もう少し後です、まだ、次男と三男が控えていますので。
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モルガンは、湖の乙女を拘束し、グリムに運ばせてそこにたどり着いた。
たんと、降り立ったそこで、モルガンは、まるで花が咲くように微笑んだ。
「ロット?」
久方ぶりであるのに、まるで、馴染んだ靴を履くようにするりと口から言葉がこぼれ出た。
どくどくと、心臓が鳴る。
ああ、久しぶりだ。
それにモルガンは微笑んだ。
それにモルガン・ル・フェは呼ぶように手を差し出した。
「ロット!」
弾んだ声でそう叫んだ。
それに彼は自分のことを見た。懐かしい、焦がれた、その顔。
長男によく似た顔、次男に同じ髪の色、三男によく似た表情、末の二人と同じ翠の瞳。
会いたかった、自分だけのもの。モルガンに与えられた、たった一つの祝福。
その笑みは、誰もが見とれてしまうようなものだった。
花が咲くように、獣の戯れのように、日が明けるようなそんな笑み。
ロットはそれに黙り込んで、じっと彼女のことを見ていた。モルガンはそっと己のことを顧みた。
きちんと己の衣装を見た。顔はどうだろうか。死人のように青白いのだろうか。
気になってしまう。
たくさんのことが、今になって気になってしまう。今すぐにでも会いたかったから、何もかもをおざなりにしてしまったけれど。
そうはいっても、モルガンだって女の子なのだ。
再会に、気取って微笑むぐらいはしたいのだ。
ロットはぼんやりとした、そんな顔で自分を見ていた。それにモルガンは懐かしくてたまらない。
ああ、そうだ。
あなたは、時々そんな顔をしていた。そんな顔で自分を見ていた。どうしたのと、問いかけると困った顔で考え事だというのだ。
何を考えているのだろうか。そう思って、けれど、それよりもとモルガンはロットに微笑んだ。
「ロット、ひどいではないか。」
軽やかな声に誰もが何もいわなかった。グリム達は跪き、その場に止まっている。ロットはただそれにちらりと、拘束されているヴィーを、湖の乙女を見た。
「ひどい、か。」
「ああ、そうだ。召喚されたというのに、私に会いにも来てくれないなんて。」
そうだ、モルガンは考えていた。何故、ロットが自分に何よりも会いに来なかったのか。
そこでふと、後ろで拘束をしていた抜け駆けをした裏切り者を見た。
そうして、思い立つ。
「・・・・私たちのことを、知ったのだな。」
「お前さんの中に三人いることか?」
それにモルガンはああと頭を抱えたくなった。
(絶対に、引かれた!)
夫の腹に一撃入れる妻もどうかと思う。けれど、実は中に人格が三人いるのは、結構、いや、ものすごい事実ではないだろうか?
それに慣れたモルガンからすれば、何よりも、行動指針が同じだったために違和感など無い。けれど、
(だが!実際問題!自分の伴侶が一人だと思っていたら、実際は三人というのはこう、戸惑いはする!)
モルガンは思わず拳を握った。
モルガン・ル・フェはなんとかごまかせないかと考えた。
湖の乙女はすでに伝えたことだと沈黙した。
モルガンはちらりと後方の湖の乙女を見た。先に彼と会っていたそれがどんなことを伝えたのか、モルガンは知らない。
(・・・・思えば、初めてか。)
自分たち三人の感情が分かれてしまったのは。
モルガンは己のなした不誠実さに泣き崩れた。
モルガン・ル・フェは世界のもろさに怒りを抱いた。
そうして、湖の乙女は。
仕方が無いと、手を離した。
(何故、お前は。)
モルガンは考える。聖杯と、そうして、アルトリアの持つロンゴミニアドを使って、人々に共通の意識世界へ閉じ込める計画を思いついたとき、湖の乙女だけが異を唱えた。
それは違うと。
それは、あまりにも、死んだロットに対して不誠実であるとそれは言った。
不誠実とはなんだろうか。
生きていながら死者に縋り付くこと?夢を見て現を放棄したこと?
そうか、確かに、それはお世辞にも正しいことではないのかもしれない。けれど、どうだっていいじゃないか。
だって。
モルガンは目の前のそれを見て、微笑んだ。
そこにいるのは焦がれた人。
特異な血を継がず、特別な宝など持たず、ただ、国を治めただけの凡夫。
死ぬ理由なんて、欠片だってない人。それが死ぬような世界に、そんな誰かが死ぬような世界に。
どうして、誠実であらねばならないのか?
モルガンはロットに手を差し出した。
「ロット、さあ、城に行こう。」
「ああ、諸事情で改造、というかいじくったが。昔通りだ。ああ、そうだ、殆ど人がいないからと放りっぱなしにしているが。急いで掃除をしないと。」
「安心しろ。私はよき妻だから。城だってきちんとすぐに綺麗にして見せよう。」
「食事も用意しよう。ああ、サーヴァントでも、食事が出来る。魚料理、好きだっただろう?」
「本当の王の帰還だ。民にも周知しなくては。」
「子どもたちのことも呼ばなければ。皆、そんな資格はないと言っていたが。お前が帰ってきたのだから、喜んで飛んでくる。」
「ガレスのことは、残念だった。だが、時間が経てばまた、呼ぶことが出来る。安心してくれ。」
「ああ、もしかしてお前の名前を名乗らせたのが気になるのか?それについては考えよう。」
言葉を、モルガンは紡いでいく。弾むように、楽しそうに、わくわくするような秘め事を話すように。
そうだ、話して、話して、モルガンはぽつりと言った。
「ねえ、ロット。」
モルガンは震える口を引き締めて、恐れるように、怖がるように、モルガンは、一言だって返してくれない夫を見た。
「どうして、何も言ってくれないの?」
それにロットはまるで拒絶するように目を伏せて剣をまた、強く握った。
誰もが黙り込んでいた。
何も言えずに、目の前の状況を見つめていた。その時、立香とグレイは自分たちの後方、村の方でざわめきが起こっていることを感じた。
ちらりとそちらを見ると、そこには、今まで隠れていただろう村人達がこちらを伺っていた。
おそらく、音がしなくなったために出てきたのだろう。
「ロット!」
モルガンの声がまた辺りに響いた。ロットは変わらず、目を伏せたままモルガンを見ない。
「どうして、何も言ってくれないんだ?怒って、いるのか?」
「・・・・いいや。」
「なら、どうして何も言ってくれないんだ?」
モルガンは改めてせり上がってくる不安感に顔を歪めた。
ああ、怒っているのだ。
己のなしたこと、その蛮行、愚かさ。
散々に呆れたのだ。散々に己のなしたことに怒りを覚えたのだ。
ああ、やはり、彼は赦してくれないのだ。自分にきっと、怒っているのだ。
「俺は、モルガン。お前のしたことを怒ってなどいないよ。ブリテンにおいて、オークニーにおいても、全ては俺が死んだ後のことだ。ならば、俺に怒る資格も、責めるつもりもない。」
「ほんとうに?」
「嘘など言う必要が無いだろう。」
その言葉を、聞いていた立香は訳もなく、優しい声だと思った。本当に、まるで、真綿で声を発した誰かを包むような声だった。
言っていないのに、そんな言葉など吐いていないのに、ただ、愛しいと包むように。
(優しい、声。)
モードレッドも、そうして、グレイも、そう思った。それほどまでに、その男の声は優しいものだった。
ロットの言葉にモルガンは安心したような、親に叱られた後の子供のようにロットをおずおずと見た。
そうして、安堵したように微笑んだ。
「なら、行きましょう。私たちの城に。」
初恋の誰かとダンスでも踊るようにモルガンは一歩、踏み出した。
「え?」
誰もがそれにロットがモルガンの手を受け入れると思い込んだ。夫婦の関係そのままに、抱擁でもするのだと。
けれど、ロットはまるで全てを覆すように、持った剣をモルガンに突きつけた。
「ろ、っと?」
「ああ。」
「どうしたの?」
「必然だ。」
「だって、これ、私は。」
「モルガン。」
俺はこの国を滅ぼすためにやってきたんだ。
断固とした声にモルガンは目を見開いた。
「陛下!!」
慌ててラモラックがロットに叫んだ。それにロットは視線だけをラモラックに向けた。ラモラックは顔を強ばらせた。
「そのようなこと!陛下、行きましょう。城に、ここならば皆、おります。ベルンの馬鹿もすぐに連れ戻して参ります。ガ、ガウェイン坊ちゃんも、アギー坊ちゃんも、ガへリス坊ちゃんも!私が、呼んで参ります!今度こそ、今度こそ、私が、私が!」
「ダイル。」
「へ、陛下・・・・」
「王とはどんなものか、お前は覚えてるか?」
「お、王とは。」
ラモラックはそれに無意識のようにロットが昔言った、王としてあり方を復唱した。
「王とは、国を動かす機関に過ぎず。王とは、人々が報いを得られる国を作る管理者にしか過ぎず。」
「王とは、国ではなく、民が生きるために働くものだ。俺は、そう言った。だからこそ、俺はここに呼ばれた。この国の歪を、正すために、ここに来た。」
そう言ってロットは目を見開き、自分を見つめる女に改めて言った。
その、突きつけた剣が微かに震えているのを、ランスロットだけが理解した。
「モルガン、俺は、お前を殺すためにここに来た。」
ロットの言葉にモルガンは茫然とした。
ああ、だって、これは嘘だ。ロットが自分を殺すはずがない。
赦されないと、愚かだと、呆れられると、ずっと思っていたのに。彼の、自分に突きつけた剣を前にしてそう思った。
そうだ、優しい彼が、怒っていないというのに。
この国を、この永遠を、否定なんてするはずがない。
「どうして、ここには全てがある!子どもたちもいる!家臣達も!民も!あなたが哀れみを持った妹も生かした!何も滞りなく進む!違和感を持っても、金のリンゴを食べれば全て忘れて、そのまま生きていける!ほら、見て!聖杯の力を使って創ったの!グリムよ、普段は民達の見たいものに化けているけれど、でも、緊急時には兵士にもなるの。誰も、もう、傷つかないから、だから。」
だから、ねえ。また、みんなで、仲良く暮らしましょう?
モルガンは駄々をこねる子供のように、首を振った。幼い少女のように、あの日、いつかに、悉く世界から見捨てられた滅びを背負っただけの少女は、自分を受け入れてくれた世界に必死に手を伸ばした。
「乙女!乙女か!ロットに何かを吹き込んだのは!一人だけ抜け駆けして!都合の良いことを言ったのか!」
それにヴィーは、湖の乙女は自分の同位体からかけられた拘束の内で、ぼんやりと思い出していた。
それはロットを、いや、ルー神を召喚したとき。
自分に残された、たった一つの切り札を引き当てたときのことだ。
「ふむ、確かにロット王は私の一種の側面として扱われてはいるね。ああ、息子同士の縁でね。私の方がどうしても格が上だからこうやって前に出てきてしまっているけれど。交代は可能だよ。何よりも、少々特異なクラスで召喚されたようだしね。」
「うん、それで、今回はロットを主として欲しいの。」
「ふむ、まあ、今回は人理の危機ではあるし。君のような存在からの願いなら聞き入れないわけではないけれど。いいのかい?」
「何が?」
湖の乙女は首を傾げた。それに、黄金の髪をしたそれは言った。
「別段、彼女を殺すのは私でも構わない。いや、いっそのこと、私の方がいいかもしれない。それでも君は、ロット王に魔女を殺すように望むのかい?」
その言葉に湖の乙女は押し黙った。そうかもしれない。確かに、確実な戦力を臨むのならそちらの方がいいのだろう。
けれど、彼女は首を振る。
「・・・別に私を殺すのなんて誰でもいいの。結局、魔女は滅び、死者は死に、生者は有限の中に帰らないといけない。」
「ならば。」
「でも。
湖の乙女はそれに微笑んだ。
「それでも、私だってこれでも女の子なの。自分の
願うようにそう言った。それに、ルー神は笑みを深くした。そうして、頷いた。
「いいだろう、クラス、プリテンダー。君が望むように、そうして、内の私が望むように。決着をつけようじゃないか。」
ああ、そうだ。
湖の乙女はロットを見て、喋ることさえも出来ずに、それでも軽く首を振った。
それにロットは顔を歪め、決意するようにモルガンを見た。
それでいい。
湖の乙女は自分の決断を後悔していない。
何故なら、彼女は、湖の乙女だ。
勇気ある者を称えるもの、明日のために刃を振う者へ祝福を与えるもの、そうして、見送るものであるのなら。
いつか、夜は明け、明日がやってこなくてはいけない。湖の乙女はずっと、そんな人間を好ましいと思っていたから。
モルガンは湖の乙女とロットのやりとりに、裏切りを受けたかのように、そうして、自分の知らないところであった特別な関係を察して嫉妬を爆発させる。
「ロット!言ってもわからないのなら、力尽くでも連れて行く!ああ、そうだ!お前にだってわかるはず!そうで、あるはずだ!」
モルガンが持った、そのランスを携える。それにロットは顔を歪めて、剣を振ろうとしたその時、がちゃんと音がした。
『うーん、ダメだね。殺す覚悟も出来てないのに、最終決戦とか早すぎるんだよね。』
軽薄そうな、女の声。それは立香にとって聞き覚えのあるものだ。
それは、女の姿をしたマーリンの声。
世界が、まるで硝子のように崩れていくのを見た。自分たちと、そうして、少し離れたランスロットとロットの足場が硝子に映った虚像のように割れて、穴が出来た。
「グリム!」
いち早く異常に気づいたラモラックが彼らを捕らえようと声を上げた。けれど、皆が皆、その穴に落ちていく。
「グレイ!」
「マスター!」
一番にグリムの接近した距離にいたグレイを除いて。
そうして、モルガンもまた、ロットに向けて手を伸ばした。暗い穴の底に落ちていく瞬間、自分に手を伸ばした、光り輝くそれにロットはいつかの夢を思い出す。
ああ、また、星が自分に手を伸ばした。
きれいだ、ああ、やっぱり、俺のお星様。あなたは、誰よりも綺麗で。
でも、今は、それに手を伸ばすことは出来なくて。
落ちていく暗闇の中、遠くに見た、キラキラ光るそれをロットはずっと見つめていた。
「グレイ!!」
もう一度、穴に落ちながら叫んだ立香は自分が地面の上に放り出されたことを衝撃として理解した。
ひっくり返り、目を開けたその先には、何かドラゴンのような爪があった。
「・・・のんきなもんだな、本当に。」
「え?」
目を見開いたその先には、醒めた目をした妖精王であり、昔、白い竜であった滅びの王。
そうして、ひょっこりと、また何かが視界に滑り込んできた。
「やあやあ!マスター君、手荒なまねを済まないね。よし、サー・ランスロットに、モードレッド。そうして、ロット王。ああ、一人足らないけれど、よし!」
改めて会えて嬉しいよ!
そう言って、銀の髪に、虹の瞳を持つそれは微笑んだ。
まさかここで妃と再会するなんて思ってもいなかった。それを邪魔するのは忍びないが、仕方が無い。
だって、まだ、次男坊と三男坊とも彼は会ってはいないのだ。
それを邪魔するなんて無粋の一言だとしても、まだ、決着をつけるには早すぎる。
虹色の瞳を細めて、それは考える。
物語とはいつか終ってしまうものだ。ならば、けじめも、決着をつけさせるのは、妃にこの世界を始めさせた己が行える一つの贖罪だろう。
ああ、なんて、罪悪感など存在しない自分には不要な言い訳だろうか。
物語は終る、それは美しいもの、醜いものに限らず、当たり前の摂理だ。永遠に続かれると、観測者の自分としては困るのだ。
ならば、終ってくれたほうがありがたい。
何よりも、自分の息子から始まった悲劇に対してするべきこともあるだろうと、そう思って。