大晦日の夜。それはほんのちょっぴりだけ自分に正直になれる時間

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千景の幸せ、高嶋の本音

 しんしんと舞い降りる粉雪が、千景の部屋の窓から刺された光で照らしだされる限り月。

 全国的にみて暖かい香川県でも、冬は芯まで冷えてしまうほどに厳しい寒さだ。

 クリスマスがつい一週間前だったというのに気付けばもう年の暮れ。師が走るのも無理はないと千景は感慨深く思うのだった。

 イヤホンから聞こえるゲームの電子音と友奈のリズミカルな包丁の音が心地よく感じる。友奈と部屋で二人きり、というのも今ではすっかり日常の一ページだ。

 カチッ、とコンロの火を消す音がしたので台所の方に目をやると、友奈が既にエプロンを畳んでいた。どうやら鍋が出来たようだ。

 「ぐんちゃん、おまたせ」

 「ありがとう、高嶋さん」

 こたつの真ん中にカセットコンロを設置して、また火をつける。

 二人は一緒に年越しを過ごすため、千景の部屋で鍋パーティを開いていた。

 千景は風から教えてもらった調理スキルを披露したかったのだが、友奈がどうしてもと譲らず、結局彼女に全て任せてしまったというわけだ。

 「にんじんとしいたけに焼き豆腐、つくねも入ってる」

 「そう! 友奈特製鶏つくね鍋だよ!」

 友奈は鼻高々に胸を張る。

 「やっぱり一年の疲れを癒やすには、あっさりした胃に優しいのがいいと思って」

 「高嶋さん……」

 西暦の頃、友奈のこうした人を思いやる温かい心に千景は救われた。それは、友奈の尊敬するところであり、同時に愛おしく思えるところにもなっている。

 「ほら、早く食べよ! 締めにはうどんもあるんだから」

 「えぇ、そうね」

 いつものようなたわいない会話で鍋を突き、お腹がいっぱいになったら二人でテレビゲームをした。サイコロを振って全国を旅するこのゲーム。もしかしたら友奈と遊べるかもしれないと購入しておいて正解だった。

 苦手なパーティゲームで序盤こそいい勝負をしていたものの、Cシャドウの血が騒ぎ、最終的には千景の圧勝に終わっしまった。

 しまった、と思った時には時末に遅し。早急に謝らなくては、と友奈の方に身体を向けると。

 「ぐんちゃんは強いな~。でも、やっぱり勝ちたい!」

 友奈は苛立ちをみせるでもなく、眉を顰めるでもなく、ただ純粋に屈託のない笑顔を浮かべていた。

 「もう一回! もう一回やろ!」

 『幸せ』だ。

 「えぇ、分かったわ」

 ぬくもりに包み込まれるようなこの気持ち。今日まで何度も浸ってきたこの気持ちには『幸せ』という名前がぴしゃりとはまる。友奈と出会えたからこそ知ることの出来た『幸せ』。千景は明日も明後日もこれをなくしてしまわないよう、宝箱の中に大切に仕舞い込んだ。

 

 テレビゲームをまた二回ほどやった後は、二人で年末恒例の歌番組を見た。けれどその間、千景の気が休まることはなかった。

 千景が先にこたつで暖まっていると、お手洗いから友奈が戻ってきた。

 「暖房入れてても足下は寒いね~」

 普段と何ら変わらない様子の友奈。

 「土居さんと伊予島さんがくれたミカンでも食べましょう」

 「そうだね!」

 友奈がさりげなく、そして何気なく、すぐ左隣に体を寄せてくることに千景は最初、違和感を全く持たなかった。もっと言えばシャンプーの香りをテイスティングする余裕さえあった。ちなみに、桃の香りだ。

 「ぐんちゃんはこの歌手の人知ってる?」

 「ごめんなさい、知らないわ。あんまり、こういうの、は、なじみが、なく、て」

 千景は友奈の瞳に映る自分の頬がみるみる赤くなるのが分かった。

 「た、高嶋さん?!」

 「? どうしたの?」

 離れて、と言うにも気の利いた言い訳が用意できず、千景はこのまま悶々と我慢するしかない。

 「アイドルって、やっぱり可愛いな~」

 「え、えぇ、そうね」

 太ももの擦れ合う感触がダイレクトに理性を刺激した。

 「この曲知ってる! この前、ぐんちゃんとゲームセンターに行ったときに流れてた曲だ!」

 「そ、そうだったかしら」

 絡みつく友奈の右腕を視界の外に追い出した。

 「わぁ、綺麗な花火……」

 「たかしっ、き、綺麗ね」

 危うく『高嶋さんの方が綺麗』なんてキザな台詞を吐きかけた。

 初心な千景の純情は友奈の積極的なスキンシップに爆発寸前。火照った身体には短絡的な思考しか残っていない。

 焼き切れそうな回路をなんとか繋ぎ合わせ打開策を練った。

 「高嶋さん、私ちょっと飲み物を買ってきていいかしら?」

 「なら、私も行く!」

 「あ、えっと、その」

 予想していた反応なのだが、しどろもどろしてしまう。

 「ほ、ほら、年越しうどん。高嶋さんにはうどんの準備をお願いしていい?」

 「まだ時間は大丈夫だよ?」

 「い、一応、念のため、あとは麵茹でるだけにしておけば、あ、安心というか」

 微妙な間に息が詰まる。

 「ん~、それもそうだね!」

 穴だらけの論理だっただけに、ほっと胸をなで下ろした。

 「ぐんちゃん、早く帰ってきてね」

 「えぇ、もちろんよ」

 本当はは談話室で一息ゆくつもりだったのだが、上目遣いでお願いされ反射的に答えていた。

 「いってらっしゃい!」

 「いってきます」

 ドアを閉じるときに軽く手を振り合ってから、寮の自販機に向かった。

 わいわい ガヤガヤ

 その途中、そこかしこの部屋から聞こえてくる喧騒に安らぎを感じた。

 チュンチュチュンと喚く声。

 どっわっはっはっはとゲラゲラ笑う声。

 ドンガラガッシャーンと何かが崩れる音。

 追随して響く杏の悲鳴。

 「全く。土居さんは何をしてるのよ」

 年中落ち着きのない球子に笑みが溢れる。

 廊下は薄暗く冷え切っているのに、千景の足取りはどこか軽やかだった。

 

 「帰ったわ、高嶋さん」

 「お帰り! ぐんちゃん!」

 駆け寄ってくる友奈に、買ってきた缶の紅茶を手渡す。

 「ありがとう! あったか~い」

 友奈の喜ぶ顔を見られただけで、千景の心は弾むのだった。

 「もうすぐ十二時だし、年越しのうどんを食べましょう」

 「うん! 分かった!」

 小走りで台所にうどんを取りにいく友奈。

 千景は手に息を吹きかけながらこたつのご用となった。

 「ねぇ、ぐんちゃん」

 「どうしたの?」

 友奈はこたつの上に丼を置き、千景のすぐ隣に座った。

 「これは心理テストです」

 千景の目を射るように見つめる友奈。

 「え? ……えぇ」

 「ぐんちゃんには、女の子の友達がいます」

 ―高嶋さん……と、一応乃木さん。

 「その女の子とは大親友です」

 ―高嶋さんね。

 「ある日、その女の子にぐんちゃんは告白され、付き合うことになりました」

 「ゴホンッ、ゲホッ」

 油断していた千景は気管支を詰まらせて咳き込む。

 「しかし、その女の子はぐんちゃんにこう言います。『わたしのことが好きなら、もうほかの女の子と会わないで』」

 「…………」

 「ぐんちゃんなら、なんて答える?」

 「……そうね」

 友奈の顔が怯えた子犬のように見えた。

 それゆえに、中途半端なことは口が裂けても言葉に出来ない。

 一分、二分と時間が過ぎ、除夜の鐘が九つ目の煩悩を消したとき、千景は答えを紡ぎ上げた。

 「それは……できないわ」

 「っ……どうして? その女の子はぐんちゃんの一番じゃないの?」

 「えっと、そうではなくて」

 千景は友奈を落ち着かせるために、穏やかな波を声音に乗せて語り出す。

 「私にとって、その女の子と過ごしてきた日々はきっと、かけがえのないものなんだと思う。それが消えてしまった私は今の私と比べて別人と言えるほどに」

 「だったら」

 「だけど、私にとってほかの女の子達もきっと、私を構成する大切な要素になっているから。その女の子と同様に、なくてはならない存在のはずだから」

 千景は自分の本心と向き合い、深く頷いてから友奈の水晶玉を見据えた。

 「私はどちらも好き。大好き。そこに順位をつけたら、それは偽物の好きになってしまう」

 「……ぐん、ちゃん……」

 「だから私は、その女の子に約束するの」

 「……約束?」

 「私がほかの子と一時間過ごしたのなら、あなたとは二時間過ごす。三日なら一週間ずっと傍にいる。私が初めて体験することはあなたとの思い出にする。あなたが何かを初めて経験するとき、私はあなたの手を握る」

 言い残したことがないか確認してから、千景は張っていた肩の力を抜いた。

 「それでも耐えられないと言われたら……ちょっと分からないわ」

 「…………」

 「で、高嶋さん。この心理テストで何が分かるの?」

 呆然としていた友奈がはっと我に返る。

 「……へ? ん~、なんだろう?」

 「え? え? どうゆうこと?」

 予想外の反応に千景は戸惑いを隠せない。

 「でも……そっか……」

 「た、高嶋さん?」

 「…………よかったぁ」

 友奈は清夏のヒマワリのような表情を浮かべ呟いた。

 「え? 何? 何が?」

 千景を無視して自己完結する友奈に理解が追いつかない。

 「よし! ぐんちゃん、うどん食べよう!」

 「それは、そうなんだけど。説明を」

 千景の唇に人差し指で封をする友奈。

 「期待してて、ぐんちゃん」

 友奈は妖艶の微笑みを携え、千景の呼吸を奪った。

 「すぐに教えてあげるから」


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