黒髪黒目の男というだけで女マフィア達に狙われている   作:生カス

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一年以上、まったく投稿できずすいませんでした。
今後は、細々ながらもなるべく続けていきたいと思います。
もしまだ読んでくださっている方がいたら、幸いです。


45.Cocoa

 ――カツン、カツンと、硬い音が規則的なリズムで聞こえた。

 暗い、何も見えない。

 何を、していたんだっけか。思い出せない。生暖かい泥の中にいるみたいに、意識がぼんやりとしている。

 何か、大事なことがあったはずだ。なのに思い出せない。なんだか今はもう、ひどく疲れてしまった。

 温かいものが飲みたい。できれば甘いものがいい。ほんの小さい子供の時に、ボランティアだか何だかで、いいとこのお嬢様学校の学生たちがココアを出してくれた。

 あいつらはいけ好かなかったが、冬の真っただ中に飲んだそれは、本当に美味かった。ルーラと何度もお替りしに行って、結局最後は腹下したっけか。

 ハリも飲んだら気に入ってくれるだろうか。あいつ、甘いの好きだったらいいんだけど。

 ……ああそうだ、なんで忘れてたんだ。

 あいつを守らなきゃ。

 そのために走ってきたんだろうが。

 寝てる場合じゃないだろ、起きなきゃ。

 起きて、逃げて、逃げて逃げて、そして、あいつと一緒に。

 

 ……逃げる? 逃げれるのか? これ以上、どこに?

 

 もしかして、私たちはずっと、逃げれない場所をぐるぐるしてるだけなんじゃないか?

 ずっとこのまま、最後に誰かに殺されるまでこのままなのか?

 そんな簡単に、生き方なんか変えられるのか?

 どうしよう、ハリ。わからなくなってきた。

 教えてくれ、お前の出す答えなら、納得できるような気がするんだ。

 ハリ――

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「起こしてください」

 

 そんな声とともに、頭に冷たい衝撃が走った。水をかぶせられたのだろう。髪と服が水を吸って重くなるとともに、寒さと不快さを感じた。

 不本意だが、それのおかげでもうろうとした意識がクリアになってくる。状況を確認するために、顔を上げた。

 打ちっぱなしのコンクリートの部屋だった。窓はベニヤ板で打ち付けられていて、外が全く見えない。

 そして、目の前に女が一人。

 

「おはようございます、よく眠れましたか?」

 

 癪に障るような薄い笑いを浮かべて、女は言った。

 銀色の髪と、紫の瞳を持つそいつを見て、一目でわかった。

 ああ、こいつはロジーと同類だと。

 

「眠る、眠る、大事。お肌にいい」

 

 不意に横から聞こえた声。聞き覚えのある、ぶち殺したい衝動に駆られる声。

 見ると、さっきまで戦ってた、フードのイカレた丸鋸女がいた。

 

「てめッ!」

 

 無意識に体に力を入れると、体に痛みが走る。

 間抜けな話だが、ここでようやく、私は首と手に拘束具のようなものを付けられていることに気づいた。特に首は、リードのようなもので壁につながれている。少なくとも素手で壊せるものではなかった。

 

「落ち着いて、イト。大丈夫よ、貴女をどうこうするつもりはありませんから」

 

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ、誰だお前!」

 

 なだめるようにほざいてくる銀髪の女に対し、私は無駄な抵抗とわかっていながら噛みついた。

 それを当たり前のように無視して、銀髪女は丸鋸女のほうを見る。

 

「あなたもあなたです、ニカ? こんな怪我だらけにしちゃ、怒るなっていうほうが無理な話じゃないですか」

 

「……あい、すいません、ルナさん」

 

 あの戦闘時の狂いっぷりが嘘のように、丸鋸女は素直に、ルナと呼んだ銀髪女に謝罪した。

 

「それにいつも言ってるでしょう? 部屋の中くらい、フードを外しなさいと」

 

 丸鋸女はそう言われると、自らの頭からおずおずとフードをはがした。

 意外にも整った顔立ちだったが、ボサボサの髪と、底の見えない虚ろな目が、女の異質さを物語っているようだった。

 

「さて」銀髪女は言いながら居直し、私を見下ろした。

 

「改めまして、お初にお目にかかります。私たちの名は、神託の種子(ヴォルヴァ・デ・セミラ)。知ってるでしょうか」

 

「ああ、陰謀論狂いのおばさんが、あんたらのこと褒めてたぜ、よかったな」

 

 今朝、ハリといったダイナーのニュースで流れてた、正真正銘のいかれた集団。男は自分たちが認めた一人以外不要という考えを持って、男がいる施設を自爆テロで見境なしに襲っている。神様もドン引きするような狂信者どもだ。

 皮肉が通じてないのか、通じたうえでそうしているのか、銀髪女は私の答えを聞くと、にっこりと笑った。

 

「あら、覚えが良いみたいで何よりですね」

 

「ハッ、それで? セミラ様だかセサミ様だか忘れたけど、私に何の用だよ、男と間違えたか?」

 

「ふふ、そんなこと。こんな可愛らしい女の子を、男と間違えるはずありませんわ」

 

 のらりくらり、弄ぶように答える銀髪女。

 埒が明かない、そう思って私は、横の丸鋸女に聞くことにして、顔をそちらに向けた。

 ちょうど、聞きたいこともある。

 

「……おい丸鋸女、私と一緒に男がいたはずだ。そいつはどうした?」

 

 丸鋸女はそれに無機質に、ただただ淡々と答えた。

 

「知らない。途中、途中で、日本刀持った下品な女が来た。相手する時間、時間ないから、放って帰った」

 

 日本刀持ちの下品な女……ラミーで間違いないだろう。

 なんであいつがそんないいタイミングで来たのかは疑問だが、あいつが来たということは、少なくともハリは無事だと考えていいだろう。

 とりあえずは、安心できた。

 

「そう、その子! その男の子のことで、ちょっと貴女にお手伝いしてもらいたいのです」

 

 銀髪女は話に割って入り、実にわざとらしいしゃべり方でそう言った。

 それを聞いた瞬間、体に力が入るのがわかった。

 いや、そうだ、わかりきっていたことだ。結局こいつも、ハリ狙いってことだ。

 

「貴女、彼をママ・ロザリアに引き渡してくれないでしょうか?」

 

 

「…………は?」

 

 

 私の予想に反して聞こえてきたのは、そんな話だった。

 なぜ、こいつがロジーの名を?

 あっけにとられた私に構わず、銀髪女は話を続ける。

 

「数日前に、貴女達が囲っている件の男の子と会って、お話しできる機会がありました」

 

 まるで思い出話に華でも咲かせるように、ニコニコと話す女。

 話す機会? いつだ? こんな女近づかせた覚えは――

 そこまで考えて、あることを思い出す。

 クラブでハリを助けたあの日、あいつを買った女。

 そうか、こいつが。

 

「素晴らしいですね、彼は。純粋で強がりで、そして美しい。モテるでしょう。それこそ傾国と言ってもいいくらいに。いつか、彼の一言で、万を超える人間が動くことになる。そんな力を秘めています」

 

「だから、彼は籠の中に居てほしいのです」先ほどと全く変わらない。楽しそうな声色で、女は宣う。

 

「彼は危険です。いつか、あの方にとって障害となる。穢れた悪魔になってしまいます。だから、悪魔になってしまう前に、その羽と角をむしってあげないと。貴女もそう思いませんか? 隣人が悪魔になるなんて、耐えられないでしょう?」

 

 何を言っているんだ、この女は? それが率直な感想だった。

 ロジーとはまた違う、一寸のよどみもない、最も質の悪い悪意。

 狂信。こいつはまさにそれを体現していた。

 

「あのババアとどういう関係なんだ?」

 

「ビジネスパートナーというところでしょうか。裏を取りたいなら、本人に聞いてみてください」

 

「……ケッ。つまり、自分のボスにとって不都合だから消したいってことだろ?」

 

 そう言った途端、銀髪女はさっきのにこにこ顔とは一転、張り付いたような無表情になった。

 

「結局アイツに黒髪黒瞳のお株を奪われるのが怖いってわけだ。随分とみみっちい奴の下について――」

 

 瞬間、鈍い音と衝撃が、自分の下腹部に入る。

 

「ガッ……!」

 

 腹を蹴られたということを脳が認識する前に、私の口からは嗚咽が漏れた。

 

「……取り消しなさい」

 

 もう一度、同じ場所を蹴られる。

 

「あの方は!」

 

 蹴られる。

 

「貴女がたのような害虫が!」

 

 蹴られる、蹴られる。

 

「量っていいものじゃあ、ない!」

 

 蹴られる、蹴られる、蹴られる。

 

「殺す! 殺す! 殺してやる! あの方を愚弄するものは、全てェ!」

 

 同じ人間とは思えないほど、銀髪女は怒り狂った表情で、怒号で、万感の力を込めて私を蹴りまくった。

 

「アッギィッ……!」

 

 やばいな、こいつ。少し笑えて来るくらいだ。

 せっかく覚めたのに、再び薄れゆく意識の中で、私はそんなことを考える。

 また、蹴られる。

 

 

 ――と思ったが、なぜか腹に痛みが来ない。見ると、丸鋸女が私の前に立ち、銀髪女を制止しているのがわかった。

 

「ルナさん、それ、それ以上は、ダメ。計画」

 

「……ごめんなさいニカ、頭に血が上ってしまったようです。私もまだまだですね……計画もいいですが、その前に彼女に聞いてみましょう」

 

 銀髪女は、先ほどの激情が嘘のように、ニコニコ顔に戻っていた。

 気色悪い。この女と十数分話した感想は、これに集約されるだろう。

 計画? 何企んでるんだ、こいつら。

 女は取り繕うように咳ばらいをして、再び私に向き直った。

 

「貴女もごめんなさい。でもわかったでしょう? 私の前であのお方を愚弄してはいけませんよ?」

 

 まるで子供に言い聞かせるようなそれに、私は舌打ちで答える。

 

「……本題に入りましょうか、イト。お金はいくら欲しいですか?」

 

「はあ?」

 

 さっきと全然つながらないその問いに、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 そんな私の考えを察したのだろう。銀髪女は微笑んで、話を続けた。

 

「簡単に言うわ。あの黒髪黒瞳の子がオークションで売られる値段の、さらに倍出しましょう。それで、あの子をママ・ロザリアに渡してください」

 

 聞こえたのは、あまりにも現実味のない話だった。

 ハリを売る。黒髪黒瞳を売る。今更いうべくもないが、それで発生する金額は、少なくとも私の人生を何十回何百回買ったところで釣りがくるだろう。

 

「……信じられるかよ」

 

「大丈夫よ」

 

 私の話を遮り、銀髪女はさらに話を続ける。

 

「今言った金額を、全額前金で出します。そして、仕事が終わったら、さらに同じ額を渡します。これなら問題ないでしょう? もちろん、値段に納得がいかなかったら、いくらでも増額してあげます」

 

 それを聞いて、私は目を見開いた。

 こんな世界で生きてきたから、嘘をついてるかどうか、そいつの顔を見ればある程度分かるようになった。

 だからわかってしまった。この女はいかれてるが、嘘はついてない。

 

「もちろん、ママとも話はついていますから、仕事を終えれば、不可侵条約の話抜きに、ロザリアのマフィアから追われることもなくなりますよ。どうでしょうか?」

 

 不可侵条約の話を知っている。ということは、ロジーとつながっているのも嘘ではないだろう。

 突如舞い降りた、もう一生ないだろうチャンス。

 真っ当な人生を買えるチケット。

 何も言えなくなった私に畳みかけるように、銀髪女は優しい声色で続ける。

 

「辛かったですね、イト。黒髪黒瞳の男を手に入れれば、裕福な人生が待っている。それで、貴女はここまでひたむきに頑張ってきたのでしょう。もういいのです、もういいの。私たちが代わりに、貴女の人生を買い戻してあげましょう。これでもう、血みどろの生活から抜け出せます」

 

 抜け出せる?

 そうか、抜け出せるんだ、この生活から。

 生傷が癒えなくて、いつも腹を空かして、寒い。そんなゴミ溜めのような生活から、抜け出せる。

 

 そもそも、なんで私はハリを守っている? なんでこんな血みどろになってまで、あいつを守る?

 あいつが黒髪黒瞳の男だから。価値があるから、あいつを利用すれば成り上がって、良い人生を買えるから。

 

「わかるでしょうイト。この選択は貴女だけじゃない。貴女の大切な仲間も救える話なのですよ? こんなローリスクでみんなを救える。素晴らしいことではありませんか?」

 

 ああ、そうだ、ハリは弱いし、私を信頼しきってる。今日みたいに二人きりで出かけて、人気のないところで眉間に一発ぶち込めばそれで終了。リネンとラミーも、金の話を聞いたら多分納得するだろう。金さえあれば、この国では伸し上がれる。こんな簡単な話もない。

 

「……具体的な額は?」

 

「ええ、ええ、そうですね……このくらいでしょうか? もちろん、さっきも言いましたが、いくらでも増やせるますから」

 

 銀髪女が懐から紙切れとペンを出し、乱雑に書いた無数のゼロ。それは大多数の人間が生涯、拝むことすらできない金額だった。

 

 ……これで全部終わる。

 自由になったら何をしようか。

 そうだ、まず故郷で家を買おう。

 昼の仕事をして暮らして、週末の夜になったらレストランに行って美味いものを食べる。

 冬になったら、ルーラあたりを連れて、またあのボランティアのところに行ってみよう。まだやってたらいいけど。

 子供のころに貰ったココアの銘柄を聞いて、マーケットで買って、濃い目にして飲もう。

 そして……。

 そして――

 

 

 

 ハリって、甘いの好きだったっけ?

 

 

 

 気が付くと、目の前の銀髪女の顔に、何やら液体がかかった。

 初めてこいつが驚いた顔をしたのと同時に、自分が何をしたのかをようやく理解した。

 

 ああ、私は今、こいつに唾を吐いたのか。

 

「……どういうつもりで?」

 

 低い声で銀髪女は聞いてきた。

 私はそれに、なるべくバカにするように、ただ答えた。

 

「お前んとこのヤリチンのケツでも差し出しとけ、バーカ」

 

 銀髪女は、愉快なくらいわなわなと震えている。

 数秒間の沈黙。

 丸鋸女が、ため息をして言った。

 

「では、では、計画に変更なく……」

 

「ッ……ええ、そうですね。彼女に知性が少しでもあることを、期待した私がバカでした」

 

 瞬間、また腹を思いきり蹴られた。

 やはり痛い、だがなぜか、悪くない気分だった。

 

 確かに大馬鹿かもしれない。金も人生も、仲間のチャンスまでフイにして、ハリ(あいつ)を守るメリットって、何なんだろうか?

 目の前のチャンスを全て捨ててでも、私はあいつに、昔飲んだココアを飲ませることを優先した。

 

 なんでそこまで?

 その理由の名を、私はまだ知らない。

 

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