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「いやあ、ようやく会えたね、みんな!!」
何をそこまでテンションをあげる必要があるのだろうか?
そんな疑問を持って藤丸立香は目の前の絶世と呼んでいい美女を見た。彼女はにこやかにふわりと浮かんで自分たちを見ていた。
その隣には、立香にとってなじみ深いオベロン・ヴォーティガーンがこの場の全員死なねえかなあと思っているような顔で佇んでいる。
周りを見回せば、ひどいものだ。そこは、まるで命という命が枯れきったような荒野だった。
「あ、なたは・・・」
「あれ、賢者様?でも、女の子、だよね?うん?まって、ここどこ!?」
騒がしい声が辺りに広がる。そんな中、ロットは茫然と己の手を眺めていた。何も掴めなかった、その手を、ただ。
周りを見回した後、立香は改めてグレイがいないことに気づいた。
「まって、グレイは!?」
「彼女かい?彼女なら、ラモラックに捕まってしまったようだね。」
「そんな!?」
立香の言葉にランスロットとモードレッドが目を見開いた。そうして、ロットがようやくふらふらと立ち上がった。そうして、女を見た。
「・・・安全は?」
「はははは、それについては大丈夫さ。彼らは、彼女を殺せない。いや、指一本触れられない。そういうものだろう、君達の言う、愛というものは。まあ、ヴィヴィアンが捕まったのなら、これでよかったんだろう。」
「待って、マーリン。グレイは本当に無事なの?」
その言葉に女はにっこりと微笑んだ。
「ああ、彼女の安全は私が保証しよう。彼らは、残された者を害せないだろうさ。よし、軽く自己紹介をしよう。」
その言葉に立香はひとまず心を落ち着けた。今は、彼女の言葉を信用するしかない。
女は自分のことを指さした。
「やあ、ようやくまともに会えたね。私はこの事態の収拾のために呼ばれた存在さ。呼びたければ、マーリンとでも、リリスとでも他に呼び名でも結構さ。そうして、隣にいるのが。」
そう言って、マーリンは両手をひらひらさせながらオベロンを紹介した。
「そして、今までマーリン役として君達のサポートをしてくれてた、協力者のオベロン君だよ。」
「はっはっは!カルデアから誘拐しといて、協力者もクソもなかったと思うんだがな!?」
「いやあ、それでも渋々でも協力してくれてたからね。」
「え、カルデアの?」
「ああ、そうだよ。気づいたらこんなところで、このクソアマとふたりっきりだ!」
「でも、協力はしてくれましたよね。だって、あなたは滅ぼす者ですから。ヴォーディガーンであるあなたは。」
それにランスロットとモードレッドの顔が歪んだ。オベロンはそれに顔をしかめた。
「まあ、それはともかく。質問に答えておきましょう。ここは、あなたたちのいた、幻想世界、モルガンの願った理想であるテクスチャの下。反転した世界、命の滅んだ、夜の国。」
ようこそ、北の果て、滅んだ国、オークニーへ。
女の弾んだ声が、冷たく乾いた空気に乗って立香にやってくる。そうして、改めて、立香は上を見上げた。そこにあるのは、しんと静まりかえった沈黙だけだった。
(あれ?)
グレイはふと、眼を覚ました。起き上がれば、そこは豪奢な家具が置かれた部屋の中だった。全体を青で統一したそこはまさしく高貴なる人の居室だった。
「・・・眼が覚められたのですね。」
聞こえてきた声にグレイは跳ねるように飛び起きた。そこにいたのは、ラモラックだった。
どこか強ばった表情の彼は、部屋の入り口からグレイの眠っていたベッドに近づいた。グレイはアッドの姿を探した。
幸いなのかアッドは取り上げられていない様子だ。ならば、この場をなんとか乗り切らなければ。狭い部屋の中で、自分の武器は不利かもしれない。
そう思っていたグレイにラモラックは跪き、頭を垂れた。
「え?」
「ローアル様の子孫であるというあなたに、無礼を働いたこと、誠に申し訳ございません。」
「え、あの・・・・」
グレイは困惑した。けれど、ラモラックはまた深く頭を下げた。
「今までの無礼、まことに申し訳ありません。」
グレイは困り果てた。今すぐにもで逃げた方が良い気がする。けれど、目の前で頭を下げる男の鬼気迫る空気に無視することははばかられた。
ローアル。
幾度も聞いた名前だ。自分の先祖、よく似ているという瞳の色。
グレイは、その、彼女に似ているという事実が重くのしかかる。
「頭を上げてください。」
それに素直に従ったラモラックはグレイの顔を見て、また、泣きそうな顔をした。グレイは彼が自分の瞳を一心に眺めていることを理解した。
重くて、腹に来るような瞳で、グレイを見ていた。彼はにっこりと微笑んだ。
「グレイ様、それでは、モルガン様がお呼びです。こちらへ。」
そういって招かれたグレイは従うしかないだろうと足に力を入れた。
連れて行かれたのは、何故か教会だった。城の中に内装される形のそれはこじんまりとしており、どこか寂しい印象を受けた。
ラモラックは教会のまえで立ち止まり、そっとグレイに入るように促した。
そこに入ると、中にはモルガンがいた。黒いヴェールを纏った女は淡く笑ってグレイに微笑んだ。
「やあ、来たのだな。」
そう言った笑みは、本当に美しいものだった。
グレイは目の前に広がる場所を美しいと思った。教会の中央には、なぜか棺が置かれていた。けれど、それは空っぽだ。色とりどりの花で埋まった、空の棺。
モルガンは棺のそばに座って、そこに愛しい誰かが横たわっているような顔をしていた。
グレイは困惑しながらモルガンを眺めていた。それにモルガンは静かに微笑んだ。
「こちらに、来てくれるか?末の子よ。」
その言葉があんまりにも優しい言葉であったものだから。グレイはゆっくりとモルガンに近づいた。
「すまないな。私が向かえばよかったのだが。」
「いいえ・・・」
グレイは何を話せばいいのかわからずに黙り込んだ。その様子にモルガンが口を開いた。
「・・・疑問だろう?」
モルガンの言葉にグレイは少し悩んだ後、頷いた。そうだ、疑問というのなら多くあった。なぜ、自分はここに連れてこられたのか。そうして、なぜ、自分は無事にここにいるのか。
なぜ、という疑問は多くあった。
「はっはっは。その、こらえるような顔、あの子によく似ているなあ。」
「あの子?」
「・・・・自分が、私の末に当たるのだと知っているのだろう。」
それにグレイはモルガンが自分を生かした意味を理解した。
血縁、遠い昔、愛した誰かの忘れ形見。彼女は、それを手ひどく扱えなかったのだろう。
グレイはそれで自分の命が助かったことに安堵し、それと同時に、また、誰かの面影を、己の中に違う誰かを求められる不安感に顔をしかめた。
それにモルガンは済まなさそうに目を伏せた。
「・・・お前の過去は、知っている。グレイ。」
「え?」
モルガンはそう言ってグレイに向き直り、そうして、頭を下げた。ドレスの裾をつまみ、目が覚めるほどに優雅に礼をした。
グレイは、今まで散々に見た、モルガンの狂気を思い出してそれに見とれた。
そこにいたのは、輝くばかり、遠き過去でどんな騎士でさえも忠誠を願い出るほどの貴婦人だった。
「私の、最後の仕事がお前にとってむごい結果になり得てしまったことを謝罪する。力を前にして、奇跡を目の前にした人間の愚かさを、私は知っていたというのに。」
その礼にグレイは固まり、そうして、慌ててモルガンを止めた。
グレイの村では確かにアーサー王を信奉していたが、村の始まりである人間はモルガンの直系だ。
グレイにとって、彼女は偉大なる魔女として語り継がれている。そんな存在に頭を下げられる現状はひどく気まずい。
「その、知ったというのは?」
「・・・あれは、そうだ。アッド、と呼んでいるようだが、あれを作ったのは私だ。やりようはいくらでもある。本当に、すまないことをした。」
「いいえ、そんな。あなたが、悪いわけでは。」
「・・・そうであるとしても、だ。どんなことにも責は行ったものにはあるのだ。良くも悪くもな。私は力を持つものだ。ならば、よけいにその自覚を持たなくてはいけない。」
モルガンは苦い後悔を口にするように首を振った。
「私は、どうなるのですか?」
「・・・・不自由のない生活を約束しよう。」
「いいえ!返してください!私はマスターの元で、やらなくちゃいけないことがあるんです!」
「お前の望む師匠や、他の人間はなんとかしよう。」
「そういうことでは!」
「・・・・お前の目は、本当にあの子にそっくりだ。」
グレイの言葉を無視して、モルガンは彼女の瞳をのぞき込んだ。そこにあるのは、懐古だ。
「ラグネルとローアルはこの地を去った。私は、それを止めなかった。だが、あの子達はこうやって帰ってきたのだ。」
「私は!」
グレイは必死に言いつのろうとした。けれど、それよりも先にモルガンはグレイを抱きしめた。
華奢で、細い、母と言うにはあまりにも少女染みた体で、それはグレイを抱きしめた。なのに、その力はひどく強い。
「頼む、どこにもいかないでくれ・・・・!」
縋るようなその言葉は、歴史のどこかで語られる、破滅の女の面影などとんと存在しなかった。
自己紹介の後、マーリンはそのままそそくさと姿を消した。曰く、別にやることがあると言っていた。そうして、後を託されたのはオベロンであり、彼はまた、ここにいるやつら全員死なねえかなあという顔で道案内を始めた。
「オベロン、マーリンに関わるなんてどうかしたの?」
「関係ないだろ。」
オベロンは心の底から不機嫌そうに吐き捨てた。それに立香は黙り込んだ。目の前の彼は相当にマーリンを嫌っている。ならば、別次元の存在であるとはいえマーリンと関わるなんて考えられなかった。
「さあね。ただ、今度こそこの島を滅ぼせるなら気分が良いと思ってね。」
立香はそれを本音であるとは思わなかった。彼が素直にそれを白状するとは思わなかった。
けれど、深入りをしてもへそを曲げるとわかっていたので納得した振りをした。
「おかげであの女には散々にこき使われたけどね。これから行く楔の場所も、全部、俺がわざわざ調べて回ったんだからな?」
「・・・君、異分帯での仕事と変わらないことしてるんだね。」
それにオベロンはぎろりと立香を睨んだ。立香は地雷を踏んだかと思ったが、オベロンははあとため息を吐いてしっしと立香を追い払った。
「ともかく、君はあの、無粋な太陽野郎のところで休んでなよ。ランスロットとモードレッドが帰ってくるまでの時間なんだから。」
それに立香は頷いた。
どうも、この裏の世界にも楔は存在しており、それを壊すことを最優先にすることになった。そうして、オベロンはその案内役であり、現在、ランスロットとモードレッドは見回りに行っていた。
その間に、立香は休むために一人でたき火の番をしているロットの元に向かった。
裏の世界は、以前と打って変わり、真っ暗で、ずっと夜が続いていた。
そこは寒く、そうして、暗い。
ロットはぼんやりとたき火を眺めていた。
「・・・・オベロン殿は?」
「一人にさせろって。」
「そうか、後で礼を言わなくてはな。」
立香はなんとなくオベロンが一番嫌がりそうだなあとロットの返答に苦笑した。そうして、改めて黙り込んでしまったロットを見た。
この世界に来てから、塞ぎ込んでいるのか、黙り込んでしまったロットに触れるものはいなかった。
元より、ランスロットもモードレッドも彼にどう踏み込めば良いのかわからない様子だった。マーリンは早々に別行動し、オベロンも彼が気になるようであったが、関わる気は無いようだった。
立香はロットに声をかけようとした。けれど、なんと声をかけるべきか悩んだ。
そんな立香の様子を察したのか、ロットは口を開いた。
「・・・俺の行動が疑問か?」
それに立香は少しだけ動揺した後、頷いた。
「そうか、素直だな。そうだな、疑問だろうな。ただ、俺は王なんだ。ならば、国が間違った方向に行くというのなら、それは俺が止めるべき物だ。民を導くこと、彼らが幸せであること、俺はそれの責を取らなくちゃいけない。」
「・・・・奥さんを殺してまで?」
立香のそれにロットは怒らなかった。ただ、淡い微笑みを浮かべて立香を見ていた。ぱちぱちと、焚き火の音がした。
立香はじっとロットを見返した。二つの、色の違う瞳。
一つは、新緑の。もう一つは、深い、空のような海のような蒼。まるで自分の心をのぞき込まれているかのように恐ろしくなった。
けれどと、立香は思う。
少しの間だけ、旅をした。彼と共に過ごした。それでも疑問だった。ロットは、優しい人だった。
歪なあり方をした村に痛みを覚えていた。モルガンを殺すと言ったとき、ロットは叫ぶことも、怒ることも、悲しむこともなかった。ただ、ただ、淡々と必死に言葉を放っているように見えたものだから。
「あなたは、本当にこの国を滅ぼしたいの?」
口から零れたそれにロットは笑みを深くした。そこに、やっぱり怒りはなかった。
「どうしてそう思う?」
「この世界を止めなくちゃいけない。でも、あなたが大事な人を殺してまで止めさせたくないと、俺は思う。何か、違う方法を。」
「なあ、立香。お前さんはグレイのこと、心配じゃないのか?」
突然の方向転換に立香は戸惑った。それにロットは言葉を続けた。
「あれは情の深い女だ。己の孫の直系を殺すことは早々できんだろう。ただ、あれはそれと同時に、非情で賢しき女王でもある。己の国のためならば、早々の非道をなすだろう。それで、どうして安心できる?」
「だから、間に合うように助けに行く。俺は、今できることをするだけだ。」
「・・・良い返事だ。そうだ、何もかもを手に入れることは出来ないだろう。俺はな、彼女にもう、恨んで欲しくないんだよ。」
この世界を、あの女は愛していたものだから。
ロットは物思いに耽るように目を閉じた。
「・・・・情の深い人だった。誰よりも愛情深くて、だからこそ、この世界は残酷なまでに彼女の心をひしゃげさせた。何もかもを亡くして、それでもここまでの強攻策に踏み切ったってことは。きっと、もう、全てが終らないと止まれないんだろう。なら、それは俺の役目のはずだ。だから、立香、言っただろう。この世界が終ることに責任を持たなくていいんだ。」
それに立香は黙り込んだ。ロットの言い分もわかった。けれど、そのために行動している自分は、明日を生きるために自分は、ここにあるものを否定するというのなら、それは。
(何よりも、俺の・・・・)
そこでロットは呆れた顔をした。そうして、立香の頭を乱雑に掴んで自分のほうに顔を向けさせた。
「うーん、あれだな。こう言えばいいのか?」
うぬぼれるな、小童が。己一人でその罪を背負うなどと、大それたことを考えるな。
冷たい言葉であったけれど、その優しい声音に立香は驚いた顔をした。
「いや、まあ、だってなあ。生き残るために多くを滅ぼした。それに罪はあるかって。そりゃあ、ないだろう。何かを殺して、滅ぼして。その上に立つということが罪ならば、人類はとうに罰せられて滅ぼされてなくちゃいけない。」
「それでも、生き残るために獣の肉を喰らった存在に、罪はないの?」
皮肉のような混ぜっ返しにロットはひねたことだと苦笑した。
「そうか、なら。お前の人種、国は、ただの一度も何かを殺すこともなく、何かを滅ぼすこともなく、何かと争うことはなかったのか?」
「・・・ある。」
立香の国は世界でも相当に平和な国だ。けれど、自分が知らない世代であるとは言え、散々に戦争をしてきた。それぐらいは知っている。
「それと一緒だ。産まれてきたその時点で、俺たちは何かの争いと滅びの上に立っている。」
ロットはそう言った後、木を炎の中に放り込んだ。
「お前さんがそれを罪だとか、してはいないことだとか、罪悪感に浸るのは気持ちとしてわからなくもないがな。だが、生き残りたいという闘争をお前がしたというならば、それはお前だけの罪ではない。」
生きたかった、明日を見たかった、前に進みたかった。そのために殺し、滅ぼしたというならば、自分、もしくは誰かに生きて欲しいと思った数多のものがその罪過を背負わなくてはいけない。
それはそうだろう。だって、何かの滅びの上に栄華を享受するのなら、その対価は払われなくてはいけない。
ロットは、立香と、少年の名前を呼んだ。
お前は選ぶことの出来る人間だった。お前は戦うことの出来る人間だった。そうだ、だがな、選ぶことの出来る人間の犯した罪は、選ぶことの出来ない、放棄した人間も背負わなくてはいけない。それは、弱者が選ばなかったことへの負うべき業でもある。
誰かに背負わされたと、それはそうだろう。でもな、酷い扱いを受ければ自分は選べなかったとして、そのくせ、繁栄すれば喜んで平伏するのは都合が良すぎる。
誰だって、どんな小さな事でも選択を行い、そうして、その業を、対価を受け取っているのだ。
あの日、アーサー王というそれを王として、そうして、滅んだ国のように。
「まあ、お前さんの気持ちもわからなくはない。お前さんもしょせんは望んでここにたどり着いたのではなくて、ここまでいつの間にか来てしまった側の人間だからな。それでも、お前は、その罪を一人で背負ってはいけない。その業を己だけのものだと自惚れていけない。たった一人の救世主によって救われる程度の命ならば、最初から心も、意思も、祈りもいらないだろう。なら、正しくて強い人間以外が必死に叫んだ願いは石ころのように無意味だったと定義することと同じじゃないのか?」
立香は黙り込んだ。それは、きっと、優しい言葉なのだ。立香の責を、今まで散々に滅ぼしてきた何かへの罪悪感を赦せと、放り出せといっているようなものだ。
けれど、立香は首を振る。
「それでも、これは背負っていきたいんだ。これは、これは、それでも、託された物も放り投げてしまうから。」
掠れた声で、まるで、泣いてしまいそうなほどに。そうして、崩れ落ちてしまいそうなほどに、何か、立香の中で渦巻いていた。
その様子に、ロットは少しだけ黙った後、立香の顔を両手で包んだ。そうして、まるで子犬に触れるように乱雑に撫でた。
「ならこれだけは、覚えておいてくれ。なあ、少年。それならば、その業を一人で背負おうとしないでくれ。今まで生きた、生きたいと想った誰かを部外者にしないでやってくれ。」
誰かの幸せを願った、明日を生きたいと、ここではないどこかに行きたいと、戦いたかった誰かの心を無碍にしないでくれ。
その声はひどく優しかった。立香は、その時、普段自分の中で押さえつけられている何かが外れてしまうような気がした。
だって、そうだろう。
立香に、その重みを下ろせというものはいた。忘れて良いと言った。放棄して良いと言った。
けれど、その業をお前だけの物にするなと叱ってくれた者はいなかった。
「藤丸立香。滅ぼした世界の上にお前一人が立っているなどと愚かなことを考えるな。今まで滅ぼした世界は、お前さんの生きた世界の人々が背負うものでもある。それは押しつけではない、それは逃避ではない。お前が生かした世界、お前が生きた世界が確かに明日を願った証だ。」
だからと、ロットは笑った。無理をしているわけでもない、同情しているわけでもない。その笑みは、ただ、いつかに、どこかで、人生を生ききった先輩からの祝福だった。
「ありがとう、最後のマスター。その罪は俺のものでもある。明日もまた、愛した誰かが生きて欲しいと思った願いが叶った証だ。生きてくれてありがとう。生きようとあがいてくれてありがとう。どうか、いつか、お前を愛した世界を忘れないでやってくれ。」
ありがとう、藤丸立香。
開き直れとは言わない、正しかったと叫べとは言わない。君ではなくとも、たどり着けたのかもしれない。それでも、君によって救われ、そうして、君によって祝福された命を忘れることなく。
その業を背負い続けてもいい、痛みこそが救いになるときもある。
その罪を全て忘れて逃避してもいい、拒否こそが何よりも傷を癒やすこともある。
でもな、藤丸立香。覚えておいてくれ。
「どうか、少年。幸せになってくれ。」
それに、立香はなんだか、なんて答えれば良いのかわからなかった。
だって、その人は、それを罪だと立香に示すのではなくて、逃げようと逃避させるのはなくて、終るといいと終焉を差し出すこともなく。
共犯者、それは一番近いのかもしれない。けれど、それは、巌窟王の言葉とは、種類の違うもので。
「どうして、そんなことを言うんですか?」
「・・・いいや。ただ、そうだな。俺たちは、昔、当たり前のように生き残るために何かを殺していた。それは間違いだったか?そうして、例えば、お前さんの立場に立った違う誰かに、お前はそれはお前だけの罪だというのか?」
「そんなことは!」
「そうだ、それならば、その下に踏みしめた死体は、その上に立つ全てが背負わなくちゃいけない。お前達の世界に、英雄はもういないんだろう?」
ロットは嬉しそうに笑った。
「いいよな、俺も全部知ってるわけじゃないんだけどな。でも、たった一個人に全部を押しつけるんじゃなくてな。それでいいのかって、みんなとは行かないが、多くを集めて考えて、進んでいくんだろう。俺は、それが嬉しいんだ。」
「どうして?」
それにロットは立香を見つめた。
「・・・昔、全てを背負って、自ら贄になると決めた子どもを知っている。俺は、それを助けることも出来なかった。何もしてやれなかった。俺は、俺で手一杯だった。正直言うとな、お前さんのことは、ヴィーに聞いててな。だから、言ってやりたかったんだ。一人で、大罪人みたいな顔でして欲しくなかったんだ。」
ロットは改めて立香を見た。彼は、それに嬉しそうに微笑んだ。
「誰もが誰かの死体の上に立っている。だから、それをお前だけの罪とはしないでくれ。一人で背負わなくなりゃ、つらさが減るとは言わない。でもな、お前の願いは、最後まで、死ぬまでは必死こいて走ることなんだろう?」
「うん・・・」
「なら、へこたれそうなとき、誰かが隣にいたのなら少しは慰めにはなるだろう。だから、言ってやりたかったんだ。一人で背負い込むのは、少しばかり傲慢だってな。」
立香はロットを見た。優しい人だと思った。けれど、立香は彼に何と言っていいのかわからなかった。ただ、一つ思ったのだ。
微笑んだ、その笑みは、どこか自分に似ている気がした。