ロット王は愛妻家   作:藤猫

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アグラヴェインの話。

キリのいいところで。
感想いただけましたら嬉しいです。


堅き手よ、目をそらすことなかれ

 

 

「嘘だ。」

 

ロット王の言葉にアグラヴェインは吐き捨てた。

いいや、嘘ではないのだと思う。その、父の言葉は嘘ではないのだと思う。けれど、赦すなんて一言だけを吐かれても納得など出来るはずがないのだと。

ロットはそれにアグラヴェインをのぞき込んだ。

 

「いいや、本当だ。」

 

アグラヴェインはそれにロットを見上げた。無骨な大剣を持ったロットの顔色は悪い。自分に起こったことが理解できなかった。

 

「ただ、赦すとは言わない。」

「どうして、共に憎んでくれないのですか?どうして、共に、恨んでくれないのですか?」

 

憎い、恨めしい。

ランスロット、サー・ランスロット。

名高き騎士よ、陛下や兄上と肩を並べる騎士よ。それほどのお前が、なぜ、あんな愚かなことをした。

その女一人を見捨てれば、無辜なる誰か、黄昏を迎えた故郷だとしても、助かったはずなのに。

幾度も、幾度も、繰り返す。

 

贄の姫に微笑むお前。それに、幸福そうに笑うあの女を、ずっと、ずっと、繰り返し思い出す。

そうして、お前達は笑っている。

 

父上と、母上は、そうあることを諦めたのに。

 

「私は、その男が憎い。憎くて、たまらない。その赦しが嘘であるというのなら、どうして、あなたはその男の隣に立つのですか。」

 

ランスロットは時が止まったかのような心地になった。

ランスロットとて不思議だったのだ。

自分がなしたことがロットにとってどんな意味であるのか、わかっている。けれど、彼は一度だって憎いだとか、そんなことを言わなかった。

ロットはそれにじっとアグラヴェインを見た。

 

「・・・・思うことがないわけじゃない。」

 

それは鋭い声音ではなかった。けれど、いつもの優しい声音でもなかった。それは、部屋の中で聞くような、遠い雨だれの音に似ていた。

 

「我が子が、栄誉ある死ではなく、戦場の中ではなく、献身のためではなく、ただ、ただ、無意味に無価値にその命を散らせたことに、思うことがないわけではない。」

 

ランスロットが目を伏せた。

ロットはランスロットのそれに苦笑した。

 

「それでも、俺は、サー・ランスロットを赦すというのだろう。なあ、アギー。」

お前達のことを、選んでやれなくてすまない。

 

それにアグラヴェインは子どものように顔をくしゃくしゃにして叫んだ。

 

「ならば、あなたは今になってそれを、その、選択を、間違っていたというのですか?」

「いいや、あの日の俺の選択は間違っていたわけではない。ただ、正解でもなかった。ただ。わかっていたことだった。たった一人を贄にくべてはいけなかった。この世の安寧を願うのならば、その世界で生きるあまたの人間が、少しずつ己をくべなくてはいけなかった。」

世界とは、たった一人によってあがなえるほどに矮小なものではなかったのだから。

 

ロットは、本当を言うのならば、ランスロットというそれに思うところがないわけではない。明確な、焔のような怒りはなくとも、冬の風のように寒々しい空しさがあった。

それも、ロットは、ランスロットを憎むということも、恨むと言うことも選べなかった。

ロットにとて、わかっている。

確かに、グィネヴィアとランスロットは間違いを犯した。

 

「だがな、アグラヴェイン。王妃とランスロットの不貞を盛大に公表することがどれだけ悪手であるのか、お前はわかっていたはずだ。」

 

それにアグラヴェインは目を見開き、黙り込んだ。それにロットはアグラヴェインとてわかっているのだろうと息を吐く。

 

「俺も全てを知っているわけではない。伝聞でのことだが、俺にもわかっている。グィネヴィア殿がアーサー王の王権の象徴であるのならば、もっと隠密に処理をすべきだった。理由ならばいくらでもあったはずだ。婚姻関係を継続させたまま、僻地に飛ばすなり、修道院に入れるなり。お前は、その程度の処理も出来た。」

 

そうだ、アグラヴェインのなしたことはあまりにも悪手だった。

確かにグィネヴィアとランスロットは赦されないことをした。けれど、彼らの不貞を明かすことがどれだけアーサー王にとって名誉を汚されることになるのか。

元々、アーサー王も不貞の果てに生まれた子であることは周知の事実。不貞の子が、妻に不貞を働かれた。

それがどれだけ、アーサー王の統治を揺るがすのか、わからないはずがない。

 

「あの子が、グィネヴィアの処刑の判断をしたのは、それほどまでの怒りの姿勢を取らねば、周りの王達に侮られる危険性を考えてのことだろう。」

 

アグラヴェインと、彼は、息子の名を呼んだ。それに、アグラヴェインはゆっくりと顔を上げた。

その面差しは、ロットの愛した人によく似ていて。

潔癖で、正しくあろうとして、間違いを赦せない頑固な、真面目すぎる父によく似ていた。

 

「俺はサー・ランスロットを憎まないし、恨まない。」

 

ロットはそれにランスロットの方を見た。それにランスロットは怖じ気づくように、けれど、その目をそらさまいとした。

 

「けれど、俺は貴公の蛮行を赦すことはないだろう。その罪に、罰を求めることはなく。その愚かさに叱責を行うこともない。何かの命を奪った償いは、何によっても贖うことはできないのだから。」

俺は、あなたを赦さない。

 

それは、何よりも、冷たい突放しだった。

ランスロットは憎しみを受けることもない、恨まれることはない。彼は、永遠に赦されることはない。

それは何よりも、きっと、重い罰なのだ。ランスロットは理解する。

彼はこれからも、ランスロットに普通に、親しみ深く接するだろう。けれど、それはその程度のことで。

ランスロットとロットの間には、永遠に分かたれた壁がある。ただ、それだけの話だ。ただ、ただ、それだけの話だ。

罰も、償いも、ロットは与えることはない。彼は憎んでさえもくれない。

 

「・・・・はい。」

 

短くされた返事にロットは軽く頷いて、アグラヴェインを見た。そうして、掠れた声で悲しそうな声を出した。

 

「赦せなかったんだな。」

 

アグラヴェインはそれに何も答えない。いいや、ロットの言葉にアグラヴェインはずっと、ずっと、心の内に抱えたそれを直視した。

そうだ、アグラヴェインは赦せなかった。

 

「アグラヴェイン。お前はアーサー王は二人を赦して、そうして、そのまま二人が幸せになることが赦せなかったんだなあ。」

 

それにアグラヴェインと、ロットの言葉が重なった。

 

「俺はお前達を選ばなかったから。」あなたは私たちを選んでくれなかったのに。

 

一つだけ、その言葉を吐き出せば、アグラヴェインはああと天井を見上げた。そうだ、ずっと、アグラヴェインは暇さえあれば、見つめていた。

グィネヴィアと、ランスロットが笑い合う、彼らの不義を知った日を繰り返し、思い出していた。

だって、そうしなければ、憎み続けられなかったから。

 

ランスロットとグィネヴィアがアーサー王を裏切ったというのならば、何よりも、最初に、彼の人を裏切ったのも自分だった。

 

 

アグラヴェインには選択肢があった。それは、行ったようにその不義を大々的に暴き立てることと、そうして、父の言うとおりそれを秘密裏に処理すること。

グィネヴィアを僻地に送る理由も、修道院に送ることも、アグラヴェインに出来た。けれど、彼はその選択肢をとれなかった。だって、優しい王はきっと、グィネヴィアを責めることもせず、そうして、ランスロットを赦してしまうから。

 

見ていた。春の日の中で、美しい男と女が笑い合っている。幸せそうだ。

そこには、ただ、互いがいれば良いと思う心があった。それをアグラヴェインは理解していた。

 

父と、母がそうであったから。

 

幼いいつかにアグラヴェインは愛を知っていた。ただ、互いがいればいいと思う心があることを。

アグラヴェインは人が嫌いだ。争って、愚かで、いつだって不合理なことばかりで。世界だって嫌いだ。理不尽で、醜くて。

けれど、美しいものがあることだって知っていた。アグラヴェインはわかっていた。

その二人の間にあるのは、アグラヴェインが美しいと思った父と母の間にあった愛だった。

 

王よ、王よ、ええ、あなたは赦すでしょう。ランスロットの立場、グィネヴィアの価値。王が正しい人であるのだと知っていた。彼の人は二人の不貞にどんな感情を持つにせよ、二人のことを最終的に赦すだろう。

アグラヴェインにだってわかっていた。

それが正しいのだ。いっそのこと、どうせ、子も出来ないような女ならば、僻地に送り、適当な言い訳でランスロットを護衛だとか、そんな名目で秘密裏に関係を認めても良いだろう。それで、フランスの方に借りを作ることが出来れば、そちらのほうがいいだろう。

ああ、そうだ、それが正しい。正しいのに、なのに、アグラヴェインは赦せなかった。

二人の関係を、ぐちゃぐちゃにしたかった。赦せなかった。

だって、そうだろう。

 

「陛下は、父上が生きることを、赦してはくれなかったのに。」

 

そのむき出しの、アグラヴェインの本音に立香は目を伏せた。

 

「・・・・立場も、状況も何もかも、違う。仕方が無いのだ。そうだ、だが、だが、どうしてお前達は赦された。どうして、父上はそれが赦されなかった。そう、思ってしまった。そうだ!ランスロット、貴様は赦されないことをした。けれど、けれど、私があの時、その自己を押し殺せば、違う、結末を辿ったのだと、わかっている。」

 

アグラヴェインは目を閉じた。そうすれば、まぶたの裏で笑い合う密通を行った二人のことが浮かんだ。

憎み、恨み続けるためにずっと、忘れ得ぬようにとした。けれど、その光景がアグラヴェインは欠片だけ、砂粒のような、消えて仕舞いそうな微かな思いを持った。

 

全てを捨てて、何かを裏切って、それでもたった一人の女を選ぶ男の姿に少しだけ泣きたくなった。

それは喜びではなかった、それは怒りではなかった、それは悲しみですらなかった。

わからないけれど、ただ、あのとき、アグラヴェインは少しだけ子どものように泣きたくなった。

 

「・・・・サー・ランスロット。お前が裏切りの騎士であるのならば、それは私も同じだった。あの日、私は、お前を妬んだ。陛下を、憎んでしまった。あの悲劇を始めたのは、他でもなく、私だった。」

 

それに立香は小さく呟いた。

 

「騎士、アグラヴェイン。あなたが本当に赦せないのは、自分自身だ。アーサー王のためと言いながら、己のために行動した、自分自身。」

 

その言葉にアグラヴェインは目を閉じて、頷いた。ロットはそんなアグラヴェインの背中に手を回した。そうして、わしゃわしゃと大きな手でアグラヴェインの頭を撫でた。

固まったアグラヴェインにロットは朗らかに笑った。

 

「そうだ、知っているよ。お前は、正しすぎるんだ。だから、赦せなかったんだな。罪には罰が必要だと、お前は思ってしまったんだな。アグラヴェイン、そうだ、お前はあんまりにも愛したものに真摯すぎるから。」

 

ぼそりと、ロットはアグラヴェインにしか聞こえないような声で、彼に囁いた。

 

「お前は、サー・ランスロットの騎士としてのあり方を愛していたんだな。」

 

アグラヴェインはそれにああと思った。あんなにも大きかった父と、自分はすっかり、そう変わらないほどに大きくなっていた。

もう、ずっと遠い昔の出来事が押し寄せて、だから、アグラヴェインはロットの言葉に頷いた。

 

アグラヴェインは、本当を言うのならば、ランスロットに少しだけ憧れた。

兄上と肩を並べる騎士、ブリテンの問題を解決することの出来る血統、優秀さ。

それはまるでアーサー王のような、理想的な、生き物で。兄上のように目映くて。

そうなりたいわけではなかった、己は己で、やれることをすればいい。

己をわかってくれる人が、自分を愛してくれればそれでいい。それも、本音だった。

けれど、思っていた。

彼の男ならば、きっと、父と同じ選択肢をするのだと。父のことを肯定してくれるのだと。

だからこそ、父と違う選択をした男が憎くて、そうして、妬ましかった。

アグラヴェインはロットに、掠れた声で囁いた。

聞こえないような、微かな声で。

 

「・・・愛してなど、いません。ただ。」

 

ちらりと、男を見た。いつかに、兄と肩を並べていた、黄昏色のそれ。

 

「美しい生き物だと、そう、一時、思っておりました。」

「そうか。」

 

ロットは幾度も頷いた、頷いて、そうなのかと言ってくれた。

それにアグラヴェインは、一度だけ、息を吐き、そうしてロットから離れた。

 

「・・・父上は、何故、この国を否定するのですか。それが、正しいからですか?」

 

改めて問われたそれに、ロットは少しだけためらった後、アグラヴェインの手を取った。

 

「そうだな、正しいからと言うのもある。それと同時に、そうだな。」

 

ロットはアグラヴェインの手に指先で何かを示した。アグラヴェインはロットが文字を書いているのだと理解した。

その返答にアグラヴェインは目を見開いて、そうして、小さく笑った。

 

「・・・・それが、答えなのですね。」

「身勝手と言うか?」

「いいえ。ただ、父上は案外嫉妬深いのですね。口にされないのですか?」

 

それにロットは困ったような顔をした。

 

「・・・・最後まで、俺は王であろうと思うから。」

 

アグラヴェインはふらふらとランスロットに近づいた。それにランスロットは警戒するように体を固めた。

 

「貴様は、己のなした不義を後悔しているか?」

 

その言葉にランスロットは一瞬口を噤んだ後、アグラヴェインを見た。

 

「後悔、している。けれど、きっと、私は奇跡が訪れたとしても彼女のために走るだろう。あの蛮行をしないと誓いはすれど。」

 

それにアグラヴェインはああと、頷いた。

 

「ああ、そうだ。そうであろう。そうでなければ、それほどの覚悟がなければ、あそこまでの狂行を行わなかっただろう。」

 

アグラヴェインは息を吐き、頷いた。

 

「・・・・わかっていた。円卓の、あの場所。陛下がしたグィネヴィアへの不誠実さ。やりようなど多くあった。しておくべきことはあった。だが、あの日、私はお前たちを散々に非難することを選んだ。妬ましかった。義務も、意味も、理由も、ただ単純に愛しい誰かのために走ることがどれだけ難しいのか。」

 

間違いであった。あの日、ランスロットは徹底的に間違っていた。けれど、アグラヴェインにだってわかるのだ。

そうだ、生きて欲しかった。幸せになって欲しかった。それは、誰もが同じだった。

 

アグラヴェインはランスロットを見た。

 

「私はお前を憎み続ける。いつだって、お前は、私にとって煩わしく、愚かで、そうして、目が眩むようで。」

 

憎しみも、恨みも、嘘ではない。父の行いを否定したランスロットが心の底から嫌いだった。けれど、それと同時に、アグラヴェインはたった一人の女のために走った男のあり方を嫌うことは出来ないのだ。

 

アグラヴェインはランスロットを見つめる。その、美しい男をじっと見る。

 

「私はお前が嫌いだ。」

「ああ。」

「私がお前が憎い。」

「ああ、そうであるべきだ。」

「私は、お前が陛下の騎士であることを認めない。」

「そうだろう。」

「私は、お前を赦さない。」

 

ランスロットはそれにああと目を細めて、幾度も頷いた。

 

「ああ、アグラヴェイン卿。どうか、私を赦さないでくれ。」

「ああ、赦しはしない。」

 

そうだ、こうあるしか、もう出来ないのだ。

もう、二人の間は徹底的に分かたれてしまっているから。だから、もう、アグラヴェインとランスロットは永遠に赦されないものと、赦せないものでしかない。

その話は、もう、それで終ってしまっている。

 

アグラヴェインはロットを見た。

この国を滅ぼす理由は聞いた。そうして、恨むことも、憎まないことを聞いた。

それにアグラヴェインは納得してしまった。

だから、もう、夢から覚めなくてはいけないのだ。

 

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