ロット王は愛妻家   作:藤猫

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この頃難産で、なかなか。
頑張って書き切りますので。


逃走

 

 

「・・・ふう。」

 

藤丸立香はベッドに座り、息を吐いた。彼がいるのはベルンの作った村にある、彼の家だった。

ベルンからは自分がいなくとも好きに使って良いと了承は取っている。

教会からの帰路の上で立香たちはベルンを探そうとしたが、ヴィーによってそれは却下された。曰く、彼ならば生きており、無事であるとのことだった。

立香たちはひとまず村に帰り、休みを取ることでなんとか決着が付いた。

 

(ひとまずは、山は越えられたのかな。)

 

ぼんやりと立香は思う。そうして、彼は今日、召喚することとなったモードレッドのことを考えた。

 

 

 

「・・・・ふうん。そうか。」

「驚かないの?」

「どうして?」

 

呼び出されたモードレッドは一頻り話を聞いた後、にっこりと微笑んだ。

少なくとも、藤丸立香たちの知ることはとっくに話したというのに、彼はけろりとした顔をしていた。

モードレッドはそれに苦笑した。金の髪に、翠の瞳の彼はプロト・アーサーによく似ていた。

 

「母様のことだから、それぐらいするよ。いや、これぐらいですんでよかったね!母様なら、下手をしたらブリテンを一回滅ぼして、新しく作り直すぐらいのことをしてたかもしれないからね!」

 

明るくそんなことを言ってのけた彼はふっと表情を消してぐっと周りを見回した。そうして、彼はようやくコンラに視線を向けた。その翠の瞳がようやくゆらいだ。

コンラはランスロットやヴィーに紛れるようにして立っていた。それにモードレッドは目を見開き、そうして、近づいた。

 

「ねえ、君。」

「・・・・初めまして、だね。」

 

コンラはどこか気まずそうにそう言った。他の三人は二人の間に漂うそれになんだと視線を向けた。それにモードレッドは眼を瞬かせて、ああ、そうかと頷いた。

 

「そっか。そうだね。」

僕と君って、初めましてなんだ。

 

モードレッドの言ったそれがやけに印象に残っていた。

その後、一旦はベルンの村に帰ろうというと話しになったおりも、モードレッドはコンラにべったりであった。

 

「・・・・あのお、これ、いつまでするの?」

「えー、とうぶーん。」

 

モードレッドはひどくご満悦な表情でコンラのことを抱えていた。

コンラの尻の下に片腕を通し、もう片方の腕で背中を支えていた。

コンラは困惑した顔でモードレッドに言ったが、彼は嬉しそうにコンラに頬ずりした。

ランスロットは落ち着かないというようにそれを眺めていた。モードレッドはランスロットに対して特別な感情を見せることなく、それよりもとコンラの方に夢中であった。

今日も、一緒の部屋に泊るのだと、そのままコンラとヴィーを抱えていってしまった。

 

こんこんと、ドアがノックされた。それに立香が了承をすると、グレイとランスロットが入ってくる。

 

「申し訳ありません、おやすみの所を。」

「すみません、マスター。」

「ううん、目が冴えちゃってるから。それよりも、どうかしたの?」

「・・・・はい、マスター。少々、お話ししたいことが。」

 

神妙な顔でランスロットは言った。

 

「マスターは、コンラが誰であるのか。予想は付いておいでですか?」

 

それに立香は少しだけ黙り込んだ。

 

「ランスロットはそれが気になるの?」

 

その言葉にランスロットは目を伏せた。彼がおそらくオークニーの関係者であることぐらいは予想が付いている。モードレッドの反応からしてそれは顕著だ。けれど、現在、ここに召喚されるほどの物語を持った存在が思い至らない。

 

「・・・俺は正直に言えば、彼が誰であるかについてはあまり興味が無いんだ。」

「・・・正直に言うのなら、拙も。」

 

二人の言葉にランスロットはああと頷いた。

 

「お二人は、彼を信用されているのですね。」

「ランスロットは違うの?」

 

それに彼は黙り込んだ。何と応えれば良いのか、わからなかったのだ。感情の上では彼を信用して良いと感じている。けれど、己の主と、そうして、友であった男の末を守らねばならないという義務感が彼を信用して良いのかと悩ませる。

 

「・・・私は。」

 

その時だ、こんこんと、軽いノックの音がした。それに扉の方を三人は見た。どうぞ、と軽く返事をするとコンラが入ってくる。

 

「あ、みんなそろってたんだ。」

 

にっこりと微笑んだコンラに三人は思わず固まった。噂をすれば影、などとよく言ったものだ。その言葉の通り現れたそれに、顔を見合わせた。

 

「コンラ、どうかしたの?」

「いや、休んでるところ悪いけど。次のことについて相談を、と思って。三人はどうかしたの?」

「・・・いえ、マスターがどのような様子かと心配になりまして。」

 

ランスロットの返答にコンラは苦笑した。

 

「僕のこと、信用できない?」

 

何か、心の内を覗かれたかのような、撫でられたかのような感触に立香は少しだけ何かを思い出す。

その表情にある程度のことが理解できたのか、コンラはああと頷いた。

立香はそれに嘘をついても仕方が無いだろうと、口を開いた。

 

「コンラの言っていたマーリンはいったい誰?」

 

それにコンラはああと頷いた。

 

「・・・君達と隠れ家で会ったマーリンは実際は違う。そうして、女のマーリンは俺が知る限り、彼のIFの姿らしい。」

「平行世界のマーリンということでしょうか?」

「当人はそう名乗っていたがな。といっても、俺は彼女のことはよく知らないんだ。彼女とコンタクトを取っていたのはヴィーだからなあ。うん、俺としてはさっぱり!」

 

口調を取り繕うことなくそう言った彼に立香はそれが彼の本来であることを覚った。

 

「隠れ家のほうは、いったい。」

「立香はそれについて予想が付いてるんじゃないのか?」

 

それに立香の脳裏にはとある嘘つきの王様のことが浮かんだ。コンラはそれに肩をすくめた。

 

「誰かの存在が思い浮かんでるなら、出来れば口にはしないで欲しい。」

「何故だ?」

「ここは夢だからさ。本当を暴くと、魔法が解けてしまうんだ。今は、それをされるとものすごい困るんだよ。マーリンという皮を被った状態は夢では有利なんだよ、隠れるのも、動くのも。」

「それは、君も?」

 

立香の言葉にコンラはああと頷いた。

 

「・・・・そうだね。僕は、いや、俺はまだ名乗れない。」

かけた魔法が解けてしまうから。

 

柔らかに微笑んだコンラに三人は思わず黙り込んでしまった。

 

 

 

 

「おはようございます、起きられましたか?」

 

仮眠から起き上がった立香たちを出迎えたのはベルンだった。立香はほっとした顔でベルンに歩み寄った。彼は疲れた顔をしていたが特別な怪我などは見受けられなかった。

 

「・・・ええ、なんとか帰ってこれましたよ。それで、次に発たれるんでしょう?」

「うん、コンラに聞いたの?」

「まあ、ある程度予想は付いていますから。」

 

立香はリビングを見回し、コンラ、そうしてランスロットやグレイまでいないことに気づいた。

 

「あれ、コンラたちは?」

 

それにベルンは穏やかに微笑んだ。立香はそれにどうしたのかと首を傾げる。

 

「・・・もうそろそろなので、外で待ってくださるようにとお願いしたのですよ。」

「え?」

 

その言葉と同時に外がやけに騒がしいことに気がついた。立香はそれに慌てて外に出た。すると、外には焦った様子の村の住民と、困惑した表情のランスロットとグレイがいた。

そうして、凍り付いたような表情のコンラ。

 

「どうしたの?」

「いえ、マスター。それが・・・」

「ああ、君。実はな、黄金のリンゴが枯れてしまったんだ。」

 

困った顔をした住民の一人がいた。それに立香は顔を曇らせた。それは、コンラがけして口をつけるなと言っていたものだった。

それが枯れた?

 

「病気か、何かですか?」

「いいや、あの木が生えてからそんなことは一度も無かったよ。私たちは、その、あのリンゴが苦手だったから。食べるものなら、この森にいくらでもあるし。」

「・・・でも、他の村は大丈夫なのか?あのリンゴ、主食にしてたろ?」

 

コンラは目を見開いて、ベルンを見た。それにベルンはちらりと、他の村々がある方向を見た。

 

「お前・・・・」

「仕方が無いでしょう。これは、必要なことなのですから。」

「二人とも?」

 

立香がコンラとベルンの異変に気づいたとき、ランスロットとグレイもまた何かに気づいた。

 

「・・・マスター。向こうから、何か。」

 

ランスロットの言葉と共に森から出てきたのは、ある集団だった。武装した様子もなく、どこに出しても恥ずかしくない程度の農民たちだ。立香はそれに、以前立ち寄ったはずの村の人間が混じっていることに気づいた。

 

「あれ、あの人たち・・・」

「みんな、すぐにここを離れるよ。」

「何故?」

「まずいんだ!だから・・・・」

「そんなことを言ってられないでしょう。」

 

逃れようとしたコンラの手をベルンが掴んだ。彼は冷たい眼でコンラを見た。

 

「ベルン、お前、もしかして・・・・」

「・・・望んでいたわけでもないですし、やりたくなんてありませんよ。ですが、平和にこの島が終るのなんて土台無理なんです。気づかれることもなく、憎悪に焼かれることもなく、そんなことはけしてありえないのですから。」

 

立香たちはベルンたちのやりとりにどうすればいいのかと行動を躊躇した。その隙にその集団は立香たちに近づいてきた。

それは立香たちも知った、他の村の人間だった。

 

「ここにも村があったのか。」

 

驚いた様子の一人が話しかけてくる。

 

「すまない、ここから少し行った先にある村の人間なんだが。聞きたいことがあるんだ。」

 

老人がそう話しかけてきたことに住民の一人が応じる。

 

「ああ、はい。なんですか?」

「実はうちの村の作物が、リンゴの木が枯れてしまったんだ。それで、他の村はどうかと見て回っているんだ。」

「ああ、そうですね。こちらの村も、全滅とまではいきませんが。」

 

それに明らかにやってきた他の村の人間はざわめき始めた。

 

「どうする?」

「リンゴの木がないと、食べるものが・・・」

「城に伝えなくては。」

「ああ、城からの騎士様を待たなくてはいけないだろう。」

 

そんな声が聞こえる中、立香はリンゴの木が枯れた理由を理解した。

あのリンゴが魔術的な要因によって成り立っていたのは明白だ。ならば、前と今、違いは何か。

少年の中でガレスのことが思い浮かんだ。改めて、立香はひやりと冷や水を浴びせられた気分だった。それこそ、自分がしていることを改めて突きつけられたかのような、それ。

立香は人混みの中でそっとどうしたものかとコンラを見た。

コンラは、険しい顔をしていた。そうして、その隣にいたヴィーはその場を離れようと、森のほうを指さしていた。

ランスロットたちもその場の異様な空気に疑いを持たれる前にと離れようとした。けれど、ランスロットの格好にとある男が声をかけた。

 

「もしかして、騎士様ですか?」

「私は・・・」

 

ランスロットの鎧の様相に他の村の人間はほっとした顔をする。

 

「ああ、よかった。城の方も異常がわかって様子を見に来られたんですね?」

「そうか、よかった!」

 

ほっとした様子の村人たちにランスロットもあからさまに固まった。けれど、さすがはというべきか最低限の動揺でそれを押しとどめていた。

 

「・・・・そっちの人も城の人じゃないんですか?」

 

ランスロットに向けられていた眼が、次はベルンに向けられた。そう言ったのは、立香たちが立ち寄った村にいた、確か、ハリーと呼ばれていた青年だ。

それにベルンはああと頷いた。

 

「・・・・ええ。そうですね。あなたとも会ったことはありますよ。」

「ああ、ですよね。冬の蓄えが十分か、聞きに来たことがありましたよね?なら、城のほうでも異常があるってわかってるんですよね?」

 

ハリーはそう言ってベルンの方に近寄った。そうして、青年は言った。

 

「うちの王様は優秀だから、まあ、大丈夫だろうけどな。」

 

それに波紋のように皆々が口を開いた。

 

「そうそう、うちの王様、いい人なんだよ。」

「領地が狭いから俺らのことも考えてくれるしな。」

「冬場はここらへんは苦しいからなあ。」

「お子さん方も優秀だしな。安泰だ。」

「妃様もものすごい美人らしいなあ。」

「あのいたずら坊主がなあ。」

 

優しい人だから。善き人だから。だから、だから、善き王だ。

 

その声は、その声は、本当に、優しいものだった。信じているのだ、慕っているのだ、それがわかるものだった。

己の王を、この地を治めている人を、彼らは確かに慕っていた。

それにコンラの顔がゆがんだ。そうして、その隣にいたヴィーが心底不快そうな顔をした。

 

「・・・・死んだのに。」

 

ぼそりとした声は、近くにいた立香にはっきりと聞こえた。いや、がやがやと騒がしい

声が響く中で、そうヴィーが吐き捨てた瞬間だけ、しんと静まりかえった。

住民たちはじっと、ヴィーを見ていた。コンラは慌てて彼女の口をふさごうとした。けれど、それよりも先に住民たちが口を開いた。

 

「・・・何を言ってるんだ、お嬢ちゃん。」

「そうだよ、王様ならお城にいるよ。確かに、この頃は見回りには来ないが。」

「ああ、蜂蜜を貰いに来ないな。まあ、妃様と喧嘩をしていないと言うことだ。良いことさ。」

 

そうだ、ああ、そうだ。死んでいるなんて、そんなことはありはしないんだ。優しい人、強い王、あの人が、ちゃんと。

 

「生きているんだ。」

 

穏やかに、真摯に、そう、心の底から信じているように皆が言った。立香はそれに言葉を失った。それは、まるで言い聞かせるような言葉だった。

それにコンラはまるで困り果てたような顔で動きを止めた。その瞬間、ヴィーが嘲るように吐き捨てた。

 

「笑わせるな!生きているだと、否、否、否、否!!あの者は死んだのだ!勇敢なる者、賢しき者、他のために命をかけ、理想を持つ者に現実を突きつけ、お前たちを守るために、あの男は死んだのだ!私の愛した者は、死んだのだ!」

死した後でさえも、いつまでお前たちはあの者を利用する!?

 

叫びのようなその声は、幼い少女の体から出るにはあまりにも、重く、のしかかるような声音だった。

物理的に、地面に伏せることを強いられる声。

 

「ヴィー!」

 

夢から覚めるようにその場にいた人間は体を動かした。コンラは慌ててヴィーを引きずるように森に足を向けた。

 

「ランスロット!グレイ!マスターを連れてこい!」

 

コンラの様子にランスロットは立香に近づこうとした。が、周りにいた村人に掴まれる。

 

「おい、あんた、王様が死んでるなんておかしな事を言うな!」

「もしかして、こいつら、蛮族の奴らが寄越したんじゃないのか?」

「城に引き渡すぞ!」

「おい、あんた、待て!」

「そうだ、王様は死んでいない!」

「おかしなことを言うな!」

「あの優しい王様が、妃様や王子様たちを置いていくわけがない。」

 

がなり立てる声が響く。ランスロットはそれに、固まった。あからさまなそれに立香は叫んだ。

 

「ランスロット!」

 

それにランスロットは我に返ったように申し訳なさそうな顔で体に力を込めた。ある程度、手加減したとは言え周りに住民たちが転がる。それに立香たちは慌ててその場から立ち去った。

 

 

 

「・・・みんな、大丈夫?」

「ええ、特にはなにも、ないのですが。」

「拙も、特に。」

 

そこでコンラの方を見た。そうして、その隣で不安そうな顔をしたヴィーがいた。

 

「・・・あの様子じゃ、村にはもう立ち寄れないな。」

「コンラ・・・」

「マスターの食事の確保を優先しないと。」

「コンラ、私・・・」

「ヴィー。」

 

ヴィーは謝罪の言葉を言おうとしているのか、おずおずと話しかけた。それを遮るようにコンラは言った。

 

「そんな顔をしなくても怒ってないよ。」

 

穏やかな声音は確かに真実であるようだった。それにヴィーはこくりと頷いた。コンラは立香たちに申し訳なさそうな顔をした。

 

「ごめんね、立香。緊急用に村には立ち寄れなくなっちゃって。」

「いや、俺たちは大丈夫だけど。コンラは、大丈夫なの?すごい顔色だよ。」

「・・・・そうかな?」

 

立香たちは村から大分離れたことを考慮し、その場でいったん休むことにした。コンラの顔色が気になったためだ。

ヴィーとグレイは立香の食糧の確保、ランスロットは周囲の見回りに向かう。残されたコンラに、立香はおそるおそる問いかけた。

 

「何か、ショックなことでもあるの?」

「・・・・そんな顔色悪いか?」

「思わず聞いちゃう程度には。」

 

それにコンラは瞬きを一度だけして、そうして、そっと、彼の持つ大剣を撫でた。

 

「俺さ、本当はサーヴァントになんてなれないような存在なんだよ。」

「そうなの?」

「ははは、そうそう。伝わってる名前も、本名っていうか、どっちかっていうと代々伝わる敬称?みたいなもんだし。」

「でも、君は。」

「そうだよ。だから、俺って言う存在はたくさんの存在から力を貰ってて、犠牲の上にある。俺が使ってたスタッフスリングも借り物なんだよ。俺の宝具はこっちが本命。」

 

そう言って大剣を撫でた。無骨なそれは、宝と言うよりも、ずっと実用的で使い古されていた。

 

「本当は新品なんだぞ、これ。ここでしか使われる予定のない、多くの温情によって成り立つ力。はははは、情けないな。英雄なんて肩書き背負ってるのに、他人の物語をつなぎ合わせることしかできないなんてな。俺自身、使う資格があるのか、悩んでる。」

「王様が生きてるって言葉はそんなにも、君にとってショックだったの?」

 

それにコンラは首を振った。

 

「いいや、そんなことはない。彼らのあれはお前さんが来る前にはとっくに理解して、覚っていた。だから、あれは当然だった。魔女を滅ぼすのだって、そうだ。誰かの幸福を悉く滅ぼすのだって、覚悟の上だ。それは代価だ。この、この上ない奇跡の。」

「奇跡?」

 

立香はそれは何だろうと考えた。コンラ、未だに名を名乗ることの叶わない、英雄。どこか、弱々しい、そんな表情。

彼の言う、徒人の願う、奇跡とは何だろうか。

 

「そうそう、奇跡さ。奇跡。あり得ないとわかっていた、その奇跡がどれほどのものか、わかっていた。だから、代価に納得した。でも、今になって、俺は、彼らの声を聞いて。そうして、恐ろしくなっている。俺は、その代価を支払うことが出来るのかと。」

 

目を伏せた彼に、立香は口を開いた。

 

「君の奇跡がなんなのか、俺は知らない。この世界の幸福が間違っているのかだって、俺が決めて良いことじゃないと思う。」

「なら、お前さんは。」

「でも、ガレスに、お願いはされたから。」

 

それにコンラは目を見開いた。

 

「だから、俺たちは会いに行かないといけないんだと思う。せめて、この国の優しい妃様に。」

 

それにコンラは己の手を握り込んだ。そうして、そうだと、頷いた。

 

「そうだな。そうだ、会いに行かないとな。せめて、そうだ、与えられた奇跡のために。」

 

 

 

 

 

夢を見る。

おかしなことに、夢を、見る。

今の自分には、夢なんて見るはずがないのに。それでも、夢を見る。

それはこの上ない幸福だ。大事な誰かがそこにいる。また、会えた。

あの子は笑っている、あの人が笑っている。これ以上の幸福はない。だから、自分は幸せだった。

失った幸福、いなくなったあなた。そんなあなたがここにいるのなら、自分はそれ以上何も望みはしないのだ。

だから、だから、それから目をそらす。

自分たちの幸福には犠牲がある。誰かがずっと、孤独で悲しい思いをしている。

それがなんだ、それがなんだ。

この幸福を壊すことが恐ろしい、また、自分が失っていた事実を、いなくなった誰かのことを思い出すことが恐ろしい。

だから、目をそらした。

平気だ、そんなこと、何も感じない。

自分が可愛い、自分の大事な人が幸せならばそれだけで。

なのに、心の奥がちくちくと刺され続ける、痛み続ける。そうだ、これが間違っていることなんて理解していた。

だって、自分は、確かに、犠牲になる人が優しい人だったことを知っているから。

 

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