も言葉が湧き出て、最初に発する声が出てこなかった。なぜ、自分はここにいるのだろうか、何故、呼ばれたのだろうか。

そんなことは後にすれば良い。今は、ただ、そこに。

 

「ガレス、お前はもう、何もしなくていいんだ。」

「母上?」

 

何を言っているのだろうか、そう思ったとき。母は、ただ、穏やかに笑っていた。

そうして、ガレスはそのまま夢の中に落ちていった。

 

 

 

 

だんと、何かが、鈍くたたき付けられる音がした。

コンラはそれに自分の隣に立っていたランスロットが後方に吹っ飛ばされたことを理解した。

 

「グレイ!」

 

立香の言葉にグレイが応援に走る。コンラはそれに舌打ちをしたくなった。

ガレスの言葉に明らかに動揺していた。

 

(そこまで脆くは無いだろうけど。)

 

「ヴィー!」

「・・・・いいの、私のこと使っても?」

 

何も無い場所から現れた少女に、ヴィーにコンラは言った。

 

「いいや、いいんだ。立香の守りを頼む。」

「わかった。」

 

ヴィーはコンラの頬にくちびるを押しつけた。

 

「頑張ってね。」

 

コンラは立香の元に向かった。抜いた大剣を持ってガレスの元に向かった。

 

 

「サー・ランスロット、応えることが出来るのなら答えるがいい!あの日の蛮行を、あの日の愚行を、どう釈明するというのか!」

 

ランスロットは壁にめり込んだまま、青白い顔でガレスを見ていた。

そう言われても仕方が無いことを己はなしたのだ。腕が震える。体が固まる。

何かを、発しなければ。何か、何か、そうだ、言葉を。

 

そんな資格がどこにある?

 

ランスロットはその場で、己が、なさなくてはいけないことも度外視に、ガレスの猛攻を受けていた。

そこにグレイが飛び込んできた。ガレスのランスを受け流し、大鎌を振ってガレスを弾き飛ばす。

 

「邪魔をしないでください。あなたは次に相手をします。」

「・・・ガレスさん。」

 

グレイは何か、思い悩むような顔をした後、ガレスに飛びかかる。グレイは鎌を振り、ガレスに斬りかかる。が、ガレスはそれをランスで受け止める。そうして、ランスを床につきたて、それを軸にグレイを蹴り飛ばした。

そこにコンラが彼女に飛びかかった。大剣とランスが打ち合う音が響いた。

立香は咄嗟に吹っ飛ばされたグレイの方に向かった。ランスロットは戦う二人に近い位置におり、近づくことは難しかった。

 

「グレイ!」

「・・・マスター、すみません。」

「戦いに身が入っていないね。」

「ヴィーさん?」

「私のことは気にしないで。ほら、強化ぐらいはできるから。」

 

それにグレイは自分の体に活力がみなぎる。その時、遠くでガレスの声がした。

 

「どうして邪魔をする!?あなたには関係ないはずだ!」

「・・・・関係ないか。」

 

ガレスは自分に立ちはだかるように立つコンラを睨んだ。コンラはそれに立ちすくんだ。懺悔するように瞳を一瞬閉じた後、ぐっとガレスを見た。

 

「君は、本当に幸せなのかい?」

 

簡素にそう言い放った。コンラの言葉に、ガレスの目が見開かれた。まるで、まるで、望みを全て砕かれた少女のような顔だった。

拙い顔で、それはコンラを見ていた。

 

「ずっとここにたった一人。ただ、君はここで、何を懺悔しているんだ。何を、その十字架に祈っているんだ。」

誰かを贄に叶う夢はいつか、しっぺ返しをもたらす。

 

ガレスはそれにやけくそのように叫んだ。

 

「母上の望みだから!ここは、母上の夢だから。なら、なら、私は、それを叶える!それこそが、母上の望みが叶うことこそが、私の幸福だ!」

 

そうしなければならない。そうでなければならない。

それが、ただ、ガレスに唯一残った贖罪だった。それにコンラはだんと床に足をたたき付けるように踏みしめた。

それにガレスはびくりと体を震わせた。それほどまでに、その足音は重く響いた。

 

「はき違えるな、サー・ガレス。俺が問うたのは、貴様の幸福だ。騎士である前に、お前はただの人間だ。ただの一個人だ。己の幸福も、業も、行いも、誰にも押しつけるなどできん。お前の願いを、俺は問うたのだ!」

 

ガレスはそれに何故か叱られた子どものような顔をした。けれど、その弱さを振り絞るようにガレスはコンラに向かった。

 

「私は、私はガレス!この、オークニーの王の子!この夢を守る、それが、私に望まれた役目!前は、出来なかった!なら、なら、せめて、今回は!私はこのオークニーの子としての役割を、望まれたことを、果すまで!」

「ランスロット!」

 

ヴィーがそう叫ぶが、彼はまだ、迷うようにその様を見つめている。それにヴィーはグレイと立香へ振り返った。

 

「私はコンラの手伝いに行くから。立香も指示をお願いね。」

 

そういってヴィーはコンラの元に向かう。

 

「拙も、行かなくては。」

「俺も、支援だけでも。」

 

『やあやあ。お二人さん。』

 

その声に二人は体を震わせた。後ろを振り向いたその先、そこにはにっこりと微笑んだ、女のマーリンがいた。

 

「え、え!?」

「どうして・・・・」

 

グレイと立香は茫然と彼女を見上げた。それに、その女はにっこりと微笑んだ。

 

『いや、いい顔をするね。いや、ごめんね。私が介入できるのは少々、条件がいるんだよ。まあ、それはおいておくとして。』

 

彼女は、教会の中に茂った木を指さした。

 

『ガレスが抑えられている間に、あの木を燃やすんだ。』

「ねえ、あれはなんなの?」

『あれは、サー・ガレスに魔力を注いでいる、いわばラインさ。あれを燃やせば、彼女はこの島から退場する。簡単な話だろう?』

 

それにグレイと立香は思わずその木を見た。後ろでは、なんとか戦いに参加しているものの、防御に絞っているランスロット、明らかに押されているコンラ、そうして彼らに強化の魔術をかけているらしいヴィー。

 

『ガレスはこの島から後押しされている。このままでは負けてしまうね。なら、選択することはわかっているだろう?』

 

穏やかな声は揺るぐことなく立香とグレイに注がれた。立香はその瞬間、何が正しいのかを理解する。

この国は、オークニー。ならば、この国の、王の子であるガレスには有利なのは必然だった。なら、そうであるのなら。

 

「・・・それは、したく、ありません。」

 

微かな声が隣からした。それに立香は隣を見た。そこには視線をせわしくなく、動かすグレイがいた。

 

『ふむ、墓守の子。君は状況がわかっているのかな?今、すべきことがなんなのか。』

「わかって、います。木を燃やす。それが最善なのです。でも、拙は、したくありません。」

「どうして?」

 

立香は思わずそう聞いた。それに、グレイは持っていた鎌を握りしめた。

 

「誰かに、望まれたことを遂行したいと願いました。でも、拙は、それができなかった。ガレスさんは、望まれた役目をといいました。でも、夢で、ガレスさんは言っていました。夢に浸ってはいけないのだと。拙は、ただ、ガレスさんの本当が、知りたいのです。」

 

そこで立香はふと、夢で聞いたことを思い出した。意識の奥で曖昧になっていたことを思い出す。

 

疑問をもつものは、己の中に答えを持っている。

 

カルデアで聞いた、ガレスの言葉を思い出す。そうなのだ、そうなのだ。

人はきっと、納得をしたいのだ。言葉を、なぜかを、言ってもらえないのはきっとひどく苦しいことなのだ。

 

「俺も、知りたい。」

 

立香とグレイはお互いの顔を見た。

夢を見た。夢を、ずっと。誰かが泣いている夢。誰かが、これではだめだと、言っている夢。後悔を、懺悔を、夢に見ていた。

聞かなくてはいけない。

過去は優しくて、いつまでも楽しくて、愛おしい日々が続けば良いのだろう。

けれど、きっとそれは出来ない。

グレイは、あの日、村から己を連れ出してくれた師を慕っている。彼の力になることが嬉しいと思っている。エルメロイⅡ世の元で過ごす日々が永遠に続けば良いと思っている。

けれど、それはできない。

変わることが出来たことは嬉しい。この顔を嫌い、否定して、それでもここまで歩いてこれた自分を嬉しく思う。

変わることと、永遠は共にできない。だからグレイは、明日に行きたい。進んでいかなくてはと駆り立てられる。

ガレスの嘆きを、繰り返す日々の中で、望まれたことと、彼女の本当の願いに板挟みになっている。

そうだ、夢を見たのだ。自分は。夢で、幼い彼女と遊んだのだ。

 

あなた、わたしの好きな人にとっても似ているね。

にこにこと、彼女は笑った。己のことを見ていた。それにグレイは顔を隠そうとしたのだ。けれど、それよりも先に彼女は言ったのだ。

 

青い瞳、同じ眼の、愛しい子がいたから。だから、嬉しいなあ。あの子は確かに生きたんですね。そうかあ、ああ、そうか。幸せ、だったのかなあ。

 

それはグレイにとって、誰からも与えられたことの無い言葉だった。

アーサー王の器。望まれた役目。成り果ててしまったかんばせ。けれど、その時の、その言葉は。

グレイからは遠い場所にある言葉だった。その目、その目の色。グレイに何かを望んでいるわけでもなくて、ただ、グレイというそれがあるということを喜んでいる言葉。

それは邂逅の言葉だった。それは、グレイに誰かを透かしているようで、己自身への言祝ぎだった。

 

似ているね。

同一視のようであって、違う意味の言葉。今まで、散々に嫌った言葉。なのに、なのに、それは何よりも違う言葉のようで。

 

ああ、よかったなあ。

 

彼女は、何を思って、そんなことを言ったのだろうか。彼女の願いはどこにあるのだろうか。

なら、それならば、せめてグレイは聞きたいと思った。

ただ、その、夢うつつの中で聞いた、グレイ自身を、取るに足らない少女の生誕を言祝いだ言葉が嬉しかったものだから。

行かなくては、聞かなくては。聞きたいと、グレイは、どっちつかずの少女は思ってしまったのだ。

 

「マスター、拙は行きます。」

「俺も!」

ごめん、マーリン!

 

二人はそのままマーリンのことを見ることも無く、走り出した。

 

 

 

「ガレスさん!」

 

言葉と共に、ガレスはコンラと己の間に飛び込んできたそれを忌々しく睨んだ。

大鎌を持ったそれはじっとガレスを見た。

 

「ガレスさん、お聞きしたいのです。」

「私には答えることなどありません!」

「ガレスさん、拙は、拙は、己の顔が嫌いでした。似ているということが、似ていることをうれしがられるのが、嫌いでした。でも、ガレスさん、あなたは夢で、拙が似ていると笑っていました。」

 

グレイはそう言って、おそるおそるというように被っていたフードを脱いだ。ガレスの眼が、見開かれる。

鎌を持つ手が震えた、どくどくと心臓が鳴る音がした。

それはよく似ていた、彼女の慕った王に。優しい、強い、王様に。けれど、ガレスにとってそれ以上に目を釘付けにしたのは、その、瞳。

青、緑、複雑な色合いの、その瞳。それに、ガレスの瞳は見開かれた。

 

「・・・ろーある。」

 

 

ああ、止めろ、やめて。

お願いだから、ガレスは首を振って、その様を拒絶した。

そうだ、それは証だ。夢うつつで、何故か繋がった夢の縁で、ガレスは、どうしようもなく嬉しかった。

自分たちの辿った末路は悲惨なものだった。知っている、滅んだ国、なくなってしまった故郷、いなくなった人々。

それは悲しいことだ、自分は何も出来なかった、自分はそれよりも先に死んでしまったから。

だから、母の望んだその夢を遂行したかった、終らせたくなかった。

でも、その、微かな夢の中で、その瞳に、その瞳をした少女が、自分が死んでからずっと先の人間だと知ったとき。

オークニーが滅んだことに、ガレスは思ってしまったのだ。

 

愛しい人の、大好きだった誰かの、繋がった命があったのならば。それならば、きっと、自分たちの生は、死は、無意味なものではなかったのかもしれないなんて。

 

そんな、ひどいことを考えてしまった。

考えてはいけないのに、そんなことを、思ってはいけないのに。それでも、控えめに笑う少女が自分たちの滅んだ先にしか存在しないのなら。

納得したいと、思ってしまった。

少女と遊んだ記憶は幸福だった、苦しいこともあったのだと聞いた、それでも今は、慕う師や友と共にあるのだと聞いた。

ああ、それでも。大好きだった、義姉、兄、その血を引いた愛しい少女。あの子の生が、続いて、そうしてこうやって巡り会えたというのなら。

それは、それは、確かに、ガレスはよかったと言いたくなってしまった。

それにふと、ガレスは思うのだ。

どうして、自分は、一人でいるのだろうと。

答えは簡単で、モルガンはガレスもまた夢に浸ることを願った。優しい夢、穏やかな夢、これ以上無い夢。

けれど、そこには母の姿だけが無い。それに、ガレスと、そうして兄たちは夢を拒絶した。せめてこの島の、この夢が覚めぬようにと楔としてそれぞれが番人に成り果てた。兄たちには会おうと思えば会えたのだ。

けれど、母がいない。あんなにも会いたかった母がいない。願い、願い、そんなものは、自分だってとっくに理解していた。

ガレスの願いは、ただ、もう一度、家族で暮らすことだったのに。

ならばどうしてその夢を肯定できるのだろうか、どうして、願い続けることが出来るのだろうか。

母はいない。ここにはいない。

 

(怒って、いるんでしょうか?)

 

そんなはずがないとわかっているけれど。抱きしめてくれた暖かさに、それを理解しているけれど。

ガレスは、ガレスの幸せは、己の言葉も聞くことも無く突き放された手は、吐くことも無く喉の奥に消えた言葉は、どこに持っていけば良いのだろうか。

 

(そんな資格は、私にはないのだろうか。)

 

女のくせに騎士になりたかった。母を一人、国に置いてきてしまった。償いをしなければ、償いを、そうだ、せめて、この島だけ、母の望んだ優しい夢だけは、どうか、守らなければ。

例え、どれほどのことがあっても、そうだ、けして。

 

なのに。それなのに。ガレスは目の前の少女、その、青い瞳を見てしまった。

決意がゆらぐ、背負っていたはずのものが掠れていく。

ローアル、ローアル、ローアル。

優しい子、愛おしい子、母上に、似ていた、兄の末子。

あの子は生きたのだろうか、あの子の人生は、自分たちが死んだ後も続いたのだろうか。

必死に目をそらしていた、夢の言葉。

そうだ、あれは夢だから。きっと、都合の良い夢を、つかの間の白昼夢を見てしまった。そうだ、きっと、そうなのだ。

ああ、自分は、なんて罪深いのだろうか。そう、おもってしまったはずなのに。

 

(ああ、いやだなあ。)

 

思ってしまう。目の前の少女の日々を、未来を、否定したくないと思ってしまう心がある。それがどれほどの裏切りであるのかを理解して、なお。

 

(生きてくれて、いた。)

 

それに、どれほどまでに救われただろうか。

 

「サー・ガレス。君の本当の願いは何?」

 

立香のほうをガレスは見た。彼はじっと彼女を見た。

 

藤丸立香は、ガレスの言葉が聞きたいと思った。夢を、見た。

赦されてはいけないと、苦しむ少女の姿を。カルデアで、自分にぽつりと言った彼女の言葉。

 

聖杯、ですか?ああ、魔力のリソースの分ですね?私には必要は、ああ、陛下の求められていた真なる聖杯ならば、あるいは。願い、ですか?

そんなものには、私には。

・・・・いいえ。お恥ずかしい話、一つだけ、いえ、正確には二つ。

叶うなら、もしもが叶うというならば、母上に会いたいです。あって、もう一度、話がしたい。そうして、家族とまた暮らしたい。父上に、会ってみたい。

なんて、申し訳ありません。これは、私の戯言と思ってください。

 

 

ガレスは、オークニーの子であると名乗りはしても、故郷の話をすることは無かった。ガウェインやモードレッドはそんな話をよくしてくれたけれど、彼女はそれに愁いをたたえた瞳で黙り込んでいた。

語る資格は無いのだと、そう言って。

彼女は、この島で、会えたのだろうか。帰りたかった故郷に、会いたかった誰かに。

夢で聞いた言葉、きっと、会えていないのだろう。きっと、言葉を尽くせていないのだろう。

立香は、ただ、それが悲しいのだと思う。

もう、いない誰か。

言葉もろくに交わすことも、知り合うことも無く死んだ臆病なあなた。

散々に笑い、共に進み、けれど、何も教えてくれずにいってしまった恩人たるあなた。

自分を散々に助けてくれた星見の人たち。

そうして、滅ぼしてしまった世界で、それでも懸命に生きていた、誰か。

もう、いない。死んでしまった、会えない誰か。

その時、立香は、寂しいという心のままに思ってしまったのだ。会いたいと、叫ぶことさえも、その願いを吐く出すこともできないのは、それは、とても苦しいのでは無いかと。

だから、立香はガレスに問いかけた。

 

「君の願いは、違うだろう。君は・・・・」

「違う!」

 

ガレスはたたき付けるように叫んだ。

そんなはずはない、それに頷いてはいけない。今度こそ、今度こそ、自分は母の味方であるのだ、最後、まで、ただ。

 

「私の願いは、母上の願いが叶うこと。この夢を見続けること!」

「違います、ガレスさん。それは、あなたの願いで・・・」

「どうして、違うと言えるんですか?私の心なのに、私の願いなのに。なら、どうして。」

 

それに、立香と、グレイは口を開いた。どちらの言葉だったのだろうか、それでも、二人は言った。

 

ああ。だって。あなたは、いまにも崩れ落ちてしまいそうなほどに苦しんでいるのに。

 

それに、ガレスの動きが止まった。

 

コンラはガレスの動揺具合に息を吐き、ふらふらとランスロットの元に走る。

 

「おい!」

「こ、こんら・・・」

 

弱々しいそれにコンラはその男の首を掴んだ。小さな手がランスロットの首を締め付ける。

 

「おい!何を呆けてやがる!」

「呆けて、など・・・」

「呆けてるんだよ!てめえの罪悪感に目がくらんで、最低限の役割まで放棄しようとしてやがる!」

 

コンラは自分から目をそらそうとする男の目を自分の方に向かせた。

 

「てめえの罪は許されねえ。そうだ、そんなの最初からわかってただろうが。その果てに殺された、国も滅びた。そうだ、だからこそ、滅んだ国が遺した者を守り抜け、サー・ランスロット!」

 

活を入れるようにコンラはその首に指を回した。

遺された者、それに、それに、少女の姿が浮かんだ。ローアル、優しいローアル。美しい、瞳の、子。

 

「そんな、資格は・・・」

「ある!」

 

コンラはゆらぐことも無くランスロットの腕を掴んだ。

 

「てめえがすべきなのは、釈明でも、謝罪でも、罰でもない。そんなもの、お前が一度死んだ時点でする意味は消えてる。人の人生は一度だけだ。俺たちのような例外はごく少数。なら、その時に謝罪を、贖罪をしなくちゃ、意味が無い。てめえがすべきなのは、あの子に決着をつけさせることだ!」

 

そう言った後、コンラはランスロットの胸ぐらを掴み、思いっきりガレスたちのほうに吹っ飛ばした。ランスロットは間抜けな驚き顔のまま、それに体を任せた。

 

「人の娘を殺した責任、少しぐらいは果せや、迷惑男!!」

 

勢いよく飛んでいったランスロットの後を、コンラはそのまま追いかける。

 

 

 

ランスロットは吹っ飛ばされてもなお、そのままなんなく着陸した。そうして、茫然と改めてガレスを見た。

彼女は自分の近くに吹っ飛ばされてきたランスロットに視線を向けた。そうして、歯を食いしばった。

 

「ああ、そうです。あなたがいた、ああ、どうしてですか!?どうして、あの日、私を殺したのですか?あの日、私の罪とは何だったのですか?私の死ぬ理由とは、なんだったのですか!?」

 

まるで何かから目をそらすように、ガレスは言った。また、ガレスから吹きすさぶような殺気が向かってくる。

何故、何故?

それを言ったところで何も変わらない。殺してしまった、あの日、理不尽に、ただ、殺してしまった。

 

決着を。

 

幼かったはずの声は、老いた男のもののように聞こえた。

幼い騎士から感じる苦しみ、どうしてですか、何故ですか?

言ったところで何にもならない。ならば、このまま。

ガレスのランスが自分に近づく。そうだ、このまま。

 

「ランスロット!」

 

声がした。見つめた先、二人の少年少女。

自分のマスター、そうして、太陽の騎士の末裔。その二人の声を聞いたとき、漠然と、思った。

ああ、生きて欲しい、と。彼らに、生きて欲しい。ただ、それだけを。

そこにどれほどの理由があるだろうか。ただ、今を生きる彼ら、これから多くのことをなすかもしれない誰か。

生きて欲しい。漠然と、死者は生者にそう願った。

それにランスロットは無意識のうちに、そのランスを弾き飛ばしていた。

決着を。

言葉が、頭の中で響く。

それが、間違いであるのか、正しいのか。誠実なのか、不誠実なのか。

わからない、わからないけれど、それでも、ランスロットは何故、という問いに言葉を発した。

 

「殺したくなど、なかった。」

 

まるで、血反吐を吐くような言葉だった。必死に、必死に、乱れて、狂っていく思考を正して叫んだ。

ガレスの眼が、大きく見開かれた。

 

「愛らしいガレス、優しいガレス、清廉なガレス!君を、君の兄から任されたとき、どれほど嬉しかっただろうか。君の先が輝かしいものであるのだと、信じていた。」

「・・・・それでも、あなたは私を殺した!私の愛する家族を、殺した!母上から、私たちを奪った!」

 

切り裂かれるような言葉だった。跪きたくなるような事実だった。愚かな己の行いだった。

そうだ、全てが事実なのだ。それでも、ランスロットは、あの日、あのときに帰ることがあるとしても、愛した人を助けるために走ってしまうのだと、どこかでわかっていた。

だから、叫んだ。

己の心をさらけ出すことが、本当に、たった一つの誠実さだと信じるしか無かった。

振われるランスを受け流し、ランスロットは彼女に斬りかかる。

火花が散る、声が遠い。

憎しみに満ちた、悲しみの宿った、翠の瞳が自分を見る。だから、ランスロットはそれを離さないというように視た。

黄昏の瞳が、翠の瞳を確かに視た。

 

「そうだ、私は君を殺した。皆を殺した。なぜなら、ああ、あの日、私は、何よりも、誰よりも。」

 

愛に目が眩んでいた!

 

それは、なんて身勝手な事実だろうか。それは、なんて愚直なる心だろうか。

それは、それは、なんて。

自分と同じだったんだろうか。

 

そうして、はじかれたランスを無視して、目の前の騎士を視た。

いつかに憧れた騎士、こうなりたいと思った人、誰よりも理想の人、そうして、綺麗だなあと思った人。

ランスが、くるりと、宙を舞う。そうして、ランスロットのアロンダイトがガレスのことを切り裂いた。

血が舞った、いつかの日のように、血が舞っていた。けれど、ガレスは不思議と晴れやかな顔でそのまま倒れ込んだ。

ガレスはよろよろと立ち上がる。血に濡れて、それでも彼女は立ち上がる。

それに、グレイと立香は目を伏せて、彼女に言った。

 

「ガレスさんは、ランスロットさんを憎んでいないんですね。そうして、あなたの望みはここにない。」

「君はただ、自分のことを恥じている。誰よりも側にいたから、だからこそ、恥じている。あんなにも慕った人が、どんな行動をするか。ちっとも、考えられていなかったことを。」

 

ガレス、君が誰よりも憎んでいるのは、きっと、君自身だった。

 

ガレスはそれにああと、そうだと、頷いた。ふらふらと立ち上がって、頷いた。

いつか、オークニーを飛び出した自分。

名誉に、憧れに、存在証明に、そうして、輝かしい何かに目が眩んでオークニーを飛び出して、そうして、誰かを傷つけた自分。

それによって引き起こされたことは違うかもしれない。けれど、自分も傷つけてしまった。

納得してしまった、そうだ、ああ、そうだ。

自分だって、いつかに、輝かしくて、求めたものに目を眩ませて走ってしまった。

ならば、彼を責める資格はあるのだろうか。

 

「・・・・例え、そうであるとしても。私は、まだ、母上のために。」

「ガレス。」

 

立ち上がるガレスの前に少年と少女が立っていた。

幼い顔立ち、金の髪、それはひどく、誰かに似ていた。けれど、ガレスはまるで掠れたようにその顔立ちがよく見えなかった。

傷ついているせいか、そうして、ランスを取り落としているせいか、咄嗟に反応できなかった。

 

コンラはそっと、彼女の瞳を手で覆った。

 

「何を!」

「・・・ごめんな。とても、待たせてしまったね。」

 

その声は、いつの間にか、幼い少年のものではなくて、穏やかな男の声に変わっていた。

手が離れる、開けた先の視界。

そこには、二人の男女がいた。

 

「あ・・・」

 

その二人は、ガレスにとってひどくなじみ深い人間とうり二つだった。

男は、彼女の兄のガウェインによく似ていた。それこそ、生き写しだとか、生き別れの双子の兄と言っていいほどに。ただ、彼とは違い、その髪は真っ黒で、瞳は翠と青のオッドアイをしていた。

片方の女性は、ガレスの母であるモルガンに似ていたけれど、本人よりもどこか幼い印象を受けた。

ガレスは固まった。誰と、問おうとしたその時、その男はガレスのことを抱きしめた。

 

「大きくなったな、本当に。」

 

それは、本当に嬉しそうな声だった。暖かくて、大きくて、優しくて、力強くて。

 

(しってる・・・・)

 

自分のことを抱きしめてくれる、その暖かさに、それに、ガレスは、幼い微かな手触りの中で、それでもしっかりと抱えていた記憶を掘り起こした。

 

「・・・ちち、うえ?」

 

掠れた声が出た、嘘だと思った、都合の良い幻だと思った。なのに、なのに、その暖かな腕の中で、ガレスは確信を持って呼んだ。

それに男は、涙混じりに言った。

 

「ああ、そうだ。そうだよ、ガレス。」

 

それにガレスは、ああと、その大きな背中に腕を巻き付けた。そうして、堰を切ったように、まるで赤ん坊のように泣きじゃくった。

確信を持って、ガレスは泣いた。そこには、確かに、父がいると確信を持って。彼女は泣いた。

 

ごめんなさい!ごめんなさい!

父上、父上、私は、私は、何も出来ませんでした!オークニーのことも、母上のことも、自分自身の事さえも、守ることが出来ませんでした。

ただ、褒めて貰いたいなんて、母上や父上の誇りに思えるような、そんな騎士になりたいなんて。

そう思って、私、母上のことを泣かせてしまいました。それでも、自分の夢を追いかけてしまった!

ごめんなさい、ごめんなさい!

母上を、私は、私は、置いてきてしまった!傷つけてしまった!

父上、父上、ごめんなさい、私は、悪い子です。私は、とても、悪い子です。

 

ガレスは泣きじゃくって、叫ぶように己の父に懺悔した。母への悔恨、謝罪の一つも出来ない、己の愚かさを散々に呪って。

泣いて、泣いて、泣きじゃくった。男はそれに穏やかに彼女の背を撫でて、うんうんとそれを聞いた。そうして、散々に泣いた後、ガレスの体をそっと離した。

 

「なあ、ガレス。」

「・・・はい。」

 

ガレスは掠れた声で返事をした。叱られてしまうのだと思って。けれど、男は穏やかに微笑んだまま言った。

 

「騎士になって、お前はそれで、善き人を傷つけたか?」

 

それにガレスは首を振った。

 

「お前はオークニーにとって恥じになるような蛮行をしたか?」

 

それにガレスは首を振った。

 

「ガレス、お前は、俺を前にして。そうだ、母の了承を取らずに騎士になったこと以外で謝罪しなくてはいけないようなことをしたか?」

 

それにガレスは首を振った。男は、父は、ロットはそれににかりと笑った。

 

「美しいものを、お前は見たか?」

 

それは、ガウェインのように輝かしくて、アグラヴェインのように優しくて、ガへリスのように穏やかで。

だから、ガレスは鼻水をすすって、幼い子どものようにうんと頷いた。

 

見ました、本当に、見たんですよ!ねえ、父上!

幼い子どもが語るように、下手くそな笑みを浮かべて、ガレスは頷いた。

 

父上、父上、聞いてください。

見たんです、確かに、見たんです。

優しい人がいました、輝かしい人がいました、強い人がいました。

憧れた、人がいました。私は、本当に、こうなりたいと思う人がいたんです。

 

それにロットは穏やかに微笑んだ。

 

「そうか、ガレス。お前は確かに、そうだ、悲しい最後だったけれど。それでも、よき生だったんだな。最後まで、お前はお前なりに足掻いたんだな。」

俺は、それは嬉しいよ。

 

そういって、頭を撫でてくれた。大きな手だった、大きくて、太陽のように暖かくて、そうして、少しだけ森の匂いがする手。

そう言えばと思い出す。昔、兄たちが言っていた。父上は頭をよく撫でてくれたのだと、暖かくて、大きな手で。

 

(ああ、本当だった。)

 

それは思い出話の中よりもなお、優しいものだった。

 

「ガレス。」

 

その言葉で頭の上の手がなくなった、そうして、ガレスは改めて女性を見た。その声で、ガレスは理解する。それは、確かに母なのだと。

 

「母上、私は。」

「・・・ガレス、少しだけ、抱きしめてもいい?」

 

そっと差し出されたそれに、ガレスはまるで導かれるように滑り込んだ。

温かくて、柔らかくて、そうして、甘い匂いのする腕の中。ガレスは、それにまた涙がこぼれた。

昔、こうやって抱っこされるのが大好きだった。そこで、子守歌を聴いて眠るのがこの世で何よりも好きだった。

 

母上のことが、好きだった。大好きだった。

なのに、なのに。ガレスは、また、改めて涙がこぼれた。

 

「ごめんなさい、母上。私は、私は。」

 

また涙を流し始めたガレスに、モルガンは穏やかに微笑んで、そっと体を離した。

 

「どうして、何を謝るの?」

「私、わたしは、だって、ははうえのことを、ひとりにして。」

 

それにモルガンは穏やかに微笑んで、その涙を拭った。

 

「小鳥はいつか翼が育って、空に飛び立つの。それは、あなただって同じだった。ガレス、母は、そうだね。最初は、寂しくてたまらなかった。でも、忘れていたの。あなたと私は違うって。ねえ、ガレス。外の世界で、あなたは多くのものを見たのね?」

「・・・・はい、見ました。母上、見たんです。私、たくさんものを。」

「そう、そうなのね。なら、いいの。籠の中に生きて行くには、あなたの翼は大きすぎただけ。」

小鳥が飛び立つその瞬間を、嬉しく思わない親鳥がいるはずないのだから。

 

それにガレスは、また、涙を流した。

ごめんなさい、ごめんなさい、一人にして、ごめんなさい。

そう言って、泣いた少女を、ロットとモルガンは抱きしめた。

 

頑張ったのだね。頑張って、君は生きたのだね。末の子、ガレス。私たちは、それを嬉しく思うよ。

醜いことも、悲しいことも、嬉しいことも、美しいものも見ることが出来たのだろう。

それでいいのだ。ああ、そうだ。

親が子どもに望むのなんて、きっとひどく単純で。生き抜いた子どもを否定する親なんているはずないだろう。

 

優しい声がした。優しい声で、それはガレスを撫でてくれた。

 

そうして、二人はそっとガレスから体を離した。

 

「だから、ガレス。」

「私の、可愛い子。」

 

もういいよ。

 

ガレスはそれにああと頷いた。それは、赦しの言葉だった。それは、終わりの言葉だった。

もう、自分は夢から覚めなくてはいけない。

ひとりぼっちの母の夢を、終らせなくてはいけない。

それでも一人の少女は、うんと、穏やかに頷いた。

 

 

立香はコンラに覆われたガレスの瞳から、涙がこぼれ落ちたのを見た。

それは瞬きの間のことで、コンラはそっとその瞳から手を離した。

ガレスは目を開き、そうして、泣きながら、微笑んだ。

 

「そっか。」

「ああ、そうだ。これのために、ここまで来た。」

「あなたを、他のこと、魔女に伝えに来たの。」

「うん。そうだね、わかった。わかったよ。もう、夢から覚めなくちゃいけないんだね。」

 

ガレスはそう言って座り込んだ。それは、彼女が敗北したと跪いた瞬間だった。

 

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