園子は友奈とかめやでそれぞれの丼に向き合っていた。
ピークのお昼時を過ぎた店内に、うどんを啜る音はこの二つのみ。テレビのタレントの大げさなリアクションがどこか浮いて聞こえるほどにこの場と合っていなかった。
園子は先程から友奈の様子を横目に窺っていた。何か言いたそうにこちらを見ては、すぐにうどんに戻る友奈。じれったく思う気持ちを抑え、均衡を破ってくれるのを静かに待った。
「ね、ねぇ園ちゃん」
入店からうどんを三杯はおかわりした頃に、ようやく友奈の喉に詰まった栓が取れたようだ。
心の中で一息入れてから、続きを促す。
「な~に~?」
友奈の夕焼け色に染まった頬の強張りに、こちらまで緊張が伝わってきた。
「こ、この辺りが、もやぁってなったこと、ある?」
友奈は左胸の辺りを摩りながら言った。
「ん~どうだろう」
関係のないことのはずなのに、なぜか園子の脳裏に銀色の記憶が過った。
「それが、どうかしたの?」
両肩を張り詰めたまま、友奈はたどたどしく思いの丈を吐露する。
「最近、変な感じがするんだ」
その初々しく戸惑う姿に、随分と懐かしい香りが園子の鼻腔をくすぐった。
「今までなんともなかったのに、東郷さんと一緒にいると、身体から何か飛び出ちゃいそうになったり、暑くなったりするの」
二年前、同じことを牡丹の勇者に憶え。
「東郷さんがほかの子と仲良くしてると、そわそわして落ち着かなくて」
二年前、同じことでクラスの人気者だった彼女に焼き餅を焼いた。
「東郷さんのことずっと、大好きだって思ってたのに、それは、ちょっと違う気がして」
二年前、同じことで薔薇の勇者は思い乱れ。
「だけど、自分の気持ちが、全然分からなくて」
二年前、同じことでクラスのはみ出し者は毎晩夜空を見上げた。
「私、東郷さんのこと、きらいになっちゃったのかな?」
そして二年前、同じことを初恋だった少女に想っていた。そのことに園子は今になってようやく気付いた。
「あぁ、そういうことかー」
園子は転換点をただ過ぎることしか出来なかった過去の自分に、友奈を通して問いかける。
「ゆーゆはさ、わっしーとこれからどうなりたい?」
キョトンとした後、目線は下げたまま自信なさげに口を開いた。
「また、前にみたいに、仲良く出来たら、いい、かな」
「ほんとぉ?」
煮え切らない友奈の返事に、つい聞き返してしまった。
友奈は二度三度園子の方を見た後、瞳を潤わせながら懺悔するように打ち明けた。
「ほ、本当はもっと、お泊まりとか、お出掛けととか、たくさん、して、東郷さんを、独り、占め、したい、です……」
素直な欲求を吐き出した友奈に園子は愁眉を開いた。
「うんうん、それでいいんよ~」
「……え?」
思いも寄らなかったのか、友奈は初めて顔を上げた。
「ゆーゆがやりたいこと、我慢しないで全部わっしーに伝えてあげて」
「で、でもそれで、東郷さんに、嫌われちゃうかも、しれないし……」
「そのときは、ごめんなさいすればわっしーはきっと許してくれる」
「で、でも、でも」
園子はギュッと友奈の両手を握った。
「大丈夫だよ、ゆーゆ」
柔らかくて、わずかの息を含んだ声音が自然と奏でられる。
「大丈夫、わっしーはゆーゆを受け入れてくれるから。たぶん、わっしーもゆーゆが我慢しているのは嫌なんじゃないかな。だから大丈夫、きっとうまくいく。それに」
祝福の笑みを友奈に捧ぐ。
「ゆーゆは可愛いから」
「え、えぇぇ?!」
「ほら、早くわっしーのところに行った行った。善は急げー!」
「え? う、うん?!」
お代をテーブルに置いて友奈は園子の作った空気に吞まれるまま、美森の家へと向かうのだった。
一人きりの店内で染みのついた天井を仰ぎながら、お冷やを一口含んだ。
「ねぇ、ミノさん」
心の中で園子と美森を見守る、銀色のたましいに問いかける。
「私ミノさんのこと、やっぱり好きだったのかな?」
当然返事はない。けれど、聞こえた気がした。あくまで気がしただけ。
「なんて、分からないよね……!」
頬をバチン、と叩いて気合いを注入。
かめやを後にした園子は、紫色のメモとペンを携え、恋する乙女の後を追うのだった。