次か、二話先でランスロットの語りをいれようかと思っております。
「はっきり言ってこちらがガウェイン兄上に勝てる確率は低いだろう。」
それはガウェインの元に向かう前にガへリスがした会話だった。
その言葉に藤丸立香は苦い顔をする。
「・・・・そんなに?」
「俺自身、そう城に深くいたわけでもない。兄上にわざわざ挑む者がいないのなら、どれほどの力なのかわからないが。ただ、兄上自身、それ相応の加護をもたらされている。ある意味でのギフトのような。」
ギフト、という単語に立香は背筋に寒気を覚えた。
「何よりも、この土地では兄上に対してあまりにもバックアップが行き届き過ぎている。故郷で有り、兄上を英雄として称えている。俺やモードレッド、父上もバックアップはありますが。それ以上に、ガウェイン兄上が勝っている。元々の素質の違いだ。」
「・・・・私も、事情を考えると。」
「でも、それならどうするの?」
モードレッドのそれに、ガへリスが息を吐く。どこか、覚悟を決めたかのような顔をした。
「・・・俺の宝具を使う。」
「ガへリスの?」
「俺の最も有名な逸話を知っているか?」
「えっと、ラモラックを殺したって、話?」
ラモラックというそれにガへリスは苦い顔をして頷いた。
「・・・俺のクラスはアサシンだ。俺は、影、暗がりさえあれば、どんな所にも滑り込める。この力のおかげで、俺はずっとこの島を転々としていたわけだしな。」
「サー・ガウェインにそれが通じると?」
「どんな騎士だって、的確に核をつけば崩壊する。なら、それが一番に確実だ。何よりも、サー・ランスロット。ガウェイン兄上に勝てるのか?」
ランスロットは黙り込む。そこでロットが口を開いた。
「なら、俺のマントの中に隠れておくか?」
「父上の、ですか?」
「おそらく、ガウェインのことだ。俺を何としてもモルガンの元に連れて行こうとするだろう。なら、俺ならある程度近づいても致命傷を喰らわせるのは躊躇するはずだ。」
ほれ、とロットは自分のマントを開けてガへリスを迎える。ガへリスは驚いて、マントと、そうしてロットを幾度も見比べる。
「ほれ、どうした?子どもの頃はよく俺のマントの中に隠れてただろう?」
「いくつの時の話しですか?ですが、まあ、それが一番か。」
ガへリスは気恥ずかしげな顔をしながら、ロットのマントに潜り込む。そうすれば、そこに存在していたはずの青年の姿は消える。いいや、気配さえも断ち消える。
「・・・・懐かしいな、この質感。」
「そんなに繁盛してたの?」
繁盛という立香の台詞が面白かったのか、ロットはくすくすと笑った。
「おお、小さい頃は、なんでか俺のマントの中に隠れたがってな。子どもって不思議でな、マントに隠れてもがっつり足が見えてても隠れた気になってるんだよ。ガレスとガへリスはケツが出ててなあ。ガウェインなんかはある程度の年齢だから姑息でな。背中にしがみついてしっかり隠れるんだよ。」
「本当に、いつの話をされてるんですか?」
ロットの思い出話に、ガへリスが呆れたような顔で顔を出す。それにロットはけらけらと笑って、片手でガへリスのほっぺたを掴んだ。
「なんだ、思い出話ぐらいはいいだろう?」
うりうりとほっぺたを突いてロットは笑った。それにガへリスは困ったように微笑み、けれど、すぐにそれを消した。ロットの手をやんわりとであるが、拒絶し、そうして抜け出る。
どこか、乏しい表情で口を開いた。
「それでは私が事前に父上のマントに隠れておく、それでいいですね?」
ガウェインは目を見開いた。
ガへリスの姿にかすかな動揺が広がったのは確かだ。
二人目の弟が姿を消したのは知っていた。けれど、ガウェインはそれを受け止め、許した。
彼にとって、己が殺したダイルと面を向かうことは耐えがたいことだったろう。
少なくとも、時間が必要なはずだ。
ガウェインは、ただ、門の前で。
誰も来はしないと理解しても、そこにいた。
故郷に、立ち寄る資格を自分が持っているのかわからなかった。
ガへリスは、かすかにガウェインの顔に走った動揺に、成功したと確信した。
短刀が、遠い昔、ラモラックを殺したそれが兄に向かう。
「・・・・お前は、一つ思い違いをしている。」
その言葉にガへリスは目を見開いた。ガウェインは剣を素早く入れ替え、そうして、ガへリスのことをなぎ払った。
まるで小石のように吹っ飛んでいく騎士はそのまま、森の中、木々をなぎ倒しながら転がった。
「ガへリス兄上!」
「モードレッド、立香を連れて下がれ!」
たたみかけてくるガウェインにロットとランスロットで対応する。
「何故、あれを!」
「私は今、ガへリスと同様に夜に立つもの!反応程度出来ないはずがない!」
ガウェインは怒り心頭と、ランスロットの横っ腹に一撃を叩き込む。それにランスロットは剣で防ぎはしたが、彼も又吹っ飛ばされていく。
ガウェインは向かい合った父を見た。
彼は、変わらず、物悲しげな顔をしていた。それが、ガウェインには溜まらなく、怒りを誘って、憎くて、苛立って。
さみしい。
「ガへリスをたぶらかして良い気分ですか?」
きっとしたことがないような皮肉気な声音でそう吐き捨てた。
「あの子は、あなたを慕っていたから。あなたに願われればそれを叶えようとして。」
「あの子が自ら望んだことだ。それ以下でも、以上でも無い。」
ガウェインはそれに苛立った。
ガウェインには、ロットの言葉がまるで、まるで、作り物のように思えて仕方が無かった。
父ならそんなことを言うはずが無い。
だって、父は、誰よりもこの国を愛していた。
果ての国、寒くて、海沿いの国は侵略者から狙われて、けして豊かな国ではなかった。
でも、故郷だ。ここで生まれ育って、その国のために自分たちのことさえも死んだ父。
違う、違う、違う!
父上がそんなことを言うはずが無いと、幼いガウェインがずっと喚き続けている。
父が、自分たちを、見捨てるはずがないのだと。
ガウェインは剣を振う。
答えて、ねえ、答えてと、幼い子どもが駄々をこねるように剣を振う。それであるからこそ、ロットでもなんとか耐え忍ぶことが出来る。
そこに、ランスロットが参戦する。
ガウェインはぎらりとランスロットを見つめて叫んだ。
「ああ、ランスロット!どうしてお前はいつもそうなのだ!お前だけは何故、そんなにも好き勝手に振る舞うことが許される!」
叩きつけられる斬撃は重い。それは、ガウェインの怒りを表すと同時に、確実に、ランスロットさえも押し巻ける。
それがガウェインが受ける、恩赦の証であると理解する。
「今でさえも、お前は父上の味方で。まるで、自分こそが正しいような顔をして!それなら、それならば、私だってそうしたかった!オークニーに帰りたかった!きょうだいたちと過ごしたかった!ああ、ああ、ああ、なのに!お前は全てをぶち壊した!」
あの日、ブリテンはまさしく薄氷の上だった。
それを知りながら、皆が、まるで大地で踊るかのように優雅に舞っていた。
だって、そうだろう。
この国は滅びるでしょう。
なんとなく、その足音を皆がわかっていた。
歯車が回る。
崩壊の音が、ずっと響いている。
知っていた、知っていてなお、あの時代で生きたものは棺の中で耳をふさいだ。
土地が痩せていくのも、異民族も、あまりにも異常なことばかりであって。
喉元にわだかまる全てを飲み込んで、それでも踊った。薄氷の上で、ただ。
それならば、殺せと宣う事なんて出来なくて。
なのに、なのに、なのに!
「お前が全部、壊したのだ!」
はじき返したランスロットは今にも崩れ落ちそうで、その顔が、ただ、苛立つ。
イライラする、イライラする。
それは、ずっと黙り込む。
自分が男を殺した日、ガウェインは問いかけた。
「何故、あんなことをした。何故、お前は、そんなにも。」
ガウェインは知りたかった。
相思相愛、なんて言えはしなくても。それでも、円卓には確かに繋がりがあったはずで。
ガウェインは、確かに、あの日、目の前の男を愛していた。
戦友であった、尊敬すべき騎士だった、馬鹿話に興じる友人だった。
それを、全て男がぶち壊したことに、全てを壊してしまったことにあの日々がまるで取るに足らないものであったかのようで。
ランスロットはガウェインの問いに黙り込んだ。
語る言葉などないように、ただ、黙り込んで謝罪を口にするだけで。
そうか、そんなにも、語ることさえ無いような、そんなものでしかないのか。
もう一度、裏切られたかのような気持ちだった。
「ガへリス兄上!大丈夫!?」
モードレッドと立香はガへリスへの救援に向かう。身に纏っていた礼装で手当をする。
ガへリスはぜえぜえと息を吐き、満身創痍であった。
「・・・さすがは、ガウェイン兄上、的確なところを。」
「もう、喋らないでよ!」
そう言っていると、遠くでガウェインの咆吼じみた声が聞こえる。
苦しくて、悲しくて、寂しい、そんな声。
それに、立香はああと思う。
彼の知るガウェインは、陽気で、楽しげで、己を律していて。
けれど、今、その声は、まるで駄々をこねる子どものように悲しい物で。
「・・・早く、助太刀に行かねば。」
ガへリスのそれに二人は手を貸した。
ロットはランスロットの前に躍り出た。
それがまるでランスロットを庇うようで、余計にガウェインの苛立ちを増させた。
ガウェインは自分がすでに、父親よりも強くなっていることを理解していた。元々の胆力自体が、特異な体質を持って生まれたガウェインにロットは負けていた。
行動を封じることが出来た。
けれど、ガウェインは子どもの駄々のように、父からの言葉を聞きたがった。
嘘だよね、そんなことは嘘だよね。
「父上、あなたは、あなたは。」
また、私たちを選んでくれないのですか?
掠れた声でそう言った。それにロットは驚いた顔をして、そうして、いかめしく顔をしかめた。
「ならば、何故、目をそらす、五月の鷹よ。」
発せられた言葉にガウェインの剣に駆ける力が弱まり、それをロットは押し返す。バランスを崩したガウェインはそのまま吹っ飛ばされ、そうして、その場に膝を突く。
「お前の行いは、この先を否定すると言うことだ。
その言葉にガウェインの指先が震える。
それに茫然と、目を見開かれた。
ローアルの血を引いている少女の存在は知っていた。
それに、興味を惹かれなかったわけではない。
あの子、あの子、が、生きて、その先にいる子。だから、一目、見たくて。
見た、見た、あの子。
銀の髪に、王にそっくりの顔。けれど、そんなことは欠片だって気にならなくて。
ただ、その瞳。
母と、父の瞳が混ざった、その色。
(ああ。あの子にそっくりだ。)
泣きたくなった、嬉しくなった、話しかけてみたくなった。
きっと、最後に残ったあの子が、妻が、どう生きたかなんて知らないとしても。
話しかけてみたくなった。
そこには、ガウェインが、置き去ってしまった彼の愛があったから。
けれど、そこで立ち止まる。
あの日、全てを放り出して、駆けてしまった自分にその資格はあるのだろうか?
母の近くにあることさえも、いいのかと、己に問いかけているのに。
遠目に見た。
ああ、可愛いなあと、いつかの愛らしい娘のことを思い出して。
でも、それに近づく資格を己は失っている。
とっくに、きっと、失っていて。
だから、背を向けた。だから、ただ、門の前で、ガウェインは。
「お前のそれは、それでもと未来を歩いた娘の在り方の否定であるのに?」
「止めてくれ!!」
叩きつけるような声でガウェインは叫んだ。
わかっている、わかっている、己の心にある矛盾。
母の願いを叶えたいという感情。
父の在り方を考えれば自分たちを容認できないことを理解して。
あの子の生まれる可能性を否定するのかと問いかける己がいて。
また母を裏切るかもしれない己に嫌悪して。
「わかっています、わかっています!ですが、私は父上との約束を、何一つだって守れなかった!」
ガウェインは立ち上がり、そうして、父のことを見つめる。
「オークニーは滅び、弟妹達は無残に死に、そうして、母を独りにした!ならば、せめて、ここでは、この場では母の願いを叶えなければ私はいったいなんだったと言うのですか?」
怒っているのでしょう?
ふがいない己のこと、何も守れなかった己のこと、きっと、きっと、父は失望しているのだ。
だから、きっと。
噛みしめた歯がガチリと音がして、視界の中に父を映した。
それに、ガウェインは驚いた、目を見開いた。
だって、そうだ、その時は父は笑っていた。
今は、戦いの時で、強ばって、いかめしい顔をしていたのに。その時、その瞬間だけはまるでほころぶように、仕方が無い奴だと、いつかのように笑っていて。
「お前はバカだなあ。お前は俺との約束を守ってくれたし、怒ってなんているはずがない。」
それは、いつかの、記憶の中の父そのもので。ガウェインは茫然としてしまう。
ロットはそれに、顔を引き締めて、息を吐く。
「お前はずっと、そうやって矛盾の中で回っているのだろう。ならば、もう、それはやめにさせないといけない。ガウェインよ、俺たちはもう死に果て、人ですらない影法師だ。故に、だ。生き続けると言うことを尊ぶ。でもな、忘れてはいけない。人はいつか終る。それが道理だ。だがな、終る代わりに託して、渡して行けるからこそ満足を得て死んでいける。俺にお前がいたように。」
ロットはそっと剣を下ろして、何故か、数歩下がる。
「俺は、あの人の元に、自分の足で行くと決めた。姫君の元にはせ参じるのは、自分自身でないとな。」
でも、俺はお前に勝てない。
ロットの後ろから、一人の男が躍り出た。
ガウェインはそれに、剣を構える。
「覚悟を決めた騎士に頼むだけだ。」
ランスロットは思い出す。
ガウェインに会う前に、ロットと、ガへリスとだけ交わした会話を。
ガへリスが己を見る。
己を見て、言った。
「サー・ランスロット。本音を言えばあなたには最後の戦いまで共にあって欲しいと思う。兄上を私が仕留めることが出来ればの話だ。」
「それは・・・」
「可能性としては低いか。失敗したときはどうする?」
ロットのそれにガへリスはじっとランスロットを見つめて言った。
「あなたがこの島に招かれた理由。それは、あなたが強い騎士であったから。我らきょうだいの、ある意味であなたは天敵であったから。それもある。だが、それ以上の役目があなたにある。」
静かな瞳が、夜のような青年が己に言った。
あなたの役目は、ガウェイン兄上と死ぬことだ。