萌えっ娘もんすたぁ~暁天の拳~   作:阿佐木 れい

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第三話 託された拳

 テネルとかいう変態に連れられて辿り着いたのは、町外れにる一軒の家だった。

 オレが住んでいた日本の街でも良く見かけたタイプの、平均的な一軒家。灰色の三角の屋根に、白亜の壁。それほど広くない庭は、手入れが行き届いているのか雑草が全く見えなかった。

 

「ここが僕の家だよ」

 

「ふーん」

 

 テネルが何歳かはわからないけど、少なくとも親の庇護下にいるはず。

 旅に出るなら親の許可がいるだろうし、オレを連れてきたのも納得できる。

 萌えもんという存在がいる異世界に転生させられてまだ一日も経っていないし、落ち着いて状況を整理したかったからちょうど良かった。

 

「ただいまー」

 

 テネルに続いて、オレも家へと足を踏み入れる。

 

「お、お邪魔します……」

 

 知らない家の臭い。

 玄関には木製の靴箱と、それに立てかけられている釣り竿のケース、傘が2本だけ刺さっている傘立てが置かれていた。

 

 こいつ、釣りなんてするのか……?

 

 ひょろっちぃ身体からは、とてもじゃないが釣りをするようには見えない。

 

「おかえりなさい、テネル――って、あら、その娘は?」

 

 テネルの母らしき人が現れる。

 

「紹介するよ。僕の母さんで、コトセっていうんだ」

 

 テネルのお母さん――コトセさんは、セミロングの茶に染めた髪をうなじ辺りで纏め、萌えもんらしきキャラクターがプリントされたエプロンを身につけていた。

 

「ど、ども」

 

 何と言っていいのかわからず、とりあえず会釈。

 するとコトセさんは急に顔を曇らせ、

 

「ごめんなさいね、テネルに捕まっちゃったのね」

 

 凄まじく気の毒そうな対応をされた。

 その気持ちがありがたいけどやるせねぇ!

 思わず頭を抱えそうになったオレの前にテネルが立つ。

 

「母さん。僕も萌えもんを捕まえたよ」

 

「そ。じゃあ、ご飯にするから着替えて準備してね。あなたも、遠慮せずに上がってちょうだい」

 

 コトセさんはどこか突き放すような態度でテネルに背を向けて、リビングへ引っ込んでいった。

 

「……仲悪いのか?」

 

 オレの問いにテネルは答えず、

 

「部屋に案内するよ。君も身体を洗った方がいいよ、臭いからね」

 

「おい」

 

 悪気無く傷つく一言を告げて、テネルは靴を脱いで自分の部屋へと向かおうとする。

 

「待てよ、おい!」

 

 脱ぐ靴も無いオレはそのままテネルの後を追った。

 フローリングに土と砂をまき散らしながら。

 

 

 =======

 

 

「ダメでしょ、家の中を汚しちゃ!」

 

「……はい、すんません」

 

 数分後、俺はコトセさんにこってり絞られていた。

 俺の体についていた土や砂が家の中あちこちにまき散らされていたからだ。

 

 ……やってしまった。

 

 日本にいた時のように靴も履いていないし、その上慌てていたからそんなことを考える余裕が無かった。

 自分の家が泥だらけになったら、そりゃ怒るのも当然だ。

 俺も昔、小学生の頃は汚いまま家に上がって、こうして怒られていたっけ……。

 懐かしさを覚えながらシュンとしていると、コトセさんはやがて、

 

「ま、萌えもんであるあなたに怒っても仕方ないか。次から覚えておいてね」

 

 仕方ないな、という笑みを浮かべてオレの額を人差し指でついた。

 それがどこか、オレの母さんに似ていて、

 

「あっ――」

 

 気がつけば、オレの目から涙が流れていた。

 慌ててこすったが、コトセさんにはどうやらバレていたようだ。

 

「あらら、言い過ぎちゃったかしら、ごめんね」

 

 勘違いされないよう、オレは慌てて首を横に振った。

 

「オレにもわかんないけど、急に泣けたんだ」

 

「あら、そうなの? 不思議なものねぇ」

 

 テネルのお母さんは、それだけ言って、

 

「はい、これ」

 

 オレに笑顔で雑巾を渡してきた。

 

 何コレ? と聞くまでも無い。

 自分が汚した分は自分で綺麗にしろ。

 

 そういうことなのだろう。

 幸い、掃除は慣れている。道場を毎日綺麗に掃除していたから、お手の物だ。

 

「任せてくれ」

 

 ドンと胸を叩き、すぐさま掃除を開始する。

 思っていた以上に汚れが体についていたみたいで、自分の歩いた後が良くわかる。

 

「そういやオレ、どうやって生まれたんだろ」

 

 パルキアに転生させれたのはわかる。

 しかし転生してすぐにルリオという萌えもんになっていた。

 だとしたら、この体の元の持ち主――元のルリオは存在していたのだろうか?

 それともオレが転生した瞬間に、この体が生まれたのだろうか?

 

「……全然わからん」

 

 元々良くない頭が、混乱し始める前に、オレは考えることを止めた。

 考えたところで、何かが変わるわけでも無い。今できることをするしかないんだ。

 

「母さんにこき使われているのかい?」

 

 顔を上げると、新たなジャージ姿で現れたテネルが、苦笑しながら立っていた。色が黒から赤に変わっている。何着持ってるんだこいつ。

 

「オレの体が汚れてたんだよ。自分で汚した分は、自分で綺麗にしないと」

 

「へぇ、真面目だね」

 

「どーも」

 

 十数分後には元通り綺麗になった廊下を前に達成感に満たされていると、

 

「さ、お風呂入ってきなさいな。それらかご飯よ。あなたにとっては、少し嫌な時間になるかもだけどね」

 

 と、コトセさんに言われるがまま、風呂へ入ることになった。

 日本と全くそっくりなお風呂にささっと入って汚れを落としたのはいいのだが、

 

「……布が足りない」

 

 用意してくれたバスタオル一枚じゃ全く水が拭き取れなかった。

 仕方なくもう一度風呂に戻ったオレは、犬のように体を震わせた。

 めちゃくちゃ乾いた。

 

 

 ======

 

 

「お風呂ありがとうございまし――た?」

 

 食卓に戻ると、そこには険悪なムードのテネル一家がいた。

 食事が並べられたテーブルを中心に、コトセさんが向かい合っている。

 

「ダメったらダーメ! ダメですぅー!」

 

「なんでさ! 萌えもんだって捕まえたんだからいいだろ!?」

 

「ダメ。あんたじゃダメ。無理無理。諦めなさい」

 

「嫌だ!」

 

「ほんとに頑固ね!」

 

「頑固なのは母さんの方だろ!」

 

「なぁーにぃー!?」

 

 いやこれ、止めた方がいいんだろうか?

 どうしたいいものか、呆然と立ちすくんでいたオレを尻目に、

 

「ルリオがいれば、旅だって安心だろ?」

 

 コトセさんはオレへ視線をちらりと向け、

 

「……ダメよ」

 

 頭を振った。

 それは、言ってもわかる訳がないとでも言いたげな、諦めを含んだ物言いだった。

 テネルにもそれが伝わったのだろう。

 

「もういいよ!」

 

 とだけ言うと、オレを押しのけて部屋へと戻っていった。

 テネルとコトセさん。どちらを追っていいものか迷ったが、

 

「お風呂、どうだった?」

 

 と、少し疲れた様子でコトセさんが言ってくれたため、「サッパリしました」とだけ返した。

 

「ご飯、ルリオちゃんの分も用意するわね」

 

 そう言って立ち上がったお母さんの背中は、少し寂しそうでもあった。

 

「いつもあんな喧嘩を?」

 

「そ、いつも。あの子ったら、聞いてくれないよねー」

 

 軽い様子で言っているが、難儀しているのは何となくだけどわかる。

 テネル、こっちの言うこと全然聞かないんだよな。マイペースっつーか。

 

「外は危険ってことですか?」

 

 することもなくて、オレはお皿が用意されている席に座る。

 

「それもあるんだけどね」

 

 コトセさんはそう言って戻ってくると、

 

「……嫌な思いとかしなかった?」

 

 言われて、はたと気付く。

 

「あの子、あなたを道具扱いしないか心配で」

 

 コトセさんがテネルを旅立たせない理由は、テネルの安全もそうだが、オレのことも考えてくれていたからだった。

 いや、というよりテネルが捕まえた萌えもんたちを、か。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「あ、はい」

 

 いただきます……は変か。

 心の中で唱えてから、ロールパンを手に取る。美味い。

 口の中でもきゅもきゅと咀嚼していると、

 

「人間ってね、必死になると何も見えなくなっちゃうから。視野が狭くなるのよ。今のあの子、そうなってないか心配で」

 

 必死になると……か。

 確かにそれはあるかもしれない。

 でもそれは、必死になるほど大切な何かがあるということもである。

 

「だから反対してるんですか?」

 

 オレの問いに、コトセさんは苦笑を浮かべただけだった。

 話すつもりはないんだろう。

 

 でも、何となくコトセさんが考えていることはわかった気がする。

 結局、テネルが心配で心配で仕方ないんだと思う。

 オレはパンを飲み込むべく、コップに入っている牛乳を一気飲みしたのだった。

 

 

 =======

 

 

「おーい、変態」

 

 テネルの部屋のドアをノックすると、程なくしてドアが少しだけ開けられた。

 オレが隙間から漏れる光に目を細めていると、

 

「まるで僕が変態みたいに言うんだね」

 

「まんまそうなんだが?」

 

 テネルの様子は何一つ変わらないように見えた。

 こいつのことだから、今夜隠れて出発するとか言い出しそうな気がしていたけど、そうでもなかったようだ。

 

「今夜、家出するから準備しておいて」

 

「予想が当たった!?」

 

「以心伝心とは嬉しいなぁ」

 

「……偶然でも嫌だ」

 

 嘆くオレに、「じゃ」とテネルは言って、ドアを閉めた。

 準備でもしているのだろう。

 部屋の中からは何やがガサゴソと物音が聞こえる。

 

「……家出ねぇ」

 

 オレにとってみれば、テネルを頼るしか手がない。

 でも、コトセさんを考えると……。

 

「い、いやいや。オレだって帰るんだ」

 

 他人を気遣っている場合じゃない。

 だけどどうしても、あの寂しそうな笑みが思い浮かぶ。

 どうしていいのかわからず、オレは用意された部屋へ引き下がるしかなかった。

 

 

 =======

 

 

 深夜1時になった。

 窓から差し込む月光は明るく家人が寝静まった家の中を淡く照らしている。

 あてがわれた客間のベッドで寝転んでいたオレは、家の中を歩く足音で目が覚めた。

 

 ――神経が敏感になってる。

 

 というより、このルリオという体に慣れてきたのか。

 抜き足、差し足――とでも言うような、のんびりとした足音が、客間の前で止まる。

 かと思えば、静かにギィ――っと扉が開いた。

 

「何してんの、お前」

 

 顔を覗かせたのは、案の定テネル。

 今夜家出するという約束を律儀に守るらしい。

 

「しーっ、母さんが起きる」

 

 小声で部屋の中に入ってきたテネルは、青色のジャージを着ていた。こいつどんだけジャージを持っているんだ。

 キャンプにでも行きそうなくらい大きなリュックと、手には運動靴。

 テネルの格好は、ジャージ以外は外出する格好そのものだった。

 

「……いいのかよ」

 

 オレの言葉にテネルは頷いた。

 

「決めていたことだから」

 

 本人がそう言うなら、オレが首を突っ込むことじゃない。

 脳裏にコトセさんの顔がちらつくが、頭を振って追い払う。

 

「さ、行こうルリオ」

 

 テネルはそのまま物音を立てずに注意しながら玄関へ行き、そーっと家を出た。

 鍵を閉めるのも音を立てない徹底ぶりだった。

 

「お母さん、びっくりするんじゃないか?」

 

「書き置きしておいたよ」

 

「それで納得すると思ってんの?」

 

「……」

 

 テネルは無言だった。

 ややあって黙って歩き出そうとしたテネルだが、

 

「あ」

 

 と立ち止まると、背負っていたリュックを下ろしてごそごそし始めた。

 

 こいつまさか……。

 オレがぼんやりを見ていると、

 

「忘れ物した」

 

「やっぱり……」

 

 テネルは視線を家の2階の窓――自分の部屋へと向ける。

 数秒ほど見つめた後、何やら難しい顔をしてから、

 

「……ごめん、ルリオ。頼みがあるんだけど」

 

「はいはい、取ってくりゃいいのな」

 

「いいのかい?」

 

「そんな気がしてたんだよ」

 

 テネルは表情を輝かせた。

 くそ、断りづらいなぁ、もう。

 諦め半分でテネルに場所を聞くと、

 

「僕の部屋の机の上にある。忘れないように目立つ場所に置いたんだけど」

 

「逆に忘れたわけか」

 

 オレもそうやって忘れ物をしたことがあるから、何とも言えない気分になる。

 

「部屋の窓の鍵は開いてるから、そこの木から登っていけば大丈夫だと思う」

 

「鍵くらい閉めとけよ」

 

「忘れ物したらと思って」

 

「用心するとこ間違ってるからな?」

 

 とはいえ、木を伝ってなら簡単だ。

 ぴょんとジャンプすると、2メートルはあろうかという木の枝に簡単に届いた。

 木の枝を基点にして回転し、枝の上に着地してからテネルの部屋の窓へと向かう。気分は猿だった。

 

「……っと、届いた」

 

 手を伸ばして窓枠に手をかけて、そーっと開く。

 そのままテネルの部屋にするりと侵入するも、

 

「何もないじゃないか」

 

 机の上には何も無かった。

 それどころか、綺麗に整頓されている。

 あいつ、忘れ物なんてしていなかったんじゃないか。

 呆れて肩を落としたオレへ、

 

「おかえり、ルリオちゃん」

 

「――――――――っ、ひっ!?」

 

 全身の毛が総毛立つほどビックリした。

 部屋の隅に立っていたのは、

 

「テネルの……お母さん?」

 

「はあい」

 

 とにこやかに手を振った彼女の手にには、小さな巾着袋があった。

 まさか、あれが……?

 

「まったくテネルったら。こんな大事なものを忘れるなんて」

 

 コトセさんはブツブツいいながら、オレへ向かって巾着袋を差し出した。

 

「……いいんですか?」

 

 何が、とは言わなかった。

 ただ、コトセさんは淡い笑みを浮かべて、

 

「あの子を――テネルをお願いね」

 

 とだけオレに言った。

 

「――――」

 

 いったい、どれだけの葛藤があったのだろう。

 自分の息子を、今日会ったばかりの萌えもんに託すなんて、どれほどの勇気が必要なのか。

 

 オレには知る由も無い。

 ずっと自分のことだけを考えて強くなろうとしていたオレには、何一つわからない。

 ただ、ここでコトセさんの手を突っぱねるのは、間違いだということだけがわかった。

 だから、

 

「任せてください」

 

 その言葉と共に、差し出された巾着袋を受け取った。

 

「気をつけてね。またいつでも帰ってきてくれていいから」

 

 オレは頷き、コトセさんに背を向ける。

 またがいつになるのかも約束できないけど。

 元の世界に帰る前までに一度くらい立ち寄ろう。

 そんな風に考えながら、窓から枝に飛び乗って静かに窓を閉めた。

 窓の向こうに佇むコトセさんは、小さく手を振っていた。

 

 

 ======

 

 

「よっと」

 

 降り立ったオレは、テネルに巾着袋を渡した。

 

「これだろ?」

 

「うん。ありがとう」

 

 巾着袋を受け取ったテネルは、袋の口を開けて中身を確認している。

 しかしすぐにその手を止め、何か小さく呟いた後、巾着袋をリュックの中に押し込んだ。

 

「……行こう、ルリオ」

 

 その声はどこか湿っていたようにも聞こえたけど。

 

「どっかで野宿でもするか?」

 

「任せて。本でキャンプの知識だけは仕入れてる」

 

「……今日は野宿か」

 

 努めていつもの調子で歩き始める。

 まるで夜逃げをするように。

 オレたちは、伝説の萌えもんを探す旅の第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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