このまま早めに終われるように頑張ります。
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モチベのためにまたくださると嬉しいです。
「・・・・サー・ランスロット、あなたの眼には、私が見えていますか?」
ガレスは座り込んだ後、そう聞いた。ランスロットは困惑したような顔をしたが、その翠の瞳をのぞき込んだ。
そこに敵意は無かった、ただ、幼子のように無垢な瞳で自分を見ていた。
それにガレスはあーあと笑った。
「よかった。そうですか。ああ、そうなのですね。今、私の姿が、映っておられるのですね。」
「ガレス、それは・・・」
ランスロットの苦い顔にガレスは首を振った。そうして、彼女はそっと目を伏せた。
お恥ずかしい話、と前置きをして。
「私は自分の瞳が、父上に似ていると言われると、いつの間にか寂しくてたまらなくなってしまいました。悪いことではないのです。でも、誰もが私の向こうに父上を見ているようで。それが、たまらなく寂しくて。オークニーを出たのは、そんな幼い愚かさも含まれていました。」
私は何者かでありたかった。私は、きっと。何者かになって、兄上たちのように母上に褒めて欲しかった。父上に、誇れるものでありたかった。
ガレスはランスロットを見上げた。
「ランスロット卿が初めてでした。初めて、父上に似ているのではなくて、綺麗な、翠の瞳だと、そう。あのとき、あなたの瞳に、私のことが映っていなくて。ダイルも、そうだったから。彼も、いつだって、私ではないどこかを見ていて。」
ガレスは屈託なく笑った。
「よかった。ああ、よかった。私のことを、見てくれた。」
ようやく、見てくれた。
ガレスはそう言った後、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・・皆さんは、この島で起きていることを止めるためにここにおられるのですね?」
「うん、そうだよ。」
「そうですか。それなら、これを差し上げます。」
ガレスはそう言って、すっと手を差し出した。そこには、金色に輝く何かが握られていた。
それに藤丸立香は目を見開いた。
「聖杯の雫!」
「はい、これは聖杯の欠片。母上が持たせてくださったものです。」
ガレスはそっと立香の手のひらにそれを乗せた。そうして、彼女は穏やかに微笑んだ。それに立香が声をかけた。
「・・・・ガレス、この場所がなんなのか、教えてくれるかな?」
「そうですね。私が知る限りのことをお伝えします。ここは、文字通り夢の中、であっています。」
それに立香とグレイは首を傾げた。それにコンラがなんとも言えない顔をしていた。
「夢?」
「・・・・ブリテンは元々貧しい島でした。母上は、父上の遺したものをどうしても守りたかったのです。ですが、あの、カムランの丘での後、ブリテンは手遅れでした。外部に抵抗することも出来ず、さりとて内でまかなえることも出来ず。」
そんな中、奇跡が起きたのです。
「母上の元に、聖杯が降り立ったのです。」
「聖杯、が?」
「・・・・あれはそれを使って、オークニーを結界で包んだ。元々、オークニーで生きていた人間たちの肉体の活動を最低限の運用でまかない、精神体だけで生きていける仮想現実の空間を作った。」
引き継ぐように口を開いたヴィーに引き継ぐ形でコンラも言葉を発した。
「莫大な魔力で作り上げた固有結界のようなものだね。己が幸せだったころの記憶、満ち足りていた、オークニー。そこに民たちを止めておきたかったのだろうな。彼女は、そのためにマーリンから力を奪った。夢、というものへの干渉を増すために。」
立香たちはコンラの方を驚いた眼で彼を見た。それにコンラは困ったような顔で肩をすくめた。
「知ってたの?」
「うん、ごめん。知ってた、でも、教えられなかった。この島では、それを現実だと思い込めば思い込むほどに希望的な結果を引きやすい。君達にはどうしても、ランスロット卿を呼び出してもらいたかったから。」
「それなら、俺たちがそれを知るのは。」
「・・・兄上たちの元にもいかれるのですね?」
ガレスがそう割り込めば、コンラは頷いた。それにガレスは穏やかに頷いた。
「私たちは、この夢の楔。この箱庭を止めるためのピンでした。なので、私たちがいなくなれば、この夢はうつつに帰るでしょう。」
そう言うと、ガレスの体から光がこぼれ始める。それに、皆は彼女が還るのだと理解した。
「ああ、時間切れですね。」
彼女はそれにひどくすがすがしい笑みを、もう一度浮かべた。
「ガレス。」
ヴィーが悲しそうな顔で彼女を見た。
「ああ、どうか、そんな顔をしないでください。わかっていたんです。父上のいない世界に母を遺す方がずっと残酷であると、わかっていたのです。ですが、私は私の贖罪を優先させてしまいました。だから、いいんです。あなたが来たのです。なら、もう、私も、兄上たちも、そうして、母上も終るときが来たのだと。」
ランスロットがガレスに声をかけた。
「ガレス!」
「・・・ランスロット卿、謝罪の言葉なら言わなくてもいいのです。だって、あなたは赦されたいと思っていないのでしょう?」
それにランスロットは固まった。
ガレスはそれに苦笑した。ランスロットはすまないと言う、間違えたと自負する。けれど、きっと、彼は赦されたいわけではないのだ。
罪悪の気持ちと、赦されたいという願いは別なのだ。
ガレスは、正直な話をするならば、自分が殺されたことに関して、悲しみはあっても怒りは無い。兄たちを殺されたのは、また別であるが。
(ランスロット卿、ランスロット卿、あなたはきっと赦されたくなどないのでしょう。あなたは、きっと、赦されてはいけないと思っているのでしょう。)
ガレスはにっこりと微笑んだ。
「サー・ランスロット。それでも、あなたは私の憧れの騎士でした。なら、戦い続けてください。何があっても、どうか、あの日、グィネヴィア様のために走ったように。どこにもいけないレディを、どうか、助けてください。」
ランスロットの瞳が見開かれた。それにガレスは微笑んだ。ひどい皮肉であると理解して、これぐらいは赦されるだろうと思って。
母の怨敵といえる彼に言付ける自分を酷いと思って。
そうして、ガレスは改めて、コンラを見た。彼は頷いた。
「ああ、安心しなさい。もう、大丈夫だよ。」
それにガレスは安堵した。よかった、そうか、母はようやく、ようやく、共にいけるのだ。
ちらりと見た、美しい青の、二つの瞳。
(綺麗だな。)
綺麗だな、綺麗だな。
己のために叫んだ二人、聞かせてと問うた人たち。
よかった、と思う。こんな自分は、やっぱり、最後まで美しいものを見ることが出来た。
だから、もう、いいのだ。
赦してくれた、赦された。だから、自分はここでいい。
わかっていた。母は、いつかに滅びを呼んだ己自身を赦せない。だから、幸せになりたがらない。それはだめなのだ。だって、ガレスの幸福には、母が必要だったから。
それにガレスは光の粒子になり、砕けるように、消えた。
静まりかえった教会の中で、コンラが、一歩、教会の中に茂った木に近づいた。そうして、持っていた大剣を取り出した。
「二人とも。」
コンラはグレイと立香を見た。穏やかなその笑みは、やはり、その年格好には不似合いなものだった。
「少し、頼みたい物があるんだ。来てくれないか?」
立香とグレイは互いの顔を見合わせた。そうして、コンラの剣を互いに掴んだ。
コンラが望んだのは、もう一度の召喚だった。
出来るのか、そうして、誰を呼び出すのか。
その問いに、コンラは苦笑した。そうして、肩をすくめた。
この国の滅びに、きっと、一番にふさわしい子だと、そう彼は言った。
二人は、木の根元に剣をうち立てる形で、柄を握り、ヴィーに言われた詠唱を唱えた。
また、辺りに光が広がる。ばちばちと、何かが爆ぜる音がする。
素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。振り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国たる三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する
――――告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、人理の轍より応えよ。
声を紡ぐ。そうして、ヴィーに頼まれたとおりに言葉を、吐いた。
汝、幸福を願いし悪である。汝、不幸を振りまく善である。善性を持ちたる、悪魔よ、そが役割を果すがいい。
我は、それを赦す者。我は、その罪を共に背負う者―――
汝、星見の言霊を纏う七天 降し、降し、裁きたまえ、天秤の守り手よ―――!
青白い、その強い光に二人は一瞬だけ眼を閉じた。そうして、眼を開けば、そこには堅牢と言える鎧を身に纏った、騎士が一人。
「セイバー、モードレッド、参った。さて、君は、僕に何を望むのかな?」
銀と赤の鎧を纏ったそれは、明るく、そうして、朗らかに言った。
それにヴィーはそっと、少年の手を握った。彼はそれに一度だけ、こくりと頷いた。
「申し訳ありません!」
ラモラックがその場に跪いた。それに鷹揚に王座に座った魔女が、モルガンが頷いた。
「いいえ。ラモラック、ダイルの件は私の落ち度です。」
黒いドレスに、黒いヴェール。
喪に服した衣服を纏ったそれは、静かにラモラックのことを見下ろした。そうして、隣に侍るそれを見た。鎧を纏った、黄金の髪を結い上げたそれ。
「・・・ですが、ラモラックたちを強制的に退去させた存在は?状況としてマーリンはあり得ないのならば。」
「夢、というものへの干渉を得意とする者はほかにもいます。」
「カルデアの手引きと、お考えですか?」
それに女は頷いた。
「現在、夢に入り込むことは出来なくなっています。私はすぐに入り口を開けますので、次はお前が行きなさい。」
「わかりました。」
短いやりとりを終えた後、鎧を纏ったそれはさっさとその場を後にした。ラモラックは忌々しいというようにその後ろ姿を見送った。
「腹立たしいですか?」
「・・・いえ、あなたがそうされたいというならば、私に何かを言う資格などはございません。」
そうだ、とラモラックはそっと目を伏せた。
例え、それが怨敵に己の王の名を名乗らせることであろうと。
誰かが、頭を撫でている。大丈夫だと、温かな体温を感じた。
ああ、と思う。
モルガンは、ただ、思う。このまま、ずっと、その腕の中で眠っていたいと、そう思った。
日向の匂いがする。暖かな、太陽の匂いがする。森の匂い、川の匂い、土の匂い。
交ざったそれは、何故か、心地が良くて。
ああ、翠の瞳が、自分を見て。
(このまま、ずっと。)
そんなことが出来るはずは無いだろうと、モルガンは王座にてゆっくりと目を開けた。
「・・・ガレスが、退去した。」
それにモルガンは、唯一の娘の終わりがどんなものか夢想した。
それにモルガン・ル・フェは、最後までおてんばで、けれど強い娘であると理解した。
「・・・乙女だな。」
疲れたような声でモルガンは呟いた。
モルガンは、最初、子どもたちにもまた夢を見させる気だった。そうだ、そこで、例え、サーヴァントであったとしても彼らは自分の子どもたちだった。
(・・・・・私は、あの子たちの生を、無意味にしてしまった。)
滅ぼした世界、荒れ果てた世界、そうしたのは自分だ。せめてと、守りたかった者を、自分は、最悪の手で、自分の手を汚すことも無く、末の子にそれを押しつけてしまった。
家族で過ごす幻を、幻想を、見続けて欲しかった。けれど、子どもたちはそれを拒否した。自分たちだけがそんなことをするなど出来ない、赦されてはいけないと。
モルガンの子どもたちは、オークニーという世界を固定するピンとしてはうってつけだった。
オークニーの王の血、ブリテンという島の古い血筋であるモルガンの血。彼らは、オークニーにモルガンの作り出した、擬似的なテクスチャを貼り付ける重しだった。
モルガンはそれを否とした。けれど、彼らはそれを頑なに拒否した。
下の三人の子どもたちはモルガンから貰った聖杯の雫を抱えて贖罪とした。
そうして、長子は、狂いながら城の門を守るために立ち続けている。止めてくれと言った、せめて、お前たちだけはとモルガンは願った。
けれど、最後には折れた。
(幸せに、なってはいけない。)
それはモルガンも思っていたことだった。
幸せになってはいけない。
男が自分に遺した、言葉のことを思い出す。
幸せになって欲しい。どうか、己の願いを躊躇しないで欲しい。
「それで、お前の愛した世界を滅ぼしたんだ・・・・・!」
吐き捨てるようにモルガンは言った。
モードレッドは、モルガンの召喚に応じることは無かった。
当たり前だ。
愛しい末の子、自分の元に残った宝物、最後には羽ばたいていった小鳥、ロットに似た、翠の瞳。
誰よりも愛していたなんて言えない。子どもたちのことはすべからく愛おしかった。
けれど、けれど、モルガンは彼に、誰よりも、何よりも罪の意識を持っていた。
優しい子だった、誰よりも、何よりも、優しい子だった。そんな子に、自分は、あの日、苦しいと、解放されたいというエゴのために何もかもを押しつけてしまった。
似ている子だった。己の子は皆、ロットに似ていたけれど。それでも、あの子は、本当に彼の人に似ていて。
(・・・・そうだ、だから、きっと、あの子も、そうして、あいつも私の元には還ってきてくれない。)
己の子を悪魔にした女、己の夫の最後の願いをぶち壊した魔女。
モルガンはそっと、己の首に掛かったペンダントを撫でた。それは銀を土台に、黒い何かが縫い付けられていた。
モルガンはそれに口づけをした。
(もう、あれの匂いはしない。)
ロットの遺髪を縫い付けたそれは、彼の面影を欠片だって感じさせない。それが、いつかに、棺の中に横たわる冷たいそれを思い出させた。
(幸せになってはいけない、幸せにはなれない。幸せに、私はならない。)
モルガンはそっと瞳を閉じた。
男が、まぶたの裏で笑っている。
春に花畑にいったことも、遠乗りで共に若葉のカーテンをくぐったことも、実りの秋に黄金色の麦畑を眺めたことも、寒い冬に白銀の世界を歩いたことも。
全てが、昨日のことのように思い出された。
モルガンはその幸福を思い出せている間ならば、どんなことでもなしていいと思った。
モルガン・ル・フェはせめて最後に残った誓いを守るためにならばどれほどまでに血を流しても構わないと思った。
あなた一人が、いいえ、ダイルも、そうして、陛下に仕えた騎士たちを贄に幸福になるなんて間違っているに決まっているでしょう。
モルガンはそれに笑った。そう言って、城を出て行った者がいた。それが自分たちの邪魔をしているらしいと聞いても怒りは湧いてこなかった。
そう言って怒った、リアリストが嫌いではなかったものだから。
モルガンは瞳を閉じた。自分の管理する夢に干渉するために。
ちらりと、視界の端で、己の纏った黒が揺れた。
(喪に服すための、色。)
己を包む、黒の衣装。それは、喪に服すためというのならそうだ。けれど、黒は何よりも、男の色だった。彼女の愛した男の色だった。
在るだけで己を焼く、忌々しい光に比べて。その、柔らかな闇は、モルガンの知る中で何よりも優しいものだった。
夫も、そうして、末の子も、自分になんて会いたくないのだろう。いいや、嫌われてさえ、いるのかもしれない。
魔女に、口づけをくれる王子様はもういないのだ。