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あなたに会えないと理解したのは、いったいいつのことだろうか。
サーヴァント、それは、遠い昔、世界に刻まれた存在の影法師を現世に招く形。
それは、言ってしまえば、本人達ではない。
けれど、それでも構わなかった。
だって、一人よりも、ずっとましだった。
世界に夢をつなぎ止めるための槍を携えて、モルガンはただ世界の管理者として生きることを決めた。
着た切り雀になってもあまり気にはならなかった。今更、誰にそれを見せるのだというのだろうか。
黒い、喪に服す色を纏った。黒いヴェールで顔を隠し、沈黙の内に、カムランで拾った妹を、王の権威を利用するために、そうして、贖罪のために夫の名前を名乗らせた。
聖杯、なぜ、それが自分の手元に転がり込んできたのか、わからない。モルガンにもわかっていた、それは妹が望んだ聖杯ではなく、ただの魔力のリソースでしかないことは。
何故、それが自分の元に転がり込んできたのか、わからない。
けれど、そんなことはどうでもいい。
あの日、カムランの丘で、末の子が死んだとき、金の杯は自分の元にやってきた。
もう少し、早ければ、いや、何も変わらないのだろう。
自分はそれを携えて、哀れな妹を連れて、オークニーに帰った。
奇跡は、自分には微笑んでくれなかった。夫に会うことはできなかった。
会いたいなあ、会いたい。ただ、あなたに会いたい。
会えると知ったとき、自分のことを見下ろした。だって、自分が着ているのは野暮ったい黒のドレス。喪に服すそれ。
再会にはあまりにも最悪ではないだろうか?
前髪を整えた、髪はどうだろうか?匂いは?化粧はどうだろうか?
まるで幽鬼のように青白い肌は?
見せる相手もいないと、サボったツケがここで来るなんて。絶望しても遅いのだ。
手早く、最低限の準備をした。
もちろん、男は自分に会うだけで、どれだけ醜くたって愛してくれるだろうけれど。
それとこれとはまた別なのだ。
自分は魔法使いの訪れる姫ではないのだから。だから、さあ、行かないと。
あの人、優しい人。
きっと、また、微笑んでくれると信じていたから。
「まって、あれ何!?」
「待て待て待て待て!!やばいよ、あれ!?」
藤丸立香はグレイとモードレッドがグリム達をさばく間、必死に礼装などで援護を行った。
そんなとき、立香はふと、空から何かが近づいてくるのが見えた。それにモードレッドが慌てたような声を出した。
遠いそれは、赤い点のようなもので立香にははっきりと正体はわからない。ただ、モードレッドとグレイは顔を強ばらせた。
ざわざわと、己の中で何かがざわめく。モードレッドは咄嗟に叫んだ。
「マスター、宝具の準備を!」
「え!?」
「はい、マスター!あれは、ダメ、です!」
それに立香は無意識のうちに彼らに魔力を回す。それにモードレッドは滑空してくるそれに宝具を叩き込んだ。
「これなるは全ての滅び、我が世界の終わりを招く剣!」
赤い、光線がまっすぐと空をかける何かに近づく。それは、モードレッドの繰り出した宝具に気づいたのか、空中でぴたりと止まった。それに、高速で進んでいたそれがなんであるのか気づいた。
それは、彼にとってなじみ深い、青を纏う騎士王であるはずのそれ。
小柄な体は赤い装飾に覆われ。所々に赤い鱗が垣間見える。
竜だ。
魔術師として素人同然の立香にさえも、それがどれほどのものであるのかが理解できた。
人間としての本能に根ざした、危険信号。
その赤い竜は、かぱりと口を開けた。
まぬけに、まるで、そうだ。食事を欲しがるひな鳥のように。
そうして、咆吼が、一つ、漏れ出た。
そのブレスはモードレッドの宝具とぶつかり合い、空ではじけた。轟音と共に辺りに衝撃が走る。
「は、ははははは。やだなあ。」
モードレッドはぼやくように言った。それと同時に、空からそれが下りてくる。
「・・・アルトリア。」
彼にとってなじみ深い、誇り高く、優しい、食いしん坊の王様は全てがどうでも良いというように立香たちをどうでもいいというような目で睨んだ。
宝石のような、石ころのような、美しいのにがらんどうの瞳で、自分たちを見てた。
「バーサーカーのクラスで召喚されたんだ・・・」
「まあ、だろうね。」
モードレッドはぼやくようにそう言った後、剣を握った。
「グレイ、援護、頼める?」
「わかり、ました。」
「よし、じゃあ、マスターもお願いね!」
「わかった!」
それを皮切りにモードレッドとグレイはそれに、赤き竜に飛びかかった。
赤き竜はそれこそ獣のようだった。硬い皮膚に圧倒的な身体能力のそれは、腕一つで歴戦の戦士であるモードレッドと、そうしてグレイをいなしていく。
ただ、モードレッドの剣に何か、低いうなり声を立てていた。
(近寄りたくはないか。まあ、そうだよね。これは、あなたにとっては忌避すべき剣だ。)
グレイが注意を引き、そうして、その隙をモードレッドが突いた。鋭い爪一つとっても立香に当たれば命はない。
(十分に引き付けて宝具?いや、だめだ、二人とも宝具は範囲が広い。俺のことを考えればある程度、距離を置かないと。)
ならば逃げるか?
立香は考える。けれど、逃げたところでそれは二人の隙になる可能性もある。
「きゃ!」
グレイの体はまるで木の葉のように吹っ飛んだ。それに続いてモードレッドも切りつけられ、腕から血が滴った。
三人の動きが止まる。それに赤き竜はかぱりと、口を開けた。
(来る!)
「止めろ!!」
モードレッドの意識にそんなことが浮かんだと同時に、何かが赤き竜に飛んでくる。それを彼女は手で軽くはじいた。そうして、自分を襲った者へ視線を向けた。
そうして、彼女はあ、ああとまるで人間のような声を上げた。
そこにいたのは、黒い髪の、一人の騎士だ。その顔を立香はよく知っていた。カルデアで、そうして、死を覚悟したキャメロットでの戦い。
太陽の騎士にそっくりな彼は飛ぶような仕草で、はじき返された剣をキャッチし、立香たちの元に駆け寄る。
「あ、どうして、姿が・・・・」
「もう少し後になるはずだったんだが、計画が狂ったんだ。」
「あなたは。」
「自己紹介は後だ。」
そう言った男は、じっと目の前の竜の混じった少女を見た。それは、まるで何か、禁忌と出会ってしまったかのようにがくがくと痙攣し、男を見ていた。
「あ゛あ゛・・・・」
「言葉さえもなくしたか。遠き日、栄光ありし円卓を統べた王よ。」
ざりと、男は地面を踏みしめてそれに近寄る。それはまるで傷だらけの獣のようにうなり声を上げて、後ずさる。
彼女は恐れるように、ああ、と意味の無い言葉を上げて男を見ていた。それに男はまるで懺悔をするようにまぶたを閉じて、考え込むように首を振った。
「違うんだ。そうじゃないんだ。ああ、なあ、アーサー王。いいや、アルトリア。お前は、どうしてそうなんだ。」
それに赤き竜は絶望したかのように顔を強ばらせた。
ああ、何を言われるのだろうか。
濁った、狂った獣の思考でそれはいやいやと駄々をこねるように叫ぶ。
聞きたくない、何も言わないで欲しい。
そうだ、間違えていたのなんてわかっている。間違えた、過ちだった。
託されて、大事にして欲しいと言われて、あまつさえ、赦して、幸せになれと言われたのに。
なのに、なのに、自分は何も出来なかった。何も、悉くを壊すような結末を招いてしまった。
間違えたのだ、愚かだったのだ、自分は、自分は、あまりにも過ちを重ねすぎた。
竜として、狂った思考の中で、現れた己の罪の象徴を前にしてアルトリアはようやく人としての何かを微かに取り戻す。
そこで、見つけた。緑の瞳。
あの日、あの日、自分の王としての間違いを突きつけた、若き彼。
あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああ!!
喉から、咆吼がほとばしる。自分がどうしたいのかも、命令も、全てがぐちゃぐちゃに混ざっていく。
だめだ、だめだ!見ないでくれ!自分を、こんなにも、愚かな、自分を。こんなにも、くだらない、私を、どうか。
「陛下!!」
遮るように声が響く。森の中からラモラックが、親に縋るように稚い表情で飛び出してきた。そうして、それをランスロットが追ってくる。
「止めろ、バーサーカー!」
対峙した二人のそれにラモラックは男の前に躍り出た。
「この方が誰であるのか、貴様ならばわかるだろう!?この国の王に無礼は許さん!」
「王?」
ラモラックを追いかけてきたランスロットがそんな疑問を口にした。それを聞いたラモラックは今までの憎悪さえも忘れ去ったように、まるで幼い子供が自慢を口にするような弾んだ声を上げた。
「ああ、そうだ!我らの王、果ての国、北の果て、我らの王。」
ロット王が、お帰りになられたのだ!
弾んだ声が辺りに響く。それに、モードレッドはああと息を吐いた。そうして、グレイと立香は何となしに可能性として考えていたそれに息を吐いた。
ランスロットは茫然と、今まで自分を叱咤激励してきた少年の正体に罪悪というヘドロが喉の奥からせり出してくる。
男は、ロットは、波の立たない水面のようにじっと、無表情で見つめていた。
そんなことにラモラックは気づかない。
だって、嬉しいのだ。だって、泣きたくなるような邂逅なのだ。
ああ、帰ってきた、返ってきた、かえってきた!
いつか、誰かのために、私たちのために死んだ、優しい、残酷な王様よ!
「頭を垂れよ、歓喜に震えろ。王、我らの王が帰ってきた!」
花のような微笑みで、その男は無邪気に王へ手を広げた。
「いつ、召喚されたのですか!?妃様。ようやく成功されたのですね!陛下、城に参りましょう。彼の人が、待っておられます。」
にこにことそう言う少年を、ロットは見つめ返した。
「ダイル。」
「そうです、私は、そうでした。だから、陛下。」
帰りましょう。
無邪気なそれにモードレッドがロットの隣に立った。そうして、ダイルを見た。
「・・・だめだよ。」
それにようやくモードレッドがいることに気づいたのか、ラモラックは目を見開いた。
「モードレッド様、あなたも、召喚を。」
「そうだよ。」
「ああ、そうか、あなたも!妃様がお喜びになる!」
帰ってきた、欠けていた二人が帰ってきたのだ。ラモラックはそれに無邪気に笑う。それにモードレッドは無言のロットを見て、首を振った。
「だめだよ、ダイル。僕達、敵同士なんだから。」
それにラモラックは、固まった。そんなことを言われるなんて、欠片だって思っていなかった。
脳裏に浮かんだ、幼い少年の姿。
どこから来たのかわからない、未知の生き物。
最初にあったのは嫌悪であったはずだ、悍ましさで、狂いそうなほどの違和感であったはずなのに。
愛おしいと思うようになっていて。
「は、母上様が待っておられるのですよ。兄上達も、いるのです。ならば、あなたは。」
それにモードレッドは無言で視線を下に向けた。何を言えばいいのかと、迷うように。
ロットはそれに口を開いた。
「俺は、この国を滅ぼすために来たんだよ。」
それにラモラックの顔が固まった。何を言っているんだろうと、まるで裏切りにあったかのようにそれは悲惨だ。
「王、そのような、そのようなこと、何故、言われるのですか?」
「何故か、それは・・・・」
「・・・・ロット?」
向き合った二人の間、そこで、何か、声が遮った。それに、ロットは目を見開いて、そうして、おそるおそると声の方を見た。
それは、だって、あまりにも彼にとってはなじみ深い、焦がれた、鈴のような声音。
(ああ。)
ロットはまるで強い光を見たように、ゆっくりと目を細めた。
そこにいたのは、美しい女だ。
星屑のような淡い金の髪、白磁の肌に、神が丹精込めて作ったかのような美しい顔立ち。
そうして、星のような青の瞳。
(ああ。)
ロットは幾度も、噛みしめるように己を見ている女のことを考える。死の直前さえ考えた、ずっと眩み続けた閃光よ。
「ロット、ねえ、ロット?」
まるで、それは子供のように稚い声音でロットのことを呼んだ。親に再会する子供のように、生き別れの兄妹に微笑むように、そうして、欠けた半身へ抱擁を促すように。
(ああ、美しい星よ。)
国に春を運んだ女神様、国の血を産んだ母君よ、そうして、ロットに愛を与えた女よ。
ロットの愛したもの、そのもののような人。
対峙して、ああ、やはりと思う。
泣きたくなるほどに、思う。
綺麗だな、綺麗だな、ああ、いつかのように。まるで、流れ星のように、綺麗な人。
ロットの所に舞い降りた、苛烈な光、滅びの匂いのする女。
ああ、そうか。
ロットは己の握った剣を、さらに、強く握った。
ああ、そうか。自分は、これから、この女を殺すのだと。