ロット王は愛妻家   作:藤猫

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モーさんの話になります。


悪魔の報い

 

 

道を歩く。

古びた城の廊下だ。誰も通らないそこにカツカツと足音が響く。鎧の微かにこすれる音がした。その城にはもう、自分と、そうして無理矢理に名前を被った忠義者の騎士。そうして、一人残された王妃。

かつんと、音が鳴る。床に向けた視線の先に、何かの足が入り込んだ。

纏った甲冑の隙間から見たのは赤毛の男だった。

 

「・・・・夢への道が開いた。出ろ。」

 

不躾な言葉だった。これ以上無い程度の、侮蔑の籠った言葉だった。けれど、自分は気にしない。それは正しいものだった。それは正当なるものだった。

 

「了解した。」

 

淡々と返したその言葉に目の前の存在は忌々しげに顔を歪めた。それを自分は気にしない。自分の役目は、彼女の願いを叶えること。自分のあり方は、彼女のことを守ること。

それは、憎悪では足りないし、それは、悲願と言って差し支えない。

償いとは無意味だ。それで失ったものは戻ってこないのだから。

それでも、なさなければならない。自分は確かに生きているのだから。ならば、ならば、この無価値な命を、この、無意味であった人生を、どうか。せめて、有意義に使わなくてはいけないのだ。

 

(あの日、彼は、私にいってくれたのに。)

幸せになりなさいなんて、自分はあまりにも過ぎたものだったのに。

 

 

 

「ねえ、大丈夫?」

「うわ!?」

 

藤丸立香は木々の間から飛び出してきたモードレッドに驚いた顔をした。それに、コンラはああと頷いた。

丁度、ランスロットたちが食料探しにと行っているときのこと。

立香はそれにモードレッドの姿が見えなかったことを思い出した。

 

「あれ、モードレッド、どこに行ってたの?」

「うーん?いいや、あのさ、ちょっと準備運動したくて遠くに行ったんだけど。なんか大騒ぎになってたでしょ?だから適当に僕も逃げたんだよ。追って来れないように痕跡も消したし。」

「そうなの?そこまでしてくれたんだ。」

「む、マスター。この国の人間を舐めちゃダメだよ。ただでさえ作物が取れないんだ。オークニーの人間は食糧確保のために小さい頃から狩りの仕方を教わるんだよ?」

「モードレッド、狩り、得意だもんね。」

「そそ、僕、これでも小さい頃から狩人として大活躍してたからね。陛下の狩りでも褒められたことがあるんだよ?」

「・・・そう言えば、ガウェインたちが言ってたね。」

 

モードレッドが機嫌がよさそうな顔をして、胸を張った。

 

「あれ、モードレッド?」

 

その時、木々の間からヴィーとグレイ、そうしてランスロットも顔を出した。

 

「モードレッドさん、合流されたんですね。」

「うん、村に帰ろうとしたら大騒ぎだったから驚いちゃった。」

 

立香はそのままランスロットたちに近づいていく。ランスロットの手には太ったウサギがいた。そうして、ヴィーの手の中には木の実がいくつかあった。

 

「モードレッド?」

 

ヴィーの声にモードレッドはするりと彼女と目線を合わせるように跪いた。ヴィーはするりと彼の頬を撫でた。

 

「どこに行ってたの?朝、いなかったから心配したわ。」

「うーん、ごめんね。ちょっと、周りを見たくなって。」

 

ぺたりとモードレッドの白い頬に小さな紅葉の手のひらが重なった。それを見ていたコンラはこつりと己の額を甲で軽く叩いた。

 

「・・・僕も狩りに行ってくるね。」

「それならば、私が。」

「いいや、ちょっと頭を冷やしてくるよ。みんな、先にご飯食べてて。ヴィー。」

 

行ってくるね。

 

穏やかにそう言ったコンラにヴィーはこくりと頷いた。立香はコンラの好きにさせた方が良いと頷いた。コンラはそれにすまなさそうに笑いかけた。

そうして、森の中に消えようとしたとき、モードレッドがその後を追う。

 

「僕も行く!」

「え、でも・・・」

「僕も何も捕れてないし。もしものことを考えてご飯はたくさんあった方が良いしねえ。」

 

そう言ってモードレッドはにっこりと微笑んだ。

 

 

獣の足跡、気配、音、追い込みをかけて刈り取る。

コンラは幼い頃から叩き込まれたとおりに獣を狩った。ぶらんと、血抜きさえ終えたウサギを己の前で揺らした。

懐かしいことだ。自分が幼い頃は腹が減れば森に入り込んで狩りをしたものだ。殆どおやつ代わりに獲物を食べていた。

丸々太ったウサギを嬉々として狩るモードレッドの姿は既視感がひどくある。

 

「えへへへへ、たいりょー。」

 

るんるんとそう言ったモードレッドにそれは口を開いた。

 

「・・・狩りは。」

 

モードレッドがにこにことそう言っていたとき、彼はぽつりと呟いた。モードレッドが見ると、翠の瞳の彼は穏やかではあったけれど、どこか寂しげな顔をしていた。

それにモードレッドはおどろいたような顔をした。

 

「狩りは、誰に、教わったんだ?」

 

言葉少ななそれに、モードレッドは目を伏せた。

 

「ベルンに、教わったよ。森の歩き方はガウェイン兄様に、動物の習性はアギー兄様に、罠の仕掛け方はガへリス兄様に、捌き方はガレス姉様に。」

みんなに教わったよ。

 

その言葉にそうかとそれは頷いた。モードレッドは静かな眼で彼を見た。少しの間、二人の間に沈黙が横たわった。

そうして、モードレッドはゆっくりと小柄な彼と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。小さな彼の翠の瞳をモードレッドは幼い子どもが大人にするように見上げた。

 

「・・・・あなたは、僕に怒ってる?」

 

静かな声だった。まるで、厚いカーテンの奥から聞こえてくるような、微かな言葉。その言葉に翠の瞳のそれは顔を強ばらせて、そうして、まるで苦笑するように口元を歪めた。

 

「何故?」

 

軽やかなその声音にモードレッドは困り果てた顔をして畳んだ己の足に顔を埋めた。

 

「・・・あなたが望んだ安寧を滅ぼしたのは僕だから。」

 

くぐもって聞こえる声音に彼は黙り込んだ。それにモードレッドは歯を食いしばった。

 

あの日々をモードレッドは覚えている。

モードレッドは確かに、オークニーと、そうしてブリテンというそこを愛していた。

貧しい国だった、滅び行く国だった、目の前にある希望を見てなんとか息をしているような国だった。

誰もが、その国で、ぎりぎりで、心のどこかで滅びを察していながら生きていた。

モードレッドはそのいじらしさが好きだった。己の生まれ故郷で生きていこうとあがく人々が好きだった。

 

モードレッドは、その愛したものを自らの手でたたき壊した。

 

「あなたは、愛していたのでしょう。この島を、この、国を。生きていた、人々を。」

 

涙の混じるような声だった。彼はそれにモードレッドの金の髪を見下ろした。彼はそれに、遠い昔に見た、棺桶に収まった一人の王のことを思い出す。

黙り込んだそれに我慢できなかったのか、モードレッドは勢いよく立ち上がった。

そうして、にっこりと天真爛漫なんて言葉がよく似合う顔をする。

 

「ほら、僕って悪魔みたいな事をしたので。だから、きっと、恨んでいると。僕のことを・・・」

 

後ろになっていくに連れて尻すぼみになる声に彼はじっとモードレッドを見た。そっくりな、翠の瞳で互いを見やる。

 

「僕のしたことは、なしたことは、果たして・・・」

「果たして?」

 

モードレッドの言葉に翠の瞳の彼は穏やかに言った。ようやく言い返されたそれにモードレッドは彼の方を見た。

黄金の髪に、片方だけとは言え翠の瞳をした彼らはまさしく、親子のようによく似ていた。

 

「モードレッド、お前が一体、何を果したと言うんだ?」

 

その言葉にモードレッドは面を喰らったかのように目を見開いた。彼はその顔に苦笑して、そっと、近くになっていた木の実を捥いだ。

その木の実はモードレッドも知っている。甘酸っぱいそれはモードレッドもよくおやつ代わりに食べていた。彼はそれをモードレッドに差し出した。

 

「食べてみろ。」

 

それにモードレッドは差し出されるままに彼の持った木の実を囓った。甘い、それ。懐かしいそれ。

 

「旨いか?」

 

モードレッドはそれにこくりと頷いた。翠の瞳を細めて、彼はゆるゆると笑った。手の中で、一口だけ囓られた木の実を手の中で遊ばせた。

 

「・・・これは、そうやってお前の腹を満たす糧であるかもしれない。だが、腐り果てて虫のたかるそれになるかもしれない。」

 

彼はそう言って手の中にあったそれを一口だけ囓った。

 

「甘いな。だが、忘れるな。」

これは元より鳥の喰らった糞まみれの種から始まり、そうして、獣の糞や遺骸を糧にして育ったものでもある。

 

翠の瞳が細まって、ああ、笑っている。ガウェイン兄様によく似た少年。はっきりと血のつながりを感じる顔。

いいなあと思っていた。母に似た顔は好きであったけれど、会ったこともない父親によく似た兄の顔を羨ましいと思っていた。

どういう意味だろうと、何かを言おうとした。けれど、目の前で、己に穏やかに微笑む彼の存在がまるで夢のようで口を噤んでしまった。

 

召喚されて、そうして、母にそっくりなあの人と、そうして、フロレンスによく似た少年を見て、それがどれほどの奇跡なのか理解できた。

けれど、誤魔化すようにじゃれつくだけで、それ以上のことは出来なかった。

モードレッドは誰よりも、何よりも、わかっていた。

自分が悪い子で。

 

そうして、たった一人の願いのために、悲劇を起こした自分を。

きっと、優しくて、強くて、善き人であった彼は赦すことはないのだろうと。

怒っているのだろうなあ、憎まれているのだろうなあ。

いや、いっそ、侮蔑されているかもしれない。

モードレッドの産まれ方は間違っている。理から外れ、神の宣うあり方から歪んだ自分の命の形は間違っている。

彼はその間違いを赦さないのだろうと、ずっと、思っていた。

けれど、彼は笑っている。自分の存在を前にして、穏やかに笑う彼は、まるでモードレッドにとって都合の良いように見えた。あまりにも、あまりにも、それは都合が良すぎると思った。

彼は苦笑しながらモードレッドに顔を寄せた。

 

「思い上がるなって、言ってるんだ。」

 

思いがけない言葉にモードレッドが驚いた顔をした。それに彼は笑った。

 

「あのな、モードレッド。お前一人でこの国を滅ぼしたなんて、それは思い上がりすぎる。」

「でも、僕は!僕は、あの日、母様の願いを叶えてしまった!黙っているべきだったのに、黙って、一緒に泣いて、そのまま流れるように生きればよかったのに。それでも、僕は、滅んでしまえと、思ったんだ。」

 

あの日、あの日、愛していた世界。あの日、あの日、ずっと続けば良いと思った美しい国。

けれど、モードレッドはあのとき、怒っていた、狂っていた、愚かだった。

それでも、それでも、きっと、モードレッドはうんざりしていたのだと思う。

たった数人を贄にしてあり続ける世界に、滅んで欲しかったのだと思う。

 

存続とは人の命題だ。己の命を次に渡す、限りある種族だからこそ望む、終わりゆくことへの祈り、去りゆく者への憐憫、続いていく誰かへの希望。

終ることを知っているから、だから、忘れないで欲しい。永遠なんてものはないから、自分のいたことを覚えていて欲しい。

 

この国で、この島で、生きていたから。だから、私の血が流れるあなた。どうか、この地で共に生きた私の世を繋いで欲しい。

 

けれど、モードレッドはこの島で生きることを、もう、止めて欲しかったのかもしれない。打ち止めの命だった、国だった。

だから、全てを終らせて、滅ぼして。もう、未練さえも断ち切ってみせるから。

どうか、ここではないどこかで、誰のことをも犠牲にせずに生きて欲しかった。モードレッドは子をなすことは出来ない。モードレッドは、モードレッドの命で打ち止めだ。

だから、自分を置いて行って欲しかった。どうか、置いて、幸せになって欲しかった。

 

「あのな、そうだな。確かにお前は強いな。でもな、お前一人で滅びるほど世界とは脆いものじゃない。あの国を滅ぼした一端をお前は担いだ。けれど、それ以上の諸侯のものたちもまた、それに乗ったのだろう。」

「・・・・僕が、それを煽ったから。」

「いいや。お前が例えどれほど言葉巧みにしたとして、そこまでの立場がある時点で損得抜きで義憤だけで動く馬鹿はいなかったんだ。結局、赦すことも、覇権をとるという夢だとか、感情だとか、それを捨てきれなかったんだろう。」

 

翠の瞳の彼はどことも言えない宙に向かって視線を向けた。

 

「・・・・なあなあで終ることは出来たんだ。きっとな。でも、そうしなければ、アーサー王は物語にならず、そうして、お前や、あの人は歴史の果てに消えていた。」

 

翠の瞳が自分を見る。その瞬間、まるで、瞬きの内に、小柄な、金髪の彼は、黒い髪をした男に変わっていた。よく似ていた、ああ、一番上の兄に、本当によく似ていた。

そうして、その、翠の眼は、自分に、モードレッドに、よく似ていた。

ぽすりと、大きくて、温かな手が自分の頭の上に被さった。ぐりぐりと、頭を撫でられた。

ああ、ああ、暖かな手。太陽のような手。

ずっと、夢に見ていた、手。自分が、ずっと焦がれたもの。

大きな彼を見上げた、まるで湖の中のように視界はゆらゆらと揺れていた。

それに、彼は、きっとこの国そのものだった、果ての国の王様は微笑んだ。

 

「モードレッド。いいんだ、お前の何が悪かったのか。あの日、あの国は滅んでしまった、民には申し訳ないことをした。その罪は、お前にあるのだろう。だが、それを言うのならば、それを防ぐことの出来なかった俺や、そうして他の王たちもまた罪人なのだ。」

 

モードレッド、モードレッド、モードレッド。

そうだな、そうだ。

お前はいつかに、あの国を滅ぼしたのだろう。あの、あの、必死に生きていたあの世界を。

けれど、その悲劇がなければ自分とお前の再会は、この奇跡は叶うことがなかったから。

 

「お前の父が死に、一人の王が生まれたことも。王と騎士の物語があったことも。女が泣いたことも。誰かの大切な人が奪われたことも。そうして、優しい悪魔がいたことも。」

全てが巡り合わせだ。

 

きっと、きっと、全員が幸福であることは無理なのだ。何かを得れば、何かを失う。

そんな都合の良い夢物語がないことぐらいは知っている。

悲劇があった、理想の果てに死んだ騎士がいた、贄になるはずだった女を哀れんだ男がいた。

そうして、死にゆく者へ介錯をした悪魔がいたことも。

 

男は、その少年を抱きしめた。老いることもできない、少年のままに死ぬ歪な命を抱きしめた。

 

「お前が悪魔というならば、俺も悪魔だ。俺もきっと、誰かを不幸にしてしまったから。」

 

抱きしめられたままにモードレッドは首を振る。

違う、違う、違うのだ。

自分のような、赦されない命が、歪な命が、こんなにも優しくて暖かな命と同等であって良いはずがない。

母の悲しみは正当だった、兄たちの赦しは慈悲だった。

けれど、自分の存在は間違いであるはずなのだ。だから、自分は、悪魔に成り果てた。だから、自分の罪業は、母や兄たちには関係ないのだ。

あの日、贄になるはずだった少数のために、多くを切り捨てた自分は、間違えて生まれてしまったから、間違いを選んだのだ。

そう、信じていた。

なのに、なのに。

 

(暖かいなあ。)

 

ぼたぼたと、モードレッドの瞳から涙がこぼれ落ちた。

暖かいなあ、暖かいなあ。

 

「でも、ぼく、まちがいだったんだ。」

 

そう言うだけで精一杯だった。それに、男はモードレッドの背を撫でてくれた。

 

「間違いなわけないだろう。」

 

男はモードレッドから体を離し、その顔をのぞき込んだ。そう言った男の顔は本当に優しげで、そうして、喜びに満ちていた。

 

「だって、俺は、お前に会えてこんなに嬉しいのに。」

(ああ!)

 

ああ、わかる。わかるのだ。それが真実であることぐらい、モードレッドにだってわかるのだ。

愛されていたから、確かに、モードレッドは愛されていたから。

その喜びはどれほど真実であるかぐらい、わかるのだ。

それを受け入れてはいけないのに、間違いは、正されないといけないのに。

それがどうしようもなく、モードレッドには嬉しくて。

 

ずっと、父を夢見ていた。

誰も彼もが、父を愛していた。

優しい人だった、勇敢な人だった、有能な人だった、温かな人だった。

寒い、冬の国で、見ていると歩いて行こうと思える人だった。

そう言った人は、モードレッドを見て微笑むのだ。

あなたは、そんな人の子どもなのだと。

それが嬉しくて、それが誇りで、それは勇気づけられるもので。

けれど、自分の歪さを理解した時、きっと愛してくれることは無いのだと思った。

間違いだから、ならば、せめて自分はこんな己を認めて、愛してくれた人のために生きたかった。

 

「・・・・ごめんなさい。」

 

何への謝罪かもわからずに、モードレッドの口からはそんな言葉が漏れ出た。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

後悔してはいけない、自分はそれをなしたのだから。

でも、でも、ごめんなさい。

 

「みんな、ごめんなさい・・・・・!」

 

死んでくれと介錯をして、幸せになって欲しかった人の大事なものをたたき壊して、母を置いて死んだ。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!

 

幸せにしてあげられなかった、滅ぼすことしか出来なかった。

結局、自分は悪魔でしかなかった。歪にしか、願いを叶えられなかった。

 

「モードレッド。」

 

声が、した。

己と同じ翠の瞳、そうして、母に似た青の瞳。ああ、太陽のような兄と同じかんばせ。

優しい声だ、包み込まれるような声だ、ああ、ああ、わかる。その声は、いくどもかけられた声と同じで。

 

ただ、愛おしいと。

 

「・・・お前は王の子として、間違えてしまったな。」

お前はいつかにこの国の人々がより多く生き残るための選択をしなくてはいけなかった。たった一つの愛に殉じてはいけなかった。王の子の命とは、他を生かすために使わなくてはいけなかったから。

 

叱りの言葉はまるで春の日差しのように、モードレッドに降り注ぐ。撫でる手が、頬に添えられた手が、震える体を温めてくれる。

 

「でも、仕方が無い。だって、俺はお前にそれを教えてやれなかったから。お前に、王の子として何も残してやれなかったから。それは父の間違いだ。」

 

違うと、駄々っ子のように首を振るモードレッドに男はいいのだと抱きしめる。

 

「悪魔よ、俺の愛しい悪魔。ありがとう。いつかに俺の置いてきてしまった唯一の彼女の心を、お前だけが守ろうとしてくれた。だから、その罪は俺のものでもある。彼女を慮ってくれた誰かを、あの結末があったとしても、喜んでしまった俺のものだ。」

 

きっと、戦うことだとか、守ることだとか、そう言った始まりは皆同じなのだ。

幸せになりたいのだ、誰も彼もが、きっと、罪深いほどにそれを願ってしまう。

目の前の少年はきっと、間違えたのだ。間違えてしまったのだ。

けれど、誰かに救われて欲しいと願ったそれを間違いだとはしてはいけない。それは、きっと、誰もが持つ業なのだ。

人が正しくなりたいわけではない。人は、正しさがいつかに明るい未来に繋がると信じている生き物だ。

王は人間だ。王とて、どうしようもなく人だった。

ロットは正しい行いをしたかったのではない。正しい行いの先に、愛しい何かの安寧を信じたからこその行いだ。

己が死ぬ前に、正しすぎる幼子に幸せになれと願ったように。

自分の愛したものが徹底的に足蹴にされるしかない未来を背負った幼子の凶行を、愚かさを、ロットは否定したくなかった。

末の子が殺した誰かへの罪はある。けれど、そんなものは自分が背負ってしまえばいい。

あの日、先のことを全て丸投げして、一人で死んだロットにはその資格はあるはずだ。生きることを放り出した自分の罪でもあるからだ。

寂しがりな彼女を、残した自分の愚かさだ。

 

モードレッドは、その言葉に、ずっと我慢して、けれど、言ってはいけないと、問うてはいけないと思っていたことを、ようやく口にした。

 

「ちちうえ、ぼく、ぼくは。」

うまれてきても、よかったかな?

 

それにロットは破顔した。呆れたような、苦笑するような、甘やかすように、彼は微笑んだ。

 

「ああ、モードレッド。我が末の子よ。オークニーの子よ。俺はお前がいることに、お前に会えたことが、本当に嬉しいよ。」

側にいてやれなくて、抱きしめてやることも出来なくてすまなかったな。

 

それに、モードレッドはこれでいいと思った。

モードレッドは自分が呼び出された意味を理解している。自分はまた、再演をしなくてはいけない。

あの日、誰よりも強かった王を殺した日を、もう一度。ブリテンを滅ぼしたいつかを繰り返さなくてはいけない。

それはとても罪深くて、恐ろしい。

でも、でも、モードレッドはいいと思った、

罪ならばもう一度背負っていい。憎悪など、いくらでも浴びていい。

この奇跡を与えられた。

その言葉、その赦し、その肯定。

それだけできっと、あの日の間違いは報われた気がした。その罪を背負う重さに耐えられる。

 

(母上・・・・)

 

自分はこの世界を壊すだろう。それを是とする。けれど、その罪は自分が背負おう。

悪魔とは、誰よりも、何よりも、願いを叶えることに真摯な生き物だから。

だから、母上、今度こそ、あなたの願いを叶えて見せよう。

あの日、あなたが願ったのは自分を置いて幸せになれる世界が壊れることではなくて。

この暖かな太陽にもう一度だけ会うことだったことぐらい、モードレッドにだってわかっていたから。

 


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