ロット王は愛妻家   作:藤猫

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再会は、次になるかなと。
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この世界戦の一番の修羅場って、異聞帯のモルガンとロット王だけがいるカルデアで、二人が仲良くなった後に本妻が召喚された場合なんですかね。


役立たずの忠犬の後悔

 

 

「あの、この方向は村がある方では?」

 

グレイの言葉に藤丸立香は抱えられるままに周りを見た。特徴の無い木々の間では己のゆく方向などまったくと言っていいほどに感知できない。

 

「この、次々と湧いて来る!」

「ランスロットはいい!マスターと、そのフードを狙え!」

 

ランスロットは走りながら自分たちの追手を切り捨てる。が、まるで彼らは水が湧き出すように切り捨てられ、倒れ、それでもなお、数が変わることはない。

ラモラックがランスロットに追いつき、剣を振う。

 

「ああ、ようやく追いついた!」

「くっ!」

 

立ち止まりその剣を受けたランスロットとラモラックはもみ合いになる。グレイはランスロットのために一瞬、足を止めた。

 

「走れ!」

「でも!」

「私は大丈夫だ!」

 

立香の言葉にランスロットはそう言った。それにグレイは戸惑う仕草をした後、それでもと走り出した。

立香の安全を今は第一に考えるためだった。グリムを振り払い、走ったその先には村があった。それに慌てたのはグレイだ。

このままでは村人を戦いに巻き込んでしまうと、方向を変えようとした。

けれど、それよりも先に目に映ったのは、自分たちを待ち構えるように立つ村人たちだった。

 

「逃げて!」

 

立香が咄嗟に叫ぶ。けれど、彼らはゆうゆうとした足取りで立香に近づいてくる。そうして、その姿はぐにゃりと、ゆらぐように姿をグリムへと変えた。

それにグレイと立香は目を見開いた。グリム達はそのまま二人に飛びかかる。グレイは片手に持った大鎌でそれを振り払うが、数が多すぎる。

 

(宝具は?でも、マスターが!)

「グレイ、俺のことは放り投げて!その間に、宝具を!」

「ですが!」

 

そう言っている間にグリムの手がグレイを捕らえる。その時だ、何かがグリム達を吹っ飛ばした。

それは、赤の似合う、一人の騎士。

 

「モードレッド!!」

「えへへへへへ!よかったあ、間に合って!」

「大丈夫だったの?」

「うん、衝撃で吹っ飛んだけど。まあ、大丈夫!よし!それじゃあ。」

 

モードレッドは自分の周りに集まったグリムを睨んだ。

 

「貴様ら、何者だ。この地の騎士であるというならば、払うべき礼節程度知っているであろう。」

 

今までの陽気な声音に反して張り詰めたその声音にグリム達はじっとモードレッドを見つめる。返事がないことにモードレッドは顔をしかめた。

 

「名を名乗る誇りさえも持ち合わせていないというならば構わん。来い、オークニーの騎士であるならばこの身にかかってくるがいい!」

 

その言葉と共にグリムたちはモードレッドに向けて飛びかかった。

 

 

 

 

最強などと称される騎士に勝てるかと問われて、自分はどう答えるか。

 

(無理、だ。)

 

ラモラックは目の前の騎士を見た。黄昏時の瞳と髪のそれは、ラモラックからしても十分に、いや、彼の実力を軽々と飛び越えていくほどに強かった。

これでも、ラモラックは強者としての部類に入るだろう。繰り返される蛮族の襲撃を、黙々と耐え、それでも生き残った騎士。

事実、彼の強さとはその繰り返しで培われた技術だけだ。

特別な才はなく、特異な武器もなく、選ばれた血でもなく。さりとて、東の果ての剣士のように技を業にすることもできない。

ラモラックはただ、同じ名前のとある騎士としてここにいるだけだ。ただ、彼の仕えた哀れな女の後押しを受けているだけだ。

もしも、ただの剣術だけならば、彼にとて可能性はあっただろう。だが、サーヴァントとして、真っ向勝負をするにはあまりにも。

 

「はあ!」

 

がきんと、剣を打ち合う音がした。

それに自分を吹っ飛ばされる。どうしようもなく、自分は、弱く。

 

(・・・それでも、今度こそ、ただ。)

 

今度こそ、守らなくてはいけないのだ。

 

 

 

ガへリスに殺されたとき、自分の胸にあったのは後悔だった。

殺された事への恨みだとか、そんなことはなかった。

あのとき、ガへリスはただ、恐ろしかった。仕方が無かったとは言え、己の仕えるべき主の血統は領地を出、憎き敵の元に侍っていた。

ガレスのことは愛おしかった。

愛らしいガレス、おてんばなガレス、いとおしい、子。

その緑の瞳に見つめられたとき、それだけでラモラックは死んでしまいたいという衝動から逃れられた。

その柔らかな手を握った瞬間、泣きたくなるほど救われた。

 

まだ、死ねない。この子がいる。まだ、ガウェイン様が王になるまでは。アグラヴェイン様が妻を迎えるまでは。ガへリス様が立派な騎士になるまでは。

ガレス様の夫が見つかるまでは。

 

あの、寂しい、己と同じ置いていかれたひとが、笑えるようになるまでは。

 

そうやって、少しずつ引き延ばした。そうやって、必死に生きる理由を探した。そうやって、己の罪から目をそらした。

 

ラモラックの人生は、王のものだった。ラモラックは王の道具だった。ラモラックの人生は、ラモラックのものではなかった。

 

なのに、なのに、なのに。

 

(何故、自分は生きているんだろうか。)

 

ただ、思う。何故、守るべき王の盾にもなれず、名誉ある戦いの中で死ねず、おめおめと生きているんだろうか。だから、残された者に縋り付いた。

 

妃様、王妃様、あの方の妻。

 

彼女を守ろう。彼女の心を守ろう。例え、それが、例えば理だとか、善意だとか、正しさだとか、この国だとか、全てに反してしまっても。

それでも、自分だけは、彼女の味方であろうと。

 

それは、彼女は、黄金の髪をした赤ん坊を抱いて、淀んだ瞳で笑うのを見ても変わらなかった。

 

可愛いだろう?

ええ、可愛い子です。

 

声が震えた。

 

ああ、見ろ。瞳はあれにそっくりだ。

ええ、あの方に似た瞳です。

 

痛みを伴うほどに拳を握った。

 

赤ん坊は久しぶりだ。

ああ、ガレス様以来ですね。

 

淀んだ瞳をのぞき込んだ。

 

ああ、どうか、守ってやってくれ。

もちろんです。

 

乾いた口の中で歯を食いしばった。

 

ああ、ああ、王妃様。あなたのことならば、どんなことでさえも肯定し、守りましょう。

ですが、ですが、ああ、教えてください。

それは、いったい、どこから来たのですか?

 

 

 

淀んだ瞳の妃が育てる幼子は、すくすくと成長した。城の人間達はみな、モードレッドを捨て子か何かだと思っていた。

 

おぞましい話だとわかっていた。けれど、ラモラックはそれを飲み込んで、モードレッドのことをそれこそ眼に入れても痛くない程度に可愛がり、そうして、厳しく育てた。

生まれた経緯などどうでもいい。

重要なのはそれが王の子であり、そうして、壊れかけた妃の心の支えであるという事実だった。

何も守れなかった、何もなせなかった、そんな自分には王妃だけがよりどころだった。

けれど、ガへリスが来たとき、己がどれほど愚かなことをしたのか理解した。

城であの子を育てれば、あの顔を見れば、王妃様との血縁は確信できる。邪推されるのは当たり前だった。

けれど、ラモラックには言えなかった。

言えるはずがない、どれほどまでに自分がそれを肯定しようと、それは、どうしようもないほどに罪であるから。

言えるはずがない、告解など出来ない。

 

もしも、もしも、それで、王妃が王子達に見限られればどうするのか。それ故にラモラックは必死にそれに追いすがった。追いすがり、もみ合いになり、そうして、ラモラックの腹に深々と刃が突き立てられた。

 

惨めな死だ。くだらない終わりだ、笑えるような末路だ。

それでもラモラックはそれに納得していた。主を守れぬ犬に、いったいどれほどの価値がある。それがお似合いだった。それは仕方が無いことだ。

けれど、後悔があった。

 

ああ、自分は、結局、己の主に頼まれたことさえも守り切れずに死ぬのかと。

 

まぶたを閉じれば、男の笑った顔が思い浮かんだ。その笑みが好きだった。彼の幸福を愛していた。

 

陛下、陛下、陛下。

私の全て、私の絶対、私の正しさ。

申し訳ありません。愚かな、役立たずの自分を、赦さないでください。

そう願った。そう願わなければ、自分の王はきっと最後には赦してくれると知っていた。

仕方が無いと笑って、頑張ったのだと認めてくれて。

自分を、善き従者だったと肯定してしまうから。

だから、男は必死に願った。

 

どうか、赦さないでと。

 

(・・・叶うなら、あなたと、戦いの中で死にたかった。)

 

それが役立たずの、主の死に目にさえ立ち会えなかった犬の願いだった。

 

 

 

「お前には役をやろう。」

 

そうやって呼び出されたとき、召喚されたとき、行幸だと思った。

もう一度、そうだ、もう一度、今度こそ。

 

優しい妃、賢しき王妃、哀れな女。今度こそ、あなたを守ろう。

 

自分の中に恋はない、自分の中に愛はない。自分はただ、守れなかったものの影を彼女に見ているだけの話だった。

置いていかれた者同士の哀れみだった。

それでも、主人よりも生き残ってしまった従者の最後の矜恃だった。

王に仕えることなど出来ない。そんなことはきっと叶わない。それはあまりにも自分にとって都合のよすぎる夢だから。

だから、王妃にだけは。この、人にだけは、自分は精一杯仕えなくては。

それが騎士として自分に赦された最後の一線だと信じて。

 

 

 

「ランスロット!貴様、どの面を下げてこの地にいる?何を思って、ガレス様を奪ったのだ!」

「・・・・この身はサーヴァント!マスターにただ仕えるのみ!」

 

ランスロットは目の前の存在が誰であるのか聞いていた。元々、オークニーの王に仕えていた男で、ラモラックという同じ名前であるらしかった。

 

(同じ名前だと、無理矢理に召喚をしたのか。)

 

ランスロットはラモラックの追撃を受け止める。

普段の実力でいうのならば圧倒的にランスロットが勝っていただろう。けれど、己のいる土地と、それを統べる存在からのバックアップもあるためか、彼らの戦いはぎりぎりとの状態で勝敗はついていなかった。

 

「・・・仕えるのみか。笑えるじゃないか。それで?お前が仕えていたアーサー王にした不敬はどうだ?」

 

その言葉にランスロットの剣が鈍る。その隙に、ラモラックの追撃が入り、ランスロットは後方に飛んだ。

憎しみに塗れた瞳が自分に注がれる。それは、あまりにも、ランスロットにとって生々しい感情を感じるものだった。

敵だと割り切った者からの物でも、自分自身が殺した彼女の物でも無くて、ただ、ただ、居心地が悪くて仕方が無い眼だった。

 

「全てを滅ぼしたお前が、騎士道など嗤わせる。誰よりも、何よりも、王のために心の一つも殺せぬ貴様の何が騎士か!女一人、その程度に何を犠牲にした!?」

 

その言葉にランスロットは口を開いた。

 

「ならば!そうであるならば、彼女の罪とは何だった!?彼女が不幸である事実は、誰が背負うというのだ!?」

「それが妃だ!他のために心を殺し、耐えること!我らが王妃はそうであった!なら、不貞の女もそれを選ぶべきだったのだ!」

「貴様・・・・!」

 

それだけは言っていけなかった。自分が否定されるのならば、自分が罵られるのならば、自分が、自分が、そうであるのならばそれでいい。

 

だが、ランスロットとて思っていたのだ。彼女の、グィネヴィアの業とは何だろうか?

一瞬の睨み合いの中、二人は自分たちに近づいてくる存在に気づき、その方向を見た。

ひょっこりと、茂みの中から飛び出してきたのは、二人にとってあまりにも見慣れた存在だ。

 

白磁の肌、恵まれた体格、凜々しく美しいかんばせ。そうして、緑と青の瞳。夜のような、艶やかな黒い髪。

 

ランスロットはその男があまりにもガウェインに似ていたものだから目を見開いた。そうして、彼のような親類などガウェインにいただろうかと記憶を攫う。

けれど、それはがちゃんと金属の擦れ合う音と、そうして、何かが跪いたかのような鈍い音に思考は止まる。

 

「・・・・な、ぜ。」

 

掠れた声で、ラモラックは自分が敵と向き合っていることさえも忘れたかのように男のことを凝視した。

男もまた困ったような顔でラモラックを見た。ラモラックは口を開けては閉めてと繰り返した。

 

「ランスロット!マスターとグレイは!?」

「か、彼らならばあちらに!」

 

そう言ってランスロットは二人の消えた方向を指さした。男はそれにうなずき、この場を頼むと走り出そうとした。

けれど、それをラモラックは阻むように駆け寄ろうとした。

 

「お、お待ちください!陛下!」

 

ランスロットはそれに男のことを凝視した。それに全てを覚った。ガウェインにうり二つの顔立ちとその男から呼びかけ。

 

「あなたは。」

「・・・残念ながら暢気に親睦を深めてる暇はないんでな。俺は先に行かせて貰う。」

「お待ちください!陛下、陛下でしょう!?ならば、どうか、我らと共に。」

「・・・ダイル。」

「ああ、陛下。そうです、私は、そう、私の名は・・・」

 

ラモラックは、まるで久方ぶりに会う父にでも縋るように彼に手を伸ばした。彼はそれに悲痛そうに顔をしかめた。そうして、口を開こうとした。けれど、それよりも先に空を何かが駆けていった。

三人が思わず空に目を向けた。

 

「・・・・王妃様、あれを。」

「ダイル、お前は後だ。あっちが先なんでな。」

 

男はそう言って、ラモラックに背を向けて立香達がいるであろう方向に走り出した。

 

「お待ちください!陛下、陛下!!」

 

それの後をラモラックは追った。ランスロットもまた、何かがおこっていることを察してその後を走り出した。

 


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