ロット王は愛妻家   作:藤猫

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お久しぶりです。短めです。
感想いただけましたらうれしいです。


霧の中の問い

 

「・・・・・お前か。」

 

アグラヴェインは父達の去った教会で、少しずつ崩れていく己の体を見た。魔力の元であった聖杯の一部を渡した彼は顕界を続けられなかった。

その言葉に、一人の人間が現れる。

黒いローブを羽織った人間だった。そうして、その足下には、小動物が佇んでいた。淡い銀の毛並みに、そうして光の加減に虹色に輝いている。もしも、その場に藤丸立香がいれば、彼のよく知る獣の名前を呼んだことだろう。被ったフードで顔は見えない。けれど、アグラヴェインはそれが誰であるかを知っている。誰よりも、知っている。

 

「・・・逝くんですね。」

「ああ。」

 

短く返された返事にそれは微かに頷いた。アグラヴェインはそれに、ちらりとその人物を見た。それは、召喚されてすぐに、宝具を使い姿を眩ませていた。それを、彼の母であるモルガンは許した。

己が、木漏れ日と、柔らかな春の風の吹く夢に浸ることもなく、寒々しい現実にあることを許したように。

 

「お前は、これからどうするんだ?ベルンと、何を企んでいるのだ?」

「分かっていたのですか?」

「どうせ、実行することも、叶うこともないと思っていたからな。何よりも、そういった裏方仕事を教えたのは私だ。」

「そうですね。」

「・・・いけ。はなすことはない。私は、夢から醒める。この、母上の夢から覚める。だから、もう、いい。後のことは父上に任せた。」

「後悔は、しませんか?」

「あるに決まっている。だが、なあ。」

 

アグラヴェインは笑った。

 

「姫君の元に参る王子の邪魔をするほど、無粋である気は無いのだ。」

 

 

 

 

「・・・・大丈夫か?」

「え、あ、うん。」

 

道を進んでいるとき、ロットのそれに藤丸立香は彼を見上げた。どこか、申し訳なさそうなそれに、立香は頷いた。

それにモードレッドが顔を出した。

 

「疲れてるなら、負ぶっていこうか?」

「大丈夫だ。」

「そうか、あまり無理はしないようにな。」

 

立香はそう言って、じっとロットを見た。

立香、ロット、そうしてモードレッドにランスロットは城に向かっていた。

彼らが持つ、聖杯の欠片は二つ。

 

「これぐらいあれば、なんとか城の門まではたどり着けるだろう。」

 

それによって、アグラヴェインのいた教会を後にした。

 

「いいの?」

 

一人、教会に残されたアグラヴェインのことを考えて、立香は言った。それにロットは頷いた。

 

「ああ。あれは夢から覚めると決めた。言いたいことも、俺の本音も言ったからな。だから、もう、いい。」

 

穏やかな声でそう言えば立香に答えられることなどなかった。

 

(聖杯の雫は、二つになった。)

 

アグラヴェインから渡されたそれは、ロットの剣に吸い込まれている。

次は、城に行くのだという。

 

「まあ、簡単にはいかないだろうが。それでも、かの夢魔殿を信じないとな。」

「信じられるの?」

「ああ、自分を殺した人間の一人だ。十分にな。」

 

それは一瞬だけ、ブラックジョークの一つだろうかと考えてしまうような言葉だった。ちらりと見た男は特別な感情などなく、それが純粋な賞賛であることが理解できる。

 

「・・・父様、それ、止めた方が良いよ。」

 

なんとも言えない顔をしたモードレッドの顔と、気まずそうなランスロットの顔が印象的だった。

 

 

 

「・・・・霧が出てきてる?」

 

立香のそれにランスロットが眉をひそめた。そうして、近くにいた立香を守るように立つ。

 

「この霧、ただの霧ではないぞ!」

「・・・・だめだな、一人はキャスターが必要だな。」

「遠くから足音もしない?」

 

ぼやくように言った後、ロットは立香に視線を向けた。

 

「どうする、マスター?」

 

それに立香は考える。選択肢は二つ、このまま止まり、やってくる存在を待つか。それとも、逃げるか。

 

「この霧を抜けよう!」

 

霧がなんなのかわからない今、やってくる存在はモルガンからの兵士である可能性が高い。

ならば追ってから逃げた方がいいはずだ。

モードレッドが立香を抱える。

それに四人は霧の中を走り出す。ひとまず霧の中を走り始める。

サーヴァントが本気で走り出せばそうそう追いつけないとは考えた。

 

「・・・・あー、やっばいな!父様、やっぱり方向がわっかんない!」

 

三人とも全速力で走り続けるが、霧の中を抜けられない。足音は、確実に近づいてくる。

そうして、等々、目の前に人影が現れた。

 

「・・・・逃げれなかったか。」

 

ぼやくようなロットの言葉の後、皆で剣を引き抜いた。

 

「すまないな、マスター。」

「ううん、いいんだ。」

 

立香はその言葉の後、覚悟を決めて人影をうかがう。たいまつを盛っているらしいそれらは、ゆっくりと自分たちに近づいた。

そうして、そこにいたのは、立香たちが村々で見た、ただの農民達だった。

 

「ああ、久方ぶりですね。」

 

どこか皮肉気な言葉を吐いたのは、一人の青年だった。

 

 

 

 

「・・・・今日も、あれの元に行ったのですか?」

「すみません。」

 

グレイはひどく気まずい思いで目の前の人を見た。そこにいるのは、自分とよく似た顔の女が一人。

それは優雅に硝子で出来たゴブレットを傾けた。グレイは落ち着かない気分でそれを見つめた。

グレイが城に来てから毎日一度、そうやって食事を共にする。食欲は無いが、それはそれとして体力は付けておかなくてはと無理矢理に飲み込んだ。

 

「いいや、怒っているのではない。ただ、あれは。」

 

この城の女王であるモルガンは視線を下に向けて、机の上を見つめた。

 

「・・・ひどく、退屈だろう?」

「いいえ、少しだけ、昔の話を聞かせてくれます。」

「昔の話か。ふ、空しい栄光の話か?」

 

皮肉気なそれにグレイは少しだけ悲しそうな顔をして、首を振る。

 

「・・・皆といった、狩りの話。」

 

それにモルガンは動きを止めた。

 

「豊作だったとき、一面を覆った黄金の波。遠くに聞こえる、かすかな子どもたちの笑い声。秋に食べた、白いパンの話も。」

 

グレイは、訥々と、バーサーカーが少ないが語った話をした。

グレイは、少しだけ不思議な気分になった。

バーサーカーと少しずつ話をするにつれ、彼女は口を開いてくれるようになった。そんな中、バーサーカーはこんなことがあったと口を開いてくれるときがあるのだが。

グレイは、てっきり、それに冒険譚を聞かせてくれると思っていた。

けれど、バーサーカーの話すのは、なんだか、とても普通のことだ。

日の光を浴びて黄金に輝く小麦の海、収穫に喜ぶ人々の笑い声、狩りに騒ぎ獲物を食べた日々。

そんな、なんだか、とてもたわいないことを話してくれた。

 

「っは、あれは、なんだ、それだ。それこそが、真の・・・・」

「陛下?」

 

モルガンはまるで何かをこらえるような顔で、首を振った。その仕草にグレイが不思議そうな顔をした。けれど、すぐに顔を引き締めた。

 

「今日はもう、終わりにしよう。部屋に帰りなさい。」

「・・・はい、わかりました。」

 

そのまま部屋を去って行くグレイを見送り、モルガンはダイニングの椅子に深く腰掛けた。そうして、額を手で覆った。

 

「・・・・バーサーカー、お前は。」

 

ぼそりと呟いた後、モルガンの脳裏には一人の女のことを思い出す。

 

 

 

「ラグネルよ!」

「ああ、お義母様。」

「この城から離れるとは、どういうことだ!?」

 

それは、いつかに、モルガンがこの国を永遠にしようと計画を進めていたとき。

ああ、そうだ、それはモルガンが聖杯を手に入れたとき。

それは、静かに微笑んだ。

 

背が高く、見目麗しいがまるで大樹のように落ち着いた空気を持った女だった。

 

「何故だ、ガウェインも帰ってくるのだ!ならば、どうしてここから去るというのだ?」

 

その言葉にラグネルは淡く微笑み、そうして、モルガンに微笑んだ。

 

「・・・いいえ、お義母様。我が夫は死んだのです。」

「だが、帰ってくるのだ!不可能ではない!だがら・・・」

「お義母様、いいえ、我が夫は死にました。遺体も見ました。葬式もしました。もう、帰ってくることは無いのです。」

「なぜ、なぜ、そんなことを言うのだ?」

 

モルガンは、その時、崩れ落ちそうになりそうだった。だって、その女は自分と同じであったはずだ。

愛しい夫を亡くし、可愛い子どもたちは殆ど死に絶え、女に残ったのは美しい月色の髪をした娘だけ。

それは、自分と同じはずだ。自分と同じ、苦しくて、悲しいはずだ。

 

「・・・・お義母様、私は、本当を言うのなら夫に対して怒りを覚えているのです。」

 

顔を下に向けていたモルガンはゆっくりと視線を上げた。そこにいる女はたおやかに微笑んだ。

 

「息子達は死にました。義弟殿たちも、亡くなりました。ならば、夫の気持ちもわかりましょう。ですが、私だけなら我慢できました。けれど、ローアルのことさえも、あの猪夫は放り投げてしまったのです。」

勝てないと、わかっていたのに。

 

掠れた声でそう言った女はただ、穏やかに微笑んだ。

 

「言い訳の一つも残さずに逝ったのですよ?ええ、なんて、ひどい夫でしょうか?」

「だから、お前は、ガウェインに怒っているから私を置いていくのか?」

 

まるで、子どものように、その時はモルガンは駄々をこねる子どものように言った。それに、ラグネルは悲しそうに微笑んだ。

そうして、そっと、女は己の義母を抱きしめる。

モルガンは固まった。

何故って、女には、そんな風に。

柔らかな胸に抱かれた記憶なんて、とんとなかったのだ。それ故に、固まった。

ラグネルはそれに、そっと、女の黄金の髪を梳いた。まるで絹糸のような髪を、不躾に、少女をあやすように撫でた。

 

(・・・・ああ、やはり、この方は。)

母であり、もう、祖母になったというのに。こんなふうに慈しむような手さえ知らぬのだ。

 

ラグネルはそっと女から体を離した。

 

「・・・私に呪いがかかっていたとき、夫に何と言われたか知っておられますか?」

「見目を、朝と夜、どちらで取るかという話か?」

「ええ、あの方は、私の好きなようにといわれました。」

 

淡く笑ったその顔、まるで生き疲れたかのような静かな瞳。

 

「ならば、私は夫との在り方と同様に、彼の人の死に殉じることはありません。私は、サー・ガウェインの妻であると同時に、ローアルの母であるのです。ならば、私はあの子に未来を与えねばなりません。夫を持たせ、家庭を与える義務があるのです。」

 

ラグネルは淡く笑った。モルガンはそれに何と応えていいのかわからなかった。

ただ、ラグネルはモルガンに手を差し出した。

 

「私はここで止まった時の中にいることは出来ません。私はローアルに未来を与えねばなりません。我らは生者、過去を置いて、未来に向かうことこそが我らの義務であるのでしょう。」

私が言えるのは、一つだけ。

 

ラグネルはただ、モルガンに手を差し出した。

どうか、共に行きましょう。

 

置いていくのではなく、共に傍観の渦に巻き込まれるのではなく。

進もうと、道を向かうことこそがこの身に出来ることだと女は言った。

 

(・・・私は、なぜ。)

 

モルガンはそれを見送ってしまった。

幼いローアルがお祖母様と手を振っているのが見えた。二度と、会えないとわかっていたのに。

モルガンはそれを見送ってしまった。

今でも、何故だと思う。

例え、縁があっても、モルガンには可愛い息子が、そうして、愛しい夫のいない未来に進むことが出来なかった。

だから、過去に縋ったのだ。

けれど、今でも思うのだ。

どうして、自分はあのとき、寂しくて、悲しいと思いながら、それを見送ってしまったのだろうか?

 

(・・・・いいや!)

 

それでも、帰ってきたのだ。

幾度も代を重ね、それでも、愛しい末の子は帰ってきてくれたのだ。

 

(・・・ガウェインは、あの子に会おうとしないが。)

 

それでも、きっと、あの子だってロットが帰ってくればきっと、グレイに会うだろう。そうだ、そうしたら、今度こそ、今度こそ、家族で仲良く暮らすのだ。

それはけして、終ることもない、変わることの無い、不変の幸福のはずだから。

未来に進むことはない、けれど、失われることのない世界。

それは、きっと、きっと。

 

(幸福のはずだ。)

 

それでも、モルガンは、今でも、ラグネルたちを見送ってしまった理由がわからぬまま。

 

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