黒髪黒目の男というだけで女マフィア達に狙われている   作:生カス

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幕間がコメディと言いましたが、嘘です。申し訳ありません。


39.Torture

 蛇に睨まれた蛙という、実によく使われる慣用句がある。とは言っても、それが散見されるものの大半は、マンガや小説などのフィクションだ。現実でそんなふうに生命の危険を感じるほどの誰かに見られることなど、大抵の人は経験をしていないと思う。

 ……しかしながら、今の『彼』の状況を表す言葉として、これ以上適切なものもないだろう。

 

「……どうした? 何で手を止める?」

 

 殺意。それがありありと伝わる声だ。

 イトの言葉はこれ以上ないほどドスが込められており、静かに、しかしはっきりと部屋中に響いた。

 

「な……なんだお前ら!? どこから……」

 

 実に震えたその声で、つい先程まで俺を殴っていた、支配人のオッサン支配人はそう言った。

 

「イト……」

 

 俺はかすれた声で呼んだ。

 イトはゆっくりと、俺に視線を移した。

 彼女は俺を見て、僅かに目を細めて、口を開いた。

 

「……離れるなって、言ったはずだぜ」

 

「あぁ……悪いな、いっつも」

 

「まったくだ。いい加減、手綱でもつけた方が良いかもなって思い始めてるところだよ」

 

「それは……勘弁してくれないか? 犬みたいだ」

 

「犬の方がまだ安心できるかもな」

 

 何事もなかったかのように、そんなふうにイトと喋る。

 口調でわかる。ありゃ相当怒っている。相当心配をかけてしまったらしい。

 

「お、おい、無視すんじゃねえ!」

 

 会話を遮る形で、オッサンが叫ぶ。声量は上がったが、声自体はやはり震えている。

 それもそうだろう、カタギじゃない人間が5人もいて、その全員が殺気立った目で見てくるのだ。恐くない方が稀というものだ。

 

「お、お前ら……何のつもりか知らないが、俺に手を出したらどうなるかわかってるんだろうな! うちのケツモチが誰か、知らないわけじゃないだろう!?」

 

 オッサンのその言葉で、そういえば、彼には強力なマフィアのバックがいるという話を思い出した。

 ああ、なるほど、オッサンがまだ強く出ていられるのは、そういうことか。

 

「……ふん」

 

 すると、先程まで静観していたリネンが、おもむろにこちらに近づき始めた。

 

「な、なんだ……」

 

 オッサンの言葉を無視して、リネンは歩を進める。

 何を思ったのか、俺を一瞥した後、素通りして、部屋の奥にあるテーブルの前で、足を止めた。

 彼女はテーブルにあるいくつかの食器をマジマジと見ている。

 

「……いいグラスだな」

 

 そう言って、彼女は目の前にあった、ワイン用のグラスを手に取り、意味ありげにそれを見つめ始めた。

 

「ワインの味はグラスによって、美味くもマズくもなる。ロクでもないグラスに淹れると、香りが閉じ込められ、そのポテンシャルを発揮できなくなってしまう。それを考えると、これは実に美味いグラスだ、そうだろ?」

 

「ワイン飲んだことないじゃん、アンタ」

 

「黙ってろ」

 

 ラミーのツッコミを流したところで、リネンはどこかで聞き齧ったらしいウンチクを止め、咳払いをひとつ。そして彼女は、そのワイングラスをもって、今度こそ俺たちの方に近づいた。

 彼女の足元が俺の顔に触れそうになったところで、彼女は足を止め、俺に馬乗りになっているオッサンを見た。

 

「おい、中年男。これはいいグラスだ、だろ?」

 

「……なんなんだ、お前たちは」

 

 オッサンは、リネンのその全く状況に合っていない質問に対して、そう聞き返した。

 

「なんのつもりだ、一体誰だ! 私が誰なのか知っているのか!」

 

「……なあ聞いてるんだが、これは『いいグラス』か?」

 

「知るかぁ! これ以上ここにいるつもりなら、私のバックが黙っていな――」

 

 

 ガシャンッ。

 

 

 そんな、大きな音がした。

 水飛沫のようなものが、俺の顔にかかった。

 よく見ると、水じゃない。

 血だ。

 それに混じって、ガラスの破片。

 

「ッ!? ガッ、あ……!?」

 

 起こったことはシンプルで、しかし俺にとってはいささかびっくりするようなことだ。

 

「やはりいいグラスだな、割れる音もいい」

 

 リネンが殴ったのだ。

 手に持っていたワイングラスで、オッサンの顔を思いっきり。

 

「ギャアァ…アガッ……!」

 

 オッサンがガラスと血まみれになった顔を抑えて、バタバタともだえる。その拍子に俺の拘束が解けて、ようやく立てるようになった。

 

「ハリくん、大丈夫!?」

 

 すると、ルーラが駆けつけてきて、俺を起こしてくれた。

 

「あ、ああ、大丈夫だ、悪い」

 

「そう思うんなら、もうちょっと危機感持ってよ!」

 

 珍しく、ルーラは俺に向かって、そんなふうに怒っていた。反論の余地もない。

 

「……おい、口きけなくしてどうすんだよ」

 

 イトのその言葉に、リネンが無表情でこう返した。

 

「なにを聞こうって言うんだ? 殺され方?」

 

「んなもの選ばせるかよ」

 

 そう言いながら、イトは痛みでもだえているオッサンに近づいた。

 オッサンは彼女に気づくと、慄きながら、少しだけ後ずさった。

 

「オイ、あの銀髪の女、誰だ?」

 

「ぐ……ひ、ひぃ……!」

 

「知らないのか?」

 

「し、知らない、客のことなんかいちいち覚えているわけないじゃないか……」

 

「……そうか、ならしょうがない」

 

 イトはそう言うと、ゆっくりとオッサンの頬を撫でた。

 

「……?」

 

 オッサンはその行動が不可解なようで、怯えながらも、怪訝な顔をする。

 

 

「なら思い出させてやる」

 

 

 直後、イトはオッサンの顔についたガラスを、思いっきり深く刺しこんだ。

 

「ッーーーー!?」

 

 声にならない悲鳴が、部屋中に響き渡る。思わず目を覆いたくなるような、実に痛々しい光景だった。

 

「で?」

 

「し、知らない! 本当だ! 俺は頼まれただけでーー」

 

「あっそう」

 

 ザクリ。

 そんな音が聞こえた気がした。

 今度は更に大きなガラス片が、オッサンの顔にまた刺された。

 比例するように、より大きな悲鳴が、また響く。

 

「……な、なあイト」

 

 言えた身分でもないが、このままでは本当に殺してしまいそうな勢いだった。

 流石にまずいんじゃないか、そんな思考がよぎって、俺は思わずイトを呼んだ。

 すると彼女はピタリと手を止めた。目端で捉えられる程度に、俺の方を向く。

 

「……なんだよ、ハリ? まさかお前、さっきまで自分を殴り殺そうとした奴を、『可哀想だ』なんて思い始めたわけじゃないよな? 悲鳴を上げてるのを見て、赦すつもりになったわけじゃないよな?」

 

 有無を言わせない、絶対零度のその声。それに押し黙らせられそうになるのをなんとか耐えて、俺は口を開いた。

 

「そうじゃない……けど、そいつの言ってた『バック』が気になる。そいつを殺したら、でかい組織を敵に回すことにーー」

 

「関係ない」

 

「え?」

 

 俺がそんな声を上げると、彼女はオッサンに向き直り、その胸ぐらを乱暴に掴んだ。

 

「殺そうとした、汚ねえ手でアザができるまでお前をブン殴った。便器を舐めるよりも屈辱的に殺してやる」

 

 チグハグで、しかしそれだけに寒気がするような迫力があった。イトは思っている以上に怒っている。それこそ冷静じゃいられないくらいに。

 

「……止めちゃダメだよ、ハリくん」

 

 不意に、横にいるルーラが俺にそう言ってきた。その顔はいつもと違い、酷く冷めたように無表情で、実に荒んだ目で、イトの拷問を受けているオッサンを見ていた。

 彼女は言葉を続けた。

 

「これが最適解だよ、ぬるい報復で済ますと舐められる。舐められると、もっと惨い、酷い目に遭わされる」

 

 とうとうと、言い聞かせるような声色で。けれどその顔は、思い出したくないものを思い出したような、そんな苦い表情だ。

 

「誰かに殴られたら、二度とそんな気が起きないくらい殴り返さなきゃ、安心して寝られもしない。君が思ってる以上に、平和には暴力が必要なんだよ」

 

「ま、イトの受け売りだけどね」ルーラはそう付け加えて、寂しそうに笑ってみせた。

 ……改めて、彼女らの世界がどれだけ過酷かを認識させられた。

 夜中に安眠など望むべくもなく、一寸先の闇に触れればたちまち呑み込まれ、惨死体となって、誰に見向きもされない。

 彼女らは、そんな世界で生きているのだ。

 俺と言う、足手まといを守りながら。

 

(……俺は、本当にここにいていいのか?)

 

 考えてみれば、俺がいるせいでイトたちは死に目にあってばかりじゃないか。

 彼女らの助けになれたことが何かあったか? 何か俺ができたことがひとつでもあるか?

 ない。俺は、彼女らにとって、足枷でしかない。

 俺は……。

 

「……死ぬぞ、貴様ら全員。こんなことして、俺たちのボスが黙っていると思うか!?」

 

 オッサンがそう叫ぶのを聞いて、俺の意識は現実に引き戻された。

 そうだ、どうあれまたデカイ組織に目をつけられることは確実だ。まずこれについて考えなきゃ。

 

「まぁ、実際また面倒な敵が増えるのは間違いないよねぇ、どうする?」

 

 ラミーが退屈そうに、誰に言うでもなくのたまう。

 

「……いや、ひとまずその心配はいいんじゃないかな?」

 

 それに答えたのは、先ほどまで静観していたベルさんだった。

 

「どういうこと?」

 

「それはまあ……いや」

 

 ルーラが聞いてもまともに答えず、ベルさんは何故か、出口のドアの方を見た。

 ……なんだ? 足音?

 こっちに近づいてきて……。

 

「本人に聞きたまえ」

 

 ベルさんの言葉と同時に、ドアは開かれた。

 そこに見えたのはよく知ってる、『獣耳』がついた、『片腕が無い』小柄な少女……。

 

「……え、エレーミア?」

 

 何故か全くもって不可解なことに、エレーミアがそこに立っていた。

 俺だけじゃなく、ルーラにリネン、ラミーも、その姿を見てポカンとしていた。

 

「やあ、すまないね」

 

 唯一、ベルさんだけがすまし顔で、エレーミアにそんなことを言っていた。

 エレーミアはジロリと彼女を見て、一言。

 

「ずいぶん豪遊してるみたいね。面倒おこしていいなんて、言った覚えないのだけれど」

 

「落ち度は向こうさ。聞いてみたまえ」

 

 ベルさんはそう言って、オッサンとイトがいる方を指さした。

 

「……はあ」

 

 そんな溜息をして、エレーミアはそちらに近づく。

 しっかり顔を認識できる距離まで来て、彼女は止まった。

 

「……ボス」

 

 オッサンが、『エレーミアを見て』、確かにそう言った。

 

 

「ビッチ野郎」

 

 

 一瞬聞き間違いかと思ったが、しかしはっきり、彼女はオッサンを、そう呼んだ。

 




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