お待たせしました。今年中の完結を目指します。
アグラヴェインノ話です。
感想いただけましたら嬉しいです。
変わることなどなく、己は己のまま、ただ、生涯を終えるのだと思った。
疑問など無かった。
そう願われた、そう望まれた、そう祈られた。託された願いだけが自分の人生などとは考えていなかった。
ならば、それでよかった。
なのに、なのに、なのに、自分は出会ってしまった。出会ったが故に、願いを一つ得てしまった。
アグラヴェインという男は、ずっと後悔をしていた。
赦されることではなかった、アグラヴェイン自身がそれをけして赦さなかった。けれど、彼はそれを捨てきれなかった。
ああ、どうして、こうならなかったのだろうかと。
ああ、母が泣いている。優しい人だ、賢しい人だ、己の責務に対してずっと真面目すぎる人だった。
母上、今度こそ、今度こそ、私はあなたのために剣を振おう。今度こそ、今度こそ、あなたが泣くことなどないように。
幸せはいりません、赦しなど必要など無いのです。
私は、わたしは、大切にしたかったものを、悉く、己の手からこぼしてしまったのだから。
きいいと教会の扉が、開いた。
中にはまるで檻のように鎖が至る所に張り巡らされていた。そうして、その先には黒い甲冑を纏った男が一人。
まるで、そこに夜が立っているかのような男だった。
「・・・・誰だ。」
掠れた声だった。ずっと喋ることを放棄してしまっていたかのように、そんな割れた声だった。
ランスロットや、モードレッドはちらりとロット王と、そうして藤丸立香を見た。
立香はそれにロットを見た。
それにロットは、何か、言いよどむように目を一瞬だけ伏せた。
「アギー。」
小さな声だった。それは、下手をすれば、風に吹き飛んでいきそうなほどに微かな声だった。
それに、それに、それでも、彼はアグラヴェインは思わずというように、油の刺されていないブリキの人形のような動きで顔を上げた。
昏い、締め切られた教会の中には、やはり、大樹がそびえ立っている。その下に、また、男が一人立っている。
教会の中は、何故か、鎖が張り巡らされている。それは、まるで、牢獄のように重苦しい。
青白い肌の男が、ぎこちない動きで立ち上がった。
ロットはためらいもなく、教会の中に、歩を進めた。
立香たちは動かなかった。ロットには事前に頼まれていた。戦う前に、どうか、少しだけ話をさせてくれと。
それに立香は了承した。
「父様の姿を見たら、兄様は何もしてこないよ。きっと、父様に対してだけは、僕達、最初から何かをするなんて無理だ。」
「少しだけ、話を。俺がどうするのか。そうして、あの子がどうするのか。それを決めないと。」
それに立香は頷いた。どんな話をするにしても、彼はそれをよしとした。
ランスロットはそれに思わず固まった。
見たこともない顔をしていた。
ランスロットの記憶にある彼は、いつだって、仏頂面で暗がりの中に佇んでいるような男だった。
けれど、今、その顔。
ロット王の顔を認識したその瞬間、まるで幼い子どものような顔をしていた。
まるで、そうだ。
長い間、遠征に出ていた父を出迎える幼子のような顔。
その感情を、ランスロットには理解が出来ない。
(・・・・私は、父を知らないから。)
「ち、ちうえ?」
掠れた声と共に鎖が引きずられる、鉄のこすれる音がした。ふらふらと、それは二、三歩ロットに歩み寄った。
それは老人のように立ち上がった。そうして、向かい合う。
見れば、二人が親子であること最初から認識できるものはいないだろう。似ていない、あまりにも、その様相は似ていない。
ただ、柔らかな夜のような髪の色だけが二人の間にある同じものだった。
アグラヴェインはランスロットにも、そうして、弟であるモードレッドのことさえも目に入っていないようだった。
ただ、一心に、彼はその緑の瞳を、そうして、あらわになった青の瞳を見つめていた。
「・・・・なぜ、ここに?いいえ、それよりも、母上には、会われましたか?」
ロットはそれに一度だけまぶたを閉じた。そうして、思い悩むように息を吐いた。
「ああ、会った。」
奇妙な気分だった。その声はやはり、何よりも優しかった。それは、それは、あまりにも、アグラヴェインという男にかけるには幼子へのもののように甘い声だった。
「迎えに、来られたのですか?それなら、申し訳、ありません。私は、この場を去ることは出来ないのです。私は、私は。」
「アグラヴェイン。」
アグラヴェインは叱られることを覚悟するかのように視線をそらして言葉を重ねた。
アグラヴェインはそれに体を震わせた。
目の前の父は、色あせることなく、そこにいた。記憶の中で、幾度も反芻した父。
兄に似ていた。けれど、兄とは違った。
太陽のように、軽やかな空気を纏った兄とは違い、父はひどく静かな目をしていた。
兄が夏の昼間のようならば、父は冬の朝のような人だった。
父は厳しい顔つきで自分を見ていた。それにアグラヴェインは咄嗟に叱られるのだと思った。
だって、そうだろう。
アグラヴェインは何も守れなかったのだ。
国も、故郷も、そうして、己が起こした事によってオークニーを継ぐはずだった甥を殺し、末の弟妹達さえも殺したというのならば。
唐突に恐ろしくなった。
ああ、叱られてしまう!
アグラヴェインは幼子のように顔を伏せた。目を合わせることが出来なくなってしまった。
だって、だって、叱られてしまう。
何故だ、何故だと、どうして、あんな末路なのだと。
母を一人にし、兄弟達は死に、国は滅び、そうして敵に入れ込んだ己。
それは赦されないだろう。仕方が無い、それは全てアグラヴェインの間違いだ。けれど、今になって恐ろしくなった。
父に、叱られるのが恐ろしいと、そう、思ってしまったのだ。
なのに、なのに、なのに。
アグラヴェインにかけられた言葉は、彼が思う以上に辛いものだった。
「アグラヴェイン、お前はこの国の存続を望んでいるか?」
何を、言われたのか、理解が出来なかった。
そんなことを言うはずが無いと思った。そんなことを思うはずがないのだと思った。
「なにを、言っておられるのですか?」
動揺を見せるアグラヴェインにロットはたたみかけるように言った。
「俺はこの国を滅ぼすために召喚されたんだ。お前はどうする、アグラヴェイン。」
どうする?
そんなことは決まっている。アグラヴェインはこの国を守らなくてはいけない。母の願いを成就させなくてはいけない。
それは、いつかに母を一人にした、父から託されたことを守れなかった、そうして、全てをかけて忠義を誓った王への償いであるのだから。
「何故、ですか?」
掠れた声で問うた息子にロットは静かな目をして、ゆっくりとその大剣を引き抜いた。それにアグラヴェインは体を震わせた。
そんなことは。あってはならない。
優しい父、強き騎士、人を知る人。
そうして、理想の王。
「何故ですか!何故、そんなことを言うのですか。」
「間違っているからだ。終るべき世界が続いている。存在してはいけないモノがここにある。進むべきものが立ち止まっている。それは正さなくてはいけない。」
剣が、己に向けられる。
それにアグラヴェインは理解した。目の前のその人が本気で自分と剣を交える気であるのだと。
「違う!父上が、そんなことを思うはずがない。父上が、この国を裏切るなんてこと、あるはずがない!」
「剣を取りなさい、アグラヴェイン。」
「違う、そんなこと・・・・」
「いいや、アグラヴェイン。俺はもう、選択してしまった。だから、俺とお前は敵になった。」
その時だ、アグラヴェインは己に弾丸のように向かってくる存在に気づいた。
じゃらりと、教会に張り巡らされた鎖がそれに襲いかかる。金属の鳴る音がした。
けたたましいそれが、耳朶に叩きつけられる。
見た、アグラヴェインは見たのだ。ようやく、それで理解した。そうして、気づいたのだ。
そこにいる、彼の仇敵、怨敵、きっと、この世の誰よりも恨んでいるだろうそれ。
それはいつかのように、己の剣を振りかぶって。
「ランスロットおおおおおお!」
怒声と同時に、教会に張り巡らされた鎖がじゃらりと、蛇のようにのたうち回った。それにロットは鎖を弾き飛ばし、そうして、ランスロットの足を掴んで後ろに飛んだ。ランスロットはそのまま床に降り立った。
「・・・やっぱし、不意打ちはだめか。」
「い、いいのか?」
「いいさ。こちとら、蛮族狩りに毒やら罠や使えるものは全部使ってきたんだ。これぐらい上等だろう。」
「・・・なつかしいなあ、うち秘伝の落とし穴の作り方。」
ロットの言葉にランスロットは困惑したように言った。それに続くようにモードレッドも剣を抜いた。
じゃらじゃらと鎖の音が当たりに響く。
立香はそれにぐっと拳を握った。
護衛はモードレッドを置き、後の二人が主な追撃を担うことになっている。
「ランスロット!王妃までもなく、我が父にまで何を吹き込んだ!いつもそうだ、いつも、いつも、いつも、お前は!そうやって、人の祈りを踏みにじる!」
「いくよ!」
立香のそれにランスロットとロットが床を踏みしめて、アグラヴェインに向かう。
モードレッドは自分たちを捕らえようとする鎖を弾きとばしながら、立香を抱え上げた。そうして、鎖から逃れるために教会の中を逃げ回る。
「これ、なんの宝具!?」
「アギー兄様の宝具で、こういった系統、なかった気がするなあ!?」
モードレッドと立香がそう言って逃げ回っている時、ランスロットとロットは殆ど背中合わせで鎖を弾き飛ばしていた。
その光景がアグラヴェインにとって余計に怒りを煽った。
何故、お前がそんなにも父と親しく出来るのだ?
お前がその人からどれだけのものを奪ったのか、理解しているのか?
そこにあるのは、兄上であるはずだ。兄上こそが父上と肩を並べるのにふさわしいというのに。
なのに、なのに、何故、そこにいるのがお前なのだ。
(何故、私ではないのだ?)
怒りが、腹の中でうねった。
思い出す、夢を、思い出す。忘れぬように、その怒りを、覚えているために、アグラヴェインは繰り返し見る夢を思い出した。
二人が、笑っている、
美しい女と、精かんな男が笑っている。終わりかけの春のような女と、終わりかけの冬のような男が笑っている。
幸せそうに、静かに、笑っている。
それを、私は、ただ、見ていた。
「何故、王を裏切った!何故、己のこと一つだけと、身を引くことが出来なかった!」
アグラヴェインの言葉にランスロットが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。アグラヴェインもまた、槍を手に取り、ランスロットに向かう。
振り切った槍にランスロットは受け流した。
「その果てをお前は見ただろう!?私には見ることのなかった、この国で起こった地獄、この、美しい最果ての地を継ぐはずだった兄上のことも、私の可愛い甥たちのことも、全て、全て、奪った!」
アグラヴェインに気を取られていたランスロットはそのまま鎖に絡め取られた。それにランスロットは縛り上げられる。
ランスロットの拘束を確認すると、アグラヴェインは次にロットに顔を向けた。アグラヴェインは泣きべそをかく子どものような顔をした。
「父上、なぜ、このような裏切り者の肩を持つのです。共に、肩を並べるのですか!?私は、私が、父上から託されたものを守ることが出来なかったからですか!?私がふがいないせいなのですか!?」
立香は何か、耳をふさぎたくなった。
その声は、親を求める子の声そのもので。いつかに、例えば、雑踏で聞いた迷子の子どものような声で。
「父上、罰ならば受けます。兄を王に出来なかった、後を継ぐべき子どもたちを私は巻き込んだ!だから、だから、父上!」
「アグラヴェイン。それはな、俺たちにとってのこれからへの否定になる。ここは滅びなくちゃいけない。じゃなくちゃ、これからの奴らが全部、なかったことになる。」
「それの何がいけないのですか!?」
アグラヴェインはロットにたたみかけるように言った。
それの何がいけないのだ?
大事な人たちが生きている。自分たちが幸せならばそれでいい。
それの何がいけないのだろうか?
アグラヴェインは変わることはない。彼は、ずっと、ずっと、オークニーの人々と、大好きな家族と、そうして、ずっと一人で頑張り続ける王様が報われればそれでいい。
「いいや。アグラヴェイン。今を見つめて、未来を放棄してはいけない。俺たちは、託されたその分、いつかの先に、誰かに、託さないといけない。」
「嫌だ!嫌だ!私はずっと我慢していた!母上の元に帰りたかった!兄上と、ずっと、オークニーにいられればよかった!報われたかった!なのに、なのに、そこにいる愚か者が、全部、全部、ぶち壊した!」
その声には涙が混じっていた。泣きじゃくる、子どもがいた。頑張って、頑張って、頑張って、報われることのなかった子どもがいて。
「父上だって、恨んでいるでしょう!?父上だって、怒っているはずだ!」
ランスロットは思わずロットを見た。
ああ、だって、そうだろう。ランスロットがあの日、したことはロットにとってどれだけの意味であるのか、わかっている。
亡くしたもの、失わせてしまったもの、今は気のいい男である彼も、きっと自分を恨んでいるのだろうと、そう。
「いいや、アギー。俺は、憎んでも、恨んでもいないよ。」
その言葉に、アグラヴェインは目を見開き、その瞬間、今まで教会内で暴れていた鎖が一つになり、ロットに向けて叩き込まれた。
「ロット殿!」
ランスロットを縛っていた鎖さえもロットに迫ったために、彼の拘束は解かれた。ランスロットはその隙に、鎖の束にたいあたりをした。
それが幸いして、ロットへの攻撃は少しだけ軽くなる。けれど、彼は教会の壁に叩きつけられた。
「・・・・・もう、いいです。」
アグラヴェインの声が鎖のこすれる音に混じって聞こえた。
「・・・・父上は、正しい人だから。正しいことを選ぼうとされるから。ですが、本音は違うでしょう?本当は、ちがう。だから、本音は私が聞き出します。安心してください。本音の通り、ちゃんと、母上の元に送り届けて見せますから。その前に。」
アグラヴェインの凍えた視線がランスロットに向けられた。
「邪魔者を、始末しなくては。」
「くっ!」
ランスロットのことを横目にして、立香とモードレッドがロットに駆け寄る。彼はふらふらと立ち上がろうとした。
「父様!?」
「ロット王!」
ロットはうろんな瞳で鎖を見つめる。
「・・・・あれは、あの鎖はダメだな。力の強いものほど縛られる類いのものだ。」
「なら、正攻法じゃ難しいのか。」
立香は今はなんとかランスロットにだけ向けられるそれに頭を悩ませた。今はなんとかなっているが、鎖とアグラヴェインの相手はさすがにランスロット一人では難しい。
「宝具は!?」
「・・・封じられる、だろうな。」
「令呪をきって・・・・」
「マスター。」
ふらふらと立ち上がったロットは立香に視線を向けた。
「聖杯の欠片を、俺にくれないか?」
Qアグラヴェインが素直すぎでは?
A唯一甘えられた父親の前なので。