ロット王は愛妻家   作:藤猫

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剣はその手に

 

 

宝具とは、英雄が行った伝説、辿った物語の結晶である。

それらが振った武器、纏った鎧、なした奇跡、辿った末路。

それらが形をなした、幻想。

 

「が、君にはそれがない。」

「・・・・そうですね。」

 

ロットはそれに目を伏せた。

己は剣を引き抜いた。提示された奇跡を求めたが故の話だ。けれど、情けない話、ロットにはそんなものは存在しない。

彼の人生に冒険はなく、彼の手に奇跡がもたらされたこともない。この目でさえも、これはあくまで奪ったもので己自身のものではないのなら。

 

「君はこれから私になる。いいや、正確には私が君という役を羽織るわけだが。まあ、どちらでもいいか。本来ならば、私の物語を借りればいい。ただ、今回の依頼はあくまでも君が決着をつけることだ。」

「・・・いったいそれは?」

 

ロットはまぶたを閉じたまま、問いかけた。太陽を直視できぬように、ロットは目の前のそれの姿を見ることはない。ただ、その言葉は春の日のように暖かい。

 

「まあ、私はこれでも百芸に通じたものだ。ならば、剣の一つでも作ろうじゃないか。」

「剣?」

「そうだ、剣さ。」

 

 

藤丸立香はロットのそれにためらいもなく、金色の雫を差し出した。それをロットは受け取った。そうして、無骨な大剣を手に取った。

 

「すまない、少しだけ、時間を稼いでくれ。」

「・・・わかった。マスター。ここにいてくれる?」

「わかった。」

 

モードレッドは立ちあがり、ランスロットの援護をするために走り去った。

 

「どうするの?」

 

立香の言葉にロットはじっと金のそれと大剣を見つめた。

 

「剣はあくまで器なんだ。中身を、注がなくちゃいけない。」

「中身?」

「祈りを、込めろと言われた。」

 

ロットは自分に力を貸してくれているルー神の言葉を思い出した。

 

「聖杯のこれは、あくまで潤滑剤だ。これに祈りを込めて、剣に注ぐ。」

 

ロット自身、その言葉の意味を理解していない。ただ、祈れと言われた。そうすれば、ルーでもあるロットならば作ることが出来るのだと。

何を?何を作るのだろうか?

それさえもわからない。ただ、言われた。

 

「本来ならば、これを作るのには、多くの条件が必要になる。例えば、人々の祈りを束ねる収集機。そうして、練り上げるための炉。打ち手は私が務めよう。なに、鍛冶ならば得意だ。安心しなさい。そうして、祈りならば君はその目で多くを見たのだろう。」

ただ、この一時だけのものだ。ならば、偽りであるとしても、君はその剣を手にするだろう。

 

ロットはその雫を大剣に押しつけた。そうすれば、暖かな光が当たりを包む。

 

「祈り、なら、俺は、何を祈るんだ?」

 

ロットがガレスからその雫を受け取って、何もしなかったのは、彼にはそれがなかったためだ。

祈りを込めろと言われた。ロットという人間が世界になにを思うのかを。

けれど、ロットはそれにどうすればいいのか、わからなかった。

祈り、祈り、祈り。

けれど、ロットにはそれがないのだ。

 

周りの王達が冒険を求めた。けれど、ロットは旅に出ることはなかった。それは王という役割の放棄であったし、外交に有利なこと以外に名誉に興味は無かった。

 

遠くに聞こえた賢者の話なんてどこまでも寝物語にしか過ぎなかった。彼の知る魔術とは、その日その日の天気や漁の出来を知るもので、奇跡をもたらすものではなかった。

 

妖精達の存在は確かにあった。けれど、それはあくまでも森との付き合いかたで、人でない存在はどこまでも彼にとっては遠かった。

 

己の瞳を、まぶたの上から撫でた。

それは確かに、神秘であり、奇跡であったのかもしれない。けれど、それを己のなした偉業なんて語れるものではなかった。愚かな、若気の至り。あの日、妖精を騙したも同然で奪ったそれ。

嘘と真、それを見極めることが出来たとして、ロットは結局、英雄になるなんてことを望まなかった。

そんな器も、覚悟も、願いも、持ち合わせていなかった。

 

ロットの人生に、奇跡も、栄華も、人に語り継がれるようなものなんて存在しない。ただ、彼は流れていく星を、遠くに輝く光を見上げていたに過ぎないのなら。

 

(・・・・情けない。今更、どうして、やはり俺は。)

「ロット王?」

 

立香のそれにロットは言葉を吐いた。迷っていた、途方に暮れていた。その少年に縋ってはいけないとわかっていたとしても、それでも、迷う彼には必要な動作だった。

 

「おれの、ものがたりとは、なんだろう?」

 

それに立香は驚いたように目を見開いた。けれど、じっと、ロットの顔を見て立香は言った。

 

「あなたが美しいと思ったものが、あなたの生きた証なんだと思う。」

 

それは、じゃらじゃらと忙しない鎖の音と、諍う騎士達の事の中で、朗々とロットの中にこだました。

目の前で、光がはじけた。

そうだ、ああ、そうだった。あの日、あのいつかに、ロットが初めて見た、光。

 

お前は、美しいものを見ていないから。

 

ああ、そうか。ロットの中でそうだと思い出した。あの日、ロットの世界の中心だった父。

厳しく、怖くて、生真面目で、不器用で、ロットの幸せを願ってくれた人。

誰かに未来を祈る人、正しくあれと行動で示して見せた人。この、北の果ての凍えた国を、それでも美しいのだと言った人。

ウーサー王のような華やかな栄華はなく、語られる王のような冒険など知らない。

けれど、ずっと、ただ一心に歴史の浪に攫われて、物語に存在さえも載らない取るに足らないものを愛した人。

 

美しいものを見なさい。

 

ああ、そうだ、ロットの愛したもの。ロットが美しいと思ったもの。

金の雫が溶けていく。その、剣に吸い込まれるように、溶けていく。

 

きんと、金属音が辺りに響いた。

 

「目を開け、現を見よ。」

 

ロットの口から、するすると言葉が紡がれた。

 

「我らの生に奇跡はなく、この身に紡がれる物語はなく。」

 

剣に魔力が集まっていく。それと同時にロットの中で何かが、確実に軋みを上げた。それでも、ロットは必死に言葉を紡いだ。

 

「神はおらず、妖精は影に過ぎず。徒人はただ、己の手によって生を築いた。」

 

大剣を振りかぶる。その動作は、まるで、いつかの聖剣のように輝いて。

 

 

 

「モードレッド!なぜ、その男に味方をする!?その男が何をしたのか、お前は誰よりもわかっているはずだ!兄上たちは、それに殺されたのだ。ガレスも、それに・・・・!」

 

それにランスロットは今にもアグラヴェインに首を差し出してしまいそうになる。

あの日、ランスロットは徹底的に間違えた。

グィネヴィアに報われて欲しいという願いのために、生きて欲しいと祈ったために、己は徹底的に間違えてしまった。

それをランスロットは悔いている。

アグラヴェインに改めて言葉を叩きつけられて、彼は黙り込んでしまう。

 

アグラヴェインという男は円卓ではあまり好かれてはいなかった。兄弟であるというだけで彼を大事にするガウェインは変わり者だと言われていた程度に。

ランスロットもそう、思っていた。そう、思いたかった。

それでも、いつかに、見たことがあった。

彼がガウェインやガへリス、ガレスの前でどんな風に笑うのか。少なくとも、ガウェインやガレスはランスロットを愛してくれた。だから、ランスロットも二人を愛していた。

だから、理解した。だから、わかった。

自分が知らない笑みを浮かべて、兄弟に接するアグラヴェイン。

彼が、円卓で嫌われたままだけの人間ではなくて。彼もまた、誰かに愛されている人間であるのだと。

 

モードレッドはそれにアグラヴェインに顔をしかめた。

 

「そうだね。サー・ランスロットは僕の愛した人を徹底的に殺した。それは、確かに赦せない。」

「ならば!」

「でも、罪深いというのなら、それは誰よりも僕のことだ。」

ブリテンを、僕は滅ぼしたから。

 

それにアグラヴェインの鎖の動きが止まった。そうして、まるでとても酷いことをしてしまったと後悔するようにモードレッドを見た。

それにモードレッドは少しだけ痛ましそうな顔をした。

 

「サー・ランスロットのなしたことは赦されない。でも、それを言うなら、僕だって赦されない。あの日、僕はもう全てに終って欲しかった。終ることのない、延命され続けた命に終って欲しかった。」

「だが、だが、その男さえもいなければ。」

「・・・・陛下に言われたことがある。私は、王妃を愛せなかったって。愛を理解できなかったって。」

「それは陛下の落ち度ではない!あの方は、王妃に誠実であったはずだ!」

 

それにモードレッドは首を振った。

 

「ううん。違うよ。陛下は、いいや、僕達だってずっと、ずっと、王妃様に不誠実だった。」

王の子を産めぬ石女と、ずっと、あの人は苦しんでいたのに。僕達はそれから目をそらしていた。

 

それにアグラヴェインはがたんと、持っていた槍を、取りこぼしそうになった。

 

 

 

王妃の役目とは何であるのか?

グィネヴィアの役目は、アーサー王の王権の象徴だった。そうだ、最初から、グィネヴィアに求められていたのなんて、後ろ盾だけだった。

アーサー王は血統だけで王の座を保証することをよしとしていなかった。実際、その跡取りという話は、ガウェインに出ていたぐらいだった。

けれど、けれど、それはアーサー王たち側の話で。

王妃の本当の意味での役割は、たった一つだけ。世継ぎを産むこと、それ以外になんであるのか。

 

アグラヴェインは、知っていた。

ひそひそと囁かれる声。哀れむ視線。侮る態度。

子を産めぬ。それが、あの時代、あの立場にとってどんな意味があるのか。アグラヴェインは知っていた。

けれど、アグラヴェインはそれを無視していた。だって、そんな陰口なんて前線で戦う者たちの苦痛に比べればたいしたことなどないはずだ。

母の、優しい母の苦難に比べればそよ風のようなものだろう?

事実、王はグィネヴィア以外と関係を持つこともなく、その態度は誠実であった。子がないことを責めたこともなかった。

それで十分だろう?

ひそひそと声がする。哀れむ視線、侮る態度。王妃の父親からの、跡継ぎの催促。

平気だろう、気になどならないだろう。

だって、彼女は何も失っていないのだから。

 

なのに、なのに、なのに、王が女であったのなら。

それを、知ってしまった、あの日。

アグラヴェインは、本当は、思っていたのだ。怒りに狂った思考で、どうしてだ、どうしてだ、と。

どうして、そんなことが出来るのだと。王族としての立場も、教育も、立ち振る舞いも知っていたはずだ。

ならば、なぜ、そんなことが出来るのだと。

たかだか、その程度の苦しみで、何故、そんなことが出来たのだと。

グィネヴィアは知っていたはずだ。彼女が女であるのだと、知っていたはずだ。ならば、耐える覚悟ぐらいはあったはずだ。

なのに、どうして、不貞を働いてしまったのだ?

 

そんな思考の中で、わかっていたのだ。

グィネヴィアには、アーサー王の性を告発することが出来たということを。

 

「あの日、きっと、僕達はみんな罪深かった。嘘をついて王妃を娶った王も、それを提案した賢者様も。王妃様の立場の中であった苦しみを無視した僕達も。そうして、愛のために、全部をぶち壊したサー・ランスロットも。そうして、誰もよりも、何よりも、終わりを願った僕こそがきっと、罪深い。」

 

それに何を言えばいいのだろうか。アグラヴェインは黙り込む。だって、ランスロットがきっかけを作ったというのならば、介錯を行ったのは、目の前の弟で。

 

「アグラヴェイン卿。」

 

割り込むように声がした。ランスロットが剣を携えて、そこにいた。

 

「私の罪は赦されるものではない。私は永遠に、オークニーの彼らを殺した罪を背負い続ける。けれど、それでも、私はあの日、彼女に生きて欲しいと願ったことを否定できない。生きて、幸せになって欲しかった。」

ああ、だって、愛していたから。

 

「止めろ!!」

 

アグラヴェインが叫ぶと同時に、じゃらじゃらと鎖のこすれる音が響き、また、蛇のようにそれは動き始める。

アグラヴェインは耳をふさぎたくなった。

 

あの日、不義を働いたのは、グィネヴィアとランスロットだった。

けれど、それよりも前に不誠実だったのは誰だったのだろうか。わかっている、きっかけはもっと前にあった。

けれど、何故、耐えられなかったのだ。それが義務であろう、願われたことであろう。

母上は、ずっと、それに耐えていたのに。

 

(違う。)

 

賢しい男は、誰よりも冷静に、冷徹であった男はわかっているのだ。

母上が耐えられたのは、父に愛されていたからで。その義務を放棄しなかったのは、与えられた分を返そうとしていたからで。

 

ならば、ならば、騙されて結婚し、そうして、愛されることも無かった女にはいったい、何があったのだろうか?

 

それでも、駄々をこねる子どものようにアグラヴェインは首を振った。鎖が、モードレッドとランスロットに襲いかかる。

気づいたことから、目をそらそうとした。

けれど、薄暗い教会の中に、光があふれた。

 

「え?」

 

光が、光の柱がそこにあった。それは、一つの剣から零れていた。

きんと、金属の音がした。そうして、その後に、光の柱が自分たちへと落とされた。

その光は、アグラヴェインを焼くこともなければ、痛めつけることもなかった。

ただ、彼の操っていた鎖が力を無くしたかのように、その場に転がるだけで。

 

「何故だ!?これは、力が、消えて!?」

「アグラヴェイン。」

 

静かな声がした。それに、声の方を見ると、大剣を杖のようにして歩くロットの姿があった。彼は、アグラヴェインに近づいてくる。

そうして、静かに言った。

 

「俺は、ランスロット卿を恨んでいない、憎んでいない。」

 

揺るぐことなく、ロットは言った。

 

「何故ですか!?」

「・・・・いつかに、一人だった女に泣かないでくれと、願ったのは俺も一緒だったからだ。」

 

 

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