少し長くなりそうなので、切りの良いところまで。
ロット王の父親については、アッ君の顔を想像しています。
評価、感想ありがとうございます。また、いただけたら嬉しいです。
「・・・・んふ。」
「笑わないでくんないか?」
ベッドに横たわったロットを見て、ベルンはこらえきれないように吹き出した。ロットの言葉に堰を切ったようにげたげたと笑い始める。
「ふ、あはははははははははははは!!じ、自分の嫁さんから腹に一発もらって、ね、寝込むとか。く、あははははははは!」
ベルンはばしばしとベッドを叩きながら笑い転げた。
それにロットは恥じるように顔を手で覆った。
「はーあ。笑ったあ。」
「もう少し、主への敬いってものを持って欲しいんだが。」
「はーい、情けない王の言葉は聞けませーん。」
けらけらと笑ったベルンはそう言ってべしりとロットの言葉を跳ね返す。ロットはベッドの住人になって少しの時間が経っていた。
「いやあ、にしても陛下が寝込むなんて城の皆で天変地変の前触れかって騒いでますよ。まあ、戦続きに、兵の訓練、政務まで全部してるんですから疲れも溜まってたんでしょう。陛下も若くないんですし。」
ロットはそれにはは、とから笑いをして返事をした。
ロットが覚えているのは、モルガンに痛烈な一撃をもらった、その瞬間だ。
マーリンの悪夢から眼を覚まし、何か、ものすごい良い気分だったことだけは覚えている。
ただ、自分が何をしていたのか、ロットはモルガンの一撃で見事に記憶から吹っ飛んでいた。
部下曰く、閉じられたドアが開いたかと思えば、にこやかなモルガンが出てきて疲れたからとさっさと自室に帰ったらしい。そうして、残ったロットは腹に青痣を作ってもだえていたそうだ。
モルガンの行動に関しては、ロットは承知していると部下には伝えてある。
一応は、ロットを救った賢妻として城での評判は良いらしい。
(あー、ものすげえ綺麗なもんを、見てた気が。)
「まあ、今のところ、なんとか回っているのでいいんですが。妃様に政務について一端を担ってもらっている時点で、他の国から笑いものになりそうですけど。」
「うち、人手ないもんなあ、特に文官・・・・」
遠い目をしたロットにベルンは内心でため息を吐いた。
人手がないなど、その原因がよく言うと。
オークニーはそれでも兵士の質はそこそこ高い。元より厳しい環境だ、弱いものはすぐに絶えてしまう。鍛えられるほどに大きくなるものはその時点で強者なのだ。
また、時折ではあるが、流れ着いたヴァイキングなどとの混血もいる。
けれど、文官、というか教養などがある存在はあまりいない。ある程度学のある人間はもう少し栄えた都市部に集まる。
オークニー自体、どうしても兵士を育成することを優先するため、数が増えない。
それでも、いなかったわけではない。
(この方が、文官たちを粛正されたのは、まだ先王が生存されていたときだったなあ。)
ベルン自体、ロットが王になってからある程度深い事情を知れる立場になったため、当時のことはそこまで知らない。
けれど、未だ跡取りという立場だったロットが、蛮族と繋がり、国の情報で取引をしていた文官複数名を殺したのは有名な話だ。
その弾み、というのはおかしいが、罰せられることを恐れたものが逃げ出した。
ベルンはちらりと、ベッドの上で何かを考え込む王を見た。
(まあ、怖い人でもなければ、近寄りがたい人でもない。でも、聡い方ではある。)
文官のいなくなった穴は、今のところ全てロットが担っている。元より、領地も広大というわけではなく、彼自身は文官でも十分にやっていける王だったのが幸いだろう。
古参の、年寄り連中は少年の域を出なかったロットの強行を覚えている。それ故に、表立って彼に逆らおうとするものはいない。そうして、若い、下級の人間になればなるほどに昔のもの知る者はいなくなる。そんな人間にはロットの恐ろしさなど知らぬ所だ。
できあがるのは、親しみ深く、されど苛烈さを含んだ王だ。
ベルンはちらりとまた、ロットを見た。
今回、優秀だとモルガンに政務について口を出すことを赦しても不満の声が出ないのは、もちろん、人手不足で手が回らないと言うこともある。
それと同時に、ロットのなすことに対して信用が出来ると言うことも、反対すれば何が待っているのだろうという恐怖もあるのだろう。
目の前の男が、どんな思惑を持ってそんなことをしたのかは知らないがベルンにとっては仕えるには十分な資質を持っていると思っている。
「なあ、ベルン。うちの奥さん、俺の愚痴、言ってなかったか?」
「ぐちぐち言う暇があるなら。さっさと治して直接聞きに行っては?」
妻を娶ってから情けなくなったのは珠に傷であろうが。
「王妃様、これについて。」
「それについては。」
「こちらは。」
「それは。」
モルガンは淡々と頼まれたことに関して裁いていく。彼女がいるのはロットが使っている執務室だ。そこに、数少ない文官がモルガンに意見を聞いている。
最終的にはロットの許可はいるが、そうはいってもある程度のものに練らなくてはいけない。
(言葉通りだな。)
文官の一人がちらりとモルガンを見た。最初、王妃に政を一時的に任せることをいぶかしんだが、今は納得している。
彼女は淡々と物事を処理していく。
(王妃にわざわざ意見を聞いて、教育まがいなことをしているとは聞いたが。なるほど、これはそれほどの価値はあるか。)
唐突、あの飄々とした王も、ウーサー王と同じ道を歩くかと思ったが、そうではないらしい。
レディに仕事を任せるなど、と言ってはられない。人手が足りない、それ以上のことはないのだから。
オークニーはどこまでも使えるものは使っていくことにしている。そうしなければ、生きてはいけないのだから。
(どうすれば・・・・)
モルガンはがりがりと執務を行いながら、内心では頭を抱えていた。
モルガンはあーとうめき声を上げたくなる。
(ロットを、思いっきり殴ってしまった・・・・・!!)
だんと、机を思いっきり殴りたくなった。
モルガンとて、最初は考えていたのだ。
一人の男を堕落させて、それを操り、周囲の国を奪っていく。自分ならばできると思っていた。
が、蓋を開ければどうだ。仮にも自分の夫に思いっきりの一発入れて逃げてしまっている。
(絶対に、幻滅された!!)
いくらなんでも自分の腹に悶絶するほどの一撃を入れる女に惚れた腫れたを言える男がいるだろうか。
(いない、いるはずがない!)
ああと、モルガンは鉄仮面そのままにそんなことを考える。
最初は任されたことが嬉しかった執務も今となっては一周回って女として見られてないからこその所業なのではないだろうかと考えている。
女としてはだめでも仕事は出来るよなと言われている気分だ。
もちろん、認められることは当然とは言え心が弾みはするが。
それでも、モルガンも怒りに任せてあんなことをするのはないなあと思っていた。
幸いなのは、ロットが現在安静を命じられており、ベッドの住民になっていることだろう。
おかげでなんだかんだと会わずに過ごせている。
彼は気づいていなかったのだろうか、白夢魔に生気を吸われて弱っていたのだ。
モルガンは、マーリンとロットは接触まではしていないのだと考えていた。彼が、マーリンの存在を知ればすぐに自分を呼んでその話になっていただろう。
それでも、ロットは自分が目覚めた理由をモルガンには問わなかった。元より、モルガンの出て行った後、彼は後のことを伝えてそのまま眠ってしまった。
(信用、信頼。)
この国の人間は、基本的にモルガンに対して友好的だ。反発も特別なく、彼らは新しい王妃に優しい。
それが、モルガンにはひどく、くすぐったい。
この島に、モルガンの居場所はない。人でありながら、人でないモルガンに対して違和感を持つものはいるにはいた。
けれど、そういうものは決まってこう言った。
ロット王が信じるならばいいのだろう、と。
彼らは大抵、その一言で片付ける。
モルガンが知る上では、ロットは老いたものには恐れられ、若い者には慕われている。
若くして、古くから仕えるものを罰したロット。気さくで、下のものに慕われるロット。
そんなロットの花嫁を彼らは大事にしようとしている。
それに、それに、モルガンは叫びたくなる。
何を叫びたいのか分かりはしないけれど、何かを、何かをきっと、叫んでしまいたくなる。
彼はモルガンを信じて、彼女の行いを承知の上だからと他のものに言った。
信用、信頼。それは、いつだってモルガンにとって遠いものだった。
北の果て、所詮は使い潰すだけ。ブリテンを手に入れるための場所だった。
(この島が、好きだとあの男は言った。)
それはきっと、人がいる国なのだろう。
人と共に暮らす島のことだろう。
(彼は、どう思うだろうか。人を滅ぼすと、そう言う私を。)
ロットは不思議だ。
城の人間は、ロットが人の嘘を暴くことを得意としていると言っていた。
嘘を見抜くと言うことは、ロットがいつだって誰かの嘘を疑っているということだろう。
けれど、モルガンにだってわかる。
ロットはきっと、人が好きなのだ。
それは矛盾だ。けれど、それでも。それがロットという男だった。
(・・・・人を疑い、それでも人を愛するのか。)
それはモルガンの知らないあり方だ。
けれど、だからこそ、モルガンは魔術を使わずとも、王妃として暮らせている。
そこでふと、また、マーリンの事を思い出した。
ロットに何かをしようとした夢魔に怒りがわいてくる。
(絶対にいつか潰す・・・)
そんな固い決意をしながら、三人のモルガンは頭を抱える。
そうだ、今、一番に気になって仕方が無いのは、ロットの腹への一撃なのだ。
モルガンは、咄嗟とは言えあんなことをしてしまったことをロットに幻滅されたと絶望していた。
モルガン・ル・フェは、この程度で身を引くような男は願い下げだと思いながらロットに会えないでいた。
湖の乙女は、どうにかしてごまかせないものかと考えていた。
何よりも、現在、モルガンはロットからお呼びがかかっているのだ。
何かまではわからない。ただ、今まで散々に政務があるからだとか、お疲れだとか、ロットが眠った時を狙って見舞いには行っている。
が、とうとう、執務が一段落したら部屋に来るようにとお達しがあった。
(ああ、前までなら、嬉しかった!嬉々として行った!)
が、ハラパンの後にどうどうといけるほどモルガンも図太くはなかった。
さすがに離婚云々はないが、現状では何を言われてもへこんでしまう。
(・・・・仕方が無い。プライドを、今は捨てよう。)
ここまで自分の評判を下げたのはモルガンのせいだ。ならば、プライドも今は捨ててしまおう。
(惚れ薬を、ロットに飲ませてうやむやにする!)
固い決意をしたモルガンはさっさと執務を終わらせるために意識を集中させた。
ロットはベッドに潜り込み、うとうととしていた。
マーリンの件のあと、やたらと眠く、食欲があったがこのごろはそこまでではなくなった。
もう、ベッドから起き上がっても構わないだろう。
が、悩みというのがモルガンのことだ。
彼女に助けられたと理解はしていたが、何故か一向に見舞いに来てくれない。
自分が眠っているときに来るためかすれ違っているようだが。
(何よりも、マーリンのことを彼女に聞く必要があるだろう。)
ロットはモルガンにあのことについて聞かなくてはいけないのだとわかっていた。少なくとも、彼らはいったい、これからどうすべきなのか。
(いや、違うな。害するのはモルガンであって、彼らの味方を俺はしなくていけない。)
ロットは自分が王であると知っている、理解している、わかっている。そのあり方を自分でも望んでいる。
けれど、下手な疑いを彼女に向けておくのはいやだった。そのために一度は、話を聞いておくべきだと思った。
ロットはモルガンの味方だ、己の妻の味方である。それは決まっているのだから。
(だが、俺は。もしも、彼女が敵になったと。そうなる前に、何をすべきなのか。)
こんこんと、ノックの音がした。それにロットは顔を上げた。がちゃりと、部屋の前で待機していたダイルが扉を開ける。
「失礼します。」
にっこりと微笑んで部屋に入ってきた妻は変わることなく美しかった。
「・・・すまないな。疲れているだろうが。」
ロットがそう言えば、モルガンは椅子に座り、行儀良く膝の上で手を組んだ。
「いえ、陛下もよくなられたようでよかったです。」
ロットはその言葉に目を丸くした。それは、珍しく真実だったからだ。それにロットは少しだけ嬉しくなる。死んでほしいだとか、苦しんで欲しいだとか思われていないようだ。
少しだけ嬉しくなって、ロットの顔は緩んでしまう。それにモルガンは不思議そうな顔をした。
ロットは慌てて顔を引き締めた。
ただでさえ、寝込んで呆れられていないかとどきどきしているのだ。
「それで、話が・・・・」
「陛下!」
「お、おう?」
モルガンはロットの言葉を遮るように言葉を吐いた。らしくない、焦った声にロットは返事を返した。
「その、陛下のために薬湯を作ったので、飲んでいただきたいのですが。」
「薬湯?」
「はい。」
モルガンは入ってくるときに持ってきた、机に置いていたコップを差し出した。中を見ると、とろりとした桃色の液体が入っている。
「これは?」
「その、疲労回復に、よいものです。」
嘘。
ロットは少しだけ考え込んだ。疲労回復の飲み物ではないとして、これはなんなのか。
毒だとかそういった類いであるのなら、目に見えて減っている敵意の説明がつかない。
「危ないものではなさそうだ。」
「そんなことはありません。」
真。
ロットはふむとうなずき、そうしてモルガンの方を見た。そこには、最初に会った時のような痛々しい、まるで傷だらけの獣のような雰囲気はない。
ロットは一つ、息を吐く。
少なくとも、あの夢の中己を助けに来たのは、流星だった。ロットは息を吐き、そうして、それを飲み干した。
甘いそれを飲み干し、そうして、コップを置く。
一瞬だけ、ちかりと視界が輝いた。目の前にいるモルガンが、まるで、星屑でも纏ったかのように美しく、魅力的に見える。
けれど、すぐにそれもなくなってしまう。
(まさか、モルガンにこのごろ会えなくて、禁断症状が?)
「あの、陛下。」
「あ、ああ?」
「なにか、ありますか?」
などと言われても、特別なことなど無い。
「いいや。まあ、遅れて効くかもな。」
「そ、そうですか。」
明らかにしょんぼりとした彼女にロットは、疑っている自分を恥じた。なんだかんだで、モルガンは自分の心配をしているようだった。
「・・・・モルガン。」
「え、あ、はい。あの、その、あのときのことは不可抗力であって・・・・」
「夢の中で、マーリン殿に会った。」
最後に向けてだんだんと小さくなっていくモルガンのそれにかぶせるようにロットは言った。
それに、モルガンの目が大きく見開いた。
しんと、部屋の中の空気が凍り付く気がした。
それを、ロットはよく知っている。
それは、怒りだ、憎しみだ、殺意だ、そうして、掠れた悲しみ。
知っている。わかっている。
だから、ロットは悲しくなる。そんな感情を抱くほどに、それは己の故郷に仕える賢者に憎悪を燃やしているのだ。
「・・・何を、話されましたか?」
ロットはそれに、素直にマーリンに見せられた夢を語ろうとした。それをかくしておくのは不誠実な気がした。
けれど、それ以上に、自分で言った言葉を思い出す。
(未来は、自由であるべきだ。)
それを、それを話してしまうと、それが本当になる気がした。お前はそうなるのだと、決めつけてしまう気がした。
だから、咄嗟に、ロットの口から転げ落ちたのは。
「星を見たんだ。」
「星?」
「ああ、とても綺麗な、どこまでも飛んでいく、流星を見たんだ。」
「・・・・あれがそんなものを。そんなはずは。」
「モルガン。」
ロットはベッドから身を乗り出すようにして、モルガンの手を握った。
「本当だ。」
握りしめた、細い手。自分に、伸ばされた手を。青い星を思い出す。
ロットはモルガンの耳が少しだけ赤くなったことに気づかない。ロットは、微笑んだ。
「とても、綺麗なものを見たんだ。見せてもらったんだ。それだけのことだ。彼の人はなかなかに気まぐれと聞くし。何か思いつきでもあったのだろうさ。」
するりと手を放すと、モルガンは握られた手を握っては開いてと繰り返す。そうして、気を取り直したかのように口を開いた。
「本当にですか?」
「ああ。彼の人も、その夢を見せた後、そう言われていたしな。」
話さなくていい。知らなくていい。あんな未来なんて訪れるはずがないのだ。
ロットは知っている。
その女は、苛烈で、刺々しく、賢しく、美しくて、そうして少しだけ不器用なのだ。
だって、敵意を捨て切れてもいないのに、それでもオークニーまで来てしまった理由であるロットを気遣ってくれる。
不器用だ、世界の全てが敵であるというのに、どこか、周りへの心を捨てきれない。
不器用だ。全てを憎もうとして、憎めていない。
彼女はロットへの手を伸ばしたから。
「・・・とても、綺麗な星だったんだ。だから、何の心配もないんだよ。」
穏やかな声でそう言ったロットにモルガンは無言で視線を向けた。
それは、冷たく、凍るようで。
モルガンがここにきてすぐの時を思い出す。
「・・・陛下、一つだけ、お聞きしたいことがございます。」
「ああ、なんだ?」
「陛下は、陛下は。」
人がお好きですか?
それは、まるで子どものような声だった。幼い、声だった。モルガンは、そうロットに問いかけた。