飛びぬけた才能はないけれど、それなりに美人でそれなりに優秀な私は、その日、皇国代表として、とある王国の学園へ薔薇の王子の卒業祝いにと訪れていた。
王子は卒業と同時に長年婚約者だった公爵令嬢と結婚するので、どちらかと言えば結婚祝いがメインだ。卒業式はあくまでもオマケであり、本命は翌週の結婚式である。
だが、オマケの卒業祝いだから適当でいいとは思っていない。あくまでも公務なのだから、きちんとやるつもりだったのだが、卒業式後のパーティーでやらかしてしまった。
折角のお祝いだから一口だけと勧められて、うっかりお酒を飲んでしまったのだ。
正直、私はお酒が嫌いではない。いや、はっきり言えば大好きだ。
だが、お酒を飲むと羽目を外してしまうというか、ぶっちゃけ記憶がなくなってしまう事が多々ある上に、何かしらやらかしてしまう事が多いので、公式の場では飲まない様にしていた。
けれど、会場にいた恰幅の好い紳士に余りにも上手に勧められたので、つい飲んでしまったのだ。そう、私は飲むつもりなど微塵もなかったのに!
「いえ、姫様が余りにも物欲しそうに眺めていたから、気を遣って一応勧めて下さったんですよ。良かったらどうですかと言い終わる前に、食い気味に頂きますとグラスを奪っておられましたよ」
「……記憶にないわ」
「彼は身の危険を感じられたのか、顔が引き攣っておりました」
「そ、そんな事ないわ、よね?」
ちょっとだけいいなー、私も飲みたいなって思って見ていただけだもの。アウト判定の流れだったけれど、リクエストの結果セーフよ、セーフ。
「……それで?」
「それで、とは?」
私は軽やかに扇子を広げながら、侍女に囁く。
「私、何かしていなかったかしら?」
「姫様、もしかして……」
「……面目ないわ」
卒業式に参加した後、パーティーに参加したことは覚えているのだ。恰幅の好い紳士が美味しいお酒を勧めてくれたこともしっかり覚えている。
「でも、そこから記憶がないのよ……」
「姫様……」
「ねぇ、私、大丈夫だった? 何かやらかしていない? 気が付いたらこの部屋でワインの瓶を抱えて寝ていたのだけれど、パーティーで何かあったりしたかしら?」
「そうですね……」
私専属の侍女が首を傾げた。
「あったと言えばありましたよ」
「え? 何があったの?」
「実はあのパーティーが始まって直ぐの事なんですが、薔薇の王子が婚約者ではない御令嬢を連れて壇上に上がりまして」
「どういう事? 余興か何か?」
「ある意味余興でしょうね。何と一緒に連れていたご令嬢を虐げた罪で、婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を告げようとしたのです」
「な、何ですって!? そんなの大事件じゃないの! 非常識な!」
私は顔色を変える。高位貴族の結婚は政略を伴うものが多い。ましてや、王族と公爵令嬢の結婚ならば、国にどんな影響が出るか。更に、長年に渡り婚約していた令嬢は裏切られた思いだろう。胸が潰れそうになりながら話を聞いていると、侍女は力強く頷いた。
「大丈夫です。それは未遂で終わりました」
「そうなの? 良かったわ……。薔薇の王子はギリギリの所で踏みとどまれたのね」
「いえ。何故か薔薇の王子の後について一緒に壇上に上がられた姫様が、婚約破棄を言い出す前に『アンタの顔が侮辱行為だ!』とワインの瓶で薔薇の王子をぶん殴って止めました」
「私の非常識が王子を上回った!?」
「フルスイングでした。とてもいい音がしましたよ。景気よく瓶は割れていましたが、中身を既に飲み切っていたのは流石でございます」
「褒めている場合じゃないでしょう!? 国際問題じゃないの! お父様たちになんて言い訳したらいいの!?」
「大丈夫ですよ。公爵令嬢は物凄くスッキリした朗らかな笑顔をされていました。鼻から深く息を吐いて満足げで」
私はため息をつく。後で話を聞いた所、ここ最近の薔薇の王子は連れていたご令嬢を優遇し、公爵令嬢をかなり蔑ろにされていたらしく。今まで鬱憤がたまっていたのかもしれない。うん。
「更に言えば、その姫様の一撃で、薔薇の王子が正気に返ったそうなんです」
「え、どういう事? 確かに公の場で婚約を破棄しようとか正気とは思えないけれど……」
「元々、以前の薔薇の王子は婚約者とも仲が良く、真面目で優秀な人格者だったらしいのですが、ある時、頭を強く打ってから人が変わったように堕落し、婚約者を遠ざける様になったようで」
「そうなの?」
「強い衝撃によるものが原因だと皆思ってはいたのですが、試しに叩いてみる訳にもいかず。そのまま今日まで来てしまった時、姫様が情け容赦なくワイン瓶でぶっ叩いたのが功を奏し、薔薇の王子は元の穏やかで優しい人物へと戻ったのです」
「そんなことある?」
「あったのです。その後、薔薇の王子は公爵令嬢に謝罪し、和解。愛を伝えあい、無事に結ばれる事になりました。薔薇の王子は姫様に感謝されておりましたよ」
「ワイン瓶でぶっ叩いたのに?」
「公爵令嬢も感謝しておりました。これまで蔑ろにされて腹立たしかった気持ちが救われたのだと。あれがなかったら、きっと結婚しても蟠りが残っていただろうと」
「ま、まぁ、それなら良かったけど……良かったのよね?」
「はい。王国は姫様に感謝の意を示し、かなり良い条件で交易を結んでくれることになりました」
「災い転じて、かしら?」
余りにも都合よく進んでいるが、まぁ、結果オーライだ。
「とにかく良かったわ。問題にならなくて」
「はい。後、それから――」
「まだあるの!?」
「はい。薔薇の王子の側近である騎士団長子息が、まだ薔薇の王子を殴り続ける姫様を取り押さえようとしたのですが」
「待って待って。殴り続けようとしてたの、私?」
「はい。非常に力強く同じ個所を」
「そんなに?」
「公爵令嬢が離れた場所から『いいわ、そこよ、抉る様にぃぃ!』と拳を振り上げて応援しておられました」
「相当鬱憤が溜まっていたのね!?」
私、そんな酷いことしたの? これだけよね? けれど、侍女の言葉がその希望を打ち砕く。
「あと姫様は、その凶行を止めようとした騎士団長子息の剣を折りました」
「今、凶行って言った? そう思っていたのに何故止めなかったの? ……え、剣を折った?」
「彼の祖父であった伝説の騎士の形見の品だったそうです。姫様が綺麗な蹴りを繰り出し、軽快に根元からポッキリ折りました。その後、飛んで行った剣は窓から外へと飛び出し、固い岩に叩きつけられ粉々に」
「う、嘘でしょ? 形見の品をノリで壊しちゃったの? ど、どうしよう……、しゃ、謝罪に……」
「それは必要ありません」
「何を言っているの。いくら私が大国の姫でも、そんな非人道的な事は……」
「姫様が剣を折った後、剣を折られた騎士団長子息は急に目が覚めたような顔をされたのです。そして、言われました。『僕は神官になりたかったのに』と」
「え?」
「実は、騎士団長子息は元々温厚で人を傷つける事を極端に嫌っている優しく臆病な性格だったらしいのです。それが、祖父から無理やり譲り受けた剣を持った途端、人が変わったように騎士を目指すようになったと。そこに居合わせた神官によれば、最期まで口には出さなかったけれど、孫が己と同じ騎士ではなく神官を目指す事が心の奥底では嫌だった祖父の強い思いが剣に宿っていたのではないかと」
「伝説の騎士の思い重すぎ!」
「伝説の騎士の剣だった故に粗雑に扱えず、ずっと手放せなかったらしいのですが、姫様が叩き折った事で呪縛から逃れられたのです。息子も姫様のお陰で本当に行きたい道へ進めると感謝してました」
「……ま、まぁ、本人がいいならいいんだけど。それにしても、薔薇の王子を殴ったり、騎士団長子息の剣を折ったり、結構やらかしていたのね」
「他にも色々やっておりますが、まぁ概ね皆様感謝されております」
「……ええ。問題にならなかったのはいいのだけど、……ん、待って? 概ね? じゃあ、問題になった事があるの?」
「はい。一つだけ」
「そ、それは何?」
侍女は一呼吸おいてから言った。
「王国の末姫様が大切に取っていたケーキの苺を勝手に食べられました」
「大罪じゃないの!! 今すぐ王国で一番美味しい苺のケーキをホールで買ってらっしゃい! 謝罪に向かうわ!!」
こうして慌てて向かった先で待っていたのは、可愛らしい男の子と手を繋ぐ末姫様。
「あのね、イチゴたべられちゃってないてたら、かりぇが『なくにゃ』って、イチゴくれたのよ!」
ぶっきらぼうだった幼馴染の公爵子息が男を見せ、末姫様にはボーイフレンドが出来ていた。
「そ、そうですか……よ、良かったですわ?」
首を傾げる私にいつも冷静な侍女が僅かに微笑んで言う。
「流石は姫様。我が国の『酒と幸運の申し子』でございます」
「待って、私、バッカス!? ……何で私には適応されないのかしら、このスキル」
私もボーイフレンド欲しい!それから、お酒を飲んでも記憶をなくさない様にして欲しい! 禁酒するわ。明日から!
いかがだったでしょうか。