ロット王は愛妻家   作:藤猫

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お久しぶりです。

アルトリアの語りです。


赤き竜はかく語りき

 

幸せってなんだろう?

それは、ある意味で、初めてアーサー王と呼ばれた一人の少女が考えた己のための問いだった。

 

 

王になると言うことに疑問は無かった。

それで笑ってくれる人がいて、それで幸せになってくれる人がいて、それで続いていく者がある。

だから、それでよかったし、納得していた。

例えば、自分の父であるというウーサー王の無念だとか、自分にいるらしい姉にさえもアーサー王は、いいや、アルトリアは興味が無かった。

それは自分には不要なものでしかないのだと思っていた。

 

幸せだとか、安寧だとか、己のことを考えて私心を持てば、王としてぶれてしまう。それではだめだと思ったし、何よりも、少女には幸せというものがわからなかったのだ。

だって、今まで、ただの一度だって、幸せであったことが少女にはなかったものだから。

 

 

 

養父も、義兄も、きっと、アルトリアには優しかったのだと彼女は思っている。

気遣ってくれたし、知らないことを教えてくれたし、よく食べるアルトリアのために食事だって用意してくれた。

 

けれど、きっと、互いに何かが足りなかった。

養父はアルトリアを手放すことを理解していたし、ひねくれ者の義兄はアルトリアを甘やかすように抱きしめることも無かった。

 

騎士として、剣の修行、馬の世話、他の家の手伝い。

それは苦にはならなかった。なにせ、それは、本当の意味で人ではなくて、体はどこまでも頑丈だった。

やれたからやっていた。

眠っているときでさえも、賢者からの教育を受けていたけれど、別に体は休まっているのだから日々の生活に支障は無かった。

 

何故、そんなことをしていたのだかと言われると、それが最善であったからだ。

誰よりも働ける自分が働けばいいし、騎士になることも、王になることも、最初から決まっていたように教育を受けていたのだから、そうなのだと思った。

それで、アルトリアの人生は、そういったものであると思ったから。

それでよかった。

最初から決められた人生を嫌がる人間もいただろうが、アルトリアはそれに疑問を持たなかった。それは労働と同じで、そういったものとして産まれて、そうあれと願われたのだから、それ以外にアルトリアは選択する気もならなかった。

 

アルトリアは、何せ、人を愛していたものだから。

例えば、自分と同い年の子どもたちが笑いながら走って行く様だとか、例えば、仲良く歩く夫婦だとか、例えば、互いに支えあう兄弟だとか。

それが、アルトリアには何よりも、善きものに映ったのだ。

だから、それのために、自分が生きることが出来れば、それ以上のことがないように思った。

 

 

なあ。

はい。

 

いつものように、アルトリアは問いかけられて答えた。

それは、いつも、夢の中で、昔のことを思い出すたびに、アルトリアに問いかけてくる。

サーヴァントは夢を見ない。けれど、ここは少しだけ、夢と現が混じっている場所だから。

 

そんなこともあるのだ。

その、問いかけてくる存在は、いつだってぼんやりとしている。

それは、時には、黒い髪をしていて。それは時には、玉色にきらめく銀の髪をしていて。

それは、時には、淡い金の髪をしていて。それは、時には、茶色の髪をしていて。

それは、いつだって、誰かの面影を残して、アルトリアに問いかける。

 

「なら、お前さんは、その中に入りたいと思ったことは無いのか?そんな風に、誰かに混じって、当たり前のように、誰かと共に生きていくって、そんなことを。」

 

それにアルトリアは首を傾げた。何故、そんなことを問うのだろうか?

 

「理想の王に、そんなことが赦されると思わなかったので。」

 

それがアルトリアの答えだった。

 

 

誰かを愛すると言うことは、誰かを選んでしまうと言うことで。思考の端に、つねにその選択を加えてしまうと言うことだ。

それは、これから国を導いていくアルトリアには赦されないことだった。

だから、そんなことを考えたことはあったけれど、アルトリアはそれをいつだって握りつぶした。

それは正しいことだったから。

 

 

 

幸せになりたいと思ってはいけない。幸せを求めてはいけない。

理想の王とは、誰かのための究極の機構であらねばならない。

多くの脅威にさらされたブリテンを守ると言うことは、そういうことだった。

 

だから、だろうか。

いつだって、黒い髪に、自分と同じで、けれど違う緑の瞳をした王のことを思い出す。

恨み言でも、命乞いでもなくて、自分に幸せになれといった男のことを思い出す。

そのたびに、アルトリアは幸せとはなんだろうかと考えた。

 

贅沢をすることだろうか?

誰かを愛すると言うことだろうか?

楽をすると言うことだろうか?

快楽に興ずることだろうか?

 

そんなことをつらつら考えて、アルトリアはいつだってあり得ないと思った。

そんなこと、理想の王になるためには邪魔でしかないのだと。

 

王としての日々は、円卓の騎士達との幾日は、けして不幸では無かった。楽しいこともあった、充実していた、やり遂げたことがあった。

 

そのたびに、何か、そんなことを思うたびにアルトリアはいつだって、そんな思いを握りつぶした。

 

そんなことを感じている暇など、自分には無いのだと。

 

喜びだとか、脅威をのけたりだとか、そんなことを思っても、アルトリアの背後にはいつだって問題が忍び寄る。

のけても異教徒やヴァイキングはいなくならないし、土地は痩せていく一方で。

何よりも。

 

「陛下。」

 

声がする。そうして、視線を向けると、そこには騎士が四人。

金の髪、黒の髪、月のような淡い色の髪。

それぞれが良き騎士で、よく自分に仕えてくれた。

 

ああ、何を考えているのだろうか。

 

(彼らの父を、私は殺したのに。)

 

彼らを思い出すたびに、アルトリアはそっと、幸せへの問いかけを握りつぶした。

 

 

ガウェインにアグラヴェイン、そうしてガへリスとガレス。

彼らはよくよく自分に仕えてくれた。

彼らを見ていると、どこか、自分が殺した男のことを思い出す。

 

その柔らかな様相に、その真っ黒な髪に、その静かな瞳に、そのきらきらとした緑の瞳に。

数度しかあったことのない、男のことを思い出す。

 

幸せになれと男は言った。

それをアルトリアは優しいなと思った。

何せ、ただの一度だって、アルトリアに幸せになれと言ってくれた人はいなかった。

それでいいのか、人として生きられなくなると。

そう問われても、アルトリアにはわからない。

だって、アルトリアは元より人では無くて、ならば、人として生きられないとしてどうなるのかと。

 

いいや、義兄はアルトリアの幸福を願ってくれていたのかもと今では思うけれど、その時の少女にはそれの言葉の意味がわからなかった。

義兄の言葉にはいつだって苛立ちがあって、呆れがあったせいだろうか。

 

自分が幸福になるという想像が彼女には出来なかった。自分が幸福になる方法というものが彼女にはわからなかった。

幼い頃から、そう願うことを、彼女自身が悉く潰してしまっていたから。

 

だから、せめてと思った。

だから、せめて、せめて、誰かを幸福にするために自分の人生を捧げよう。

自分を幸福にすることはできないけれど、誰かが笑っているのだ。

そうだ、そんな人生に、アルトリアは、納得していた。

 

 

 

姉のことを、時折、思い出した。

かえしてと、そう泣いた人。

 

恐ろしい女だと、聞いていた。けれど、あった女は泣いて、まるで徒人のように泣いて。

それが自分の敵になる?

それが、この島を滅ぼす?

 

本当に?

 

話しかけてみようかと思った。

父母の顔も知らなければ、思い入れも無い。彼女を育てたのは、養父と義兄だった。

けれど、目の前のそれは、まだ生きていて。

何か、アルトリアはそれに、声をかけたくなった。あの、大樹のような男が愛した女だという、己の姉。

けれど、その涙を見て、何をと、自分で思った。

 

何を、自分はしようとしていたのだろうか。

何を、自分は、その女に。

 

嫌われよう。

嫌われてしまおう。

彼女と自分の関係はそれが正しくて。そうして、アルトリアはそうしなければ、何か、彼女に求めてしまいたくなる感覚がした。

それはいけない気がした。それが何か、はっきりさせてはいけない気がした。

 

ガウェインたちを引き取って、己の下で養育した。

それはアルトリアにとって、自分で出来る最良だった。

自分と戦った筆頭であったロット王の子であれど、己の甥たちであることを周囲に知らしめ、オークニーを守るためにはそれが一番だった。

ガウェインがオークニーの王になれば、島の守護として、海に面した国とも密接な関係が取れる。

結局、ガウェインがオークニーの王になれる年齢になる頃には、そんな余裕はなくなっていたけれど。

 

なんとか、出来ていると。

自分が幸福になることがアルトリアにはもう、わからなくなっていて。

いつだって、脳裏には、どうしようもな問題が重なっていて。

けれど、それでも、誰かのことは幸せに出来ていると。誰かが笑っていて。

そう、思っていたのに。

 

 

グィネヴィアの不貞が暴かれたとき、アルトリアは驚いた。

何せ、アルトリアは王妃のことを大事にしていたし、慈しんでいたと、思っていたのだ。

けれど、その事実を知ったとき、そんなことはなかったのだと理解した。

マーリンに勧められて娶った女は自分にとって必要であったけれど、別段彼女を特別に思っていたかと言われると黙ってしまう。

慈しむ、徒人の一人でしか無かった。だからこそ、ランスロットが彼女を愛したと知ったとき、納得した。

 

出来るだけのことをして、彼女にも自分を理解してくれていると思っていたけれど。

そうではなかったのだ。

自分と彼女では多くが違った。

大事には出来ても、慈しんでいても、愛せてはいなかった。

 

それも仕方が無いのかも知れない。

自分は、あの日、とても善き者を殺しておいて、その願いを叶えることもできないから。

だから、誰かには、自分以外のあまたのものには、できるだけ幸せになって欲しかった。

自分では子を持たせてやれない。自分ではそれと夫婦にはなれない。自分では、それを、愛してやることが出来ない。

 

負い目はあった。

当たり前のように与えられるはずのものを与えてはやれていなかったのだ。

だから、自分の代わりにランスロットが与えてくれたことにほっとしていた。

けれど、それが白日の下にさらされたとき、自分には止められなかった。

 

ランスロットをとがめることは出来ない。何と言っても、それをとがめれば、食料の輸入先を失うことになる。

グィネヴィアを赦すことも出来ない。今、他の王達から離反されれば防衛は出来なくなる。

 

選択肢はなかった。

そうあることしか、自分には。いいや、もっと、あったはずなのだ。

もっと、他に。

そうでなければ、どうして、あんな悲劇が起きたのだろうか。

 

 

転がった遺体、太陽のような、男が泣いていた。

男が、ランスロットを追ったとき、城を去った時、何かが己の中でがちゃんと音がした気がした。

何かが、砕けて、壊れて。

それでも、しなくてはいけないことがある。

考えてはいけない、折れてはいけない。

 

止まってはいけないのだ。だって、あの日、アルトリアは、きっととても優しい男を殺したから。

 

ランスロットに怒りは無かった。

いいや、無関係な彼らを殺したことに思うことはあったけれど。

それでも、密通だとかに怒りはなかった。

 

全て、自分は悪かったから。

 

 

軋む音がした。

何かが、ぎしぎしと音がして。それでも、やらなければいけないことがあって。

それを無視して、心を殺して、日々を生きて。

 

なのに、あの日。

モードレッドに会った時、何故だろうか。

その鎧の隙間に、若葉の瞳が見えた気がした。

その瞳に、何か、あの日、血に濡れながら、それでもアルトリアの幸福を願った男が見えた気がして。

 

何をしているのだろうか。

彼の子どもたちはことごとく死に、彼に託されたものをことごとく自分は潰した。

 

自分は、彼に願われたことを、何も、何も、叶えられず、遂行できず。

 

すまないと、謝った。

モードレッドには、いなくなった騎士達の穴を埋めるためにひどく酷使していたから。

モードレッドは、その、軽やかな声で言った。

 

陛下が何を謝るのですか、なんて。

それに、アルトリアはきっと、違うことを言おうとしたのだ。もっと、違うことを。

なのに、アルトリアは、言った。

 

ああ、すまない。すまなかった。全て、私が悪いのだ。私には、愛を理解できなかった。

 

何故、そんなことを言ったのだろうか。

いいや、それは、きっとアルトリアの懺悔だったのだ。

 

愛を理解できなかった。

 

恋も、愛も、アルトリアには余分で、必要も無く、そうして理解を得るにはあまりにも遠かった。

恋をする資格も、余裕も、理由も、意味も、興味も、アルトリアにはなかった。

愛を知るには、養父は距離を持ち、義兄は諦めてしまっていて。両親は無く、全ての人々はアルトリアから距離を置いた。それは、ある意味で、妻もそうだった。

いいや、あったのかもしれない。

あの日、自分が殺した男から与えられたその、幸福であれという祈りは、もしかすれば愛であったのかも知れなくて。

あの日、感情のままに、愛のために嘆く姉に伸ばしかけた手は、そうであったのかもしれない。

けれど、もう、全てが遠い。

 

理想の王であるアルトリアに手を伸ばすものはいなかった。アルトリアは愛を求める資格を失っていた。

 

愛を、彼女は理解できなかった。

グィネヴィアを愛せていたと思った自分の愚かさを恥じた。

 

「いいえ。」

 

軽やかな、声がした。それに、顔を上げた。

その、騎士は、いいえと幾度も言った。

 

「いいえ、陛下は何も悪くありません。陛下はずっと、良き王でした。」

 

それは、慰めの言葉だったのだろうか。いいや、もしかしたら、その時からとっくにその青年は。

 

 

モードレッドが謀反を起こしたと知ったとき、アルトリアはもう、何も考えないようにした。

考えれば、立ち止まってしまう気がした。

だから、必死に、自分が出来る最善を行って。

カムランまでたどり着いた。

 

向かい合ったそれは、自分をじっと見つめていた。つけられた鎧で、どんな表情をしているのかわからない。

 

言葉は無かった。

ただ、向かい合ったその瞬間、やることは決まっていた。

振りかぶった刃は、モードレッドの鎧を砕いた。

 

「え?」

 

その下に見えた、その顔は、ああ、アルトリアの父によく似ていた。

 

理解した。わかってしまった。

彼が、誰の子であるか。

己に子がいないのならば、それが表す血筋が、なんであるのか。

ああ、緑の瞳が。

あの日、アルトリアのことを真っ直ぐに見て、託して、幸せになれと言ってくれた、優しい人と同じ、この島の森と同じ、色が。

自分を、見ていて。

 

それは、笑っていた。

 

(どうして、笑う?)

 

それはひどく穏やかな目をしていた。

 

(どうして、そんな目で私を見る?)

 

怒っていたんじゃないのか?

復讐のために、こんなことをしたんじゃないのか?

 

だって、自分が、彼から、きっと、たくさんのものを奪ったから。

 

なのに、なのに、なのに。

 

「・・・・・い、い、よ。」

 

何が、いいと言うんだ。何が、いいと、お前は、いったい。

それでも、その青年は、あの日自分が殺した男とよく似た笑みを浮かべるのだ。

 

「あな、たは、たくさ、ん、がん、ばった、から。」

 

だから、いいよ。もう、幸せになって、いいんだ。

 

緑の瞳から、光が、消えた。

 

 

アルトリアはそれに崩れ落ちた。青年の、その、遺体を前に膝を突いた、そうして、カムランの丘から辺りを見た。

 

死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体!!!

 

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

口から放たれた咆吼が、空しく辺りに響き渡る。

 

「違う!違うんだ!こんな、こんなことを、私は、こんなことを願っていたんじゃない!」

 

空しい絶叫が響き渡る。

そうして、自分の前で横たわる青年を見た。

ああ、そうだ、彼は優しい人だったのだ。あの日、自分が殺した、あの人のように。

 

ああ、ああ、ああ、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!

幸せが何であるのか、私にはわからないのです!

 

喜びなど不要で、一個人へ向ける感情など自分には余計で、私心など赦されない私には、幸せが何かなどわからなくて。

だから、誰かに幸せになって欲しかった。誰かと、漠然とした思いであったけれど。それでも、誰かを幸せに出来れば、きっと、自分はあの日、自分に優しくしてくれた人に報いることが出来ると。

 

ああ、なのに!なのに!

自分は、何をしたというのだろうか!

必死に走った、必死に足掻いた。少しでも、間違えれば全てが崩壊するとわかっていたから、だから、自分を贄に、薪としてくべて、ここまで来た。

その結末がこれなのだ。

その結果が、これなのだ。

 

ひどく、多くのものを切り捨てて。ここまで、走ってきたのに。

 

モードレッド!

お前は、何を望んでいたのだ。

もういいよと、何を、思ってこんなことをしたのだ。

ああ、幸せになれなどと、私にそんな資格などあるはずがない。

わからない、わからないのに、それでも脳裏には男の姿があった。

夜の髪に、若葉の瞳。

その男が、自分に言った言葉を思い出す。

 

幸せになれ。

 

「わからない!ロット王よ!私には、幸せがわからない!そんな資格、私には無い!あなたを犠牲にした私に、そんなことを、そんな・・・・」

 

そう願ってくれる人がいたのに。

そう、託してくれる人がいたのに。

そんな、人を、自分は殺したのに。

 

なのに、なのに、なのに、なのに、なのに!

 

「その結末が、これなのか!」

 

ぼたぼたと、何か、生暖かいものが頬を伝う。まるで、子どものように、流れ落ちていく。

 

間違っていたのか。

そうだ、間違えていたのだ。

どこからだ?

ランスロットを赦したこと?グィネヴィアの処刑を決めたこと?ガウェインを見送ったこと?アグラヴェインたちが死んだこと?グィネヴィアを娶ったこと?優しい男を殺したこと?王になることを受け入れたこと?

 

いいや、違う。

違うのだ。

 

「私さえ、いなければ。」

 

茫然と吐き出した。

 

「私さえ、いなければ、何も、何も、起こることなどなかったのだ!」

 

そうすれば、優しい男が哀れみで、幸せになれなんて願わなくてもよかったのに。

そうすれば、一人の女が崩れ落ちることなんてなかった。

そうすれば、五人の子どもたちが父親を亡くすことなんてなかったのに。

そうすれば、二人の男女の恋は成就していたかも知れないのに。

そうすれば、そうすれば、そうすれば、そうすれば、そうすれば。

 

緑の瞳が、自分を見ていた。

 

願われたことさえも果すことが出来ない、愚かな竜が産まれなくてよかったのに。

 

「壮観だな。」

 

静かな声がした。

かつんと、足の音がした。

 

「貴様の高尚な願いの果てがこれだ!正しさの後ろ盾を得て、傲慢に立ち回った結末がこれだ!ああ、どんな気分だ!なあ・・・・・」

 

まるで、凪いだ海のような声だった。

振り返ったその先には、女がいた。自分によく似た女がいた。

それは自分の顔を見て、目を見開いていた。

 

(・・・・きっと、呆れられたのだ。)

 

だって、女から何もかも奪っておいて、こんな結末を引き出したのだ。

きっと、怒りさえも通りこして、きっと、呆れているのだ。

 

「・・・・何か、言うことはあるか?」

 

静かな声だった。とても、静かで、怒りだとか、そんなものさえ聞こえなくて。

アルトリアは、それに素直に言葉を口にした。

今更、何を言っても、この罪を償うことが出来ないのなら。ならば、それだけをと。

 

「ごめんなさい。」

 

あなたから多くを奪っておいて。あなたから、あの人を奪っておいて。

 

「ごめんなさい、こんな結末を迎えてしまって。」

 

ごめんなさい、ごめんなさい。

 

「幸せになれと、言われたのに。私、私は、幸福も、愛も、わからなかった!ロット王は、そう、願ってくれたのに。それさえも、叶えることが出来なかった!」

 

ごめんなさい、そう呟いた、瞬間、何かが自分を抱きしめた。

 

「何故、お前は!お前は、どうして、そうなんだ!」

何故、お前は、そんなにも。

 

茫然とした声で、それでも、アルトリアの姉は、モルガンはアルトリアのことを抱きしめてくれた。

その体は温かくて、柔らかくて、生きていた。

それに、アルトリアは幾度も、ごめんなさいと、そう言って泣きじゃくった。

 

 

 

(・・・・ああ、夢を。)

 

赤い竜は、アルトリアであったときの夢から覚める。

サーヴァントは夢を見ないけれど、それでも、彼女は少しだけ特別だからなのか、夢を見た。

 

ああ、今日も、銀の髪をした、自分によく似た少女が起こしに来るのだろうかと考える。

 

(・・・・今日も、私はここにいる。)

 

いつか、自分はモルガンに報いなければいけない。あの日、それでも、生きて償えと言ってくれた優しい姉のために。

それぐらいしか、愚かな竜には出来ないから。

 

(ああ、でも、叶うのなら。)

 

最期の最後が来たのなら、あの日、どうして自分を抱きしめてくれたのか、その理由を聞いてみたいと思った。

そうして、礼が言いたいと思っていた。

何故か、己でも上手く言えないけれど、あの日、抱きしめてくれたことに、アルトリアは礼が言いたいとずっと思っていた。

 

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