ロット王は愛妻家   作:藤猫

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ちょっと難産。

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春を愛し、冬を愛する。

モルガンは、己の口から漏れ出た言葉に驚いた。

それは、本当に無意識から漏れ出た言葉だった。人の嘘を知るそれが口にするには、あまりにも優しげなものばかりで。

だから、モルガンは、どこかでそれを嘘だと思ったのだ。

 

「・・・・お前さんは?」

 

いつも通り柔らかな声に、モルガンは口を噤んだ。オウム返しをするのは卑怯だと思いながら、何も言えなかった。

嘘をつきたくも、本音をさらしたくもなかった。

無言を選んだモルガンにロットは、うーんとうなった。

 

「そうだなあ。春を愛するのなら、冬だっていつか愛するようになるもんだろう。」

 

謎かけのような言葉にモルガンは眉間に皺を寄せた。謎かけのようなそれに、ごまかされたような気分になったのだ。

ロットはモルガンのそれに何かを察したのか、少しだけ考えるような仕草をした後、ベッドからのっそりと立ち上がった。その姿は、まるで冬眠明けの熊のようだった。

ロットは部屋にあった適当な上着を手に取り、それをモルガンの肩にかけた。

そうして、ロットはモルガンの背中と膝裏に手を差し入れ、掬うように抱き上げた。

 

「きゃ!」

 

ロットはモルガンを自分の腕に座らせるような形で抱えあげた。モルガンはロットの肩に縋り付く。

 

「な、なにを!?」

「前から見せたかったところがあるんだ。ちょっと歩くからな、掴まっておいてくれ。」

 

ロットはそう言うと、さっさと自室の扉を開けた。

 

「・・・・陛下、どちらに?」

「ちっとな。塔に昇るだけだからついてこなくていいぞ。」

 

モルガンは、自室の前にいたダイルを前に居心地が悪そうにロットの腕の中で体を震わせた。ダイルはちらりとモルガンを見つめた後に礼をする。

 

「お気をつけて。」

「おう。」

(な、なんだ!?)

 

モルガンは自分が子どものように抱っこされた状況に動揺していた。普段、気軽にかわいいだとか、俺の奥さんだとかロットは声をかけても基本としてスキンシップというものを好まない。それこそ、節度というものを守りすぎている節がある。

 

(もちろん、スキンシップは望むところだが。こう、もう少し段階というものをつけて。いや、どんどん触ってくれていいが。)

 

モルガンは全身で感じる夫の体温に固まった。

モルガン・ル・フェは普段からこのぐらいの気軽さを持てと思った。

湖の乙女は乗り物として快適だなあと思った。

それはそうとして、馬に同乗した以上の密着にモルガンは固まった。城の人間はロットたちの姿に驚いた顔をするが、何事もなかったかのように頭を下げて見送った。

 

(・・・・嫁を取ったと言うよりは、養子をとったと言った方があっているな。)

 

なんてことをダイルが思っていることなどモルガンの知るところではなかった。

 

 

ロットはずんずんと城の中を歩く。モルガンがあまり足を踏み入れたことのない区域だった。

 

「陛下、どこにいかれるのですか?」

「うーん?俺のとっておきだ。楽しみにしててくれ。」

 

弾んだ声でそう言われればモルガンもなんとなく、それに水を差す気にもなれなかった。モルガンはぽすりとロットの肩にもたれかかり足をぶらぶらと揺らした。

 

 

(そう言えば、こんなことをされたことは、なかった気が。)

 

幼い頃、もしやすればあったかもしれないが、記憶の上でそんなふうに乱雑に、気安く運ばれたことはない。

ゆらゆらと、ロットの腕の中でモルガンは揺れている。

 

(・・・眠い。)

 

丁度、仕事を片付けた後の昼下がり。冬が近く肌寒くなった季節に彼女の夫は丁度良い湯たんぽだった。

ゆらゆら、ゆらゆら。

モルガンはぼんやりと機嫌のよさそうなロットの横顔を眺めた。

 

(・・・少し、だけ。)

 

ゆらゆら、ぬくぬく。ゆらゆら、ぬくぬく。

モルガンはそのままうとうととまどろみの中に入っていく。

 

 

「奥さん。奥さん。」

「ね、ねてません・・・・」

 

モルガンはロットの声に反射のように返事をした。眼を覚ましたモルガンは、ロットがどこかを昇っていることを理解した。

どうやら、どこかの階段を昇っているらしい。

 

「・・・・ここは家の城で一番に高い塔だ。」

「・・・・そんなのは知っています。」

「さっきから寝て・・・」

「寝てません!」

「まあ、そうならそれでいいんだが。」

 

モルガンの言葉にロットはまるで子どものようにそういった。ロットの苦笑交じりのそれにモルガンはますます不機嫌になる。

抱っこされてそのまま寝てしまうなんて子どものようなことをするはずがないのだ。

モルガンは子ども扱いに不機嫌になった。

モルガン・ル・フェは自分をあまりにも幼く扱いすぎではないかと苛立った。

湖の乙女はふわあと眠たげにあくびをしていた。

長いらしい階段をロットはすいすいと上っていく。そうして、とうとう行き止まりにたどり着いた。

そこは、石を積み上げたベンチと、そうして吹きさらしになった窓があるだけだ。

モルガンはロットがわざわざ連れてきたそこになんの価値があるのかと眉をひそめた。

そこには財宝があるわけでも、希少なものがあるわけでもない。

人が好きか、嫌いかなどという答えがあるようにも見えなかった。

ロットはそっと、モルガンをベンチの上にちょこんと置いた。

 

「見せるのが遅くなって済まなかったな。ここが、いや。これが、俺にとっての美しいものだ。」

 

そういって、見た、窓の外。

風が吹いた。寒い、まるで背筋を伸ばせとせくような、厳しい風。

突き抜けるような青い空、どこまでも続く、町並み、そうして、確かにそこで生きる人々。

 

モルガン、遠い地から来た、我が妻よ。

北の果て、我らが国にようこそ。これこそが俺の宝。お前さんにずっと見せたかったものだ。

 

 

 

「なあ、モルガン。お前さんが、なんだってあんなことを聞いたのか俺は知らないが。まあ、そうだな。俺は人が嫌いだし、人が心の底から好きだ。」

 

ロットはモルガンが子どものように窓の縁に手をかけて外を眺めているのを見ながらそういった。そうして、その隣に座った。

モルガンはその言葉の意味がわからなかった。

答えているようで、答えていない。

 

「・・・・・それは矛盾しています。」

「そうか?案外矛盾してないんだぞ。」

 

ロットはにこにこと笑ってそういった。モルガンは、理解する。男の言葉はけして嘘ではないのだと。彼は、心底そう思っているのだ。

 

「・・・・陛下は、裏切りを見つけるのがお得意だと聞きました。」

「うん?ああ、もしかして、俺の若いときの話聞いたか?なんだ、少し恥ずかしいんだが。そうか、それでか。いつだって、嘘をついているのか、疑っていると思ったのか。」

 

納得の色がある声に、モルガンは視線を下げた。

 

 

モルガンは人間が嫌いだ。

自分を拒絶するものが嫌いだ、自分を否定するものが嫌いだ、この島に育まれ生かされているのにモルガンを否定する人が嫌いだ。

嫌いだ、自分を追い出した父も、それを助ける夢魔の混血も。

モルガンは全てが悉く嫌いだった。

人は、嘘つきだ。人は、愚かだ。人は、簡単に墜ちて、疑って、狂っていく。

なのに、ロットは。

人を疑って、嘘をついていないかと思うくせに、人が好きだというのだ。

 

(この男が、本当のことばかりを言うなんて、あるはずがない。)

 

なのに、モルガンはロットに嘘をつかれていると、そう感じたとき、心底がっかりしたのだ。

男の何にそこまで失望したかのわからないが。それでも、心底がっかりしたのだ。

 

「・・・・疑っていると言うよりは、あれだな。なんとなく、嘘をついている人間の癖がわかってるのか。そこまで四六時中疑ってるって話じゃなくてな。やたらと勘がいいだけだ。勘に従って調べたら、大きな嘘が出てくるってだけだ。でも、そうだな。俺は、嘘がわかるからこそ、人が嫌いだと思うし、好きだと思うんだ。」

 

ロットは窓に肘をついて、モルガンを見た。ゆるりと笑った森の色をした目は、本当を語っているようだった。

そこには、モルガンにとって慣れ親しんだ、疑いも敵意も、拒絶もない。

どこまでも、優しいだけの色しかない。モルガンは、こくりと、子どものように頷いた。

それにロットは口を開く。

 

「昔な、冬が嫌いだったんだよ。」

「冬が?」

「ああ、寒いわ、食い物は少ないわ。何よりも、冬は死人が多かった。たくさんのものを奪われていくようで、冬が心底嫌いでな。俺が冬なんてなくなってしまえばいいって漏らしたとき、父上が、本当に珍しく俺の所に来てな。ここにつれて来られたんだ。冬の時期でな、真っ白な雪が、この国を覆ってたんだ。」

 

 

綺麗だったんだ、これが。真っ白な、雪が。本当に綺麗で。

澄んだ空に、まっしろな雪がきらきら反射しててな。外で動いてる人間の白い息がふわりと浮いて。

俺はな、その時、冬が心底好きになったんだ。あんまりにも綺麗で、その白色がどんなに残酷でも、綺麗だった。だから、好きになったんだ。

父上は、綺麗かと俺に問うた。俺はそれに、綺麗だと答えた。あんまり口数も多くないし、何よりも俺と話をすることなんて殆ど無かったからな。

それでも、その時だけはたくさん話をしてくれた。

冬は眠りの時期だ。命を育み、次に渡すための時間だ。だから、存在しないといけない。

与えられることばかりを望んではいけないってな。

 

 

「誰から、ですか?」

「この島からだ。」

 

モルガンはその言葉に目を見開いた。

 

「俺たちはこの世界に勝手に生きてるだけで、この世界には冬が来る理由がある。冬は俺たちに与えてばかりのこの島が命を蓄える眠りの時間なんだって。この島で生きるのではなく、俺たちは、この島と生きているんだってな。」

 

それは、それは、モルガンの知らない言葉だった。

誰もが、そんなことを思わない。きっと、この島の食物を食べ、大地の上で眠ることを人は当たり前だと思っている。

彼らはこの島で生きている。島は、あくまでも道具なのだ。便利に生きていくだけの、道具なのだ。

 

「変です。」

「そうだな、でも。そう言われたから、俺は冬を愛することを決めた。大好きなこの島が休んでるんだ。一時の、暇というならばゆっくり休めと願いたくなるだろう。なあ、モルガン。」

俺は、この島が好きだ。この島の、春も、夏も、秋も、そうして冬だって好きだ。この島の一部だ。だから、俺は人が好きだ。この島で共に生きる獣も、木々も、人のことだって。

 

朗らかな声で、男は言った。見上げた先で、帳のような髪が揺れている。それは、確かに、愛の言葉であったのだ。

 

俺は心底、愛したいと願うんだ。

 

男が、笑っていた。

夜のとばりのような黒い髪。美しい顔をほころばせて、男はモルガンを見ていた。

それに、モルガンはなんとなく、理解した。

 

ずっと、ずっと、人が嫌いだった。人が嫌いで、この島だけは好きだった。最初から与えられたのは自分だったのだ。ならば、それを我が物顔で扱う人が嫌いだった。

自分を嫌うそれを好きになる必要など無いだろう。

それでも、何故か、その男のことだけは不思議と嫌いではなかった。共に生きることに嫌悪がなかった。

 

(ああ、そうか。この男は確かに、この島(わたし)を愛してくれているのか。)

 

この島の春のような緑の瞳が、とびっきりに美しく見えた。

 

 

 

 

ロットは、そっと自分を見上げた、きらきらと日に照らされて輝く青い瞳を見つめた。

そうして、その頬に恐る恐る触れた。柔らかな頬を、撫でた。白い、雪のように冷たく、けれど綺麗なそれ。

 

「俺は、人が嘘つきだって知ってる。嫉妬だとか、そういうのを実際に知ってる。でも、俺は人が好きだ。」

「何故?」

 

モルガンの問いにロットは当たり前のように答える。

 

「それでも、人間は星のありかを知ってるからだ。」

 

ロットは基本として人間というものがなかなかにろくでもないことを知っていた。

嘘をつき、裏切って、散々に踏みにじる。

怖いから、死にたくないから、幸せになりたいから。

それで他人を踏みにじる。そんなものを悉く見た。けれど、それでもなお、素敵だと思ったのだ。

偽りと悪意で暗い世界の中で、宝石のように、星のように輝く欠片のような真と善意を

見つけたその時。

ロットは心から、生きて良かったと思うのだ。

 

ずっと一緒にいたいけれど。それでも、さようなら。

そんないじらしい嘘を知っている。

 

必ず帰ってくるよ。きっと、きっと。

そんな寂しい嘘を知っている。

 

孕んだ憎しみに、赦すことを選び口を噤むあり方も。

誰かの幸福のための偽りを知っている。

 

人は誰かのために嘘をつく、どうか、誰かよ幸せであれよ。

そう願って、己から泥を被る生き方を知っている。

ああ、それは。それは泣きたくなるほどに美しいじゃないか。

ロットは目の前の流星を見た。きっと、いつか、遠くに駆けてゆく、ロットのお星様。

誰もがそんなものを抱えている。

羨ましくて、憎くて、悲しくて、寂しくて、足下の泥を睨んで誰かにぶつけてしまう時が人にはある。

けれど、思わず仰ぎ見た空に見つけた星に、手に持った泥を落とすのだ。泥を持っていたことさえ忘れて、汚れた手でも星に手を伸ばすのだ。

 

嘘も真も人の一部だ。

自分だって、己の全てが嘘ではない。けれど、真でさえもない。

ああ、そうだ。

絶望するような偽りならば、いくつもあった。

けれど、人が愛しくて仕方が無くなるような真も善意も確かにあるから。

 

「だから、モルガン。どうか、この国と民たちがお前にとって美しいものであると願っている。俺が島の春と冬を愛したように。お前が、いつか、この島と民を愛する日が来ることを願っているよ。」

 

モルガンは少しだけ沈黙をした。そうして、掠れた声で、囁いた。

 

「・・・・私も、この窓から見た世界は、嫌いではないです。」

 

島で人が生きている世界が、嫌いではないのです。

掠れた声で、それは、まるで必死に意地を張る子どものようで。ロットは自分の好きなものを、嫌いではないといった女が心の底から愛おしくてたまらなくなった。

そっと、彼女を抱きかかえた。まるで、子どもにするようにそんなことをした。

 

「な、なにを!?」

 

いわゆる高い高いの状態になったモルガンをロットは引き寄せた。そうして、自分の唇を、女の口に重ねた。

 

「へ?」

 

モルガンのそれに、浮かれたロットは気づかない。

 

「ああ、そうだ。改めてようこそ、我らが女王。俺の奥さん。俺たちは、あなたを歓迎するよ。」

 

にっこりと笑ったロットにモルガンは固まった。そうして、彼はのんきにモルガンを抱えて、帰るかと言った。

そんな男には、顔も耳も首さえも真っ赤にして固まった女の顔など見えていなかった。

 


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