ロット王は愛妻家   作:藤猫

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置いていかれた人間は

 

「・・・・そんな顔をしてないで、何か言ったらどうだ?」

 

なじるようにそう言った青年にロットは黙り込む。それにランスロットはモードレッドの抱えた藤丸立香を庇うように立った。

 

「・・・・はっ!ああ、どうせ覚えてなんてねえんだろう?どうせ、あんたの民とは言え、俺たちは歴史にさえも残らねえ雑草だ。あんたみてえな高貴な身分が覚えてるはずがねえんだよ。」

「おい、いい加減にしろ。無礼だぞ!」

 

男の不躾な言葉にモードレッドが怒りの声を上げる。それに周りを取り囲んでいた人間達は各々で農具などを握りしめた。

 

「モードレッド!挑発するな!」

「黙れ!サー・ランスロット!この方は我が王ではなく、されど我が父であり、王なのだ!このような無礼、赦せるはずがないだろう!」

 

叩きつけるようなモードレッドのそれに青年は怒りに任せるように叫んだ。

 

「その王であるというのなら、どうして、俺たちの国を壊しに来たんだ!答えてくれよ、ロット王!」

 

その言葉にロットは目を見開き、その青年を見つめた。

 

 

 

貧しい生活、豊かにならないが働きづめの毎日。

それに不満がないと言えば嘘になる。ただ、なんとか死なない程度に生活は出来た。

 

「おい、今日も王から物資が届いたぞ。」

「おい、蛮族が迫ってるから、逃げろとお達しだ!」

 

少なくとも、己の住む場所を治める男は、俗に言えば当たりだった。

なんとか、死なないように生活できるようにしてくれたし、そこまで重い税を搾り取るようなこともなかった。

曰く、他の土地からすれば、その王はだいぶましなのだという。そんなことを言われる度に、鼻高々だった。

 

おう、我らが王、ロット王。

釣り好きの、変わり者の、我らが王よ!

 

きっと、ヴァイキングに、痩せた土地、そんな故郷の中でその男の存在だけが自慢で。

その王ならば、きっと、いつか、なんとかしてくれると、そう。

 

・・・王が死んだと、そんな知らせが入ったのはいつだっただろうか。

ただ、城に下働きに行っていたものがそんな知らせを持って帰った。

 

嘘だろう?

だって、あの人だぞ?

 

狭い領地をふらつく変わり者の王のことを民は誰もが知っていた。だからこそ、嘘だろうと言い合った。

変わり者で、飄々としていて、なんでもお妃様が大好きな、そんな王様。

この過酷な土地で、蛮族を相手にしていても死なない王様。

死ぬはずがないのだ、だから、きっと、いつかのようにひょっこりとどこかで釣りをしていたなんて話が入ってくるのだと、そう。

 

王様を殺した王が、自分たちの土地を治めるそうだ。おまけに、御子のほとんどは王の下に行くという。

不満はあった。けれど、お妃様は残るそうだ。

遠い場所から嫁いできたお妃様、なんでも王様がそれはそれは大事にしていたお妃様、賢い方だと自慢していたお妃様。

 

耐えよう、耐えよう、あの方はこのままこの土地に残ってくれるのだから。

いつか、長子が戻ってきてこの故郷を治めるというのなら。

そうだ、耐えよう。

きっと、また、いつかに、厳しくて穏やかな日々が、きっと。

 

そんな日が訪れることなど、二度と無かったのだけれど。

 

 

 

「・・・・民達は夢の中にいるはずだ。ならば、なぜ、お前達はここにいる。」

「私がお連れしました。」

 

人混みの中からふらりと人影が現れた。それは、茶色の髪をした青年で。

 

「ベルン!?え、ベルンだ!」

「あのときの!」

 

モードレッドと立香のそれに、ロットは目を見開いた。

 

「・・・・何故だ?」

「こいつがあんたに会わせてくれるっていうから連れてきたんだよ。」

「ええ、皆さん、陛下に会いたがっておられたので。つれて参りました。」

 

方法など問わずに、ロットは口を開いた。

 

「俺は理由を問うたのだ。」

 

ロットの鋭い瞳にその場にいた民達は怯えるように体をすくめたが、ベルンは黙り込んだまま、その、青い瞳をロットに向けるだけだ。

そんな中、青年だけが苛立ったように叫んだ。

 

「そんなこと、どうだっていいだろう!?聞かせてくれよ、王様!」

あんたは、どうしてこんなことをするんだよ。

 

それはまるで、幼い子どもが上げる泣きじゃくる声に似ていた。

 

それはある意味で、予想の出来るものだった。だから、ロットはあくまで淡々と言葉を吐いた。

何故、こんなことをするのか、なぜ、この国の平穏を壊すのか。

 

「・・・間違ってるから、だ。」

 

短い言葉に、激高したように青年は叫んだ。

 

「間違い!?間違いだっているのか!?これが、あんたの妃の願いは、そんなにも間違ってるのかよ!?いなくなった人間が、帰ってきたんだ!ずっと一緒にいるんだ!いいだろう!?それで、それだけが、これを信じることが出来れば!それで!」

 

声が、声が、残響が己を焼いた。

間違っているからなんだろうか。間違っていてもいいじゃないか。それだけで引くことは出来ない。

だって、だって、幸せなんだ。

散々に泣いた、散々に苦しんだ、散々に悲しんだ。

それは重たい曇天のように己たちを押しつぶす。だから、どうか、この間違いを正さないで欲しい。

 

「あんただって、そうだろう。一緒にいられるんなら、なら、ここで・・・」

「・・・いいや、ダメだ。それではダメだ。これが平穏であるとして、俺はこの国の王でもあったものとして、その平穏を壊さなければいけない。」

 

冷たいように感じるそれに、民達は、その場にいた全てが、裏切られたかのような顔をした。

それに、立香は、ああと思う。

 

(そんなことを言わないって、信じてたんだ。)

 

優しい王様だから、よき王様だから、きっと、そんなことを言わないって、信じていたんだ。

 

「なら、あんたは俺たちの敵だ!」

 

がなり立てるような声と共にぼろぼろと、農具を民達が抱える。

 

「で、でも、王様だ!」

「そうだ、あの方は、覚えているぞ!」

「王様に、そんなことを・・・・」

「やらなきゃ、今あるものが奪われるんだ!」

 

青年のものではないその声に、民達は黙り込み、そうして、改めて農具を構える。

それは、守るためだ。歪でも、愚かでも、間違っていても、それでも、今ある平穏に縋り付く生者のあがき。

 

「傷つけず、流すだけ!」

 

立香のそれに、モードレッドはもちろん、ランスロットも困惑しながら、されども剣を構える。

ロットもまた剣を構えた。

 

流す、流す、流す。

あの時代、伝説に謳われた騎士達は農具を振りかぶる民など勝てるはずがない。

けれど。

 

やめて、奪わないで。

死んだあの子が帰ってきてくれたんだ!

妻が、ようやく、二人で。

一人息子なんだ、奪わないで。

もう、飢えなくていいんだ。

寒さに震えて、凍り付かなくていい。

 

お願い、頼みます、王様。

一緒に。

お妃様が、待っていますよ。

 

それは、今まで聞いたような怨嗟の声ではない。

立香は、その言葉に、胸が張り裂けるような気分になった。

それは、それは、今まで聞いた声の何もかもと違う。

憎しみの声で、嘆きの声で、苦しみの声で、そうして、どこか、罪悪の混じったそれ。

理解する、わかる、わざわざ彼らがここに来たのは、

 

(ああ。この人たちは、きっと・・・・)

 

民達はあっさりと地面に転がった。簡単に、あっさりと、転がった。

それでも、彼らは変わること無く、立ち上がる。立ち上がって、ロットたちに農具を向ける。

 

止めろ、なんて言えなかった。

どうして、そんなことを、今を生きる人間が、この国を滅ぼすきっかけを生んだ男が、滅んでくれと願った騎士が、言えるのだろうか。

 

「・・・・行こう。」

「え!?」

 

ロットは剣を収めて、その場を去ろうとした。それに立香が慌てる。

 

「ロット王!?」

「・・・・これ以上することも、出来ることもない。俺のすることは変わらない。そうして、お前さんだってそうだろう?」

 

ロットがそういうと同時に、また、あの青年が叫んだ。

 

「おい、逃げるなよ!」

 

ベルンに支えられ、立ち上がる青年をロットはじっと見る。

 

「何も言わずに逃げるのかよ。あんたらはいいだろう、そうやって、死んだはずなのに生き返って!でも、俺たちにはないんだ!そんな奇跡は二度と無いんだよ!なら、どうして、納得なんか、俺たちには。何故、国が滅んだかもわからない、俺たちに、あんたはそれでもだんまりなのか!?」

 

ぎしりと、モードレッドとランスロットの剣が鳴った。

 

その通り、男はゆっくりと剣に手を伸ばそうとした。けれど、それを止める存在がいた。

 

「・・・ねえ、一つだけいい?」

 

男は少年の目を見た。懐かしい、愛おしい瞳に似た、澄んだ湖の、高い空の、深い海の、そんな色。

彼はどこか、申し訳なさそうな顔をした。

 

「俺がこれを言っていいのかわからないけれど。でも、もしも、あなたが彼らの願いを否定するのなら、本当のことを言ったほうが良いと思う。」

「・・・俺は。」

「何もわからず、勝手に何もかもが終るのは悲しいから。なら、本音を言ってくれた方がずっと嬉しいと思うから。」

 

少年の脳裏には、最期まで、全て黙って、そうして逝ってしまったロマンチストの顔があった。そうだ、なにもわからずに終るのは、悲しいから。

その言葉に男はふっと、視線を下げた。

 

言えるのか?

ああ、だって、これはひどいエゴだ。何故、この島を滅ぼすのか?

それは、きっと、一つの義務と、多くのエゴによってなりたっている。

言うものではない、こんなもの、ただの八つ当たりだ。

奇跡が訪れた自分と、訪れない彼。

それには、多くの隔たりがあって。

 

「陛下、言ってください。」

「何が言いたい。」

「いつまで黙っているんですか!?」

 

ベルンのそれに、ロットは顔を強ばらせた。

 

「何も言わずに死んで、後のことは大丈夫って本気で思ってたんですか!?王妃様は精神的にガタガタで、ダイルの馬鹿は使い物にならず!何人かは裏切って違う国に行くし!!」

「お、おう!?」

「もう大丈夫なんて、何を言ってるんですか!?うちは、あんたのおかげで回ってたんですよ!あんたが、いつも、大丈夫だって笑ってくれたから!だから、足掻いてた!いつも、いつも、あなたがいればとそう。」

 

教えてください。教えてください。

 

「このまま間違いを正すなら、この未練を殺してください。」

 

それは、いつかに、ロットが置いていった誰かの嘆きだ。

 

それに、ロットは、ロットは、自分の眼にあったはずの、青い瞳を見た。

ああ、そうだ、それは、確かに自分のもので。

ならば、とっくに。

 

(俺の本音は、晒されてた。)

 

生者と死者、その間は、どこまでも隔てられている。

間違いは正されるべきだ。

夜明けを迎えるには夜は終らなくてはいけない。光への希望を見るには、小さな灯を消して闇を越えなくてはいけない。

そうだ、ああ、人生とは苦痛の多くの苦痛に苛まれながら行くしかない巡礼の旅だ。

 

悪徳と、望郷の誘いを振り切って未来へ進まなくてはいけない。

 

(それは、死者には出来ないことだ。)

 

そうだ、それは正しいこと。正しさに跪く、男の答え。

けれど、それは、王の答えだ。歴史の中で、奇跡に成就するこの出来る王の答えだ。

 

それは、いつかに父であった男の答えでも、いつかに恋をした青年のものでも、ただ、この土地で生きた男の、死んでしまった誰かの答えではない。

ならば、そうだ、自分は、最期の誠実だと言えるものを晒さなくてはいけないのだろう。

 

「・・・・なら、お前達はこのままでいいと思っているのか?」

「当たり前だ!王様がいなくなって、どんどん全てが悪くなっていった!王様の息子も、いなくなって!お妃様だって一人で!死んだ人間はいいだろう!後の事なんて、おいていかれた奴らがどんな顔をしてるのか、見てさえいないだろう!?」

 

泣きじゃくる声は、青年だけものだ。けれど、それでも、その場にいた人間が恨めしそうにロットを見て。

それは、きっと、皆が思っていたことだ。

置いていかれ、寂しくて、悲しくて。

恨めしい、置いていった誰かが、恨めしい。

 

それにロットは顔を歪めた。

 

「悲しい?苦しい?泣き叫んだ?ああ、そうだろうさ。ああ!当たり前だ、大事な誰かに会えない、愛したものは消え失せた。お前たちがそれを取り戻したいと思うことも!お前たちが幻影にすがりつくのもだって当たり前だ!そうだ、間違いだったとしても、それでも、それでしか救われないことだってあるだろうさ。でもな、それでもな。」

 

ああ、そうだ。

そうなのだ、ロットは、本当を言うならばずっと、怒っていたのだ。

 

「置いていかれたお前達が寂しいと言うのなら、どうして置いていくしかなかった俺たちが寂しくなかったなんて思えるんだよ?」

 

それは、ひどく、優しい声だった。

 

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