黒髪黒目の男というだけで女マフィア達に狙われている   作:生カス

7 / 48
07.Hate

 大理石が敷き詰められた、白くて長い廊下を渡る。私は昔から、この廊下が大嫌いだった。

 いや、廊下だけじゃない。玄関も階段も、ところどころに飾られているガーベラの香りさえ、私は嫌いで嫌いでしょうがなかった。

 郊外の広い敷地に建てられた、悪趣味な白い豪邸。ロジーの屋敷に、私は今運びたくもない足を運んでいた。

 

 突き当りの、けばけばしい白いドアまでたどり着く。その両サイドに、豚みたいに太った厚化粧女のリドーと、ゴリラみたいな女のレックスが偉そうにふんぞり返っている。ドアの向こうにいる『ババア』の護衛だ。

 

「ババアに報告だ。どけろよ、豚ゴリラ」

 

 私がそう言うと、じろりと、豚女の方だけがこっちを見て、ニタニタと笑いながら言った。

 

「あぁら、誰かと思ったら、イト『坊や』じゃなぁい。随分とまた生意気な口を利くようになっちゃって。また昔みたいに、ハイにして可愛がってあげようかぁ?」

 

 クソ豚リドーが、見るな気持ち悪い。男が手に入らないからって、近場の子どもまで見境なく食い散らかしたペド女が。

 ああ、嫌だ。コイツを見るだけで『思い出しちまう』。コイツが近くにいると思っただけで吐き気を催す。だが、ここで吐きでもしたら、かえってこの豚を悦ばせちまうことになる。それだけは勘弁だ。

 

「ああ、なんだよリドー、まだ豚がヤらせてくれないのか? 残念だなぁ、きっと相性最高なのによ」

 

「……なんだとこのクソガキ!」

 

「やめろ」

 

 リドーのやつがわかりやすくキレたところに、レックスが横やりを入れてきた。

 

 リドーとレックス。私たちストリートキッズを使い走りにしてるマフィア……すなわちロジーの側近をしている二人組だ。

 もっとも、腕が立つのはレックスの方だけだ。

 

 リドーについては、私達みたいな、なんにでも使えて好きに使い捨てられるストリートキッズを拾ってきて、ロジーに提供するための、いわゆる『調達屋』だ。そのおこぼれで子供を自分の『趣味』に使っている、下衆な豚女でもある。

 こんな奴が側近になれているのは、単純にその方が渡す時に煩わしくなくていいかららしい。

 

「イト、ここでは言葉遣いに気をつけろと、何度も言ってるはずだぞ」

 

「わかった、わかったよ。ママ・ロザリアに報告だ、入れてくれ」

 

 レックスは、露骨に渋い顔をしながらも、面倒事は御免だったのだろう。私の言うことを素直に聞いて、目の前のドアをノックした。

 

「……ママ、イトが来ていますが」

 

「入りなさい」

 

 中から大嫌いな声が聞こえた。ドアが大仰に開かれ、私はその中に足を踏み入れる。

 その部屋にあるものは、普段と特段変わらない。カクテル用の酒が置かれた棚に、悪趣味な調度品の数々と、変わり映えのない観葉植物、ガーベラの香り。普段通り、吐き気がするような場所だ。

 

「おはよう、イト。思ったより来るのが早かったわね」

 

 ママ・ロザリア、通称ロジー。一代で世界有数規模の麻薬カルテルをつくった張本人で、その巨万の富で若い男を何人もコレクションしているらしい。

 ……最近じゃ、その男たちを使って、軍の高官や政治家相手に商売も始めたんだとか。当然、あいつ自身も倒錯するほどに使っているのだろう。反吐が出る。

 赤黒い血のような色の長髪と、50、60のババアとは到底思えない、どう見ても20代にしか見えないその不気味なほど若い見た目と相まって、コイツと話す時は、化物の腹の中にいるような気分になる。

 

「急がないと、アンタが老衰でぽっくり逝くかもって思ったらね」

 

「フフ……いい茶葉が届いてね、今ちょうど、アールグレイを入れていたのよ。貴方も飲まない?」

 

「紅茶はティーバッグの以外嫌いでね。それよりほら、これ……」

 

「イト?」

 

 薬をポケットから出そうとしたその瞬間、底冷えするような声が私に向けられた。

 

「前も言ったわね? 私と話す時は、ジャケットを脱ぐか、ポケットのものを全部出してからにしなさいって。覚えてないかしら?」

 

「……そんなビビんなよ、心配しなくったって、ほら、ご注文通りのモンだよ」

 

 私はそう言いながら、なるべくゆっくりと、ポケットから例の『錠剤』を取り出し、それをロジーに見せつけた。

 

「あらあら、そう言うことではないのよ。礼儀と作法のお話、わかるでしょ?」

 

 そんなロジーの言葉を無視して、私は黙って袋を渡す。ロジーは袋の中を見て、確認できたのか、私の方を見て微笑んできた。相変わらず、ぞっとするような笑顔だ。いつまでたってもこれには慣れない。

 

「確かに、注文通りの品物ね。ご苦労様」

 

「これで手打ちでいいよな? 私んとこのやつがアンタの男にしたことは」

 

「ええ、約束を守る子は好きよ。せっかくだし、貴女も見ていかない? 私の可愛い『コレクション』」

 

「ヒッピーのライブでも見てたほうがマシだね」

 

 ロジーの『コレクション』とは、言わずもがな奴がせっせと汚い手で集めた『男娼』だ。若いブロンドから妙齢のプラチナシルバーまで、およそオークションで手に入る種類は全部揃えたと、前に酔っぱらって自慢していたのを聞いたことがある。さすがに黒髪黒瞳はいないようだったが。

 一度だけそいつらを見たことがある。私を見たときのあの目、程度の差さえあれ、あれはまさしく、ケダモノでも見るような、そんな目だった。

 

 ……考えてみれば、ハリはそんな目で私を見てなかった。私をただ、そこらへんにいるティーンエイジャーが友達に向けるような目で、私を見ていた。

 ……なんだろう、変な奴だな、アイツ。

 

 そんなことを私が考えている間も、ロジーは先程からずっと、目の前にある、宝石のような青いバラの錠剤から目を離さない。私はそれが気になって、思い切って聞いてみることにした。

 

「……なあ、結局それ、何の薬なんだ」

 

「……知りたいのかしら?」

 

 途端、ロジーは低い声でそう答えた。『お前が知る必要はない』。それは言外にそう言っていた。

 

「別に。ただの世間話さ」

 

「あらそう、ならいいわ」

 

 ……結局、収穫は何もなしか。まあいいさ、借りを返しただけでも良しとしよう。

 

「何も無いなら、私はもう行くぜ」

 

「あら残念ね、朝食でも一緒にと思っていたのに」

 

「犬の餌でも食ってな」

 

 私はそう言って、ドアノブに手をかけた。

 

 

「他に何か、手に入らなかったの?」

 

 

「……」

 

 私はその言葉を聞いて、ドアノブに伸ばした手を止めた。

 束の間の静寂

 私はロジーに振り向いて、言った。

 

「他ぁ? 連中が持ってたのって、薬だけじゃないのか?」

 

「……いえ、何もないならいいのよ、ゴメンナサイね。ごきげんよう」

 

 ロジーのその言葉に返事をせず、私はドアを開ける。

 

「じゃあな豚ゴリラ、ご苦労さん」

 

 そう言うと睨んでくる豚女とゴリラ女の視線を背中に浴びながら、私は屋敷の外へと出た。

 

 ……ひとまず、ハリとルーラに合流して、あの薬局に行かなければいけない。

 『ベル』なら何か知っているはずだ。

 

 私は内ポケットにしまった、ひとつだけくすねた『青いバラの錠剤』の存在を意識して、そんなことを考えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。