前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー 作:ポロンクセマ
「…………。降谷、今、何て言った?」
「大丈夫か、ヴェルデ。しっかりしろ」
ふらつく私の身体を景光が支えようとしてくれるが、その手を押しのける。
そして降谷の服を強く引っ張った。
「戯言なら許さない。もう一度言ってみろ」
そう畳み掛けると、降谷は困惑の表情を浮かべて、まるで幼い子供に言い聞かせるかように私の両手を包み込んだ。
「だから、………『シェリーはつい最近、ベルツリー急行の爆破事故で亡くなった』。そう言ったんだ」
「シェリーが死んだ…? しかも爆破で、だと…?」
降谷から発せられた言葉に頭の中が真っ白になった。
「嘘だろう。そんな馬鹿な…」
膝から力が抜け落ちて、床にぺたりと座り込む。
理解が追い付かない。否、理解しがたい。
だってあの子はまだ18歳だぞ。
まるで質の悪い風邪を引いたかのように、こめかみがひどく痛みだす。喉が渇く。
異常を察したケイマンが私の太ももに前足を乗せ、心配そうに鼻先で腹部をぐいぐいと押してきた。
おいおいおい。明美嬢に何て言えばいいんだ……。
混乱する頭を落ち着けるため、私はケイマンの冷たい皮膚に額を付けてぎゅっとこぶしを握った。
────つい先日。
日本に久しぶりに帰国した私は、組織に囚われている明美嬢の妹の救出のため、景光の手を借りながら大規模な情報収集と膨大な情報整理を行った。
するとなんという事か。
私が助手に欲していたシェリーと明美嬢が姉妹であるという、衝撃の事実にたどり着いた。
狭すぎる世間。まさかの真実。想像もしたことのなかった関係性。そして私の頭のポンコツ具合。
私は集めた資料を三度見どころか四度見した。
確信を得た時はもはや乾いた笑いしか出てこず、しばらく頭を抱えてふて寝した。
他者に興味が無いといってもこれはない。ホントない。
灯台下暗しとはよくいったものである。
だが救出対象がはっきりしたのはせめてもの救いだった。
すぐさま頭を切り替えた私は、バーボンこと、降谷に協力を仰ぐことにした。
私の周りで組織と接点のある人間は、もはや彼しか残っていない。
スコッチこと諸伏景光は死んだことになっているし、ライこと赤井秀一(諸星大)は組織を抜けて一年以上は経つ。
できれば赤井の手も借りたかったのだが、なぜか彼は少し前から音信不通になっていた。
電話も繋がらず向こうからのコンタクトも無く、いよいよ不審に思ってFBIに確認を取ると、皆一様に私の前で言葉を濁した。
その際、Ms.ジョディ・スターリングが悲しそうに俯いていたのが少々引っかかったが…。
赤井の事だ。きっとまた別の場所で、危険な潜入捜査でも行っているのだろう。
デキる男は大変だな。残念だが今回は彼の助力は諦めよう。
そんなこんなで。私は降谷からの協力を得る為、彼を自宅マンションに招いて事情を説明しようとしたのだが…。
来宅した降谷から聞かされた話は、予想だにしない、とてつもなく衝撃的なものだった。
曰く、シェリーは姉の件で組織に歯向かい、手錠付きで監禁されたのち、姿を消した。
曰く、組織の裏切り者としてシェリーの殺害計画が持ち上がった。
曰く、シェリーは組織が仕組んだ爆破に巻き込まれて貨物車共々炎に包まれた。
曰く、組織は彼女が死んだと判断し、これ以降の捜索を止めた。
私が日本を離れていたほんの数か月の間に目まぐるしく事態は進行し、そして終結していた。
なんだそれ。一体なんの冗談だ。
「ううう…」
ケイマンにしがみついたままこれまでの回想を終えた私は、低いうめき声をあげる。
のけ者にされたかのような疎外感。
何もしてやれなかった不甲斐なさ。
天才だと自負していたはずの己の頭の回転の悪さ。
悔しいほどの間の悪さ。
いろいろな感情が混ざり合って、なんと形容すればよいのか分からない。こんなことなら定期的に日本に戻ってくればよかった。
明美嬢とシェリーが姉妹だともっと早くに気が付いていれば、みすみす彼女を死なすことも無かったろうに…。
「ヴェルデ、泣いているのか…?」
「すまなかった、ヴェルデ。君がシェリーと顔見知りだと知らなかったものだから…。組織が言うがまま彼女を追いつめて死なせてしまったのは、俺のミスだ。君の友人を救えなくて申し訳なかった」
気遣わしげな声で景光と降谷が私の頭や背中を撫でてくるが、もちろん泣いてなどいない。
泣くどころか、心の奥底から怒りが込み上げてきている。
「一体組織は何を考えているんだ。シェリーを殺すって事はな、人類の損失だぞ? あの年であそこまで優秀な子はいなかった。将来的に引き取って私の助手にする計画だったのに、台無しじゃないか!!」
勢いよく顔をあげれば、降谷が呆れた含んだ表情で身体を少し引いた。
「お前、そんな事を考えていたのか…」
「それにあの子はまだ10代だぞ? 親の庇護下にいてもいい年齢だ。それを大人たちがよってたかって、才能を搾取して、唯一の肉親を人質に取って…。姉が死んだらどうなるか想像がつかなかったのか? 揃いも揃って情緒が欠如しているのか? 私に言われたらおしまいだぞ?」
「自分で言うなよ」
「心の拠り所を失って廃人にでもなったらどうするつもりだったんだ。殺害の計画者はジンか? ジンだな? またあいつが余計なことを…」
ケイマンを抱えたまま私の口から恨み言が止まらない。
私の負の感情を感じ取ったのか、腕の中の相棒がビクリと跳ねた。
「いっそのこと、奴にキング・モスカをけしかけてやろうか。丁度腕のマシンガンをイタリアで新調し直したところだし、精度も殺傷能力も以前より格段に上がっているからな。……降谷」
「な、何だ?」
「ジンを呼び出してくれ。あの銀髪を蜂の巣にしてやる」
私がゆらりと立ち上がると、降谷が慌てて私の腕を掴んだ。
「待て待て待て。気持ちは分かるが落ち着け。ジンは組織壊滅のキーパーソンとなる男だ。今、殺してしまうと確実に情報が取れなくなる」
「なら組織ごと吹き飛ばしてやる。安心しろ。私は警察やFBIの今までの働きを決して無駄にはしない」
「何を言って…」
「キング・モスカはまだ一体しかいないが、ゴーラ・モスカならば海外で量産してある。戦力ならば十分だ。全部日本に集結させるから、ジンを殺してみんなで一気に組織に攻め込もう」
「何一つ安心要素が無い! ってか、あれを量産したって嘘だろう? お前、正気か? 戦争でも始める気なのか!?」
「心配するな。最後に立っているのは、この私だ」
「そこはせめて私達って言ってくれ!」
「二人とも、ちょっと落ち着け。今、コーヒーを淹れ直すからいったん冷静になろう」
今まで成り行きを見守っていてくれていた景光がパンッと手を叩いて話を切り、新しいコーヒーの準備のためにキッチンに向かった。
ズズー…
三人とも無言で、コーヒーをすすり合う音だけがリビングに響く。
少し間を置いたおかげかそれともコーヒーの効果か。
怒りのボルテージが段々と下がりつつあるのを感じる。
そうして冷えてきた頭で、私は降谷から得た情報を含めもう一度整理し直してみることにした。
引っかかる点を指折り挙げていく。
●シェリーはベルツリー急行の貨物車の爆破に確かに巻き込まれはしたが、肝心の遺体は未だ未回収。
●新聞にもネットニュースにもハッキングした警察組織のパソコンにも、それらしき情報は載っていなかった。
●肉片の一つ、骨の一つも発見できていないのは、さすがにおかしい。
●彼女が生きている可能性は1%もないのか。
●そもそも……。彼女はどうやって組織から脱走することができたのだろう?
「なぁ、降谷。ベルツリー急行で対峙した時、シェリーの手首はどうだった? 違和感を覚えなかったか?」
私の声が通常の温度に戻ったのを感じたのか、降谷も普通のトーンで「違和感、とは?」と聞き返してきた。
「彼女の手はちゃんと腕にくっついていたか? 腐っていたり削げ落ちたりしていなかったか?」
「何という恐ろしい事を…」
「普通についていたよ。決まっているだろ」
想像してしまったのか、私の淡々とした質問に男二人が青い顔をしながらそろって身震いする。
「でもシェリーは手錠付きで監禁されてたんだよな? なら彼女はどうやってそこから抜け出せたんだろう」
「それはまだ分かっていないが、内通者の可能性が最も高いんじゃないか? もしくは彼女の身の上に同情した誰か、愛情を抱いていた誰か。そういった輩が突発的に助けた可能性もある」
「しかし君の話によれば、手錠が外された形跡も壊された跡もなかったと言うじゃないか。それに第三者が自身の立場を危うくしてまで、彼女を助けるものだろうか」
「…まぁ確かに」
「近くに血痕はなかったんだよな? んー、自ら腕を切り落とすにはリスクが大きいし、そもそも刃物の類なんて取り上げられているだろうし…」
考え直してみればみるほど、疑問点や矛盾点がぽろぽろ浮かび上がってくる。
この問題を解決するためには、今一度着眼点を絞り、再考察する必要がありそうだ。
「私はむしろ手首が腐り落ちたとか削げ落ちたとか、骨を砕いたとかの方が、はるかに現実的に思える」
彼女なら毒薬の一つや二つ手元に隠し持っていそうだし。覚悟を決めればできないこともない。
いや、待てよ…? 単純に考えるなら手かせよりも手が小さくなればいいいのか…。それはそれで…。
もう一つの可能性を挙げようと口を開きかければ、景光が手を振って私の言葉を遮った。
「待て、ヴェルデ。もういい。それ以上、真顔で恐ろしい事を言わないでくれ」
「でもな、景光。一度、検証してみても…」
「検証って何する気だ。絶対にやらないぞ。おい、ヒロ、そこの保護者。こいつ、組織にいた頃よりも過激になってないか? お前の育て方はどうなって…」
「俺だけに責任転嫁するなよ。ゼロこそ正しい教育をとか言ってたくせに…」
降谷と景光が私を間に挟んで、押しつけがましい言い争いを始めだした。
そもそも私の人格はすでに完成されているのだから、『育て方』とか『教育』はあってないようなものなんだが。
彼らに割り込むと飛び火確実なので、私はケイマンを連れて静かに自室に引っ込んだ。
「自分の考えをより確実なものとするためには…。他者の情報だけに意識を傾けては駄目だよな。な、ケイマン」
まとめあげた資料を再確認するためパソコンを起動する。
まずは自分でいろいろと調べてみよう。そう思った。
★公安組
ここ数年でヴェルデの保護者的立場に落ち着いた。
「最近娘が反抗期なのか、外出が多いんです。どうしよう」と周りにそれとなく相談している。
ヴェルデとシェリーに交流があった事を全く知らなかった。
捏造オンパレードで突き進んでおります!
ちなみにウイスキートリオ(ライ、バーボン、スコッチ)の中で唯一バーボンだけが組織に残っており、赤井さんとは犬猿の仲と思われています。
でも実際は、原作のスコッチ死亡事件が無くなったため、この小説ではいいライバル関係を築いています。