「ライオンをも斃すなんてさっすが獅子王くん!ところでどなたか知らないけどヒビをいれてしまったならボクも出してくれないかな!」
霊長類最強の高校生がライオンを仕留め群の残りを追い払い後処理までして、さて全員が帰ろうかと考え始めた矢先、よく通る声が響いた。男女の別がつけにくい音程だ。果たして片目と口の一部だけが生身の色を覗かせる石像が見つかった。獅子王司が石像化していた場所に程近く、どうやら彼を復活させる際に復活液の飛沫か余った溶液でもかかったらしい。
「ボクは
「本当か?」
千空が訝る。
「ああ、うん、確かにそんな名前の人がクラスに居た気はする……しかしこんなにハイテンションだったかな?」
司は頭を捻るようにして答えを返す。
「この中途半端な状態のままほって置いてかれたらボクはすっごく困るからね! 実は今とっても焦っているのさ!」
「「ああ、うん……」」
追い詰められてハイになっているのだな、と奇しくも千空と司の内心が一致した。事故とはいえ放ってはおけない。ごく僅かな残りの復活液をかき集めたり識見自身が精一杯身じろぎしたりして、どうにか生身を取り戻した。
「いやあほんとにありがとう。本当に助かったよ!」
「その、裸……」
「悪い、この身体は目に毒だったな」
長身痩躯、肉感的な方では無いとはいえ女性の裸体は男世帯には刺激が強すぎた。純情な大樹は真っ赤になって目を逸らしているし、残り2人も礼儀としてなるべく視線を向けないようにしている。
「とりあえずそこのライオンの毛皮ででも良いから身体を隠せ。本拠地に戻れば服はあるから」
「りょーかーい」
千空の指示に軽く答える識見。
「大丈夫かなこれ……」
千空は若干頭を抱えたくなった。
「つまり全人類石化! 文明崩壊! 完! ってわけか」
何がおかしいのかケラケラと笑いながら識見が地球に起こった現象をごく簡単に総括する。司も識見も頭の回転がはやく、千空の説明で今まで何があったかはすぐに理解した。
「やっぱり気温と降水量が十分なら三千年も経ちゃ全部森になるね。しかし思ってたより暗くねぇな、やっぱここらの極相は落葉広葉樹の方か?」
帰路、堂々と歩む司に対し識見はキョロキョロと周囲を見回し独言(※大声)も多く正直落ち着きが無い。
「ようハイテンション、随分と楽しそうだな?」
「ハイテンションってボクのこと? そりゃあヒトの手から離れて三千年の自然だ、テンション上がるっしょ! ライオンが群れで繁殖してるってこたそれを支えるだけの草食動物、ひいては莫大な生産者のバイオマスも復活してるってことだ! 何が残って何が消えたか、ボクたちが生き残るためにも是非知りたいね!」
「バイオマス???」
突然の早口にぽかんとする大樹。
「バイオマスは大雑把に言ってその場にいる生き物の重さだな、うん。生物量って言った方が通りがいいかな?」
司が補足する。
「獅子王くん詳しいジャン、嬉しいな」
なぜかはにかむ識見。
「一応教科書の範囲だからね」
マイペースに答える司。
「ハイテンション、お前も科学好きか!」
千空は大喜び。
「生物オタクなんだ。すまんが数物はからっきし。でも目視できる日本の野生種ならだいたい分野問わず種同定はできると思うよ。でも毒キノコは流石に自信ねぇから勘弁な!」
これは思わぬ拾い物。分野限定とはいえその範囲なら千空自身にも匹敵しそうな知識量だ。最強の武力のみならず頭も恐ろしくキレる司といい、生きた図鑑じみた識見といいストーンワールドでの生活がまた大きく変わりそうだと千空はにんまりと笑った。
司は流石と言うべきか、どんな道具でも巧みに操り鳥から鹿、猪に至るまで易々と狩る。彼の約束した外敵からの危険のみならず、これでもうタンパク質の不足にも怯えることは無くなった。肉体労働力としても大樹に匹敵するレベルである。
識見は力仕事はからっきしで千空以下。しかし意外にもスタミナがあり、コツと経験も相まってか日々の採集ではかなりの戦果を上げていた。本人は生物ほどでは無いし千空には負ける、と言うが地学や化学にも堪能で、食物のみならず使えそうな鉱物などもよく持ってくる。故に識見が採集に行っている間大樹がラボで働けるようにもなった。見た目が綺麗な石などをコレクションしたがるのが玉に瑕。
「ジーンバンク、ジーンバンクに行こう!」
識見が機嫌よく歌っているのは、何かの替え歌だろうか。司と大樹がぼんやり聞いていると、歌詞に千空が反応した。
「お、お前ジーンバンクを知ってるんだな」
「知ってるよー、つくばの辺りにあるやつっしょ。別に今すぐって訳じゃねぇけど行こうよ。それなりに堅牢なハズだし仮にぶっ壊れてても貯蔵種子の子孫が周囲に野生化して残ってるかもだから、行く価値はあると思う」
「そうだな、ここがもう少し落ち着いたら行ってみようぜ」
「うん、それがいい」
「楽しみだな!」
千空、司、大樹がそれぞれ順に返答する。全員なんとなく楽しげな未来を思い浮かべた。
「そういや、どうしてツバメなんだろな?」
識見が疑問を呈する。
「そこは俺にもよくわからない」
千空は正直に答えた。動物全て、せめて鳥類全てが石化しているならともかく、ヒトの他に石化したのがツバメ一種。石化を自然現象と捉えるには遺伝子配列の近縁度も遠く共通点が無さすぎる。かといって仮に何らかの人為だとしてもやはりツバメを選ぶ意図が読めない。
「うーん、俺にはさっぱりわからん!」
大樹はキッパリと降参宣言。
「だろうな雑アタマ」
千空の軽口。識見が今度は司に水を向けた。
「つっ……獅子王くんはどう思う?」
「俺もわからない。うん、でもツバメって人の側に巣を作る鳥だよね。そこに何かヒントがあるんじゃないかな」
司もゆっくりと首を横に振る。続けて訥々と考えを口にした。
「人間が石化したらツバメにも影響出るからそれの保護ってか?」
千空が司の言葉を承けて動機かもしれないことを語る。それなりに筋は通るがもちろんまだ全然弱い。
「だとしたら石化の首謀者、けっこう優しい?」
大樹が素直な感想を述べる。
「ばーか、ツバメだけ保護してどうすんだって話よ。人間と共生してる種は他にもいっぱいいるぜ?」
「犬や猫?」
「野菜とかもっと残ってるかと思ったけれど、全然無いよね」
大樹と司がそれぞれ人間と共生する生物種の例を挙げた。識見がもう一度問う。
「石神くん、前聞いた気がするけど確かツバメの石化ってヒトがこうなる前から始まってたんだっけ?」
「ああ。精巧なツバメの石像が落ちてるって報告が各地から上がって、ネットの書き込みを俺も調べてた」
「うん。となると、ツバメの件は人間を石化させる前のお試しみたいものと考えるのが自然かな?」
司がこの場の皆の考えていることを代弁する。
「だろうな。ただ試すにしてもやっぱり何でツバメかだ。いくつか仮説未満の考えも無いわけじゃないんだが……」
千空は答えながら姿勢を変えた。顎に手を当て目を細める。
「石化させるやり方とか何で石化させようと思ったかまではわかんないけど、ツバメをお試しに使った理由、ボクも一個仮説思いついた」
識見が挙手した。千空が続きを促す。
「すごく気になる、その仮説を教えてくれ」
「ツバメの水平飛行の最高速度は200km/時。だいたいの自動車、電車、船舶は普段ツバメの最高速度以下で水平移動するだろ? 乗り物ん中にいる人間を石化させるための予行演習じゃねぇかな、なんて。他の水平飛行速い鳥は分布が狭いし人里にいないっしょ」
「確かにかなりもっともらしい」
「やたっ」
「でもまだツバメ一種の理由と=とまでは言えないぞ。ツバメのメリットは解っても一種きりである意味までは100%説明できてない。……実験で検証できたらいいんだけどな」
「ホントそれなー!!!」
久しぶりに識見のハイテンションな声を聞き、一同は苦笑する。(石の人とツバメなんて、まるで幸福の王子みたい) 殆ど息と同じに識見から吐き出された言葉は、司だけがかろうじて拾えていた。
狩猟採集と実験のサイクルで日々は過ぎていく。
「ヒオウギガイ、アズマニシキガイ、結構イタヤガイ科のが多いなぁ……お、イシダタミ。あとカガミガイがいっぱい」
海での貝拾い。大樹は相変わらずパワフルに砂浜だけでなく海中の貝すら潜って拾ってくる。司も同じく。識見は貝をいちいち同定しながら拾っている。それでもあまりスピードを落とさず目敏く貝を拾う姿は潮干狩りのベテランの風格。そして砂浜に落ちていたあるものを見つけて目を輝かせた。
「石神くん!! マクサ見つけた! オゴノリも! 寒天できる!!」
「おお、ほんとだ。良かったなー」
「大木くん、獅子王くん、もし良かったらでいいんでこれと似た奴あったら確保お願い!」
「ラジャー!」
「うん、わかった」
大樹も司も快く返事をする。幾つもの容器にぎっしりと貝が満杯になったのみならず、その脇に海藻の小山もできた。
「料理に使っても良いし、ふふ……ボクの乾燥落葉コレクションが火を吹くぜ!」
「寒天培地か?」
「石神くんわかってるね、単離しやすい放線菌系のを狙おうかと思って。治験をどうにかしなきゃいけないがあると安心だろ?」
「下手すると猛毒だけど大丈夫か?」
「さすがにそういうのは使わんて」
発見の喜び。この時は皆が本当に楽しげだった。
午後、そろそろ黄昏が迫るとき。
浜辺に降りた司の側に識見が立ち、問う。
「何しようとしてるの?」
「これを砕く」
司は浜辺に立つ石像を指してみせた。
「これって……石像のこと?」
識見の顔が途端に青ざめる。
「うん、そうだ」
「やめてよ!」
識見は石像を砕こうとした司の腕を掴む。しかしいとも容易く、あっという間に引き剥がされる。ただし岩をも砕く腕がそのまま振り抜かれることも無かった。司を見ていた千空がそこで加勢に入る。
「石像を砕くのは殺人と同じと知ってやるのか、司」
「ああ、知っている。うん、どいてくれないか、千空、識見」
「ボクは獅子王くんにヒトを殺して欲しくない!!」
識見は地団駄を踏む。
「再度言う。どいてくれ、俺は識見を殴りたくはない」
「嫌だ、嫌だよう……なんでヒトなんかのために獅子王くんが業を負わなきゃいけないんだ」
顔をぐしゃぐしゃにして識見が泣く。司は顔を僅かに歪める。
話はそのまま司と千空、それぞれの理想の開示に縺れ込む。双方の言い分を聞いて識見は絶叫する。
「石像は砕かず復活もさせない! そいでいいじゃん! どうして2人ともわざわざ面倒な道を選ぶのさ! 司くん、石像一瞬で砕くなんて勿体無いことしないでずっと踏みつけにでもして永遠に辱めたらいいじゃんか。じゃなきゃ腕だけへし折って全員ミロのヴィーナスでもいいよ。石神くん、ボクは石像を砕くのは間違ってると思う。でも石化を復活させるにせよこの時代で労働力にならない老人って結局あと回しにせざるを得ないよね。石神くんの寿命が尽きるまでに全世界の石化を解けるってホントに思ってんの?」
かつてないほどの早口。先に応えたのは千空。
「思ってる。俺は科学の力で全ての石化した人を復活させる!」
続いて司も回答する。
「俺は、うん。大人は憎いけれど、必要以上に辱めてそんな大人と同じになってしまうのは嫌だ。かといって蘇らせようとも思えない」
識見は瞼を閉じた。
「……この時代になってから生涯でこんな楽しい日々は無いってくらい楽しくて、嬉しかった。今はまるで楽園にいるみたいなのに。小川さんって子だけ大木くんの為に起こして、あとはみんなだけで一緒にゆっくり楽しく過ごそうよ……」
「楽園はいずれ出なきゃいけないもんだぜ、識見」
「すまない、それはできない」
2人の答えを聞いて識見は幼児のようにしゃくりあげる。三様の考えを持つ3人を、夕日が――落陽が真っ赤に染め上げていた。