「君はもう少し危機管理を徹底してほしい」
「はい、すみません…」
ケルシーの医務室でドクターは治療を受けながら軽いお説教を受けていた。作戦行動中に指揮を取っていたら敵のアーツの余波に巻き込まれたのである、巻き込まれたといっても直撃ではなく。かすり傷を受けただけなのだが。
「この話をするのはこれで通算136回目だ」
(なんで覚えてるんだろ…)
ケルシーがさらっと記憶しているところに若干の恐怖を覚えているドクターなのであった。
外傷は軽度の切り傷であり、傷口を洗浄し。乾燥させてから保護…というように。本当に軽度の怪我なのだが、ケルシーはどうやらそれすらおきに召さないのか、尻尾が少し機嫌が悪そうに揺れている。こういうときはおとなしく従った方がいい
そしてしばらく無言の時間が続く、本来なら気まずい筈の時間は比較的穏やかな雰囲気ではあった。
「処置はこれで終わりだ」
「ありがとう、ケルシー先生」
軽く一息入れたケルシーがそういえば、ようやくリラックスしたようなドクターは脱力する。そんなドクターを見れば。ケルシーもどことなくリラックスしてきたようだ
「なるべく次が無いことを希望するよ」
「うっ…はぁい」
しょぼくれているケルシーが自分の尻尾で処置済みのドクターの傷口をガーゼ越しに撫でながらそういえば。素直に反応するドクターなのであった。
「君も疲れただろう、少し休んでいくといい」
「そうさせてもらうよ…」
そういうなりベッドの上でぐでっとなったドクターはやはり疲れているのか、そのまま眠りに落ちていった。
━━━━数十分後
「ん…?」
「おはよう。ドクター」
気がついたら寝てしまっていたドクターが目を覚ますと、自分のコートが脱がされており。代わりにケルシーの白衣がかけられていた。そのケルシーはというと視線こそ寄越していないがドクターが起きたことに気づいた様子だ。
「どれぐらい寝てた?」
「一時間もたっていないさ」
そんなやり取りをしていれば、ケルシーはカルテを見ながら尻尾で器用にドクターを手招きする。相変わらず器用だなと思いつつ、ドクターがベッドから起き上がると
そのままケルシーの側に寄った。
「モーニングコーヒー…というには日が上っているが、飲んでいくといい」
どうやらケルシーはドクターが目覚めるのを見計らって目覚めのコーヒーを入れてくれていたようだった
「ありがとね、ケルシー先生」
「礼はいいさ…砂糖とミルク入は入れるか?」
ドクターが礼を言いつつ、椅子に腰かけるとケルシーが問いかける。ケルシーはブラックコーヒーしか飲まないのだが、準備はしていたようだ。
「ケルシー先生ってブラックしか飲まないよね?」
「君用だ」
ドクターは何故準備はしていたのか問いかけるとしれっとしながらケルシーは答えた。どうやらそれなりに仲はいい様子だ
「それに、飲めないだろう?ブラックコーヒー」
「の、飲めるよブラックコーヒー位!」
そういうケルシーにドクターはムッとした様子でブラックコーヒーに手をつけるのだが
「…」
案の定。すごく苦いのかしかめっ面をしているドクターにケルシーは思わず苦笑してしまうのである
「砂糖、入れなくていいのか?」
「今ダイエット中だから」
無理して飲まなくてもいいと言えば、女の子の事情を漏らしたドクターに再度ケルシーは苦笑してしまう
「そうか?君はもう少し体重を増やしてもいいと思うが」
「ケルシー先生、そういうこと言うのやめてくれない?」
ケルシーの何気ない一言に思わずドクターはブラックコーヒーを流し込みながら再度しかめっ面をしながら苦言する。女の子にもう少し太れというのは厳禁なのである
「冗談だ…何、体重を気にするのも構わないが」
「…?」
冗談だと言いつつ、ケルシーはカルテから目を離してドクターの方へと向き直り。ドクターは首をかしげるのである
「体重と同じぐらい。自分の体を気遣うといい、君が傷つくことを恐れなければオペレーターもまた同じようにするだろう。それに…君に傷跡が残るのは少々不快だ」
「…ごめん」
ケルシーはガーゼのうえから傷跡を撫でつつ、非難とも取れる言葉を投げ掛ける。だが言葉の端々からドクターを気遣うような言葉をかけている為か、ドクターもそ素直に受け止めたのだった
分かっているならそれでいい」
素直に受け止めたドクターを見れば、ケルシーはそのままガーゼ越しに傷跡を撫で続ける
それを十数分続けた頃だった。
「…ケルシー先生、そんなにさわるとまた傷口開いちゃうよ?」
さすがに無言で撫で回されるのはむず痒かったのか、ドクターがケルシーにそういうが。やめる気配は一向にない。
「ケルシー先生?おーい」
普段のケルシーらしくないと判断したドクターがそう声をかけると。
ポンポン
尻尾で器用にドクターの頭を撫で始めた。しかし無言
「け、ケルシー先生?さすがに恥ずかしいんだけど」
段々恥ずかしくなってきたドクターが顔をあげると
「…………」
少し悲しそうな顔をしているケルシーと目があった
「…ケルシー先生。いつもごめんね?」
無意識のうちに零れてきたのは謝罪の言葉だった
「…そう思うなら、先程の言葉を忘れないように」
そういうとケルシーは目を伏せた。
ブラックコーヒーはすっかり冷めてしまっている
「ねえ、ケルシー先生」
「…なんだ?ドクター」
「コーヒー、淹れ直してくれない?」
目を伏せていたケルシーが目にしたのは、苦笑しつつも湿っぽさの欠片もないドクターの顔だった
「…ああ、分かった。砂糖とミルクは?」
「ふ、太らない程度でお願いします…」
湿っぽさは無くなったがやっぱり体重を気にしてしまうドクターに思わず笑ってしまうケルシーだった。
───数日後
怪我をしたということでドクターはケルシーからお仕事禁止令を発行されている為暇────というわけではなかった。療養中ということを良いことにいろんなオペレーターがちょっかいをかけようとしたり、遊びにつれていこうとしたり、酒を飲ませようとする馬鹿が何人も居たのでケルシーがその都度追い払っていた
「相変わらず人気者だな君は」
「少し休ませて欲しいんだけどね…嬉しいけど」
ドクターはケルシーの医務室に居ることが多くなった。仕事をして体調を崩さないように監視するという建前を掲げている以上、そうなるのは当然だがオペレーターに拉致されて必要の無い労力を使わせないための気遣いでもある。
「…ケルシー先生」
「なんだ?」
「…さすがにこの体勢は辛いんだけど?」
…それすらケルシーにとっては建前でしかないのか、ドクターと触れあう時間を合法的に確保するための手段だった様子。ドクターのに寄りかかるように肩に頭を乗せながらカルテを見ている、ドクターの抗議の声も知らん顔である
「嫌か?」
「嫌じゃないけどさ…」
「なら問題ない」
このようなやり取りが数日間に渡って繰り返されている。もはや定位置とかしたケルシーの膝上でドクターはひたすらおとなしくするしかなった
「ケルシー先生、最近いい匂いするけどシャンプー変えた?」
「ん?ああ…分かるか?」
「さすがに毎日居れば分かるよ」
そんな会話をしつつ。ケルシーの服をスンスンと嗅ぎながらドクターが言えば、ケルシーは何処と無く嬉しそうにする。
「あとで私にも貸してよ、そのシャンプー」
「分かった、あとで一緒に風呂にでも入るか」
「うん、そのときは頭でも洗ってあげるよ、尻尾の手入れとかさ」
「よろしく頼む」
「そういえば、ケルシー先生と一緒にシャワーとか浴びたことなかったね」
「お互い、多忙だからな…」
「…そうだね」
女友達のような気兼ねない会話の端々から仕事に追われる哀しい雰囲気が漂っているが当人達は特に気にしていないようだった。
─次の日
「ケルシー先生おはようー…ん?」
ケルシーの部屋との往復も馴れたもので、何処に何があるかは大体わかってきているようで。いつも通りケルシー用のコーヒーを淹れていればケルシーの姿が見つからなかった。
そうこうしてると何時もの白衣を着ているケルシーが起きてきた…何時もの白衣を着ては居るが。あちこちずれている
「ケルシー先生ー?ケルシー先生…ー?」
おーい、とケルシーにドクターが声をかけると。
ぽすん
「おっと……お疲れ様」
ドクターの胸元にケルシーが飛び込んできた。というよりは寝ぼけているようで倒れかけたところにドクターがいたというだけなのだが。
ドクターはケルシーを抱き止めつつ、椅子に座ると自分のコートをケルシーにかけて背中を一定のリズムで撫でながらケルシーの仕事を肩代わりしてあげている。
そこから数分後
「ん…?」
「ケルシー先生、もう少し寝てていいよ?疲れてるみたいだし…私は此処にいるからさ」
ケルシーが寝ぼけ眼でドクターを見れば、優しい声をかけながらもう一度ドクターが寝かしつける。ケルシーも安心しているのか自分の尻尾をドクターの腕に巻き付けて何度か緩く締め付けてくる。寂しかったのか時折寝言のような鳴き声めいたものをあげている。
キーボードを叩く音が子守唄に、ドクターの心臓の音を聞いて揺り篭の中でケルシーはしばらくまどろんでいた